7 / 18
灯る熱
しおりを挟む
セントローズ公爵。世間ではそう呼ばれている男は、オヴリヴィオ帝国の西の国境地帯を治めている。
広大な領地と強固な軍を有しており、その身分は公爵──王族に次ぐ地位だ。その娘はヴィルジールの父親に嫁ぎ、王子も姫君も産んだ功労者であるが、十年前に処刑されている。
現皇帝である、ヴィルジールの手によって。
「──面をあげよ」
冴え冴えとしたヴィルジールの声で、セントローズ公爵──アゼフ・セントローズは顔を上げた。齢六十を過ぎており、もう高齢ではあるが、そう感じさせない威厳と風貌の持ち主だ。
「お目にかかれて光栄でございます。皇帝陛下」
「用件は何だ?」
「恐れ多くも、皇帝陛下にお目にかけたい者がおりまして。本日はその者をここに連れてきました」
アゼフは片膝をついたまま背後を見遣る。彼の斜め後ろには白いローブを羽織る少女が、彼に倣うように頭を垂れていた。
「さあ、ご挨拶を」
アゼフの言葉に頷いてから、少女はゆったりとした動きでフードを下ろした。
黄金の色の長い髪がこぼれ、美しい純白のドレスを撫でるように揺れる。雪のように白い肌に、菫の花を思わせる瞳。艶やかな桃色の唇は、春に実る果実のようだ。
目と目が合った瞬間、ヴィルジールは頭の奥で痛みを感じた。
「皇帝陛下に拝謁いたします」
少女は立ち上がると、ゆっくりと歩き出した。その足先はヴィルジールが座る玉座へ向けられている。
少女との距離が縮まるほどに、ヴィルジールの頭痛は強くなっていった。短い階段の下に立つエヴァンが、ヴィルジールと少女を交互に見ては焦った顔をしている。
ひときわ強い痛みを感じた瞬間、ヴィルジールの身体は凄まじい冷気を帯びて、少女との間に分厚い氷の壁を生み出していた。
だが、それはほんの一瞬で砕け散った。──かと思えば、瞬きをひとつした瞬間に、光の粉に変わり、辺りを眩しくさせた。
目の前にいる、美しい少女の指先によって。
「御前で許可なく力を使ったこと、お許しください」
ヴィルジールは片手で頭を押さえながら、ふらりと視線を持ち上げる。
「……お前は?」
「わたくしはレイチェル。イージス神聖王国の聖女だった者です」
レイチェルと名乗った少女は唇を薄く開くと、小鳥が歌うような声で返した。
「イージスの聖女だと?」
飛び立つ勢いでヴィルジールは玉座から腰を上げたが、くらりと目眩がして、すぐに座り直した。エヴァンの隣にいるセシルが駆け寄ってきて、心配そうに顔を歪めている。
「いかにも。こちらにも聖女様がおられると聞いたのですが、御目通りは叶いますでしょうか?」
感情の見えない菫色の瞳は、ヴィルジールだけを見つめている。その眼差しは圧倒するような何かを宿していて、視線が絡まるだけで気持ちが悪くなった。
ヴィルジールが耐えかねたように口元にも手を当てたその時、柔らかな焦げ茶色の髪が視界を覆った。
「聖女様はお休みになられておりますので、別の日に」
盾となるように、エヴァンがヴィルジールとレイチェルの間に立つ。それを隙と判断したのか、セシルがヴィルジールの腕を肩に乗せ、力強く引き上げた。
「兄上、少し休みましょう。顔色が悪いです」
「………エヴァン」
セシルに半分担がれるようにして立ち上がったヴィルジールは、間に割って入ってくれたエヴァンの名を呟いた。一瞥もくれてやれないというのに、エヴァンはいつものようににっこりと笑って、ヴィルジールに一礼する。
そして凛と視線を正すと、宰相の仮面を被った。
「セシル皇子、陛下をよろしくお願いいたします」
「お任せください。さあ兄上、行きましょう」
セシルに引き摺られるようにして、ヴィルジールが玉座の間を出ていく。見届け終えたエヴァンは、レイチェルと名乗った少女を玉座の隣から見下ろし、焦茶色の目を細めた。
「…ご気分が優れないのでしたら、わたくしが癒しましたのに」
「結構ですよ。我が国にも聖女様がおりますので」
エヴァンは微笑みを飾りながら、ゆっくりと短い階段を下りていった。
風に頬を撫でられる感触で、ルーチェは目を覚ました。
(………ここは?)
見慣れない天井だ。深い青色に、蔦のような模様が白色で描かれている。上半身を起こすと、毛布代わりにと誰かが掛けてくれたらしいコートが、するりと下に落ちた。
(これって……)
ルーチェはコートを拾い、辺りを見回した。
部屋の中央には書類が積み上げられている机があり、その後ろには大きな窓が、壁には本棚が三つ並んでいる。ルーチェが寝ていた大きな長ソファを含めて、室内の家具はこれだけだ。
広く殺風景な部屋だが、青や白の調度品で整えられているこの部屋は、ヴィルジールの仕事部屋だろうか。
「お目覚めになられましたか? ルーチェ様」
いつからそこに居たのか、扉の横にはセルカと離宮の使用人であるイデルが立っていた。ふたりとも温和な笑みを浮かべている。
「……あれ、私…」
ルーチェはコートを見つめながら、記憶を巡らせていった。
今日は正午から書庫を訪れていた。そこでノエルに会い、聖なる光の力を使い方を教えてもらい、その足で中庭に行き──読書をしていた時に、ヴィルジールがやって来たのだ。
(そうだわ…!ヴィルジールさまがお休みに…)
肩を貸せと言ってきたヴィルジールに、ルーチェは応えた。だがそれからの記憶がないということは、おそらく隣で眠ってしまったのだろう。
そして、ヴィルジールがここに運んでくれたのだ。彼のものであろう、清廉なデザインのコートからは、知っている香りがした。
ルーチェが答えを見つけたと分かったのか、セルカが静かに微笑む。
「陛下がこちらに運ばれたのです。先ほど来客があり、仕事に戻られましたが」
「そう…なのですね」
ルーチェはセルカの手を借りてソファから立ち上がった。
イデルが先導するように歩き出し、その後ろについて部屋を出る。だが外に出たところで、一本の糸がピンと張るような感覚がルーチェの足を縫い止めた。
「ルーチェ様?」
イデルが心配そうに声を掛けてきたが、ルーチェは返事をせずに後ろを振り返った。
今はまだ、そこにはいない。だが、そこに現れるという確信がある。
「……ヴィルジールさま?」
突然足を止めるなり逆側を向いたルーチェを見て、迎えにきてくれたセルカとイデルは不思議に思ったことだろう。
「ルーチェ様、陛下がどうかなさったのですか?」
セルカがいつもの調子で問いかけ、ルーチェの前に回ってくる。
「……ごめんなさい」
ルーチェはひと言だけ吐いて、床から足を剥がして駆け出した。
花も飾りも窓すらもない長い廊下をひた走る。息が切れ、途方もなく遠く感じるその道のりの途中で、鼓動ばかりが速くなっていった。
切れる息、激しく高鳴る胸に気付かぬふりをして、必死で廊下を走る。やっとの思いで角を曲がると、目の前には初めて見る男性に支えられるようにして歩くヴィルジールがいた。
「ヴィルジール様っ…!」
ルーチェは転がるように駆け寄り、ヴィルジールの顔を見上げた。
ただでさえ白い顔が、正気を失ったように蒼白だ。唇の色も悪く、何かを訴えているのか、或いは寒いのか──小刻みに震えている。
「……貴方が聖女様ですか?」
ヴィルジールを支えている男性が、ルーチェを見て大きく目を見開く。その瞳の色はヴィルジールのものよりも薄いが、曇り一つない晴れ空のように澄んでいる。
初めて見る顔だが、ヴィルジールが肩を預けているくらいだ。エヴァンのように、気の許せる相手なのだろう。
ルーチェはただ一言、ルーチェと申しますとだけ短い挨拶をし、二人の後を追った。
来た道を少しだけ戻り、ひっそりと佇む階段を上る。ヴィルジールの私室はさらに上の階にあるらしく、介助をしている男性は「自動昇降機があったらいいのに」と呟いていた。
私室に到着すると、ヴィルジールはベッドに寝かされた。先ほどの男性が医者を呼びに部屋を出て行くと、室内にふたりきりになった。
ベッドの上で仰向けに寝かされたヴィルジールは、苦しげに呼吸をしている。そっと額に触れてみたが、熱はなさそうだ。
ルーチェは部屋の隅にあった椅子を拝借し、ヴィルジールの傍に座った。そして、右手を握る。
「………ルーチェ?」
薄らと開かれた目は潤んでいた。視界が定まっていないのか、ぼんやりと遠くを見ているようだ。
ルーチェは安心させるように微笑んでから、両手で包むようにして握ったヴィルジールの右手に、自分の額を当てた。
(──触れて、想って。そして、光を求める)
今のルーチェに、出来るかは分からない。だけど、奇跡を起こした日のことを思い出しながら、ノエルから教わったことを守れば、出来る気がした。
聖なる光の力。それは魔力のないルーチェでも出来るという。その力で、ヴィルジールを癒すことができたのなら。
ルーチェは瞼を下ろし、胸の内で願い事を告げながら、祈りを捧げた。
(ヴィルジールさまの痛みが和らぎますように。今夜はゆっくりと、眠れますように)
ノエルがあたたかくて優しい気持ちをくれたように、ルーチェも伝えたいのだ。泣きたくなるような、あの優しい光を。
──どれくらいの間、そうしていたのか。
扉が閉まる音で目を開けると、ヴィルジールが穏やかな顔で眠っていた。
「流石は聖女様ですね」
春を閉じ込めたような声だ。声がした方を向くと、そこにはヴィルジールを支えてここまで連れてきた男性が立っていた。
白銀色の髪に、透けるように白い肌。どことなくヴィルジールと顔立ちが似ている。ヴィルジールを冬と例えるならば、目の前の男性は春だ。
男性は左胸に手を当てながら、優雅に頭を下げた。
「申し遅れました。私はセシルと申します」
「ルーチェと、申します。セシル様」
セシルという名には聞き覚えがあった。それは以前、ヴィルジールと城下に出かけた日に、彼の口から聞いたものだ。
『避難民どもは城下ではなく、セシルの領地で面倒を看てもらっている。一人残らずな』
ヴィルジールが呼び捨てにし、身体を預けるほどに信用している。そして、領地を持っている身分であり、彼の私室に出入りできる。ともすれば、セシルさんとやらは彼と血縁関係にある人か、もしくは友人だろうか。
「ふふ、考えていることがお顔に出ておられますよ」
「ご、ごめんなさい…!その、あの…」
吃るルーチェに、セシルは優しく笑いかけると、たった今入ってきた扉を開けた。
「兄上は眠っていらっしゃるようですし、隣にある応接室に行きましょうか」
「………!では、セシル様は…」
「はい。私は皇帝陛下の実弟でございます。さあ、こちらに」
セシルはヴィルジールとよく似た顔に、蕩けるような優しい笑顔を飾ると、ルーチェに手を差し出した。
セシルは先代の皇帝の十五番目の皇子であり、ヴィルジールの異母兄弟である。ヴィルジールの母君は身分の低い女性だったそうだが、視察に訪れていた先代に身染められ、妃にと迎えられたそうだ。
セシルの母君は侯爵家の出であり、先代が皇子の頃に皇太子妃として迎えられた。だが生来身体が弱かった彼女は、十年もの間子に恵まれず、それを理由に皇太子妃の座から下ろされてしまった。
後から迎えられた妃たちに先を越され、彼女は心を壊していったという。
嫁いで十年目を迎えた頃に、ようやく男の子を授かることができたが、彼女は我が子の顔を見ることなく逝った。
その子供が、今ルーチェの目の前にいる、セシル皇子である。
「驚きました。聖女様が現れたという噂は耳にしていたのですが、まさか城にいらっしゃるとは」
寝室の隣にある応接室に移動すると、セシルは慣れた手つきでお茶を用意し始めた。幼少期に毒を盛られて以来、信用の置ける者か自らの手で用意するようにしているそうだ。
「ヴィルジール様の…陛下のご厚意で、離宮に置いていただいております」
セシルはほんの一瞬、驚いたように目を見張っていたが、すぐに笑みを浮かべた。
「そうでしたか。貴女様もイージスから来た聖女様だとお聞きしたのですが、イージス神聖王国には聖女様が二人おられるのですか?」
ルーチェは目を瞬いた。
「そんなことは…ないと思うのですが」
イージスの聖女が自分であることは、ノエルが断言している。複数人いるなんて記述は本で見たこともないし、ノエルの口から出てもいない。
だが、ルーチェは記憶を失っている。
「ごめんなさい、私には以前の記憶がないのです。目を覚ました時から、この城におりました」
「そう…でしたか。ですが先ほど兄上を包んでいた光は、貴女が起こしたものですよね?」
光というのは、ノエルから教わった聖者の力のことだろう。触れて、その人を想い、光を求める。その祈りが聞き届けられ、力が発動した。
ルーチェが頷くと、セシルは花開くような笑みを飾った。
「とても…とても神秘的で、それでいて優しい光でした。兄上も穏やかな顔をされていた」
ありがとう、とセシルは改まって丁寧に頭を下げた。
あれはたまたま上手くいったのだと言うべきかルーチェは迷ったが、言葉は全て飲み込んだ。
そこへ、部屋の扉をノックする音が響き、見知った顔が現れた。宰相であるエヴァンと騎士のアスランだ。
「失礼いたします。遅くなりました」
エヴァンは扉を閉めると、セシルの傍までやって来た。テーブルを挟んで向かい側にいるルーチェを見て、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの会釈をした。
「エヴァン殿。公爵がお連れになった聖女様は、今はどちらに?」
「彼女は城の客間です。適当な部屋に案内させましたよ」
「適当って…」
「あのまま追い返してもよかったのですが、気になることがありましてね。陛下も同じことを思っていらっしゃると思ったので、監視ついでに引き留めたのです」
一体何の話をしているのだろうか。公爵が連れてきた聖女とは、セシルが訊いてきたことに関係がありそうだ。
だがルーチェの前では言いづらいのか、あるいは気遣ってのことなのか、その話題はもう出てこなくなった。
「ジルの具合はどうなんだ?」
アスランが腕を組みながら、ヴィルジールの寝室の方を見遣る。素っ気ない口調だったが、心配で仕方ないという顔をしている。
「今は聖…ルーチェ様のお陰で、眠っておられます。ここ最近、陛下は夢見が悪いと仰っていて、仕事も捗らないようでした」
「先ほど会った聖女様が近づいてきた時から、具合を悪そうにされていましたしね」
「つまり原因はあの女ということか」
「イージス神聖王国の聖女だと言っていましたが、こちらにはルーチェ様がいます。ルーチェ様がイージスの聖女であったことは、大魔法使いであるノエル様が証言なされた」
「ならば大魔法使いをここに呼んで、あの女を追っ払ってもらえばいいじゃないか。あの魔法使いは今どこにいるんだ?」
「もう間もなく到着されるはずです」
三人の会話を聞きながら、ルーチェは頭の中で情報を整理する。
ヴィルジールはここ最近、夢見が悪いせいで不調だった。そんな最中に、イージス神聖王国の聖女を名乗る女性を、公爵が連れてきたという。
だがイージスの聖女がルーチェであることは、稀代の大魔法使い・ノエルが証言している。
──一体、何が起きているのだろうか?
からんころん、と。懐かしい音が聞こえる。だがそれが何の音だったのかは思い出せない。ただ漠然と、懐かしいという思いばかりが溢れている。
ふいに、自分を呼ぶ声が聞こえたような気がして、ヴィルジールは目を開けた。
(──どういうことだ? ここは?)
何もない世界だ。触れられるものも、目に映るものも、全てが無。だが何かがヴィルジールを捕らえ、奥深くに引き摺り込もうとしている。それだけは分かっていた。
一歩先すら見渡せないほど真っ暗な闇の中、水の中に潜っているような声が繰り返され、ヴィルジールの身体に蔦のように絡みついてくる。気を抜いたら落っこちてしまいそうだ。
この夢から抜け出すにはどうしたらいいのか。絡みついてくる何かを振り払いながら、必死に声を上げる。
だがいくら動いても、目を凝らしても、そこは無でしかなく、ヴィルジールはさらに奥へ奥へと引き摺り込まれていった。
その時、声が聞こえた。ヴィルジールの名を呼ぶ声が。
──ヴィルジールさま。
ひとひらの雪のように儚げな声が、ヴィルジールを呼んでいる。
(───その、声は…)
暗闇の中、ヴィルジールは耳を澄ませた。花を揺らす風のような声を、一音も聞き逃さないように。
──ヴィルジールさま。
(……何故、呼ぶんだ)
自分を呼ぶ声は今も聞こえている。それが誰の声なのかも分かっている。だけど、何故呼んでいるのかが分からない。
だが、切々と響くその声に耳を傾けているうちに、右手があたたかいことに気づいた。
(────この、熱は)
右手を見ると、淡い光を纏っていた。あたたかくて優しいその光を、ヴィルジールは知っている。
光は右手を伝って全身へと広がっていき、ヴィルジールを包み込んでいった。
苦しかった呼吸が楽になった。身体から力を抜くと、目に映る世界が翼を広げるように光を放ち、鮮明になっていく。
ひときわ強い光を感じて、反射的に目を閉じ──そして開けた時。
ヴィルジールの目の前には、艶やかな黒髪を靡かせる美しい女性が佇んでいた。
『王の子よ。わたくしの声が聞こえますか?』
「…その王の子とやらが誰を指しているのかは分からないが、お前の声は聞こえている」
ヴィルジールは自由になった足を動かし、女性との距離を一歩詰めた。
『それはようございました』
とても美しい女性だ。澄んだ菫色の瞳に、雪のように白い肌、赤い花のような唇。今この場にエヴァンがいたら、間違いなく跪いて花束を差し出しているだろう。
「お前は誰なんだ?」
『我が名はソレイユ。遥か昔、この地の王と盟約を交わした者です』
ヴィルジールの問いかけに、謎の女性──ソレイユは、赤い唇を綻ばせながら答えた。
ソレイユという名に、ヴィルジールは眉を跳ね上げた。
その名を知らぬ王族はいない。ソレイユという名は、何百年も昔にオヴリヴィオ帝国に現れ、祖先と約束をしたという聖女の名だ。
「祖先が会ったという聖女か」
ソレイユは笑って頷くと、一度だけ後ろを振り返った。迫り来る何かとの距離を確認し、思わしくない結果だったのか──美しい顔が苦しそうに歪む。
『時間がないので、要件だけ伝えます。今すぐあの聖女をこの地から遠ざけなさい』
ヴィルジールの頭に、二人の顔が浮かぶ。陽だまりのように笑う少女と、造りもののような少女のふたりが。
「あの聖女とはどちらだ?」
『わたくしは彼女たちの名を知りません』
「……それではどちらなのか分からないんだが」
ソレイユは困ったように微笑んでいたが、何かを見つけたのか、ヴィルジールの右手を見遣った。
『貴方を想い、光を灯した者がまことの聖女です』
ヴィルジールは右手を見つめた。
右手に灯る熱は、まだ失われてはいない。夜空に聳える月のように、優しく寄り添ってくれている。
あたたかなその光からは、優しい気持ちが伝わってくる。雨上がりの空のように、初めて流れ星を見た時のように、世界が煌めいていることを伝えてくるかのように、ずっと。
『王の子よ。この地の王に託した、聖女の剣を捜しなさい』
「聖女の剣?」
ヴィルジールは顔を上げ、そして瞳を大きく動かした。ソレイユの身体が青い光を放ちながら、透けている。
『我が身と引き換えに生み出したあの剣ならば、聖者さえも滅することができます』
ぶわりと吹いた風が、ヴィルジールとソレイユの間を吹き抜ける。
『但し、使えるのは一度きり。その代償として何を失うかは分かりませんが、相手の魂ごと消滅させることができます』
聖女の剣も聖者も初めて聞く言葉だ。それがヴィルジールと何の関係があるのかは分からなかったが、剣には思い当たることがあった。
それは、ここ数日見ていた夢のことだ。
その夢とは、ひとりの少年が見ていた光景が映し出されていた。夢の中では白銀色の髪の女性が現れ、少年に一本の剣と包みを差し出してきた。それを少年が受け取ると、女性の髪は黒色に変わり、光の粉となって消えてしまう。
よい夢なのか、悪い夢なのか。何を伝えようとしていたのか分からない夢だったが、どうやらあの女性が今目の前にいるソレイユのようだ。
ソレイユは枯れる花のように笑うと、ヴィルジールの右手に触れた。
『王の子よ。あの日の約束を、必ず』
あの日の約束とは、いつの日のことだろうか。あの夢の出来事は、一体何百年前のことなのだろうか。なぜ彼女は、ヴィルジールを王の子と呼ぶのか。
謎は深まるばかりだが、右手に熱を灯し続ける存在に会うために、ヴィルジールは瞼を下ろした。
目を開けると、見慣れた天井が視界いっぱいに映った。
セシルに担がれるようにして、自室に戻ってきた記憶はある。その時、何故か傍らにルーチェが居たことも。
ゆっくりと身体を起こすと、ベッドの右側にルーチェが突っ伏していた。今もなお感じる熱を辿るように右手を見ると、ルーチェに握られている。どうやらヴィルジールの右手を握ったまま眠っているようだ。
(………光を灯した者がまことの聖女、か)
ヴィルジールはルーチェの手を握り返した。そして、反対側の手を伸ばして、ルーチェの髪にそっと触れる。
ソレイユと同じ、白銀色の髪だ。だがルーチェの髪は元は別の色だった。ヴィルジールの傷を癒した時に、彼女の髪は今の色に染まった。
初めてルーチェを見た日のことを思い出す。両手を後ろで縛られ、床に転がされていた時のことを。
あの日、あの時──ルーチェの髪色は、ヴィルジールの目には黒色に映っていた。それは夢に出てきたソレイユが髪色を変え、消えてしまったあの瞬間と重なる。
「……ひとつも似ていないのに、あの日のお前と重なって見えたのは、何か意味があるのか」
ヴィルジールは目を閉じた。
夢の中で少年が見たソレイユは、必死に訴えているようだった。そして剣ともう一つ、布に包まれた何かを少年に渡し、髪色は変わり──彼女は消えた。
ソレイユとルーチェ。ふたりの共通点は聖女であることと、髪色が変わったことだけだ。ただそれだけなのに、二人が並んだ姿が頭にこびりついて離れない。
色々なことを考えていると、急に右手を握る指先がぴくりと動いた。どうやらルーチェが目を覚ましたようだ。
ルーチェはゆっくりと顔を上げると、真っ先にヴィルジールの顔を見つめた。そして、大きな丸い瞳をさらに大きくさせた。
「……ヴィルジールさまっ!」
「何だ」
「何だじゃありません。心配したのですよ」
ルーチェは怒ったような口調だったが、その目元はほっとしたように和ませていた。
「悪かったな」
ヴィルジールは室内をぐるりと見回した。こういう時、真っ先に引っ付いてくるエヴァンの姿が見えない。心配性な弟の姿もなく、どうやら今はルーチェとふたりきりのようだ。
「………あ…」
ルーチェが右手に視線を落とし、顔を赤くさせたり青くさせたりしている。するりと抜けそうになったルーチェの手を掴み、もう一度握り直すと、ルーチェがぱっと顔を上げた。
「ヴィルジールさま?」
潤む菫色の瞳に映る自分は、そんな表情をすることも出来たのかと問いたくなるくらいに、不思議な顔をしていた。
「ずっと、握っていたのか」
ルーチェは恥ずかしそうに顔を俯かせてから、こくっと小さく頷いた。
「力の使い方を、ノエルさんに教わったのです。そのために」
「触れれば使えるのか?」
「いいえ。触れて、その相手を想い、光を求めるのだそうです。…以前にも、同じことをヴィルジールさまにいたしました」
マーズの大魔法使いであるノエルは、イージス神聖王国に数年滞在していたことがある。ルーチェのことをよく知るノエルならば、記憶を取り戻す手伝いが出来ると思い、他の理由をこじつけて国に招いたのだが。
どうやらその甲斐があったようだ。
「俺にも使えるか」
「分かりません。この力は魔法ではないのです」
ルーチェは語った。聖女の力というのは、マーズでは聖者の力と呼ばれていること、魔力を失った自分でも使えるとノエルに教えてもらったこと。それから具体的な方法を、恥ずかしそうに──けれども嬉しそうに語ると、笑顔をこぼした。
触れて、その相手を思い、光を求める。
聖女でもなければ、聖者とやらでもないヴィルジールにも、出来るだろうか。
ヴィルジールはルーチェの頭の後ろに手を添え、自分の顔を近づけ、ルーチェと額を合わせた。
ルーチェがひゅっと息を呑む。これでもかというくらいに、目を大きくさせている。
「……心の中で名を呼んでみたが、何も起こらないな」
「……っ、ヴィ、ヴィルジール、さま…」
声にならない悲鳴を上げるルーチェの吐息が、ヴィルジールの鼻を掠める。
菫色の瞳は泣きそうに揺れていたが、顔は茹でたもののように真っ赤に染まっていた。
ヴィルジールは微笑った。ルーチェがくれた優しい光を呼び起こすことは出来なかったけれど、見たこともない顔をさせることが出来たのだ。
今度は左胸に、熱が灯るのを感じた。
広大な領地と強固な軍を有しており、その身分は公爵──王族に次ぐ地位だ。その娘はヴィルジールの父親に嫁ぎ、王子も姫君も産んだ功労者であるが、十年前に処刑されている。
現皇帝である、ヴィルジールの手によって。
「──面をあげよ」
冴え冴えとしたヴィルジールの声で、セントローズ公爵──アゼフ・セントローズは顔を上げた。齢六十を過ぎており、もう高齢ではあるが、そう感じさせない威厳と風貌の持ち主だ。
「お目にかかれて光栄でございます。皇帝陛下」
「用件は何だ?」
「恐れ多くも、皇帝陛下にお目にかけたい者がおりまして。本日はその者をここに連れてきました」
アゼフは片膝をついたまま背後を見遣る。彼の斜め後ろには白いローブを羽織る少女が、彼に倣うように頭を垂れていた。
「さあ、ご挨拶を」
アゼフの言葉に頷いてから、少女はゆったりとした動きでフードを下ろした。
黄金の色の長い髪がこぼれ、美しい純白のドレスを撫でるように揺れる。雪のように白い肌に、菫の花を思わせる瞳。艶やかな桃色の唇は、春に実る果実のようだ。
目と目が合った瞬間、ヴィルジールは頭の奥で痛みを感じた。
「皇帝陛下に拝謁いたします」
少女は立ち上がると、ゆっくりと歩き出した。その足先はヴィルジールが座る玉座へ向けられている。
少女との距離が縮まるほどに、ヴィルジールの頭痛は強くなっていった。短い階段の下に立つエヴァンが、ヴィルジールと少女を交互に見ては焦った顔をしている。
ひときわ強い痛みを感じた瞬間、ヴィルジールの身体は凄まじい冷気を帯びて、少女との間に分厚い氷の壁を生み出していた。
だが、それはほんの一瞬で砕け散った。──かと思えば、瞬きをひとつした瞬間に、光の粉に変わり、辺りを眩しくさせた。
目の前にいる、美しい少女の指先によって。
「御前で許可なく力を使ったこと、お許しください」
ヴィルジールは片手で頭を押さえながら、ふらりと視線を持ち上げる。
「……お前は?」
「わたくしはレイチェル。イージス神聖王国の聖女だった者です」
レイチェルと名乗った少女は唇を薄く開くと、小鳥が歌うような声で返した。
「イージスの聖女だと?」
飛び立つ勢いでヴィルジールは玉座から腰を上げたが、くらりと目眩がして、すぐに座り直した。エヴァンの隣にいるセシルが駆け寄ってきて、心配そうに顔を歪めている。
「いかにも。こちらにも聖女様がおられると聞いたのですが、御目通りは叶いますでしょうか?」
感情の見えない菫色の瞳は、ヴィルジールだけを見つめている。その眼差しは圧倒するような何かを宿していて、視線が絡まるだけで気持ちが悪くなった。
ヴィルジールが耐えかねたように口元にも手を当てたその時、柔らかな焦げ茶色の髪が視界を覆った。
「聖女様はお休みになられておりますので、別の日に」
盾となるように、エヴァンがヴィルジールとレイチェルの間に立つ。それを隙と判断したのか、セシルがヴィルジールの腕を肩に乗せ、力強く引き上げた。
「兄上、少し休みましょう。顔色が悪いです」
「………エヴァン」
セシルに半分担がれるようにして立ち上がったヴィルジールは、間に割って入ってくれたエヴァンの名を呟いた。一瞥もくれてやれないというのに、エヴァンはいつものようににっこりと笑って、ヴィルジールに一礼する。
そして凛と視線を正すと、宰相の仮面を被った。
「セシル皇子、陛下をよろしくお願いいたします」
「お任せください。さあ兄上、行きましょう」
セシルに引き摺られるようにして、ヴィルジールが玉座の間を出ていく。見届け終えたエヴァンは、レイチェルと名乗った少女を玉座の隣から見下ろし、焦茶色の目を細めた。
「…ご気分が優れないのでしたら、わたくしが癒しましたのに」
「結構ですよ。我が国にも聖女様がおりますので」
エヴァンは微笑みを飾りながら、ゆっくりと短い階段を下りていった。
風に頬を撫でられる感触で、ルーチェは目を覚ました。
(………ここは?)
見慣れない天井だ。深い青色に、蔦のような模様が白色で描かれている。上半身を起こすと、毛布代わりにと誰かが掛けてくれたらしいコートが、するりと下に落ちた。
(これって……)
ルーチェはコートを拾い、辺りを見回した。
部屋の中央には書類が積み上げられている机があり、その後ろには大きな窓が、壁には本棚が三つ並んでいる。ルーチェが寝ていた大きな長ソファを含めて、室内の家具はこれだけだ。
広く殺風景な部屋だが、青や白の調度品で整えられているこの部屋は、ヴィルジールの仕事部屋だろうか。
「お目覚めになられましたか? ルーチェ様」
いつからそこに居たのか、扉の横にはセルカと離宮の使用人であるイデルが立っていた。ふたりとも温和な笑みを浮かべている。
「……あれ、私…」
ルーチェはコートを見つめながら、記憶を巡らせていった。
今日は正午から書庫を訪れていた。そこでノエルに会い、聖なる光の力を使い方を教えてもらい、その足で中庭に行き──読書をしていた時に、ヴィルジールがやって来たのだ。
(そうだわ…!ヴィルジールさまがお休みに…)
肩を貸せと言ってきたヴィルジールに、ルーチェは応えた。だがそれからの記憶がないということは、おそらく隣で眠ってしまったのだろう。
そして、ヴィルジールがここに運んでくれたのだ。彼のものであろう、清廉なデザインのコートからは、知っている香りがした。
ルーチェが答えを見つけたと分かったのか、セルカが静かに微笑む。
「陛下がこちらに運ばれたのです。先ほど来客があり、仕事に戻られましたが」
「そう…なのですね」
ルーチェはセルカの手を借りてソファから立ち上がった。
イデルが先導するように歩き出し、その後ろについて部屋を出る。だが外に出たところで、一本の糸がピンと張るような感覚がルーチェの足を縫い止めた。
「ルーチェ様?」
イデルが心配そうに声を掛けてきたが、ルーチェは返事をせずに後ろを振り返った。
今はまだ、そこにはいない。だが、そこに現れるという確信がある。
「……ヴィルジールさま?」
突然足を止めるなり逆側を向いたルーチェを見て、迎えにきてくれたセルカとイデルは不思議に思ったことだろう。
「ルーチェ様、陛下がどうかなさったのですか?」
セルカがいつもの調子で問いかけ、ルーチェの前に回ってくる。
「……ごめんなさい」
ルーチェはひと言だけ吐いて、床から足を剥がして駆け出した。
花も飾りも窓すらもない長い廊下をひた走る。息が切れ、途方もなく遠く感じるその道のりの途中で、鼓動ばかりが速くなっていった。
切れる息、激しく高鳴る胸に気付かぬふりをして、必死で廊下を走る。やっとの思いで角を曲がると、目の前には初めて見る男性に支えられるようにして歩くヴィルジールがいた。
「ヴィルジール様っ…!」
ルーチェは転がるように駆け寄り、ヴィルジールの顔を見上げた。
ただでさえ白い顔が、正気を失ったように蒼白だ。唇の色も悪く、何かを訴えているのか、或いは寒いのか──小刻みに震えている。
「……貴方が聖女様ですか?」
ヴィルジールを支えている男性が、ルーチェを見て大きく目を見開く。その瞳の色はヴィルジールのものよりも薄いが、曇り一つない晴れ空のように澄んでいる。
初めて見る顔だが、ヴィルジールが肩を預けているくらいだ。エヴァンのように、気の許せる相手なのだろう。
ルーチェはただ一言、ルーチェと申しますとだけ短い挨拶をし、二人の後を追った。
来た道を少しだけ戻り、ひっそりと佇む階段を上る。ヴィルジールの私室はさらに上の階にあるらしく、介助をしている男性は「自動昇降機があったらいいのに」と呟いていた。
私室に到着すると、ヴィルジールはベッドに寝かされた。先ほどの男性が医者を呼びに部屋を出て行くと、室内にふたりきりになった。
ベッドの上で仰向けに寝かされたヴィルジールは、苦しげに呼吸をしている。そっと額に触れてみたが、熱はなさそうだ。
ルーチェは部屋の隅にあった椅子を拝借し、ヴィルジールの傍に座った。そして、右手を握る。
「………ルーチェ?」
薄らと開かれた目は潤んでいた。視界が定まっていないのか、ぼんやりと遠くを見ているようだ。
ルーチェは安心させるように微笑んでから、両手で包むようにして握ったヴィルジールの右手に、自分の額を当てた。
(──触れて、想って。そして、光を求める)
今のルーチェに、出来るかは分からない。だけど、奇跡を起こした日のことを思い出しながら、ノエルから教わったことを守れば、出来る気がした。
聖なる光の力。それは魔力のないルーチェでも出来るという。その力で、ヴィルジールを癒すことができたのなら。
ルーチェは瞼を下ろし、胸の内で願い事を告げながら、祈りを捧げた。
(ヴィルジールさまの痛みが和らぎますように。今夜はゆっくりと、眠れますように)
ノエルがあたたかくて優しい気持ちをくれたように、ルーチェも伝えたいのだ。泣きたくなるような、あの優しい光を。
──どれくらいの間、そうしていたのか。
扉が閉まる音で目を開けると、ヴィルジールが穏やかな顔で眠っていた。
「流石は聖女様ですね」
春を閉じ込めたような声だ。声がした方を向くと、そこにはヴィルジールを支えてここまで連れてきた男性が立っていた。
白銀色の髪に、透けるように白い肌。どことなくヴィルジールと顔立ちが似ている。ヴィルジールを冬と例えるならば、目の前の男性は春だ。
男性は左胸に手を当てながら、優雅に頭を下げた。
「申し遅れました。私はセシルと申します」
「ルーチェと、申します。セシル様」
セシルという名には聞き覚えがあった。それは以前、ヴィルジールと城下に出かけた日に、彼の口から聞いたものだ。
『避難民どもは城下ではなく、セシルの領地で面倒を看てもらっている。一人残らずな』
ヴィルジールが呼び捨てにし、身体を預けるほどに信用している。そして、領地を持っている身分であり、彼の私室に出入りできる。ともすれば、セシルさんとやらは彼と血縁関係にある人か、もしくは友人だろうか。
「ふふ、考えていることがお顔に出ておられますよ」
「ご、ごめんなさい…!その、あの…」
吃るルーチェに、セシルは優しく笑いかけると、たった今入ってきた扉を開けた。
「兄上は眠っていらっしゃるようですし、隣にある応接室に行きましょうか」
「………!では、セシル様は…」
「はい。私は皇帝陛下の実弟でございます。さあ、こちらに」
セシルはヴィルジールとよく似た顔に、蕩けるような優しい笑顔を飾ると、ルーチェに手を差し出した。
セシルは先代の皇帝の十五番目の皇子であり、ヴィルジールの異母兄弟である。ヴィルジールの母君は身分の低い女性だったそうだが、視察に訪れていた先代に身染められ、妃にと迎えられたそうだ。
セシルの母君は侯爵家の出であり、先代が皇子の頃に皇太子妃として迎えられた。だが生来身体が弱かった彼女は、十年もの間子に恵まれず、それを理由に皇太子妃の座から下ろされてしまった。
後から迎えられた妃たちに先を越され、彼女は心を壊していったという。
嫁いで十年目を迎えた頃に、ようやく男の子を授かることができたが、彼女は我が子の顔を見ることなく逝った。
その子供が、今ルーチェの目の前にいる、セシル皇子である。
「驚きました。聖女様が現れたという噂は耳にしていたのですが、まさか城にいらっしゃるとは」
寝室の隣にある応接室に移動すると、セシルは慣れた手つきでお茶を用意し始めた。幼少期に毒を盛られて以来、信用の置ける者か自らの手で用意するようにしているそうだ。
「ヴィルジール様の…陛下のご厚意で、離宮に置いていただいております」
セシルはほんの一瞬、驚いたように目を見張っていたが、すぐに笑みを浮かべた。
「そうでしたか。貴女様もイージスから来た聖女様だとお聞きしたのですが、イージス神聖王国には聖女様が二人おられるのですか?」
ルーチェは目を瞬いた。
「そんなことは…ないと思うのですが」
イージスの聖女が自分であることは、ノエルが断言している。複数人いるなんて記述は本で見たこともないし、ノエルの口から出てもいない。
だが、ルーチェは記憶を失っている。
「ごめんなさい、私には以前の記憶がないのです。目を覚ました時から、この城におりました」
「そう…でしたか。ですが先ほど兄上を包んでいた光は、貴女が起こしたものですよね?」
光というのは、ノエルから教わった聖者の力のことだろう。触れて、その人を想い、光を求める。その祈りが聞き届けられ、力が発動した。
ルーチェが頷くと、セシルは花開くような笑みを飾った。
「とても…とても神秘的で、それでいて優しい光でした。兄上も穏やかな顔をされていた」
ありがとう、とセシルは改まって丁寧に頭を下げた。
あれはたまたま上手くいったのだと言うべきかルーチェは迷ったが、言葉は全て飲み込んだ。
そこへ、部屋の扉をノックする音が響き、見知った顔が現れた。宰相であるエヴァンと騎士のアスランだ。
「失礼いたします。遅くなりました」
エヴァンは扉を閉めると、セシルの傍までやって来た。テーブルを挟んで向かい側にいるルーチェを見て、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの会釈をした。
「エヴァン殿。公爵がお連れになった聖女様は、今はどちらに?」
「彼女は城の客間です。適当な部屋に案内させましたよ」
「適当って…」
「あのまま追い返してもよかったのですが、気になることがありましてね。陛下も同じことを思っていらっしゃると思ったので、監視ついでに引き留めたのです」
一体何の話をしているのだろうか。公爵が連れてきた聖女とは、セシルが訊いてきたことに関係がありそうだ。
だがルーチェの前では言いづらいのか、あるいは気遣ってのことなのか、その話題はもう出てこなくなった。
「ジルの具合はどうなんだ?」
アスランが腕を組みながら、ヴィルジールの寝室の方を見遣る。素っ気ない口調だったが、心配で仕方ないという顔をしている。
「今は聖…ルーチェ様のお陰で、眠っておられます。ここ最近、陛下は夢見が悪いと仰っていて、仕事も捗らないようでした」
「先ほど会った聖女様が近づいてきた時から、具合を悪そうにされていましたしね」
「つまり原因はあの女ということか」
「イージス神聖王国の聖女だと言っていましたが、こちらにはルーチェ様がいます。ルーチェ様がイージスの聖女であったことは、大魔法使いであるノエル様が証言なされた」
「ならば大魔法使いをここに呼んで、あの女を追っ払ってもらえばいいじゃないか。あの魔法使いは今どこにいるんだ?」
「もう間もなく到着されるはずです」
三人の会話を聞きながら、ルーチェは頭の中で情報を整理する。
ヴィルジールはここ最近、夢見が悪いせいで不調だった。そんな最中に、イージス神聖王国の聖女を名乗る女性を、公爵が連れてきたという。
だがイージスの聖女がルーチェであることは、稀代の大魔法使い・ノエルが証言している。
──一体、何が起きているのだろうか?
からんころん、と。懐かしい音が聞こえる。だがそれが何の音だったのかは思い出せない。ただ漠然と、懐かしいという思いばかりが溢れている。
ふいに、自分を呼ぶ声が聞こえたような気がして、ヴィルジールは目を開けた。
(──どういうことだ? ここは?)
何もない世界だ。触れられるものも、目に映るものも、全てが無。だが何かがヴィルジールを捕らえ、奥深くに引き摺り込もうとしている。それだけは分かっていた。
一歩先すら見渡せないほど真っ暗な闇の中、水の中に潜っているような声が繰り返され、ヴィルジールの身体に蔦のように絡みついてくる。気を抜いたら落っこちてしまいそうだ。
この夢から抜け出すにはどうしたらいいのか。絡みついてくる何かを振り払いながら、必死に声を上げる。
だがいくら動いても、目を凝らしても、そこは無でしかなく、ヴィルジールはさらに奥へ奥へと引き摺り込まれていった。
その時、声が聞こえた。ヴィルジールの名を呼ぶ声が。
──ヴィルジールさま。
ひとひらの雪のように儚げな声が、ヴィルジールを呼んでいる。
(───その、声は…)
暗闇の中、ヴィルジールは耳を澄ませた。花を揺らす風のような声を、一音も聞き逃さないように。
──ヴィルジールさま。
(……何故、呼ぶんだ)
自分を呼ぶ声は今も聞こえている。それが誰の声なのかも分かっている。だけど、何故呼んでいるのかが分からない。
だが、切々と響くその声に耳を傾けているうちに、右手があたたかいことに気づいた。
(────この、熱は)
右手を見ると、淡い光を纏っていた。あたたかくて優しいその光を、ヴィルジールは知っている。
光は右手を伝って全身へと広がっていき、ヴィルジールを包み込んでいった。
苦しかった呼吸が楽になった。身体から力を抜くと、目に映る世界が翼を広げるように光を放ち、鮮明になっていく。
ひときわ強い光を感じて、反射的に目を閉じ──そして開けた時。
ヴィルジールの目の前には、艶やかな黒髪を靡かせる美しい女性が佇んでいた。
『王の子よ。わたくしの声が聞こえますか?』
「…その王の子とやらが誰を指しているのかは分からないが、お前の声は聞こえている」
ヴィルジールは自由になった足を動かし、女性との距離を一歩詰めた。
『それはようございました』
とても美しい女性だ。澄んだ菫色の瞳に、雪のように白い肌、赤い花のような唇。今この場にエヴァンがいたら、間違いなく跪いて花束を差し出しているだろう。
「お前は誰なんだ?」
『我が名はソレイユ。遥か昔、この地の王と盟約を交わした者です』
ヴィルジールの問いかけに、謎の女性──ソレイユは、赤い唇を綻ばせながら答えた。
ソレイユという名に、ヴィルジールは眉を跳ね上げた。
その名を知らぬ王族はいない。ソレイユという名は、何百年も昔にオヴリヴィオ帝国に現れ、祖先と約束をしたという聖女の名だ。
「祖先が会ったという聖女か」
ソレイユは笑って頷くと、一度だけ後ろを振り返った。迫り来る何かとの距離を確認し、思わしくない結果だったのか──美しい顔が苦しそうに歪む。
『時間がないので、要件だけ伝えます。今すぐあの聖女をこの地から遠ざけなさい』
ヴィルジールの頭に、二人の顔が浮かぶ。陽だまりのように笑う少女と、造りもののような少女のふたりが。
「あの聖女とはどちらだ?」
『わたくしは彼女たちの名を知りません』
「……それではどちらなのか分からないんだが」
ソレイユは困ったように微笑んでいたが、何かを見つけたのか、ヴィルジールの右手を見遣った。
『貴方を想い、光を灯した者がまことの聖女です』
ヴィルジールは右手を見つめた。
右手に灯る熱は、まだ失われてはいない。夜空に聳える月のように、優しく寄り添ってくれている。
あたたかなその光からは、優しい気持ちが伝わってくる。雨上がりの空のように、初めて流れ星を見た時のように、世界が煌めいていることを伝えてくるかのように、ずっと。
『王の子よ。この地の王に託した、聖女の剣を捜しなさい』
「聖女の剣?」
ヴィルジールは顔を上げ、そして瞳を大きく動かした。ソレイユの身体が青い光を放ちながら、透けている。
『我が身と引き換えに生み出したあの剣ならば、聖者さえも滅することができます』
ぶわりと吹いた風が、ヴィルジールとソレイユの間を吹き抜ける。
『但し、使えるのは一度きり。その代償として何を失うかは分かりませんが、相手の魂ごと消滅させることができます』
聖女の剣も聖者も初めて聞く言葉だ。それがヴィルジールと何の関係があるのかは分からなかったが、剣には思い当たることがあった。
それは、ここ数日見ていた夢のことだ。
その夢とは、ひとりの少年が見ていた光景が映し出されていた。夢の中では白銀色の髪の女性が現れ、少年に一本の剣と包みを差し出してきた。それを少年が受け取ると、女性の髪は黒色に変わり、光の粉となって消えてしまう。
よい夢なのか、悪い夢なのか。何を伝えようとしていたのか分からない夢だったが、どうやらあの女性が今目の前にいるソレイユのようだ。
ソレイユは枯れる花のように笑うと、ヴィルジールの右手に触れた。
『王の子よ。あの日の約束を、必ず』
あの日の約束とは、いつの日のことだろうか。あの夢の出来事は、一体何百年前のことなのだろうか。なぜ彼女は、ヴィルジールを王の子と呼ぶのか。
謎は深まるばかりだが、右手に熱を灯し続ける存在に会うために、ヴィルジールは瞼を下ろした。
目を開けると、見慣れた天井が視界いっぱいに映った。
セシルに担がれるようにして、自室に戻ってきた記憶はある。その時、何故か傍らにルーチェが居たことも。
ゆっくりと身体を起こすと、ベッドの右側にルーチェが突っ伏していた。今もなお感じる熱を辿るように右手を見ると、ルーチェに握られている。どうやらヴィルジールの右手を握ったまま眠っているようだ。
(………光を灯した者がまことの聖女、か)
ヴィルジールはルーチェの手を握り返した。そして、反対側の手を伸ばして、ルーチェの髪にそっと触れる。
ソレイユと同じ、白銀色の髪だ。だがルーチェの髪は元は別の色だった。ヴィルジールの傷を癒した時に、彼女の髪は今の色に染まった。
初めてルーチェを見た日のことを思い出す。両手を後ろで縛られ、床に転がされていた時のことを。
あの日、あの時──ルーチェの髪色は、ヴィルジールの目には黒色に映っていた。それは夢に出てきたソレイユが髪色を変え、消えてしまったあの瞬間と重なる。
「……ひとつも似ていないのに、あの日のお前と重なって見えたのは、何か意味があるのか」
ヴィルジールは目を閉じた。
夢の中で少年が見たソレイユは、必死に訴えているようだった。そして剣ともう一つ、布に包まれた何かを少年に渡し、髪色は変わり──彼女は消えた。
ソレイユとルーチェ。ふたりの共通点は聖女であることと、髪色が変わったことだけだ。ただそれだけなのに、二人が並んだ姿が頭にこびりついて離れない。
色々なことを考えていると、急に右手を握る指先がぴくりと動いた。どうやらルーチェが目を覚ましたようだ。
ルーチェはゆっくりと顔を上げると、真っ先にヴィルジールの顔を見つめた。そして、大きな丸い瞳をさらに大きくさせた。
「……ヴィルジールさまっ!」
「何だ」
「何だじゃありません。心配したのですよ」
ルーチェは怒ったような口調だったが、その目元はほっとしたように和ませていた。
「悪かったな」
ヴィルジールは室内をぐるりと見回した。こういう時、真っ先に引っ付いてくるエヴァンの姿が見えない。心配性な弟の姿もなく、どうやら今はルーチェとふたりきりのようだ。
「………あ…」
ルーチェが右手に視線を落とし、顔を赤くさせたり青くさせたりしている。するりと抜けそうになったルーチェの手を掴み、もう一度握り直すと、ルーチェがぱっと顔を上げた。
「ヴィルジールさま?」
潤む菫色の瞳に映る自分は、そんな表情をすることも出来たのかと問いたくなるくらいに、不思議な顔をしていた。
「ずっと、握っていたのか」
ルーチェは恥ずかしそうに顔を俯かせてから、こくっと小さく頷いた。
「力の使い方を、ノエルさんに教わったのです。そのために」
「触れれば使えるのか?」
「いいえ。触れて、その相手を想い、光を求めるのだそうです。…以前にも、同じことをヴィルジールさまにいたしました」
マーズの大魔法使いであるノエルは、イージス神聖王国に数年滞在していたことがある。ルーチェのことをよく知るノエルならば、記憶を取り戻す手伝いが出来ると思い、他の理由をこじつけて国に招いたのだが。
どうやらその甲斐があったようだ。
「俺にも使えるか」
「分かりません。この力は魔法ではないのです」
ルーチェは語った。聖女の力というのは、マーズでは聖者の力と呼ばれていること、魔力を失った自分でも使えるとノエルに教えてもらったこと。それから具体的な方法を、恥ずかしそうに──けれども嬉しそうに語ると、笑顔をこぼした。
触れて、その相手を思い、光を求める。
聖女でもなければ、聖者とやらでもないヴィルジールにも、出来るだろうか。
ヴィルジールはルーチェの頭の後ろに手を添え、自分の顔を近づけ、ルーチェと額を合わせた。
ルーチェがひゅっと息を呑む。これでもかというくらいに、目を大きくさせている。
「……心の中で名を呼んでみたが、何も起こらないな」
「……っ、ヴィ、ヴィルジール、さま…」
声にならない悲鳴を上げるルーチェの吐息が、ヴィルジールの鼻を掠める。
菫色の瞳は泣きそうに揺れていたが、顔は茹でたもののように真っ赤に染まっていた。
ヴィルジールは微笑った。ルーチェがくれた優しい光を呼び起こすことは出来なかったけれど、見たこともない顔をさせることが出来たのだ。
今度は左胸に、熱が灯るのを感じた。
10
あなたにおすすめの小説
記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる
きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。
穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。
——あの日までは。
突如として王都を揺るがした
「王太子サフィル、重傷」の報せ。
駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです
あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。
社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。
辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。
冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。
けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。
そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ“自分の居場所”を取り戻していく。
静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる