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不倫の代償
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波彦はユミの背後からユミの膣にペニスを挿入したまま彼女を抱きしめていた。
その時 インターフォンの呼び出し音が鳴り響いた。
ビクッ 2人の躰に一瞬緊張感が走って 現実に引き戻されたユミが
「出なきゃ、」
「出ないでくださいっ」
「ダメだよ 離して っ」
出るなっ!
四つ這い姿のユミは波彦と密着していた下半身を離して
ヘッドボードまで這って手を伸ばし インターホンの受話器を耳に当てた。
「は…い」
『……… …』
「はい ええ 大丈夫よ はい はぁ? いえ その人も身内ですが、はい はぁ……では、繋いでください … …あー 岩井君? 大丈夫 ごめん ごめん えっ? 彼? 彼なら 私が ロビーに降りて行ったらいなかたわ 帰った って ええ 多分 そう…
貴方が彼を重宝にこき使うからじゃない? 来なくていいわ! ダメよ 何時だと思ってるの! えー! … はい わかったわ」
「大楠君 早く消えてっ」
そう言う事… …
ユミの一方的な電話の受け答えと 岩井 の名前が出た事で今から岩井先生が来る と確信した。
慌てたユミの視界には 既に服を着出す波彦がいた。
「ごめんなさい 悪かったわ つい 調子に乗ってしまった」
「そんな事より 貴女も服を着ないとっ!」
波彦は 自分の事よりユミを優先してしまう。
クローゼットから テキトーにTシャツとゴムのワイドパンツを引っ張り出した。
真っ裸の躰の腰に白衣がボタン一つで止まっている。
ベッドの上で 放心したような 白井ユミが 可愛らし過ぎると つい笑みが溢れた。
「先生っ ほら 元旦那さんもう来ますよっ 下着っ、下着っ!」
「あー いいわ それより 大楠君 帰らなきゃ 岩井や奥さんが、知ったら 大惨事 よ」
「俺の事はいいから 早くっ!」
波彦は 脱ぎ散らかした ブラジャーとパンティを見つけユミに履けと促し 白衣とパジャマのズボンをリネンボックスに突っ込んだところで、部屋の入り口の呼び出し音が2度連続で鳴った。
やばいっ 岩井先生だっ !
「どっ どうしましょうっ、」
ッ! いつもの冷静沈着な先生は何処だ?
「さぁ 慌てず 扉に向かって 〝待って 着替えたら直ぐに開けます〟と言う! 俺はバスタブで隠れてるからっ いい?」
「 わ、わかった 」
波彦は着替え 靴 その時思い当たる自分の痕跡を全て抱えてエグゼクティブルームの空のバスタブに身を潜めた。
部屋の物音は一切聴こえてこない。
先生 上手くやってよっ 頼むから…
失敗したら… もしもの想像が 波彦を楽しませてくれる
バレたら 全て失うが 1番欲しいモノは手に入る。
それさえ手に入れば あとは 何とかなる。
大楠波彦は 呆れるくらいの積極思考で ずっとトップセールスを誇ってきた。
この場合もその強気の思考は揺らがない。
『…ユミ 君の人騒がせには ヘキヘキだ 』
『…人騒がせはどっちよ? わざわざ大楠さんまで巻き込んでっ』
『そ、それは 俺が間に合わないと思ったら 彼が浮かんだんだ』
『大楠さんは 商社のセールスマンで 岩井君のこま遣いじゃ無いわっ』
『… 彼の方を持つんだ…』
もうっ、 先生っ話題を俺からそらしてっ
『方をもつ 持たないの話しじゃ無いでしょ! 全くぅ 岩井君は自分では気がついてないだろうけど 凄くネガティブよ! あーなったら こーなったら って なってみなききゃわかんないじゃない?』
『……わかった もう君の事は知らないっ』
『だから そうしてって 前も言ったでしょ?私達 おわったんだから 』
『だからって ハエが 男とか テキトーな事を…』
『あー マックス うふふ だってあの時は マックスの事しか頭になかったから つい 男は?って貴方が聴くから でちゃったのね』
『確かに まぁ 男だが ショウジョウバエに 俺たちは勝てないって事だろ?』
『 どう言う意味か わからないけど、少なくともマックスは最高の個体だった』
『… だったって …奴は死んだ?』
『ええ まぁ 寿命だから 』
『…たしか むこうから連れてきた奴か?』
『あー もう終わり!さあ帰って これ以上は違う研究室の方にお話しできません!』
『ちょっ、ちょっと もしマックスのゲノム解析できたら 不老長寿に繋がる発見か?』
『はい 岩井君 サヨナラ バイバイ』
ユミと岩井先生のやり取りが バスタブに響いてきた。
しかし、彼女が若返りの新薬のヒント掴んだとしたら また 遠くに行くんだろうか…
このまま 俺は 白井ユミに振り回され続けて やがて捨てられて…
いや まだ 俺のモノにもできてない
「大楠君 岩井君帰ったわ、出てきて♪」
同時にバスルームの扉が開く。
ガラスで仕切られた空バスタブに躰を沈めていた大楠と覗き込むユミの視線が合った。
「 うふふ 映画みたい 」
バスタブから 出ようとしない波彦に
「ずっとそこに居る?」
「…出たくても 出られない…」
「え? どうして!」
「ビビって 腰が抜けたらしい 」
「あらー 大変」
ユミが駆け寄ってきたその時
波彦はサッと立ち上がってユミを抱きしめた。
「もう 俺の モノ だから …」
甘えたようなその美声。 大楠波彦の囁きは 営業現場でも絶大な効果音を、発揮する。
「続き する?」
背の高い大楠に抱きしめられると決して低くない背丈のユミでも抱きすくめられるの形容がピタリとはまる。
「先生次第 俺は先生を気持ち良くするって約束したから」
「うふふ 私の事はいいの 君 大楠君の気持ちよ」
「あー 今は正直 このまま ずっと白井ユミ博士をハグしていたい。」
「このまま? ここで?」
「そう 動きたく無い 」
「まぁ …しょうがないわね」
バスルーム。大楠波彦は空のバスタブの中、白井ユミはバスタブの外でバスタブに寄りかかり坐り込んでいた。
「キイロショウジョウバエがまた やらかしたら先生は俺を捨てて 日本を出て行くんでしょ?」
「また 大楠君も 私が理解できない謎謎を出題する」
ユミは両膝を胸に引き寄せ三角坐りをする。
膝に顔を乗せて ふふふ と笑ってみせた。
「謎謎ですか? それこそ先生の思考が謎です」
「あのね、 私達 捨てるとか捨てられるとかの関係なの?」
「えー! 違うんですかぁっ 」
「またぁ 大楠君 重いっ!」
「重いですか……」
「重い! それに 君 結婚してるじゃ無い!」
「そ、それは … 」
アメリカに帰ってしまった先生を忘れる為 と言いそうになり口をつぐんだ。
「それは? 何 事実でしょ?」
リケジョは事実しか見ない。夢も検証して実験して事実を突き詰めている。
「何も言えません。でも 先生を心から好きなことも事実です。これだけは絶対本当です。」
「あのさ 人間の感情程 事実から遠いものは無いのよ!」
「え?」
「だって、 客観的な実証ができないじゃ無い 感情なんて、」
それを言われたら 身も蓋も無い…
「先生は 事実しか認めないって 事ですか?」
「まぁ 大方の見方は そう 」
「じゃぁ 俺の子供を孕んで下さい!」
「ええっ 突拍子もない事、君さ 思いついた事 全部実行しちゃう⁈」
「はいっ それは 事実! 俺が責任持って育てます。それが俺が出来る先生への気持ちの実証です」
ユミは頭を抱えて膝頭に臥した。
「せ、先生?」
暫くの沈黙の後
頭を上げたユミは
「確かに 君の提案は一理あるけど、生まれた子供は?子供の意思は? 母親の体内から出ると それは 1人の人間として人格を擁するわ それ 君が決められる事?」
「もちろん、幼い時の愛情と成長のフォローです その過程が俺の先生への忠誠です」
「ふーん 君って さすがトップセールスマンだけのことあるわ 関心する」
「先生 俺 本気ですよ♪」
「馬鹿! お嫁さん どうするのよっ 肝心な何処が抜けてるんだから… それに 不倫 って 私には似合わないから!」
「わかってます 白か黒 ですよね 岩井先生の一時の気の迷いもグレーで納めなかった ですよね」
「あ、あれ? 岩井君 あの人は根っからの感情論者だから、最後の詰めが甘いの!だからいまだに国内で燻ったまま 」
「先生 それ 言い過ぎですよっ!」
「いいんじゃない? 本人居ないし 」
「それー 陰口って 知ってますか?」
「ええ 真実の陰口 直接伝えた方がいい?」
「あー ダメですよっ たとえ真実でも言っていい事と悪いことくらい分かるでしょ!いい大人なんだからぁ」
「だから 陰口よ」
ピロトークならぬバスルームトークは終わりなく続く。
岩井は 大手町から車で15分そこそこの自宅マンションの駐車場にいた。
大楠君に悪い事したかぁ…
〝大楠さんは岩井君のこま遣いじゃ無い〟
そうだよな、ユミに何かあったとしても 彼 赤の他人なんだから…
大楠君 怒ったかな… 俺が逆なら断ってるかな
普段は電車通勤で、 急を要したので研究所の車を借りていた。
マンションのゲスト用駐車場に止めてエントランスの管理人に事情を話し 部屋に戻るところで 若いカップルとすれ違う。
ここの住人か? 見慣れないカップルだな
岩井はふと 振り返り二人がマンションの中に入る後ろ姿を見送った。
深刻そうだなぁ 別れ話しか
あれ? 女性の方は…何処かで ……
まぁいいか…
部屋に戻るまで 何度か 大楠波彦に連絡したが留守電だった。
相当頭にきてるかなぁ… 悪い事したなぁ
白井ユミが指摘するように岩井は相当ネガティブな気性でいつまでも気にして うじうじ考え込む男だった。
妻が体調不良で 実家療養も1週間近くになる。毎日妻とSMSで連絡は取り合ってはいるが、妻のメール内容では、まだ長引く様子だった。
「おはようございますっ次長」
営業一課のフロアに立つと 大楠に社員が皆挨拶をする。
「次長 本日のスケジュールです。」
秘書課の女性から 手渡されたスケジュールに 国立最先端医化学研究開発センターの文字は無い。
次長室に入ると、すぐにコーヒーが運ばれてくる。
「ありがとう 皆さんがそろいましたら朝礼しますか」
「次長 部長がお呼びです」
部長… 珍しいな 次の役員会で専務昇格狙ってるよな…
「失礼します」
波彦は緊張しつつ部長室に入った。
「あー大楠君 そこに座って、ちょっと待ってて」
「あー もしもし ええ はい はい わかります。それはお辛い事、はい とにかく 私共にお任せください。はい かしこまりました。」
「朝から 忙しい何処 悪いね、」
「いえ、」
「おりいって 君に頼みがあるんだ」
「 私でお役に立てる事がありましたら 何なりと、」
「実はね、来月早々2週間程度 孫教授のお供で ウィスコンシンのDメディカルの研究所に出張して欲しいんだが、どうだろう 新婚の君には申し訳ない。孫先生が君とだったら と 直直のご指名なんだ」
「それは…孫先生の講演とか?」
「いやいや、実は、まだ本決まりでは無いんだが、D社の製薬工場を日本に作る計画案が出ていて、これを機に他社に先行されている日本マーケティング戦略にD社が本格的に参戦するんだ、君、君の奥さんの御尊父、つまりかの製薬メーカーの専務からの名指し指名だよ。常務からきた辞令だよ」
「あ、はぁ…」
彼女が病気療養中に義父が俺を海外出張? どう言う事なんだ…
「どうした 気乗りしないか?」
「いえ、謹んでお引き受けいたします」
「そうか、それで早速だが 我が社の立場 我が社の目的は 直接常務から君に話したいとの事で、悪いが今夜時間をあけてくれ、」
「は、こ 今夜ですか⁈」
「何だ 時間取れないのか?」
「はぁ 実は 岩井先生から お誘いがありまして…」
「岩井先生…ゲノム研究所所長の岩井教授?」
「は、はい」
「あそこの担当は 君じゃないだろ?」
「はぁ 」
「そうか…あそこは うちにとっても大口顧客だからなぁ…」
パンッと 両手の平を派手に打ち鳴らした部長は、
「岩井先生には 私が会おう、あー君の部下の誰か一人 岩井先生と面識あるものを遣しなさい。そうしよう、それがいい」
部長には逆らえない。
大楠波彦は 岩井に予定の変更をメールで伝えた。
一方 メールを受け取った岩井は、
「やはり 大楠君は 俺を避けているんだろうか、部長に来られても話す事が無いんだが…」
結局大楠波彦に謝罪する目的で 彼を誘ったのに、
来るのは昭和を引きずる営業部長だった。
断る事も出来ず、岩井はモーレツな売り込みに巻き込まれず早急にお開きにする方策を頭の中で巡らせいた。
嘘も方便か
研究所の車でいくか…それなら呑まなくていい、
単純な解決策で多少は足取りも軽く地下駐車場に降りて行くと、何やら 男女が揉めているような声が響いてきた。
痴話喧嘩か?
「嫌っ 帰りたくない 貴方と行くっ」
「困らせないで 君のパパもママもすごく怒っているよ、」
「やだっ 貴方に着いていく! パパもママもあたしが説得する!貴方と結婚する!」
「あー そんなに泣かないで、僕だって君を連れて行きたい、だけど…」
「嫌っここに居る!」
「それは 駄目だよ 分かってるだろ?僕の両親がもうすぐ本国か帰ってくるのを!」
「やだぁ 帰りたくないっ」
「駄々っ子しないで 何とか僕の両親に相談してみるから、さぁ
乗って 送って行くから 」
岩井は成り行きを一部始終見ていた。
両親に反対されてるんだ… 気の毒に
ええっ! ええ 嘘っ 嘘だろ!
「やあ こんばんは 先生っ お招きに預かり光栄です」
波彦の上司である部長は、満面の笑みで銀座の馴染みの割烹の個室に先に到着していた。
寸前で目撃した痴話喧嘩が岩井の頭の中を独占して 部長の挨拶どころではなかった。
同じ頃 大楠波彦は常務と、妻の父であり日本を代表する製薬メーカーの専務取締役の二人を前に 新橋の料亭の個室で向かい合っていた。
なんだ?義父の同席は聴いてないぞっ
「大楠君 悪かったな、いきなり呼び出して 」
「常務、 そのようなご懸念は無用です。」
今は商談と心得よう…
「営業部長から聴いてくれてると思うが、ウィスコンシンへ行ってくれるか?」
「あ、はい 私のような若輩者でもお役に立てるなら光栄です」
「波彦君 実は 常務にお願いして、義父と息子として、本音で話したい。」
「は、はぁ萩原専務、D社の件で そのぉお話しでは?」
「まぁ まぁ、先ずは 一杯」
常務は義父と波彦の仲を取り持つように徳利を傾け 波彦はそれを受けて 返盃した。
「よしっ これからはお互い ビジネス上でもガッチリ手を組んで出世の階段を上り詰めようじゃないか! えっ 大楠君」
「は、はい…」
この二人 何を企んでる?
D社の日本進出の経緯と今後の戦略を常務から具体的に聞かされた。孫教授はゲノム新薬創生のアジア圏の第一人者で 隣国からも複数の資金援助のオファーが来ているが 祖国と隣国の今後の関係を考えるとアメリカの製薬メーカーと共同する方がメリットがあると考えていた。
教授は波彦をえらく気に入り D社にも彼を紹介したいと相談があったと言う。
「孫先生には 私の方が何かとお世話なるばかりで、有り難いお話しです」
「君と孫教授がそんなにも信頼関係が築けていたとは、さすが私の目に叶った男だ!」
「勿体ないお言葉…」
波彦がふと義父の顔をみると額に汗が滲んでいた。
「専務っ お暑いですか?室温をお下げしますか」
「あー 波彦君 専務はやめてくれ」
「今夜は 義父と息子 …そこで 頼みがあるっ」
そう言うと いきなり 義父が波彦に向かって土下座した。
「えっ ええぇ! お っ義父さん やめてください
なっ何の真似ですかっ 」
波彦は義父の肩を掴んで 土下座をやめさせよとしたが 彼は頑なに動かず 声を絞り出した。
「む、娘と別れてくれないかっ 頼むっ」
「えーっ えっ 義父さん いったい えーっ」
大袈裟な、土下座までするような話しかっ、、おまけに 常務まで同席させて、結局は自分の娘の不始末を俺に帳消しにしろって話しじゃないか…
「実は、娘は君と結婚する前に 好きあった男がいてな、その男は日本人ではないんだよ。一人娘を外国へやるわけにはいかない。私達夫婦は勿論反対した。幸いその男の父親は大使館勤めの外交官でな、大使の交代で母国に帰る事になった。そのタイミングで君の所の常務に将来有望な社員を紹介してほしいと頼み込んで、君を紹介された。娘はしぶしぶ君との見合いを承知した。あとは 君も知ってのとおりだ…」
…俺も偉そうに言える立場じゃない
俺たち夫婦は似た者夫婦って事か…
結婚して二年たったある日 妻とその男は偶然再会した。
無理矢理ひきはなされたんだ、焼け木杭に火がつくのは当たり前だよな…
俺だって… 俺だって 白井ユミと一緒になりたい!
義父は娘の不始末の代償として D社の日本本社の誘致後は、波彦の会社と外部提携し販売強化の連携を図る事、波彦が今回ウィスコンシンで日本誘致の道筋を作る事ができれば、将来的にはD社への招聘も視野にいれると言ってきた。
結局は 娘に傷がつかないようにするための詭弁か、
上手い話しには裏ありだ…
常務だって、俺たちの結婚が破綻したとなったら、義父の会社と縁故が無くなる…
タヌキとキツネの化かしあいか…
思案を、巡らせていると 携帯に着信があった。
「岩井先生! 」
岩井から会って話したい事があると言われ、波彦は新橋にいる事をつげると 銀座で落ち合う事になった。
新橋から銀座までは徒歩でも時間はかからない。
考えれば考えるほど 妻も自分も企業間の駒だったと理解した。しかも一歩踏み外したら 捨て駒…
頭から泥水をかぶせられたような 苦々しい思いが湧き上がってくる。
波彦は、歩きながら怒りと言うネガティブな思考を持ち越さないよう発想を変えよと自分に言い聞かせていた。
妻はまだ世間知らずのお嬢様だった。
大学卒業と同時に俺と見合をさせられた。
相当辛かっただろう… その時の恋人と大人の都合で引き離されたとしたら、俺達の愛の無い …結婚生活… 茶番もいいとこだっ
企業で生き残ると言う事は こう言う事?
波彦は ぶつぶつ独り言を言いながら 銀座並木通り沿いの岩井が指定した居酒屋の前に着いた。
暖簾を避けて引戸を開けると威勢のいい店員の いらっしゃいっの声が賑やかな店内に響いた。
「岩井で席を取っているはずですが…」
「お席にご案内します」
〝2番さん 突き出し一丁うっ〟
狭い店内だが奥行きがあり 奥に襖で仕切られた個室が並んでいる。
その一つの襖を開けると 岩井が 「やあ」と手を挙げた。
「先生 今日は 申し訳ありません」
波彦は謝りながら靴を脱ぎ 案内した店員に 「生ビール大」と注文した。
義父の苦々しい呼び出しの後で 岩井の呑気そうな顔を見た波彦は ほーっ
と息を吐いて お手拭きで額の汗を軽く拭う。
「大楠君 お疲れさん、」
ビールが早々と運ばれてきた。
「先生 失礼します」
ゴクゴクと生ビールジョッキを傾けて 波彦の喉の筋肉が波打っている。
「カーッ 旨いっす!」
岩井は 大楠波彦がこの前の事を根に持っていないと確信できた。
「大楠君、この前は ユミの事で 君を使い走らせて 申し訳なかった、すぐに君を頼りにしてしまって…」
ビールを半分程飲み干した波彦が、
「あーあ!そんな事全然気にしてませんよっ 岩井先生に謝られると私が恐縮しますっ!」
「だって 君 僕の電話もメールも出てくれなかったから、相当怒ってるものとばかり…思ってね」
ゔー 面倒くさい、、、
「良かったじゃないですか 白井先生がご無事で!」
俺も よく言うよ 嘘ばっかり…
「大楠君が 器の大きな男でよかった、安心したよ、」
手元のハイボールをゴクっと飲むと岩井は 何やらモゴモゴと口を動かして 今度は残りを一気に飲み干した。
「せっ先生 そんなに一気飲み 大丈夫ですか?」
「大丈夫っ大丈夫! ハイボールお代わりぃ 焼き鳥もも2本 砂肝2本 鰻ざく 白きも え~ 大楠君君は?」
「あー お任せで 」
岩井は調子良く 居酒屋メニューを注文する。
「と、ところでなぁ 大楠君 」
「は、はい」
何かを言いかけたところで ハイボールが運ばれてきた。
「あー待ってましたよぉ~」
岩井はまた ハイボールをかなりの勢いで半分以上飲み干すと
焦点の定まらない目で波彦を見据えて
「大楠君 君ら夫婦は上手いこといってるのか?」
「ええっ 先生 それどう言う事でしょう?」
「どー言う事って こう言う事よ、嫁さんとうまくやってるのかって」
「先生 酔ってますよ 大丈夫ですか?」
「酔ってない …酔わなきゃ聞けない事だろっ」
「え、先生 私達夫婦の事ですか?酔わなきゃ聞けないって?」
「いちいち 僕に聞き返すなよ 上手い事してるのか?」
「はぁ まぁ 他所は分かりませんが、それなりに…」
波彦は、寸前に義父から別れろ と言われ
今また岩井から上手くやってるか…と聞かれて どう答えるべきか 酔っ払いに真っ当に答えられないと思いを巡らせる。
「そ、それなりにって 嫁が浮気しててもか⁈」
ギェ~ 何っ 何っ 何なんだっ、、、、
「先生 酔ってます 先生っ今日は帰りましょう」
散々な一日だった。
岩井を自宅マンションまで送り届け 波彦が新築のマイホームに着いたのは午前12時過ぎだった。
タクシーを降りて 人気のない真っ暗な自宅の窓を見ながら
何故か ほっとしていた。
俺は、独り暮らしが性に合ってる。
その時 インターフォンの呼び出し音が鳴り響いた。
ビクッ 2人の躰に一瞬緊張感が走って 現実に引き戻されたユミが
「出なきゃ、」
「出ないでくださいっ」
「ダメだよ 離して っ」
出るなっ!
四つ這い姿のユミは波彦と密着していた下半身を離して
ヘッドボードまで這って手を伸ばし インターホンの受話器を耳に当てた。
「は…い」
『……… …』
「はい ええ 大丈夫よ はい はぁ? いえ その人も身内ですが、はい はぁ……では、繋いでください … …あー 岩井君? 大丈夫 ごめん ごめん えっ? 彼? 彼なら 私が ロビーに降りて行ったらいなかたわ 帰った って ええ 多分 そう…
貴方が彼を重宝にこき使うからじゃない? 来なくていいわ! ダメよ 何時だと思ってるの! えー! … はい わかったわ」
「大楠君 早く消えてっ」
そう言う事… …
ユミの一方的な電話の受け答えと 岩井 の名前が出た事で今から岩井先生が来る と確信した。
慌てたユミの視界には 既に服を着出す波彦がいた。
「ごめんなさい 悪かったわ つい 調子に乗ってしまった」
「そんな事より 貴女も服を着ないとっ!」
波彦は 自分の事よりユミを優先してしまう。
クローゼットから テキトーにTシャツとゴムのワイドパンツを引っ張り出した。
真っ裸の躰の腰に白衣がボタン一つで止まっている。
ベッドの上で 放心したような 白井ユミが 可愛らし過ぎると つい笑みが溢れた。
「先生っ ほら 元旦那さんもう来ますよっ 下着っ、下着っ!」
「あー いいわ それより 大楠君 帰らなきゃ 岩井や奥さんが、知ったら 大惨事 よ」
「俺の事はいいから 早くっ!」
波彦は 脱ぎ散らかした ブラジャーとパンティを見つけユミに履けと促し 白衣とパジャマのズボンをリネンボックスに突っ込んだところで、部屋の入り口の呼び出し音が2度連続で鳴った。
やばいっ 岩井先生だっ !
「どっ どうしましょうっ、」
ッ! いつもの冷静沈着な先生は何処だ?
「さぁ 慌てず 扉に向かって 〝待って 着替えたら直ぐに開けます〟と言う! 俺はバスタブで隠れてるからっ いい?」
「 わ、わかった 」
波彦は着替え 靴 その時思い当たる自分の痕跡を全て抱えてエグゼクティブルームの空のバスタブに身を潜めた。
部屋の物音は一切聴こえてこない。
先生 上手くやってよっ 頼むから…
失敗したら… もしもの想像が 波彦を楽しませてくれる
バレたら 全て失うが 1番欲しいモノは手に入る。
それさえ手に入れば あとは 何とかなる。
大楠波彦は 呆れるくらいの積極思考で ずっとトップセールスを誇ってきた。
この場合もその強気の思考は揺らがない。
『…ユミ 君の人騒がせには ヘキヘキだ 』
『…人騒がせはどっちよ? わざわざ大楠さんまで巻き込んでっ』
『そ、それは 俺が間に合わないと思ったら 彼が浮かんだんだ』
『大楠さんは 商社のセールスマンで 岩井君のこま遣いじゃ無いわっ』
『… 彼の方を持つんだ…』
もうっ、 先生っ話題を俺からそらしてっ
『方をもつ 持たないの話しじゃ無いでしょ! 全くぅ 岩井君は自分では気がついてないだろうけど 凄くネガティブよ! あーなったら こーなったら って なってみなききゃわかんないじゃない?』
『……わかった もう君の事は知らないっ』
『だから そうしてって 前も言ったでしょ?私達 おわったんだから 』
『だからって ハエが 男とか テキトーな事を…』
『あー マックス うふふ だってあの時は マックスの事しか頭になかったから つい 男は?って貴方が聴くから でちゃったのね』
『確かに まぁ 男だが ショウジョウバエに 俺たちは勝てないって事だろ?』
『 どう言う意味か わからないけど、少なくともマックスは最高の個体だった』
『… だったって …奴は死んだ?』
『ええ まぁ 寿命だから 』
『…たしか むこうから連れてきた奴か?』
『あー もう終わり!さあ帰って これ以上は違う研究室の方にお話しできません!』
『ちょっ、ちょっと もしマックスのゲノム解析できたら 不老長寿に繋がる発見か?』
『はい 岩井君 サヨナラ バイバイ』
ユミと岩井先生のやり取りが バスタブに響いてきた。
しかし、彼女が若返りの新薬のヒント掴んだとしたら また 遠くに行くんだろうか…
このまま 俺は 白井ユミに振り回され続けて やがて捨てられて…
いや まだ 俺のモノにもできてない
「大楠君 岩井君帰ったわ、出てきて♪」
同時にバスルームの扉が開く。
ガラスで仕切られた空バスタブに躰を沈めていた大楠と覗き込むユミの視線が合った。
「 うふふ 映画みたい 」
バスタブから 出ようとしない波彦に
「ずっとそこに居る?」
「…出たくても 出られない…」
「え? どうして!」
「ビビって 腰が抜けたらしい 」
「あらー 大変」
ユミが駆け寄ってきたその時
波彦はサッと立ち上がってユミを抱きしめた。
「もう 俺の モノ だから …」
甘えたようなその美声。 大楠波彦の囁きは 営業現場でも絶大な効果音を、発揮する。
「続き する?」
背の高い大楠に抱きしめられると決して低くない背丈のユミでも抱きすくめられるの形容がピタリとはまる。
「先生次第 俺は先生を気持ち良くするって約束したから」
「うふふ 私の事はいいの 君 大楠君の気持ちよ」
「あー 今は正直 このまま ずっと白井ユミ博士をハグしていたい。」
「このまま? ここで?」
「そう 動きたく無い 」
「まぁ …しょうがないわね」
バスルーム。大楠波彦は空のバスタブの中、白井ユミはバスタブの外でバスタブに寄りかかり坐り込んでいた。
「キイロショウジョウバエがまた やらかしたら先生は俺を捨てて 日本を出て行くんでしょ?」
「また 大楠君も 私が理解できない謎謎を出題する」
ユミは両膝を胸に引き寄せ三角坐りをする。
膝に顔を乗せて ふふふ と笑ってみせた。
「謎謎ですか? それこそ先生の思考が謎です」
「あのね、 私達 捨てるとか捨てられるとかの関係なの?」
「えー! 違うんですかぁっ 」
「またぁ 大楠君 重いっ!」
「重いですか……」
「重い! それに 君 結婚してるじゃ無い!」
「そ、それは … 」
アメリカに帰ってしまった先生を忘れる為 と言いそうになり口をつぐんだ。
「それは? 何 事実でしょ?」
リケジョは事実しか見ない。夢も検証して実験して事実を突き詰めている。
「何も言えません。でも 先生を心から好きなことも事実です。これだけは絶対本当です。」
「あのさ 人間の感情程 事実から遠いものは無いのよ!」
「え?」
「だって、 客観的な実証ができないじゃ無い 感情なんて、」
それを言われたら 身も蓋も無い…
「先生は 事実しか認めないって 事ですか?」
「まぁ 大方の見方は そう 」
「じゃぁ 俺の子供を孕んで下さい!」
「ええっ 突拍子もない事、君さ 思いついた事 全部実行しちゃう⁈」
「はいっ それは 事実! 俺が責任持って育てます。それが俺が出来る先生への気持ちの実証です」
ユミは頭を抱えて膝頭に臥した。
「せ、先生?」
暫くの沈黙の後
頭を上げたユミは
「確かに 君の提案は一理あるけど、生まれた子供は?子供の意思は? 母親の体内から出ると それは 1人の人間として人格を擁するわ それ 君が決められる事?」
「もちろん、幼い時の愛情と成長のフォローです その過程が俺の先生への忠誠です」
「ふーん 君って さすがトップセールスマンだけのことあるわ 関心する」
「先生 俺 本気ですよ♪」
「馬鹿! お嫁さん どうするのよっ 肝心な何処が抜けてるんだから… それに 不倫 って 私には似合わないから!」
「わかってます 白か黒 ですよね 岩井先生の一時の気の迷いもグレーで納めなかった ですよね」
「あ、あれ? 岩井君 あの人は根っからの感情論者だから、最後の詰めが甘いの!だからいまだに国内で燻ったまま 」
「先生 それ 言い過ぎですよっ!」
「いいんじゃない? 本人居ないし 」
「それー 陰口って 知ってますか?」
「ええ 真実の陰口 直接伝えた方がいい?」
「あー ダメですよっ たとえ真実でも言っていい事と悪いことくらい分かるでしょ!いい大人なんだからぁ」
「だから 陰口よ」
ピロトークならぬバスルームトークは終わりなく続く。
岩井は 大手町から車で15分そこそこの自宅マンションの駐車場にいた。
大楠君に悪い事したかぁ…
〝大楠さんは岩井君のこま遣いじゃ無い〟
そうだよな、ユミに何かあったとしても 彼 赤の他人なんだから…
大楠君 怒ったかな… 俺が逆なら断ってるかな
普段は電車通勤で、 急を要したので研究所の車を借りていた。
マンションのゲスト用駐車場に止めてエントランスの管理人に事情を話し 部屋に戻るところで 若いカップルとすれ違う。
ここの住人か? 見慣れないカップルだな
岩井はふと 振り返り二人がマンションの中に入る後ろ姿を見送った。
深刻そうだなぁ 別れ話しか
あれ? 女性の方は…何処かで ……
まぁいいか…
部屋に戻るまで 何度か 大楠波彦に連絡したが留守電だった。
相当頭にきてるかなぁ… 悪い事したなぁ
白井ユミが指摘するように岩井は相当ネガティブな気性でいつまでも気にして うじうじ考え込む男だった。
妻が体調不良で 実家療養も1週間近くになる。毎日妻とSMSで連絡は取り合ってはいるが、妻のメール内容では、まだ長引く様子だった。
「おはようございますっ次長」
営業一課のフロアに立つと 大楠に社員が皆挨拶をする。
「次長 本日のスケジュールです。」
秘書課の女性から 手渡されたスケジュールに 国立最先端医化学研究開発センターの文字は無い。
次長室に入ると、すぐにコーヒーが運ばれてくる。
「ありがとう 皆さんがそろいましたら朝礼しますか」
「次長 部長がお呼びです」
部長… 珍しいな 次の役員会で専務昇格狙ってるよな…
「失礼します」
波彦は緊張しつつ部長室に入った。
「あー大楠君 そこに座って、ちょっと待ってて」
「あー もしもし ええ はい はい わかります。それはお辛い事、はい とにかく 私共にお任せください。はい かしこまりました。」
「朝から 忙しい何処 悪いね、」
「いえ、」
「おりいって 君に頼みがあるんだ」
「 私でお役に立てる事がありましたら 何なりと、」
「実はね、来月早々2週間程度 孫教授のお供で ウィスコンシンのDメディカルの研究所に出張して欲しいんだが、どうだろう 新婚の君には申し訳ない。孫先生が君とだったら と 直直のご指名なんだ」
「それは…孫先生の講演とか?」
「いやいや、実は、まだ本決まりでは無いんだが、D社の製薬工場を日本に作る計画案が出ていて、これを機に他社に先行されている日本マーケティング戦略にD社が本格的に参戦するんだ、君、君の奥さんの御尊父、つまりかの製薬メーカーの専務からの名指し指名だよ。常務からきた辞令だよ」
「あ、はぁ…」
彼女が病気療養中に義父が俺を海外出張? どう言う事なんだ…
「どうした 気乗りしないか?」
「いえ、謹んでお引き受けいたします」
「そうか、それで早速だが 我が社の立場 我が社の目的は 直接常務から君に話したいとの事で、悪いが今夜時間をあけてくれ、」
「は、こ 今夜ですか⁈」
「何だ 時間取れないのか?」
「はぁ 実は 岩井先生から お誘いがありまして…」
「岩井先生…ゲノム研究所所長の岩井教授?」
「は、はい」
「あそこの担当は 君じゃないだろ?」
「はぁ 」
「そうか…あそこは うちにとっても大口顧客だからなぁ…」
パンッと 両手の平を派手に打ち鳴らした部長は、
「岩井先生には 私が会おう、あー君の部下の誰か一人 岩井先生と面識あるものを遣しなさい。そうしよう、それがいい」
部長には逆らえない。
大楠波彦は 岩井に予定の変更をメールで伝えた。
一方 メールを受け取った岩井は、
「やはり 大楠君は 俺を避けているんだろうか、部長に来られても話す事が無いんだが…」
結局大楠波彦に謝罪する目的で 彼を誘ったのに、
来るのは昭和を引きずる営業部長だった。
断る事も出来ず、岩井はモーレツな売り込みに巻き込まれず早急にお開きにする方策を頭の中で巡らせいた。
嘘も方便か
研究所の車でいくか…それなら呑まなくていい、
単純な解決策で多少は足取りも軽く地下駐車場に降りて行くと、何やら 男女が揉めているような声が響いてきた。
痴話喧嘩か?
「嫌っ 帰りたくない 貴方と行くっ」
「困らせないで 君のパパもママもすごく怒っているよ、」
「やだっ 貴方に着いていく! パパもママもあたしが説得する!貴方と結婚する!」
「あー そんなに泣かないで、僕だって君を連れて行きたい、だけど…」
「嫌っここに居る!」
「それは 駄目だよ 分かってるだろ?僕の両親がもうすぐ本国か帰ってくるのを!」
「やだぁ 帰りたくないっ」
「駄々っ子しないで 何とか僕の両親に相談してみるから、さぁ
乗って 送って行くから 」
岩井は成り行きを一部始終見ていた。
両親に反対されてるんだ… 気の毒に
ええっ! ええ 嘘っ 嘘だろ!
「やあ こんばんは 先生っ お招きに預かり光栄です」
波彦の上司である部長は、満面の笑みで銀座の馴染みの割烹の個室に先に到着していた。
寸前で目撃した痴話喧嘩が岩井の頭の中を独占して 部長の挨拶どころではなかった。
同じ頃 大楠波彦は常務と、妻の父であり日本を代表する製薬メーカーの専務取締役の二人を前に 新橋の料亭の個室で向かい合っていた。
なんだ?義父の同席は聴いてないぞっ
「大楠君 悪かったな、いきなり呼び出して 」
「常務、 そのようなご懸念は無用です。」
今は商談と心得よう…
「営業部長から聴いてくれてると思うが、ウィスコンシンへ行ってくれるか?」
「あ、はい 私のような若輩者でもお役に立てるなら光栄です」
「波彦君 実は 常務にお願いして、義父と息子として、本音で話したい。」
「は、はぁ萩原専務、D社の件で そのぉお話しでは?」
「まぁ まぁ、先ずは 一杯」
常務は義父と波彦の仲を取り持つように徳利を傾け 波彦はそれを受けて 返盃した。
「よしっ これからはお互い ビジネス上でもガッチリ手を組んで出世の階段を上り詰めようじゃないか! えっ 大楠君」
「は、はい…」
この二人 何を企んでる?
D社の日本進出の経緯と今後の戦略を常務から具体的に聞かされた。孫教授はゲノム新薬創生のアジア圏の第一人者で 隣国からも複数の資金援助のオファーが来ているが 祖国と隣国の今後の関係を考えるとアメリカの製薬メーカーと共同する方がメリットがあると考えていた。
教授は波彦をえらく気に入り D社にも彼を紹介したいと相談があったと言う。
「孫先生には 私の方が何かとお世話なるばかりで、有り難いお話しです」
「君と孫教授がそんなにも信頼関係が築けていたとは、さすが私の目に叶った男だ!」
「勿体ないお言葉…」
波彦がふと義父の顔をみると額に汗が滲んでいた。
「専務っ お暑いですか?室温をお下げしますか」
「あー 波彦君 専務はやめてくれ」
「今夜は 義父と息子 …そこで 頼みがあるっ」
そう言うと いきなり 義父が波彦に向かって土下座した。
「えっ ええぇ! お っ義父さん やめてください
なっ何の真似ですかっ 」
波彦は義父の肩を掴んで 土下座をやめさせよとしたが 彼は頑なに動かず 声を絞り出した。
「む、娘と別れてくれないかっ 頼むっ」
「えーっ えっ 義父さん いったい えーっ」
大袈裟な、土下座までするような話しかっ、、おまけに 常務まで同席させて、結局は自分の娘の不始末を俺に帳消しにしろって話しじゃないか…
「実は、娘は君と結婚する前に 好きあった男がいてな、その男は日本人ではないんだよ。一人娘を外国へやるわけにはいかない。私達夫婦は勿論反対した。幸いその男の父親は大使館勤めの外交官でな、大使の交代で母国に帰る事になった。そのタイミングで君の所の常務に将来有望な社員を紹介してほしいと頼み込んで、君を紹介された。娘はしぶしぶ君との見合いを承知した。あとは 君も知ってのとおりだ…」
…俺も偉そうに言える立場じゃない
俺たち夫婦は似た者夫婦って事か…
結婚して二年たったある日 妻とその男は偶然再会した。
無理矢理ひきはなされたんだ、焼け木杭に火がつくのは当たり前だよな…
俺だって… 俺だって 白井ユミと一緒になりたい!
義父は娘の不始末の代償として D社の日本本社の誘致後は、波彦の会社と外部提携し販売強化の連携を図る事、波彦が今回ウィスコンシンで日本誘致の道筋を作る事ができれば、将来的にはD社への招聘も視野にいれると言ってきた。
結局は 娘に傷がつかないようにするための詭弁か、
上手い話しには裏ありだ…
常務だって、俺たちの結婚が破綻したとなったら、義父の会社と縁故が無くなる…
タヌキとキツネの化かしあいか…
思案を、巡らせていると 携帯に着信があった。
「岩井先生! 」
岩井から会って話したい事があると言われ、波彦は新橋にいる事をつげると 銀座で落ち合う事になった。
新橋から銀座までは徒歩でも時間はかからない。
考えれば考えるほど 妻も自分も企業間の駒だったと理解した。しかも一歩踏み外したら 捨て駒…
頭から泥水をかぶせられたような 苦々しい思いが湧き上がってくる。
波彦は、歩きながら怒りと言うネガティブな思考を持ち越さないよう発想を変えよと自分に言い聞かせていた。
妻はまだ世間知らずのお嬢様だった。
大学卒業と同時に俺と見合をさせられた。
相当辛かっただろう… その時の恋人と大人の都合で引き離されたとしたら、俺達の愛の無い …結婚生活… 茶番もいいとこだっ
企業で生き残ると言う事は こう言う事?
波彦は ぶつぶつ独り言を言いながら 銀座並木通り沿いの岩井が指定した居酒屋の前に着いた。
暖簾を避けて引戸を開けると威勢のいい店員の いらっしゃいっの声が賑やかな店内に響いた。
「岩井で席を取っているはずですが…」
「お席にご案内します」
〝2番さん 突き出し一丁うっ〟
狭い店内だが奥行きがあり 奥に襖で仕切られた個室が並んでいる。
その一つの襖を開けると 岩井が 「やあ」と手を挙げた。
「先生 今日は 申し訳ありません」
波彦は謝りながら靴を脱ぎ 案内した店員に 「生ビール大」と注文した。
義父の苦々しい呼び出しの後で 岩井の呑気そうな顔を見た波彦は ほーっ
と息を吐いて お手拭きで額の汗を軽く拭う。
「大楠君 お疲れさん、」
ビールが早々と運ばれてきた。
「先生 失礼します」
ゴクゴクと生ビールジョッキを傾けて 波彦の喉の筋肉が波打っている。
「カーッ 旨いっす!」
岩井は 大楠波彦がこの前の事を根に持っていないと確信できた。
「大楠君、この前は ユミの事で 君を使い走らせて 申し訳なかった、すぐに君を頼りにしてしまって…」
ビールを半分程飲み干した波彦が、
「あーあ!そんな事全然気にしてませんよっ 岩井先生に謝られると私が恐縮しますっ!」
「だって 君 僕の電話もメールも出てくれなかったから、相当怒ってるものとばかり…思ってね」
ゔー 面倒くさい、、、
「良かったじゃないですか 白井先生がご無事で!」
俺も よく言うよ 嘘ばっかり…
「大楠君が 器の大きな男でよかった、安心したよ、」
手元のハイボールをゴクっと飲むと岩井は 何やらモゴモゴと口を動かして 今度は残りを一気に飲み干した。
「せっ先生 そんなに一気飲み 大丈夫ですか?」
「大丈夫っ大丈夫! ハイボールお代わりぃ 焼き鳥もも2本 砂肝2本 鰻ざく 白きも え~ 大楠君君は?」
「あー お任せで 」
岩井は調子良く 居酒屋メニューを注文する。
「と、ところでなぁ 大楠君 」
「は、はい」
何かを言いかけたところで ハイボールが運ばれてきた。
「あー待ってましたよぉ~」
岩井はまた ハイボールをかなりの勢いで半分以上飲み干すと
焦点の定まらない目で波彦を見据えて
「大楠君 君ら夫婦は上手いこといってるのか?」
「ええっ 先生 それどう言う事でしょう?」
「どー言う事って こう言う事よ、嫁さんとうまくやってるのかって」
「先生 酔ってますよ 大丈夫ですか?」
「酔ってない …酔わなきゃ聞けない事だろっ」
「え、先生 私達夫婦の事ですか?酔わなきゃ聞けないって?」
「いちいち 僕に聞き返すなよ 上手い事してるのか?」
「はぁ まぁ 他所は分かりませんが、それなりに…」
波彦は、寸前に義父から別れろ と言われ
今また岩井から上手くやってるか…と聞かれて どう答えるべきか 酔っ払いに真っ当に答えられないと思いを巡らせる。
「そ、それなりにって 嫁が浮気しててもか⁈」
ギェ~ 何っ 何っ 何なんだっ、、、、
「先生 酔ってます 先生っ今日は帰りましょう」
散々な一日だった。
岩井を自宅マンションまで送り届け 波彦が新築のマイホームに着いたのは午前12時過ぎだった。
タクシーを降りて 人気のない真っ暗な自宅の窓を見ながら
何故か ほっとしていた。
俺は、独り暮らしが性に合ってる。
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