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女心と秋の空
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とうとう この時が来た。
波彦はある程度予想はしていたが、妻からは何の音沙汰もない。
俺との二年間は 妻にとって何だったのか?
妻の実家から正式な離婚までの手続きに代理人弁護士を立てたと連絡が入り、同時期に弁護士事務所からも同様の内容証明付き封書が届いた。
改めて弁護士からの封書の文面を読みながら虚しく情けない感情に支配されそうだった。
お互いさまのはずなのに…
これで 隠れる必要がなくなる。晴れて白井ユミを口説ける。
波彦は 前を向く事を信条として今まで 生きてきた。
妻は、去ったんだ。
これでよかった 振り出しに戻るだけなんだよ
週の初め、ゲノム研究所 岩井所長から大量の実験資材の発注が入った。
「次長、次長のおかげですっ ありがとうございます」
研究所をルート担当している部下から感謝されたが、波彦には思い当たるフシがない。
「…何故だ 君がこまめに営業ルートを回った結果じゃないか、セールスの好成績は君のお手柄だよ!」
岩井先生 ひょっとして?
泥酔した先生を送って行った事に恩義を感じた?
もしそうなら、お安いご用だ、何度でも酔っ払ってもらって自宅に送らせて頂く!
部下の頑張りを褒めて成長を促し、上手く成績が伸びない部下には 陰からテコ入れして部下の自己肯定感を上げてやる…
上司としては申し分ないが、彼自身は自由に営業回りをしたかった。
次長職が大楠波彦の営業活動を制限している。
あー、もう少し自由に営業回り出来たらなぁ…
センターに毎日でも通えるのに、…
「次長っ 失礼しますっ!」
「吉田か? 入っていいぞ」
8月も終わりだというのに 相変わらず日本列島は灼熱の残暑が続いている。
「吉田、まぁ 汗拭けよ 麦茶冷えてるぞ」
波彦は ハンカチ程度では追いつかない滝のような汗を拭っている部下に 冷やした麦茶を差し出した。
渡された麦茶を一息で飲み干すと、
「次長! もう聞かれましたか? 今日午後6時から研究開発センターで、何か重大発表があるらしいですよ!」
「重大発表? 聴いてないな… 田中、何処からのネタだ?」
「はい、センターに出入りしているT大の研究助手からです。」
「外部の研究助手⁈ んなぁ 頼りない出どころだな…」
「ちょっと まて…」
波彦は スマホを片手に取ると 何処かに連絡をとり始めた。
「もしもし 大楠です、はい、はーい お願いできますか?」
「先生、ご無沙汰してます。今回大口発注 ありがとうございました。担当の者もえらく感激してました。今後とも宜しくお願い致します。ところで、先生 折言って お尋ねしたい事がございまして…」
「あっ はい さようで、はっ … やはり そうですか! いやそれ程でも、その記者会見 私共入場は可能でしょうか はい
ありがとうございます 先生 はい はい 研究所までお迎えに参ります! はい かしこまりました。」
「おいっ 吉田 三時に出かけるから待機しておいてくれっ」
「分かりました」
白井ユミ! このタイミングか…
また 俺の目の前から 消える気か?
首都高の渋滞も考えて 午後早くに部下の田中と社用車で岩井の勤務するゲノム研究所に向かった。
「次長、白井先生 新発見されたんでしようか?」
「それは 会見を見ないと 何とも言えないな…」
「でも あの先生 何故かやりそうな雰囲気持ってますよね」
やはり予定通りとは行かない。首都高は 生憎のごとび 社用車や軽トラックの一般車両で大渋滞していた。
「動きそうにありませんね」
運転している部下の吉田は 溜め息まじりに後部座席の波彦に言う。
「その為に早く出てきたから、まぁ 間に合うさ、岩井先生を乗せたら環八を走るか?」
「そうですね、ごとび とわかっていたのに すみません!」
「お前の責任じゃないさ、俺が急遽決めたスケジュールなんだから、巻き込んで悪かったな 」
「次長ぉ そんな事言ってくれるのは次長だけです!」
予定は大幅に遅れたが 18時には充分間に合う時間に ゲノム研究所で岩井先生を乗せる事ができた。
「大楠君 遠回りさせちゃったね」
「先生、私が強引にお願いしたにも関わらず、快く聴いて下さり ありがとうございます。 感謝します。
かえって、長い時間お待たせして 申し訳ございません」
「大楠君 そんな 大袈裟な 君と僕の仲じゃないか、まんざら知らない仲でもないのに ユミの仕事の事なら 気にせず僕を遣ってくれて構わないから… 僕もユミに会う口実に君を遣わせて貰うよ」
会う口実…? 未練タラタラかっ もしかして!
国立最先端医化学研究開発センターに 波彦達が着いたのは 会見10分前だった。
センターエントランスには 招待状を持ち合わせていないプレス、テレビ局クルーが多数押し掛けごった返していた。
その中を分け入り 岩井が 招待状 普段からの入館証を受付に提示した。
「申し訳ございません、一施設御二方の制約がございます。」
岩井は波彦の顔を見た
「吉田君 君が岩井先生と入館してくれるか?」
「じっ 次長! 次長が先生と入館してくださいよ」
「しかし、この情報は…」
「次長! 私が入っても 顔が効くわけでもなく、次長が行くべきです。私は済むまでお待ちしてますから」
入場許可証を手渡された。
波彦は、岩井と2人して首から下げると 会見場に向かう。
「凄い人数だな 会見場も満杯だろうな…」
「先生 やはり ゲノムの新発見ですかね?」
「おそらくな この前ユミから 機密だとホテルを追い出されたが、ひょっとしたら マックスの直系からアンチエイジングに関わるヒントが見つかったかもな…」
「マックスって?」
波彦は全て知っている。 知っていてあえて 知らぬ顔で岸井に尋ねた。
「蝿だよ ハエ キイロショウジョウバエの長寿系統の個体名さ」
「ハエの名前ですか?」
我ながら白々しい演技に呆れてしまう。
「君も知っているように僕らはランニングコストを抑えてゲノム解析を多方面からアプローチして実験数を増やしたいんだ、それにはキイロショウジョウバエが最適な実験動物なのさ」
「ハエが?」
「ああ ショウジョウバエは糞尿や死肉を主食としないハエなんだよ、ブドウ糖が主な餌で衛生面で管理し易い。それでいて世代交代が1か月から2ヶ月程度。一度に30から50の卵を産む。年間30世代交代が可能なんだ、しかも場所は専用の飼育瓶だけ」
「なるほど、場所は要らない 餌のコストもかからず、難しい事はよく分かりませんが 人間にとっては有用な昆虫なんですねぇ…」
「おいっ 始まるぞ!」
※注 専門的表現は全て作者の妄想によるフェイクです。
演壇には、左端から5人が着席していた。記者席は前からメジャーな通信社や新聞社 後ろに行くほど立ち見の報道各社 同業の研究者 製薬会社 中には波彦も良く見知った人物も数人見かけた。
「では、お集まりの報道各社、各研究所 各医療製薬関係者の皆様定刻となりましたので、本題にうつらせていただきます。
先ずはじめに 文科省化学研究部会より 本日の発表内容についてご説明がございます。…」
政府関係者の挨拶 説明が済むと 、
「当センター代表 白井ユミ博士より 本題の解説 説明がございます。」
スライドを使った ゲノムDNAによるeゲノム方程式の解析説明が延々と続く。
訳分からん 意味不明
「したがって この解析情報の応用はヒトの加齢による細胞損傷を抑制できる可能性が非常に高くこの情報を共有する事で新しい人の未来の生命延長分野に一石を投じ得ると確信いたします。」
場内から感嘆と溜め息が漏れる中
司会者が 一社一質問に制限した時間を設けると発した。
※専門的表現は全て作者の妄想によるフェイクです。
「さて、白井博士へのご質問はこれを最後とさせていただきます。ご質問のある方挙手をお願いします。」
一斉に手が上がった。
報道各社が持ち込んだノートパソコンのタイピングの音が場内で響きわたる中、
「最後列 左から5人目の方 お名前と所属先からお願いします。」
「K通信の〇〇と申します。先ず白井博士この度の発見おめでとう御座います。
博士にお尋ね致します。博士は現在もハー◯ードに籍を置いた状態で こちらのセンター長と言う重責を担われています。今回の発見の後は このセンターの専属研究者になるご予定は?」
「御座いません」
場内がその一言で騒ついた。
「では、いつまで?」
「そのご質問にお答えするには、関係各機関との調整が必要であって今明確なお答えは差し控えます。」
「では アメリカにはいつ戻られるご予定ですか?」
「こちらとの契約期間は1年です。研究の結果次第では早期に大学に戻る可能性は否定いたしません」
「はっ博士 では アメリカに帰ると?」
「もっ申し訳ございません!質疑応答はここまでと致します、只今をもちまして共同会見を終了いたします。改めて国立最先端医化学研究開発センターの方から 文章にてご報告申し上げる事になっております。本日はお忙しいなか ありがとうございました。」
岩井と波彦は出口が混雑する前に会見場から出てきた。
「ユミの奴 また余計な事を口走るから、明日の新聞は社会面も経済面も大見出しだぞ」
「そうなんですか?」
「株価も乱高下しそうだな…」
「考えてみろよ、ハー◯ードに籍を置いてって質問で 今回の発見で日本で本腰いれるのか?って質問はうやむやにしておいて、アメリカにいつ戻るかって質問で 本音明かしてる…全く どっか抜けてる 理系って 言葉のトリック見破れないんだよ…」
岩井の解説はいちいち納得する。
「白井先生みたいな秀才でも 失言する事があるんですね」
「失言どころか、世間知らずの研究馬鹿だよ、たっく!」
はたして、その日の深夜のニュース番組からすでにこの会見が話題をさらっていた。また経済ニュースではアメリカ証券市場の株価の上昇が現地メディアを通して放映されもした。
新聞は岩井の予言通り 社会面 経済面 果ては白井ユミの生い立ち迄調べ上げ紙面を賑わわせていた。
白井ユミ 大丈夫か?
朝のワイドショー迄 若返り新薬に期待する場違いなコメンテーターを登場させて荒稼ぎしている。
「…だめだっ 放っておけない !」
波彦は 急遽 親の急病と偽り有給申請を総務課に出した。
ユミに何度も電話するが、〝電源が入っていないか‥‥‥〟の応えしか返ってこない。
波彦 何やってる?
白井ユミを放っておけないだろ!
お前が行ってどうする?
どうもこうも 拉致して暫く身を隠す!
それ 今か? 今やる事か?
煩いっ 黙れ! 思い立ったら吉日なんだよー!
頭の中のもう1人と言い争いながら また 大手町を走っていた。
ユミの定宿 N東京ホテル。
大楠波彦は 宿泊名簿に載っているであろう白井ユミの情報をチェックインカウンターで伝え面会の取り継ぎを求めた。
「お客様 大変申し訳ございません。このお客様は昨夜チェックアウトされております。」
えー、遅かったか、 、、
どこ行った? 白井ユミ!
もしか 岩井先生?
マズイ マズイよ より戻ってたら ダメだ!
「もしもしっ 大楠です、岩井先生はご出勤されておりますでしょうか?」
研究所に電話をかけている最中別の電話のキャッチ音が波彦の耳に入るが 波彦はそれどころではなかった。
「はい、あぁ そうですか、わかりました、いえ また私の方からご連絡させて頂きます。はい ありがとうございます。」
え~ ヤバ ヤバい
焦った表紙に 着信履歴元に電話を返してしまった。
えっ え~、
ジージーとスマホからの 違和音に
ホーム画面に眼を落とすと 岩井所長の文字
「せっ先生! 今研究所にお電話差し上げたところですよ」
「大楠君! それどころではないんだ、記者連中が僕のマンションに押しかけちゃって っ」
「はぁ ! ど、どう言うことですかぁっ」
こうなる事を予想した岩井は研究所に戻ったあと センターに残っていたユミに職員の格好で岩井の自宅まで避難しろ と連絡した。
白井ユミは何とか職員の車で岩井の自宅まで送って貰い、岩井は研究所から管理人に事情を説明し白井を自宅に匿っているが、元夫婦だと言う事はすぐにマスコミにバレてしまう。
〝朝一 出勤しようとしてマンションを出た所で僕までマイク向けられて、その場は何とか振り切って研究所に出勤途中だ、〟
……元旦那と一晩一緒ぉ、、、ってかああ っ!
〝ユミさ‥‥ もしもしっ 大楠君? 聴こえてるぅ〟
「あっ は、はい 聴こえます」
〝ユミがさ、焦って僕の所に電話かけてきて、今からアメリカに帰るって…ギャーギャーうるさいんだ 自分が撒いた種なのに…ったく〟
クッ‥俺だって、焦ってる、、、、っ
痴話喧嘩に構ってられるかっ!
「分かりました、 私は面がわれてませんから、何とか白井先生を連れ出します。先生は何処か 白井先生が身を隠せる場所を確保して下さい。私はそこまで何とかお連れします」
報道、タブロイド紙 ワイドショーなどの記者 カメラマン インタビュアーが研究開発センター、 岩井の研究所 、自宅 はてはT大学正門まで押しかけてきていた。
〝まるで ノーベル賞でも取ったかの騒ぎですね〟
「吉田ぁ 呑気な事言ってる暇ないぞ、お前だれかBMWかベンツかそこら辺クラスの車 知り合いから借りれるか?」
「次長ぉ そんな知り合いいる訳ないじゃないですかぁ!」
「何とかしろっ」
〝え~ 困ったな バイクなら‥〟
「バイクぅ? 何だそれ?」
〝お父さんが、カスタムバイクでツーリングが趣味で‥〟
「バイクっ! ダメだ ダメッ」
〝次長っ いました! レ◯サスの御曹司が!〟
「お前と漫才している暇ないって! それでいいから、それ 借りてくれっ 」
部下の田中の営業先、 下町の家族経営の歯科医療機器卸販売会社の次期社長が ハイグレードレ◯サスを所有していた。
岩井先生のマンションの住人所有の車はほぼ高級グレードの外国車か国産車、
白井ユミを連れ出す経路は地下駐車場しかない。かと言ってファミリーカーやレンタカーは足がつく。そう考えた波彦は、
住人を装うしかないと言う結論に至った。
東京駅から地下鉄銀座線に乗り浅草で降りた波彦は、部下の吉田の指示で歯科医療機器卸販売会社の前まできた。
5階建ての間口の狭いビル。
訪ねると、
「いやぁ いつも田中さんにはお世話になっています。うちの倅の車が役に立つなら どうぞ ご自由に使って下さい。」
人の良さそうな社長が快く貸してくれると言う。
しかし 当の持ち主は?
「あー倅、倅は今 勉強の為ドイツに留学させてます!出来が悪いもんで‥‥」
不出来でドイツ留学? 無い無い /
波彦は浅草から渋谷まで 最短の一般道を走った。
いいなぁ レ◯サス 俺も買うかな‥
出たとこ勝負気質の波彦は 記者やカメラマンが待ち受けていても 気にも留めていない。
あー車借りれて良かった、次は吉田に優良な顧客を紹介するか‥
絵に描いたような 優良上司とは、大楠波彦の事をいう。
「岩井先生、車手に入れたのでこれから 浅草を出ます」
〝浅草ああー? 〟
「 そんな事どーでもいいです!管理人に来客用の駐車場確保、それから 朝から白井先生に何度も電話してますが 繋がらないっ
何とかして下さいよ!」
〝あー そうか、ユミには俺以外の着信には出るなって言い聞かせてあったから、すまん、すまん 段取りする 近くになったらユミに連絡してよ、〟
っ、っ、俺の着信も いい付け通り出ないって!
ムカつくっ奴(おんな)
大楠波彦は 途中で白井ユミに電話をかけた。
直ぐに出たユミに 腹が立ったが、文句は後からにしようと、自分に言い聞かせて マスコミで使われている画像とは違う格好をして身の回りの最小限必要な物だけ持って待ってろ と指図した。
表参道からゆっくり住宅街に入って行くと 傍迷惑なマスコミが 低層のいかにも高級そうなマンションを遠まきに見張っている。
さーて 真正面から入っちゃうぞ!
タイミングよく 御曹司が レイバンのサングラスをサンバイザーに引っ掛けていた。
コレ 借りちゃうぜぇ~
さも成金風に 右手でハンドル 左手は 助手席の背もたれ ややはすにかまえてハンドルを操り真正面から地下駐車場に入庫した。
詰めかけたマスコミは 誰一人視線を向けない。
クーッ 気持ちいいじゃないか!
入居者しか知り得ない暗証番号を聴いていた波彦は サングラスをかけたまま マンションの建物に入った。
地下階から直接エレベーターで岩井が居住する階に降り立つと 岩井の部屋の前で インターフォンを鳴らす。
カメラに顔を近づけサングラスを額にひっかけた。
カチッとドアロックが解除する音で 扉を開けると 玄関先で
ヘナヘナと座りこんだ 白井ユミがいた。
「な、なんなのよぉ~この騒ぎ 日本最低! アメリカに帰りたい~」
えっ ええーっ 40歳の姐さん 泣くかぁぁ⁈
波彦はその場でしゃがみ込み
肩を落とし嗚咽する40歳の女の子の肩を抱き、背中を撫でさすり、
「泣かなくてもいいよ もう俺が来たから、ここから連れ出してやるから、さあ さあ 泣かないで、な、な、」
「な、何なのよ! あたしが何したって言うのよっ!」
「何もしてない 何もしてないから、泣いていたら連れ出せないよ、さぁ 泣き止んで、 ここを出たら 好きなだけ泣けばいいから さぁ さぁ」
来る前に準備の指図していたのに 全く頭に入っていない 理系女子。
その場を立たせて メゾネットの一階のパウダールームで顔を洗えと指図する。
先生はこうなるとまるで子供だな、、、やれやれ
しかし、この家、見れば見るほどかっこいいよなぁ…
身支度を波彦が判断し 連れ出す段取りをユミに話す。
「いい?先生わかってますか?」
「ええ、グス‥ズズー ‥セレブ感を出す ‥ズルッズルゥ~」
鼻水を啜りながらも 泣く事は無くなった。
「サングラスある?」
「持ってないわ‥」
「岩井先生 持ってなかった?」
「探すわ‥」
白井ユミは勝手知ったる我が家同然に 何が何処にあるか迷う事がなかった。
その姿に 波彦は強く嫉妬した。
‥‥何なんだ!ムカつくっ、
「あったわ 何かダサいけど‥」
「ちょっと掛けてください」
確かに 男がすると ダサいかも‥が
ユミは案外小顔な作りで ダサいサングラスがセレブ感を出している。
「先生、よく似合いますよ! さぁ 服は‥‥っ !」
「岩井先生の借りましょう!」
「ええ! 」
岩井宅のクローゼットを漁って波彦が選んだのは 白い無印のTシャツ 黒のスラックス 細い皮ベルト
「まぁ 俺に任せてください♪」
パウダールームの巨大な鏡に 男性用Tシャツ 仕立ての良いスラックス。細身のユミが履くとダボっとしてウエストで絞ると今風になる。後ろで束ねた髪のゴムを外して
「先生、そのまま サングラスしてみてください」
「何か 変じゃない?」
「無い無い セレブ女子に見えます! 完璧です」
「そうかしら‥ねぇ」
やっと白井ユミの精神状態も平静に戻った。
「ちょっといいですか? 手を組みましょう」
ゆるいファッション姿のユミが、幾分着崩したスーツ姿のサングラス男と並ぶと 意外にもセレブカップルぽく見える。
「不思議‥それなりに見えてくるわ」
「こんなのは ギャップの心理ですよ、片方が正装していて片方が崩れていたら 人間なんて正装している方を基準に見てしまう。
ブランドで固めたカップル程 下品でお里が知れると思われる。そんなもんです、さぁ 堂々と出ましょう!」
※出鱈目心理学です。全てフェイクです。
「少し髪の毛を手櫛で掻き上げて サングラスして、先生、スレンダーだからめっちゃカッコいいですよ!」
波彦はここぞとばかりに ユミの細いウエストに手を回して、
「先生も俺の腰に手を添えてっ セレブカップル感出してください」
エレベーターホールで同階の住人とすれ違い、二階から外国人カップルがエレベーターに乗り込んで来たが違和感なく 逆に『your girlfriend is cute!』(君の彼女可愛いね)と外国人男性から囁かれる。
マンション住人に擬態しながら何事もなく地下駐車場に降り立つと、レク◯スの助手席を開け 白井ユミを座らせた。
ここまでは 大楠波彦が描いたシナリオ通りだった。
波彦が運転席のドアを開けて乗り込もうとした目の前を イチャつく男女が通りかかった。
嘘っ!
視線を感じた女性が視線の感じた方に目をやると
あなた‥ !
それは 偶然 ほぼ1か月ぶりの元夫婦の再会だった。
339
波彦はある程度予想はしていたが、妻からは何の音沙汰もない。
俺との二年間は 妻にとって何だったのか?
妻の実家から正式な離婚までの手続きに代理人弁護士を立てたと連絡が入り、同時期に弁護士事務所からも同様の内容証明付き封書が届いた。
改めて弁護士からの封書の文面を読みながら虚しく情けない感情に支配されそうだった。
お互いさまのはずなのに…
これで 隠れる必要がなくなる。晴れて白井ユミを口説ける。
波彦は 前を向く事を信条として今まで 生きてきた。
妻は、去ったんだ。
これでよかった 振り出しに戻るだけなんだよ
週の初め、ゲノム研究所 岩井所長から大量の実験資材の発注が入った。
「次長、次長のおかげですっ ありがとうございます」
研究所をルート担当している部下から感謝されたが、波彦には思い当たるフシがない。
「…何故だ 君がこまめに営業ルートを回った結果じゃないか、セールスの好成績は君のお手柄だよ!」
岩井先生 ひょっとして?
泥酔した先生を送って行った事に恩義を感じた?
もしそうなら、お安いご用だ、何度でも酔っ払ってもらって自宅に送らせて頂く!
部下の頑張りを褒めて成長を促し、上手く成績が伸びない部下には 陰からテコ入れして部下の自己肯定感を上げてやる…
上司としては申し分ないが、彼自身は自由に営業回りをしたかった。
次長職が大楠波彦の営業活動を制限している。
あー、もう少し自由に営業回り出来たらなぁ…
センターに毎日でも通えるのに、…
「次長っ 失礼しますっ!」
「吉田か? 入っていいぞ」
8月も終わりだというのに 相変わらず日本列島は灼熱の残暑が続いている。
「吉田、まぁ 汗拭けよ 麦茶冷えてるぞ」
波彦は ハンカチ程度では追いつかない滝のような汗を拭っている部下に 冷やした麦茶を差し出した。
渡された麦茶を一息で飲み干すと、
「次長! もう聞かれましたか? 今日午後6時から研究開発センターで、何か重大発表があるらしいですよ!」
「重大発表? 聴いてないな… 田中、何処からのネタだ?」
「はい、センターに出入りしているT大の研究助手からです。」
「外部の研究助手⁈ んなぁ 頼りない出どころだな…」
「ちょっと まて…」
波彦は スマホを片手に取ると 何処かに連絡をとり始めた。
「もしもし 大楠です、はい、はーい お願いできますか?」
「先生、ご無沙汰してます。今回大口発注 ありがとうございました。担当の者もえらく感激してました。今後とも宜しくお願い致します。ところで、先生 折言って お尋ねしたい事がございまして…」
「あっ はい さようで、はっ … やはり そうですか! いやそれ程でも、その記者会見 私共入場は可能でしょうか はい
ありがとうございます 先生 はい はい 研究所までお迎えに参ります! はい かしこまりました。」
「おいっ 吉田 三時に出かけるから待機しておいてくれっ」
「分かりました」
白井ユミ! このタイミングか…
また 俺の目の前から 消える気か?
首都高の渋滞も考えて 午後早くに部下の田中と社用車で岩井の勤務するゲノム研究所に向かった。
「次長、白井先生 新発見されたんでしようか?」
「それは 会見を見ないと 何とも言えないな…」
「でも あの先生 何故かやりそうな雰囲気持ってますよね」
やはり予定通りとは行かない。首都高は 生憎のごとび 社用車や軽トラックの一般車両で大渋滞していた。
「動きそうにありませんね」
運転している部下の吉田は 溜め息まじりに後部座席の波彦に言う。
「その為に早く出てきたから、まぁ 間に合うさ、岩井先生を乗せたら環八を走るか?」
「そうですね、ごとび とわかっていたのに すみません!」
「お前の責任じゃないさ、俺が急遽決めたスケジュールなんだから、巻き込んで悪かったな 」
「次長ぉ そんな事言ってくれるのは次長だけです!」
予定は大幅に遅れたが 18時には充分間に合う時間に ゲノム研究所で岩井先生を乗せる事ができた。
「大楠君 遠回りさせちゃったね」
「先生、私が強引にお願いしたにも関わらず、快く聴いて下さり ありがとうございます。 感謝します。
かえって、長い時間お待たせして 申し訳ございません」
「大楠君 そんな 大袈裟な 君と僕の仲じゃないか、まんざら知らない仲でもないのに ユミの仕事の事なら 気にせず僕を遣ってくれて構わないから… 僕もユミに会う口実に君を遣わせて貰うよ」
会う口実…? 未練タラタラかっ もしかして!
国立最先端医化学研究開発センターに 波彦達が着いたのは 会見10分前だった。
センターエントランスには 招待状を持ち合わせていないプレス、テレビ局クルーが多数押し掛けごった返していた。
その中を分け入り 岩井が 招待状 普段からの入館証を受付に提示した。
「申し訳ございません、一施設御二方の制約がございます。」
岩井は波彦の顔を見た
「吉田君 君が岩井先生と入館してくれるか?」
「じっ 次長! 次長が先生と入館してくださいよ」
「しかし、この情報は…」
「次長! 私が入っても 顔が効くわけでもなく、次長が行くべきです。私は済むまでお待ちしてますから」
入場許可証を手渡された。
波彦は、岩井と2人して首から下げると 会見場に向かう。
「凄い人数だな 会見場も満杯だろうな…」
「先生 やはり ゲノムの新発見ですかね?」
「おそらくな この前ユミから 機密だとホテルを追い出されたが、ひょっとしたら マックスの直系からアンチエイジングに関わるヒントが見つかったかもな…」
「マックスって?」
波彦は全て知っている。 知っていてあえて 知らぬ顔で岸井に尋ねた。
「蝿だよ ハエ キイロショウジョウバエの長寿系統の個体名さ」
「ハエの名前ですか?」
我ながら白々しい演技に呆れてしまう。
「君も知っているように僕らはランニングコストを抑えてゲノム解析を多方面からアプローチして実験数を増やしたいんだ、それにはキイロショウジョウバエが最適な実験動物なのさ」
「ハエが?」
「ああ ショウジョウバエは糞尿や死肉を主食としないハエなんだよ、ブドウ糖が主な餌で衛生面で管理し易い。それでいて世代交代が1か月から2ヶ月程度。一度に30から50の卵を産む。年間30世代交代が可能なんだ、しかも場所は専用の飼育瓶だけ」
「なるほど、場所は要らない 餌のコストもかからず、難しい事はよく分かりませんが 人間にとっては有用な昆虫なんですねぇ…」
「おいっ 始まるぞ!」
※注 専門的表現は全て作者の妄想によるフェイクです。
演壇には、左端から5人が着席していた。記者席は前からメジャーな通信社や新聞社 後ろに行くほど立ち見の報道各社 同業の研究者 製薬会社 中には波彦も良く見知った人物も数人見かけた。
「では、お集まりの報道各社、各研究所 各医療製薬関係者の皆様定刻となりましたので、本題にうつらせていただきます。
先ずはじめに 文科省化学研究部会より 本日の発表内容についてご説明がございます。…」
政府関係者の挨拶 説明が済むと 、
「当センター代表 白井ユミ博士より 本題の解説 説明がございます。」
スライドを使った ゲノムDNAによるeゲノム方程式の解析説明が延々と続く。
訳分からん 意味不明
「したがって この解析情報の応用はヒトの加齢による細胞損傷を抑制できる可能性が非常に高くこの情報を共有する事で新しい人の未来の生命延長分野に一石を投じ得ると確信いたします。」
場内から感嘆と溜め息が漏れる中
司会者が 一社一質問に制限した時間を設けると発した。
※専門的表現は全て作者の妄想によるフェイクです。
「さて、白井博士へのご質問はこれを最後とさせていただきます。ご質問のある方挙手をお願いします。」
一斉に手が上がった。
報道各社が持ち込んだノートパソコンのタイピングの音が場内で響きわたる中、
「最後列 左から5人目の方 お名前と所属先からお願いします。」
「K通信の〇〇と申します。先ず白井博士この度の発見おめでとう御座います。
博士にお尋ね致します。博士は現在もハー◯ードに籍を置いた状態で こちらのセンター長と言う重責を担われています。今回の発見の後は このセンターの専属研究者になるご予定は?」
「御座いません」
場内がその一言で騒ついた。
「では、いつまで?」
「そのご質問にお答えするには、関係各機関との調整が必要であって今明確なお答えは差し控えます。」
「では アメリカにはいつ戻られるご予定ですか?」
「こちらとの契約期間は1年です。研究の結果次第では早期に大学に戻る可能性は否定いたしません」
「はっ博士 では アメリカに帰ると?」
「もっ申し訳ございません!質疑応答はここまでと致します、只今をもちまして共同会見を終了いたします。改めて国立最先端医化学研究開発センターの方から 文章にてご報告申し上げる事になっております。本日はお忙しいなか ありがとうございました。」
岩井と波彦は出口が混雑する前に会見場から出てきた。
「ユミの奴 また余計な事を口走るから、明日の新聞は社会面も経済面も大見出しだぞ」
「そうなんですか?」
「株価も乱高下しそうだな…」
「考えてみろよ、ハー◯ードに籍を置いてって質問で 今回の発見で日本で本腰いれるのか?って質問はうやむやにしておいて、アメリカにいつ戻るかって質問で 本音明かしてる…全く どっか抜けてる 理系って 言葉のトリック見破れないんだよ…」
岩井の解説はいちいち納得する。
「白井先生みたいな秀才でも 失言する事があるんですね」
「失言どころか、世間知らずの研究馬鹿だよ、たっく!」
はたして、その日の深夜のニュース番組からすでにこの会見が話題をさらっていた。また経済ニュースではアメリカ証券市場の株価の上昇が現地メディアを通して放映されもした。
新聞は岩井の予言通り 社会面 経済面 果ては白井ユミの生い立ち迄調べ上げ紙面を賑わわせていた。
白井ユミ 大丈夫か?
朝のワイドショー迄 若返り新薬に期待する場違いなコメンテーターを登場させて荒稼ぎしている。
「…だめだっ 放っておけない !」
波彦は 急遽 親の急病と偽り有給申請を総務課に出した。
ユミに何度も電話するが、〝電源が入っていないか‥‥‥〟の応えしか返ってこない。
波彦 何やってる?
白井ユミを放っておけないだろ!
お前が行ってどうする?
どうもこうも 拉致して暫く身を隠す!
それ 今か? 今やる事か?
煩いっ 黙れ! 思い立ったら吉日なんだよー!
頭の中のもう1人と言い争いながら また 大手町を走っていた。
ユミの定宿 N東京ホテル。
大楠波彦は 宿泊名簿に載っているであろう白井ユミの情報をチェックインカウンターで伝え面会の取り継ぎを求めた。
「お客様 大変申し訳ございません。このお客様は昨夜チェックアウトされております。」
えー、遅かったか、 、、
どこ行った? 白井ユミ!
もしか 岩井先生?
マズイ マズイよ より戻ってたら ダメだ!
「もしもしっ 大楠です、岩井先生はご出勤されておりますでしょうか?」
研究所に電話をかけている最中別の電話のキャッチ音が波彦の耳に入るが 波彦はそれどころではなかった。
「はい、あぁ そうですか、わかりました、いえ また私の方からご連絡させて頂きます。はい ありがとうございます。」
え~ ヤバ ヤバい
焦った表紙に 着信履歴元に電話を返してしまった。
えっ え~、
ジージーとスマホからの 違和音に
ホーム画面に眼を落とすと 岩井所長の文字
「せっ先生! 今研究所にお電話差し上げたところですよ」
「大楠君! それどころではないんだ、記者連中が僕のマンションに押しかけちゃって っ」
「はぁ ! ど、どう言うことですかぁっ」
こうなる事を予想した岩井は研究所に戻ったあと センターに残っていたユミに職員の格好で岩井の自宅まで避難しろ と連絡した。
白井ユミは何とか職員の車で岩井の自宅まで送って貰い、岩井は研究所から管理人に事情を説明し白井を自宅に匿っているが、元夫婦だと言う事はすぐにマスコミにバレてしまう。
〝朝一 出勤しようとしてマンションを出た所で僕までマイク向けられて、その場は何とか振り切って研究所に出勤途中だ、〟
……元旦那と一晩一緒ぉ、、、ってかああ っ!
〝ユミさ‥‥ もしもしっ 大楠君? 聴こえてるぅ〟
「あっ は、はい 聴こえます」
〝ユミがさ、焦って僕の所に電話かけてきて、今からアメリカに帰るって…ギャーギャーうるさいんだ 自分が撒いた種なのに…ったく〟
クッ‥俺だって、焦ってる、、、、っ
痴話喧嘩に構ってられるかっ!
「分かりました、 私は面がわれてませんから、何とか白井先生を連れ出します。先生は何処か 白井先生が身を隠せる場所を確保して下さい。私はそこまで何とかお連れします」
報道、タブロイド紙 ワイドショーなどの記者 カメラマン インタビュアーが研究開発センター、 岩井の研究所 、自宅 はてはT大学正門まで押しかけてきていた。
〝まるで ノーベル賞でも取ったかの騒ぎですね〟
「吉田ぁ 呑気な事言ってる暇ないぞ、お前だれかBMWかベンツかそこら辺クラスの車 知り合いから借りれるか?」
「次長ぉ そんな知り合いいる訳ないじゃないですかぁ!」
「何とかしろっ」
〝え~ 困ったな バイクなら‥〟
「バイクぅ? 何だそれ?」
〝お父さんが、カスタムバイクでツーリングが趣味で‥〟
「バイクっ! ダメだ ダメッ」
〝次長っ いました! レ◯サスの御曹司が!〟
「お前と漫才している暇ないって! それでいいから、それ 借りてくれっ 」
部下の田中の営業先、 下町の家族経営の歯科医療機器卸販売会社の次期社長が ハイグレードレ◯サスを所有していた。
岩井先生のマンションの住人所有の車はほぼ高級グレードの外国車か国産車、
白井ユミを連れ出す経路は地下駐車場しかない。かと言ってファミリーカーやレンタカーは足がつく。そう考えた波彦は、
住人を装うしかないと言う結論に至った。
東京駅から地下鉄銀座線に乗り浅草で降りた波彦は、部下の吉田の指示で歯科医療機器卸販売会社の前まできた。
5階建ての間口の狭いビル。
訪ねると、
「いやぁ いつも田中さんにはお世話になっています。うちの倅の車が役に立つなら どうぞ ご自由に使って下さい。」
人の良さそうな社長が快く貸してくれると言う。
しかし 当の持ち主は?
「あー倅、倅は今 勉強の為ドイツに留学させてます!出来が悪いもんで‥‥」
不出来でドイツ留学? 無い無い /
波彦は浅草から渋谷まで 最短の一般道を走った。
いいなぁ レ◯サス 俺も買うかな‥
出たとこ勝負気質の波彦は 記者やカメラマンが待ち受けていても 気にも留めていない。
あー車借りれて良かった、次は吉田に優良な顧客を紹介するか‥
絵に描いたような 優良上司とは、大楠波彦の事をいう。
「岩井先生、車手に入れたのでこれから 浅草を出ます」
〝浅草ああー? 〟
「 そんな事どーでもいいです!管理人に来客用の駐車場確保、それから 朝から白井先生に何度も電話してますが 繋がらないっ
何とかして下さいよ!」
〝あー そうか、ユミには俺以外の着信には出るなって言い聞かせてあったから、すまん、すまん 段取りする 近くになったらユミに連絡してよ、〟
っ、っ、俺の着信も いい付け通り出ないって!
ムカつくっ奴(おんな)
大楠波彦は 途中で白井ユミに電話をかけた。
直ぐに出たユミに 腹が立ったが、文句は後からにしようと、自分に言い聞かせて マスコミで使われている画像とは違う格好をして身の回りの最小限必要な物だけ持って待ってろ と指図した。
表参道からゆっくり住宅街に入って行くと 傍迷惑なマスコミが 低層のいかにも高級そうなマンションを遠まきに見張っている。
さーて 真正面から入っちゃうぞ!
タイミングよく 御曹司が レイバンのサングラスをサンバイザーに引っ掛けていた。
コレ 借りちゃうぜぇ~
さも成金風に 右手でハンドル 左手は 助手席の背もたれ ややはすにかまえてハンドルを操り真正面から地下駐車場に入庫した。
詰めかけたマスコミは 誰一人視線を向けない。
クーッ 気持ちいいじゃないか!
入居者しか知り得ない暗証番号を聴いていた波彦は サングラスをかけたまま マンションの建物に入った。
地下階から直接エレベーターで岩井が居住する階に降り立つと 岩井の部屋の前で インターフォンを鳴らす。
カメラに顔を近づけサングラスを額にひっかけた。
カチッとドアロックが解除する音で 扉を開けると 玄関先で
ヘナヘナと座りこんだ 白井ユミがいた。
「な、なんなのよぉ~この騒ぎ 日本最低! アメリカに帰りたい~」
えっ ええーっ 40歳の姐さん 泣くかぁぁ⁈
波彦はその場でしゃがみ込み
肩を落とし嗚咽する40歳の女の子の肩を抱き、背中を撫でさすり、
「泣かなくてもいいよ もう俺が来たから、ここから連れ出してやるから、さあ さあ 泣かないで、な、な、」
「な、何なのよ! あたしが何したって言うのよっ!」
「何もしてない 何もしてないから、泣いていたら連れ出せないよ、さぁ 泣き止んで、 ここを出たら 好きなだけ泣けばいいから さぁ さぁ」
来る前に準備の指図していたのに 全く頭に入っていない 理系女子。
その場を立たせて メゾネットの一階のパウダールームで顔を洗えと指図する。
先生はこうなるとまるで子供だな、、、やれやれ
しかし、この家、見れば見るほどかっこいいよなぁ…
身支度を波彦が判断し 連れ出す段取りをユミに話す。
「いい?先生わかってますか?」
「ええ、グス‥ズズー ‥セレブ感を出す ‥ズルッズルゥ~」
鼻水を啜りながらも 泣く事は無くなった。
「サングラスある?」
「持ってないわ‥」
「岩井先生 持ってなかった?」
「探すわ‥」
白井ユミは勝手知ったる我が家同然に 何が何処にあるか迷う事がなかった。
その姿に 波彦は強く嫉妬した。
‥‥何なんだ!ムカつくっ、
「あったわ 何かダサいけど‥」
「ちょっと掛けてください」
確かに 男がすると ダサいかも‥が
ユミは案外小顔な作りで ダサいサングラスがセレブ感を出している。
「先生、よく似合いますよ! さぁ 服は‥‥っ !」
「岩井先生の借りましょう!」
「ええ! 」
岩井宅のクローゼットを漁って波彦が選んだのは 白い無印のTシャツ 黒のスラックス 細い皮ベルト
「まぁ 俺に任せてください♪」
パウダールームの巨大な鏡に 男性用Tシャツ 仕立ての良いスラックス。細身のユミが履くとダボっとしてウエストで絞ると今風になる。後ろで束ねた髪のゴムを外して
「先生、そのまま サングラスしてみてください」
「何か 変じゃない?」
「無い無い セレブ女子に見えます! 完璧です」
「そうかしら‥ねぇ」
やっと白井ユミの精神状態も平静に戻った。
「ちょっといいですか? 手を組みましょう」
ゆるいファッション姿のユミが、幾分着崩したスーツ姿のサングラス男と並ぶと 意外にもセレブカップルぽく見える。
「不思議‥それなりに見えてくるわ」
「こんなのは ギャップの心理ですよ、片方が正装していて片方が崩れていたら 人間なんて正装している方を基準に見てしまう。
ブランドで固めたカップル程 下品でお里が知れると思われる。そんなもんです、さぁ 堂々と出ましょう!」
※出鱈目心理学です。全てフェイクです。
「少し髪の毛を手櫛で掻き上げて サングラスして、先生、スレンダーだからめっちゃカッコいいですよ!」
波彦はここぞとばかりに ユミの細いウエストに手を回して、
「先生も俺の腰に手を添えてっ セレブカップル感出してください」
エレベーターホールで同階の住人とすれ違い、二階から外国人カップルがエレベーターに乗り込んで来たが違和感なく 逆に『your girlfriend is cute!』(君の彼女可愛いね)と外国人男性から囁かれる。
マンション住人に擬態しながら何事もなく地下駐車場に降り立つと、レク◯スの助手席を開け 白井ユミを座らせた。
ここまでは 大楠波彦が描いたシナリオ通りだった。
波彦が運転席のドアを開けて乗り込もうとした目の前を イチャつく男女が通りかかった。
嘘っ!
視線を感じた女性が視線の感じた方に目をやると
あなた‥ !
それは 偶然 ほぼ1か月ぶりの元夫婦の再会だった。
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