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母と子
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共通一次試験の結果?
見るまでも無い。偏差値70はあるはずの 俺の実力と要領の良さ、それに 頭脳明晰権謀術数に長けた黒崎の血統があれば、当然二次試験には余裕で進めた。
ふん…日本の最高峰?
大学受験なんざ テクニックの問題だと家庭教師の面々は口を揃えて言った。
早々と そのテクニックだけ教わって 先生方とはさよならした。
母との約束を果たした後の方が重要だ… とにかく渡航費用と当面食い繋ぐ資金が要る。
この頃 高校にはほとんど登校していなかった。卒業に必要な単位は受験後補修で帳尻を合わせればいい。
……そういえば、あれから 双葉とは顔を会わす事がなく 俺もすっかり忘れていた。
まぁ この機会に面倒くさい付き合いは 切り捨てて行こう。
温子も 俺の大学受験の邪魔にならないように 気を使って朝の迎えには来なくなった。
代わりに 最近は異母妹 黒崎ミチコ…ミッちゃんが頻繁にやって来る。
「お兄ちゃま…また来ちゃった」
ミッちゃんはこの春、高校受験を控えていたが、どうやら日本の高校には行かずアメリカに留学するらしい…
頻繁に我が家にやって来るのは、俺を相手に英会話の練習目的だった。
正確には 俺が異母妹からレッスンを受けている。
彼女は幼稚園児から東京のアメリカンスクールに通っていた。つまりペラペラなわけだ…。
『ねえ お兄ちゃま…T大学の医学部…受かりそうなの?』
この会話は全て英語だから 母や中居頭に聴かれてもバレる心配は無い。
好都合だ。
『うん…試験の結果なんて その時の運もあるからな…』
『あら、運だなんて…意外』
ミッちゃんは、大学入試用過去問題集を何気に手にしてパラパラとページをめくってみた。
『運も実力のうちって…ありきたりか フフ』
部屋の中を落ち着きなくウロウロする彼女に
座る事を促す。
『ねぇ……ちょっと疑問があるの…』
シングルベッドの端に腰掛けた彼女は、手にしていた問題集を傍らに置くと、真剣な眼差しで俺を見た。
『何だい?』
俺はニヤついてしまった。
どうも、まだオムツも取れていないよちよち歩きの頃から遊んでいる異母妹が、すっかり女性らしい振る舞いが身についた事が不思議であって、変に照れくさかった。
『お兄ちゃまが…素直に医学部を受験するなんて…にわかには信じられない』
華奢な人差し指が彼女の顎に添えられるのを 見ながら、
『流石っ 鋭いねぇ~君は!』
彼女の見逃さないよ、と突き刺さる真っ直ぐな視線を避けて横を向いた。
『お兄ちゃまっ 日本最高峰の難関医学部を記念受験した後…どうなさるおつもり? ミチコだけには その企み 教えてくださるわよね!』
いやはや、黒崎家の最高峰は彼女に違いない。
『ところで ミッちゃん、人の事より 君は医者を目指すの?』
彼女は意地悪っぽく口角を少し上げて微笑みながら、
『そのつもり、だって 政略結婚とかまっぴらだもの…日本に居たらわからないうちに結婚相手とか決められて、そうなったら逃げるに逃げられないもの…お母様みたいな人生は嫌っ』
彼女も結局黒崎家から逃げる算段をしていた。
『俺たちは 同志って訳か…』
アハハハハ…
『あら お兄ちゃまとは違うわ 稼業の医者にはなるつもりだから…』
『確かに…』
『やだ 深刻にならないで …たまたま稼業ってだけなの、医者って言ったって臨床じゃなくて 保健衛生医療を専攻したいのよ、発展途上国の感染症や、将来あるかも知れない未知の感染症を回避する方法とか… 』
『凄いな…俺は、まだ何をしたいかなんて 考えた事もなかったな…まぁ大学受験は腕試しって事 落ちても 受かっても …渡航して暫く世界中を回ってみようと思ってさ…』
歳下の異母妹に対してだけは 不思議と素直になれる。
『あらっ 素敵! ミチコもアメリカは9月入学だから、半年はお兄ちゃまと一緒に世界を周りたいなっ』
ミチコは夕食を食べたあと母が手配したハイヤーで帰って行った。
母はよほど気になるらしく ミチコが何故頻繁に我が家にやってくるのか、俺が節度を保って接待しているのか?挙句 会話の内容まで尋ねられウンザリしてくる。
さっさと終わらせてしまおう…
俺にとっては、当然だが、二次試験も合格した。
母は歓喜し、父に至っては、晴天の霹靂だった。黒崎一族で政治家になった連中はT大の法学部出身者が多く、異端の我が父はK大の医学部、異母兄もK大だ。名門私学の医学部出身の強大な学閥と政治力で黒崎総合病院を地域の中核病院にまで押し上げた父の力は流石と認めている。 その父を 仰天させて 気分爽快だった。
「ヒカルっ お前っ 医者になるなど 全く考えていなかったはずじゃなかったか? しかもT大だと! よくも親を誑かしおって…」
その夜の父は 稀にみる上機嫌で本家の事も気にする気配なく我が家に逗留した。
父は 俺の将来についても介入し暴走し始め、 自分が黒崎一族のしがらみから唯一逃れる術が 政治家にならない事だったと述懐した。
しかし、医者になっても黒崎一族の呪縛からは逃れられず、結局病院経営は黒崎一族が深く関与し 今の地位を保てている…とも語っていた。
初めて 本妻についても 率直な気持ちを妾の子である 俺に話して聴かせた。
父もいろいろあって 今があると言う事は わかったが、それを聴かされても俺の感情が揺さぶられる事は無かった。
母は 面目躍如…といったところか
さあ … トンズラするぜっ
狭苦しい日本よ さらば!
着々と渡航の手筈を整え はじめは暮らしやすそうな多民族国家に行こうと決めて、アメリカ イギリス カナダ オーストラリアを選択肢に旅費や ビザ免除 バックパッカーへのフォローなど条件を調べていた。
アフリカとか、南米とかも魅力的だよな…いきなり未開の地とかヤバいよな…
事は T大学入学式前迄には決行しなくてはいけない。
遅れは致命的だ…
母は息子の入学式出席の為の準備に余念が無い。
そんな慌しい三月も終わろとしていた矢先、
父が学会出席で出張していた京都で 倒れた と一報が我が家にも届いた。
倒れたのは数日前で 今はH大学医学部附属病院で入院中との事だった。 原因は心筋梗塞。
幸い H大学医学部心臓血管外科の名医が学会に出席していて初期対応も早く一命を取り止め、救急車で地元K大学をすっ飛ばして わざわざ1時間かけて大阪迄搬送したらしかった。
別宅の母は狼狽えるばかりで 本宅に様子の電話すらかけられず、母の方が倒れてしまうのでは無いかと思うほど憔悴していた。
結局 この一件で 俺の未来は閉ざされ 頓挫した。
その後 父は 入院中に再び 心筋梗塞を起こし 帰らぬ人となった。
見るまでも無い。偏差値70はあるはずの 俺の実力と要領の良さ、それに 頭脳明晰権謀術数に長けた黒崎の血統があれば、当然二次試験には余裕で進めた。
ふん…日本の最高峰?
大学受験なんざ テクニックの問題だと家庭教師の面々は口を揃えて言った。
早々と そのテクニックだけ教わって 先生方とはさよならした。
母との約束を果たした後の方が重要だ… とにかく渡航費用と当面食い繋ぐ資金が要る。
この頃 高校にはほとんど登校していなかった。卒業に必要な単位は受験後補修で帳尻を合わせればいい。
……そういえば、あれから 双葉とは顔を会わす事がなく 俺もすっかり忘れていた。
まぁ この機会に面倒くさい付き合いは 切り捨てて行こう。
温子も 俺の大学受験の邪魔にならないように 気を使って朝の迎えには来なくなった。
代わりに 最近は異母妹 黒崎ミチコ…ミッちゃんが頻繁にやって来る。
「お兄ちゃま…また来ちゃった」
ミッちゃんはこの春、高校受験を控えていたが、どうやら日本の高校には行かずアメリカに留学するらしい…
頻繁に我が家にやって来るのは、俺を相手に英会話の練習目的だった。
正確には 俺が異母妹からレッスンを受けている。
彼女は幼稚園児から東京のアメリカンスクールに通っていた。つまりペラペラなわけだ…。
『ねえ お兄ちゃま…T大学の医学部…受かりそうなの?』
この会話は全て英語だから 母や中居頭に聴かれてもバレる心配は無い。
好都合だ。
『うん…試験の結果なんて その時の運もあるからな…』
『あら、運だなんて…意外』
ミッちゃんは、大学入試用過去問題集を何気に手にしてパラパラとページをめくってみた。
『運も実力のうちって…ありきたりか フフ』
部屋の中を落ち着きなくウロウロする彼女に
座る事を促す。
『ねぇ……ちょっと疑問があるの…』
シングルベッドの端に腰掛けた彼女は、手にしていた問題集を傍らに置くと、真剣な眼差しで俺を見た。
『何だい?』
俺はニヤついてしまった。
どうも、まだオムツも取れていないよちよち歩きの頃から遊んでいる異母妹が、すっかり女性らしい振る舞いが身についた事が不思議であって、変に照れくさかった。
『お兄ちゃまが…素直に医学部を受験するなんて…にわかには信じられない』
華奢な人差し指が彼女の顎に添えられるのを 見ながら、
『流石っ 鋭いねぇ~君は!』
彼女の見逃さないよ、と突き刺さる真っ直ぐな視線を避けて横を向いた。
『お兄ちゃまっ 日本最高峰の難関医学部を記念受験した後…どうなさるおつもり? ミチコだけには その企み 教えてくださるわよね!』
いやはや、黒崎家の最高峰は彼女に違いない。
『ところで ミッちゃん、人の事より 君は医者を目指すの?』
彼女は意地悪っぽく口角を少し上げて微笑みながら、
『そのつもり、だって 政略結婚とかまっぴらだもの…日本に居たらわからないうちに結婚相手とか決められて、そうなったら逃げるに逃げられないもの…お母様みたいな人生は嫌っ』
彼女も結局黒崎家から逃げる算段をしていた。
『俺たちは 同志って訳か…』
アハハハハ…
『あら お兄ちゃまとは違うわ 稼業の医者にはなるつもりだから…』
『確かに…』
『やだ 深刻にならないで …たまたま稼業ってだけなの、医者って言ったって臨床じゃなくて 保健衛生医療を専攻したいのよ、発展途上国の感染症や、将来あるかも知れない未知の感染症を回避する方法とか… 』
『凄いな…俺は、まだ何をしたいかなんて 考えた事もなかったな…まぁ大学受験は腕試しって事 落ちても 受かっても …渡航して暫く世界中を回ってみようと思ってさ…』
歳下の異母妹に対してだけは 不思議と素直になれる。
『あらっ 素敵! ミチコもアメリカは9月入学だから、半年はお兄ちゃまと一緒に世界を周りたいなっ』
ミチコは夕食を食べたあと母が手配したハイヤーで帰って行った。
母はよほど気になるらしく ミチコが何故頻繁に我が家にやってくるのか、俺が節度を保って接待しているのか?挙句 会話の内容まで尋ねられウンザリしてくる。
さっさと終わらせてしまおう…
俺にとっては、当然だが、二次試験も合格した。
母は歓喜し、父に至っては、晴天の霹靂だった。黒崎一族で政治家になった連中はT大の法学部出身者が多く、異端の我が父はK大の医学部、異母兄もK大だ。名門私学の医学部出身の強大な学閥と政治力で黒崎総合病院を地域の中核病院にまで押し上げた父の力は流石と認めている。 その父を 仰天させて 気分爽快だった。
「ヒカルっ お前っ 医者になるなど 全く考えていなかったはずじゃなかったか? しかもT大だと! よくも親を誑かしおって…」
その夜の父は 稀にみる上機嫌で本家の事も気にする気配なく我が家に逗留した。
父は 俺の将来についても介入し暴走し始め、 自分が黒崎一族のしがらみから唯一逃れる術が 政治家にならない事だったと述懐した。
しかし、医者になっても黒崎一族の呪縛からは逃れられず、結局病院経営は黒崎一族が深く関与し 今の地位を保てている…とも語っていた。
初めて 本妻についても 率直な気持ちを妾の子である 俺に話して聴かせた。
父もいろいろあって 今があると言う事は わかったが、それを聴かされても俺の感情が揺さぶられる事は無かった。
母は 面目躍如…といったところか
さあ … トンズラするぜっ
狭苦しい日本よ さらば!
着々と渡航の手筈を整え はじめは暮らしやすそうな多民族国家に行こうと決めて、アメリカ イギリス カナダ オーストラリアを選択肢に旅費や ビザ免除 バックパッカーへのフォローなど条件を調べていた。
アフリカとか、南米とかも魅力的だよな…いきなり未開の地とかヤバいよな…
事は T大学入学式前迄には決行しなくてはいけない。
遅れは致命的だ…
母は息子の入学式出席の為の準備に余念が無い。
そんな慌しい三月も終わろとしていた矢先、
父が学会出席で出張していた京都で 倒れた と一報が我が家にも届いた。
倒れたのは数日前で 今はH大学医学部附属病院で入院中との事だった。 原因は心筋梗塞。
幸い H大学医学部心臓血管外科の名医が学会に出席していて初期対応も早く一命を取り止め、救急車で地元K大学をすっ飛ばして わざわざ1時間かけて大阪迄搬送したらしかった。
別宅の母は狼狽えるばかりで 本宅に様子の電話すらかけられず、母の方が倒れてしまうのでは無いかと思うほど憔悴していた。
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