精霊にさよならを。~巻き戻った世界で君は笑う~

真白 わゆ

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一章

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 朝の光が、食卓を満たしていた。
 白いテーブルクロスの上で、銀食器が淡く反射する。少しだけ眩しく感じて、目を細めた。
 父と母はすでに席について談笑に勤しんでおり、母が口元を隠して上品に笑みをこぼし、父はなにやらたじろいでる様子だ。大方、母がまた何かからかっていると予想がつく。
 彼女が笑うたび、軽くウェーブの掛かった長く美しい青銀の髪が揺れる。
 麗しい男女の穏やかな朝のひと時――それはまるで絵画の中に閉じ込められた一瞬のようだった。
 
 本当に、いつまでも新婚のように仲のいい二人だ。

 入口で少し佇んで見つめていると、さすがに気配に気づいたのだろう、二人の目線がこちらに向く。 

「あら、セラスちゃん、おはよう。昨晩はよく眠れたかしら? 身体は大丈夫?」
 温かな湯気を立てるティーカップを前に、彼女はゆったりと微笑む。その表情には一切の悪意はなく、ただ慈愛だけが満ちている。
 ”今のセラス”が戻ってきた時、それはそれはひどい高熱にうなされていた。そのせいか、それ以降、少しの体調の変化も目ざとく見抜いてくる。
「おはようございます。はい、ご心配をおかけしました」

 母の向かいの席に着くと、その美しい瞳をじっと向けられた。
 嫌な予感がした。
 だから、避けたかった、のに。
「……どうかされました?」
 結局その視線の圧には勝てなかった。永遠に終わりそうにない見つめ攻撃に”問いかける”しか選択肢は残されていなかったのだ。すると、母は待ってましたと言わんばかりにわずかに首を傾げる仕草をした。
「嘘はだめよ? その目の下の隈は、一体なにかしら?」
 にこりと細められた瞳は一見優しそうに見えるものの、その奥に隠された鋭さを良く知っている。普段は花のようにふんわりとした柔らかな雰囲気を纏っている母だが、ひとたび怒らせれば、その迫力は父以上だ。
 なにせ氷点下を超える凍り付いた声音と、恐ろしいほど整った微笑みに、正面から向き合わなけらばならないのだから。よっぽどのことがなければそんなことにはならないが、普段とのギャップがひどいために極力避けたいのだ。
 懐かしいとは思う、が、それとこれはまた別だ。

 だから、焦りが募り、反射のように目の下を触ってしまった。これでは、まさに彼女の得意な「罠」に、まんまと引っかかったようなものだ。

 母は「ふふ」と楽しげに笑う。
「引っかかたわね。そういうとこは親子そっくりなんだから。この母の観察眼をなめてはいけません」
 父は何に引っかかったというのか。もっとも、どんなものであれ、きっとこの人には敵わないのだろう。セラスは密かに、苦笑を漏らした。
「……少し早くに目が覚めてしまって」
「そうなの? なら誤魔化そうとしたセラスちゃんには、お仕置きが必要ね?」

 ――お仕置き……。
 その言葉に腰が浮き上がりそうになる。
 何がいいかしら、と思案顔になる母を見て、セラスは横目で父に助けを求めたが、カップを優雅に傾けるばかりで全く救うつもりはなさそうだ。
「あぁ、いいこと思いついたわ! 今日一日、私のお買い物に付き合ってちょうだい」
 お買い物。それすなわち、試着と称して、セラスが着せ替え人形にされることを意味する。もちろん、女の子用の服も含まれるのだ。

 ――……そっちだったか。まぁ、叱られるよりはいいけど。
 いや、やっぱり他のもっとましなやつのが。例えば、美容コース。母がパトロンをやっている化粧品の新作実験体。終わる頃にはぷるっぷる、つやつやになるが、副作用はなし。それだけの方がまだ全然よかったのに。
 よりにもよってお人形コースかぁ。

 セラスはこの後来るであろう、生暖かい視線を想像してそっと心を遠くに飛ばした。





「「また、さいご!」」
 そんな時、二つの重なり合った声が弾むように響いてきた。子供らしい、高めで無邪気な澄んだ声だ。その音だけで部屋の雰囲気が一気に明るくなる。
 同時に、扉の向こうから勢いよく飛び込んできたのは、ちんまりとした双子だった。
 一人はふんわりとしたドレスを纏い、高めの位置で結ったツインテールを揺らす女の子、そしてもう一人は比較的楽な装いで、まだ少し寝ぐせが残った状態の男の子。ともに齢五歳。
 そのちっこい足をとてとてと動かし、慣れた様子で席に着く。
 一人は母の隣。もう一人はセラスの隣へと。それぞれの定位置だ。
「おにいさま、おはよう」
 横に座った妹のルルディが、にこやかに挨拶をしてくれる。
 ほっぺはもちもちで、彼女のにっこりとした笑顔は大変愛らしい。
「おはよう、相変わらず元気だね」
 一通りの返しが終わった。
 だが、そのあどけない顔は逸らされない。笑顔のままこちらを見上げてくるのだ。……そう、何かを期待するように、じいーっと、まん丸いガラスのような瞳で。

 セラスはデジャヴを感じた。
 なにせ、ついさっき全く似た流れがあったからだ。言葉では何も言わず、表情だけで「ねえ、分かってるでしょう?」と圧をかけてくるあの感じ。――血のつながり、恐るべし。
 まぁ、母と違ってこっちは可愛いものだが。

 セラスは「ん?」と首を傾げてみせた。
 その目線が何を匂わせているかは分かっていたけれど、さっきしてやられてのもあって少しだけ意地悪な気持ちが芽生えてきたからだ。
 しばし、見つめ合い。
 だが我慢できなくなったのだろう。ルルディは案の定ぷうっと頬を膨らませる。
 その仕草は、頬に食べ物をつめこんだ動物みたいで、見ているだけで頬が緩んでくる。

 ――かわいい。

 うん、もういいか。これ以上からかうのはやめておこう。


「わかっているよ、今日は髪飾りを白色のリボンにしたんだね、よく似合ってる」
 その瞬間、ルルディの瞳がキラキラと輝く。
「かわいい? おにいさま、ルル、かわいい?」
「うん、可愛いよ、とっても」
 嬉しそうに、ぎゅうっと、より一層笑顔になる。
 その仕草ひとつひとつが、小鳥が羽を震わせるようにあいくるしい。
 胸の奥がじんわりと温かくなった。朝の陽だまりみたいな優しい温かさだった――。



「揃ったな。なら、『祈り』を」

 この国に古くから伝わる、祈りの言葉を口にする。
 良き隣人――すなわち精霊たち感謝を示すもの。
 だが、セラスにとっては乾いた言葉にすぎない。舌の上で転がすたび、ざらついた気持ちになっていく。



 
「きょうは、はやおきできたとおもったんですの。だからルカといっしょにいちばんのりだーって、ここへきたのに、みんなはやいです」
「そうそう、にいさまたちはやすぎ」

 ルルディが不満そうに唇をツンと突き出し、ルカスもそれに合わせて腕を組む。
 二人は双子なだけあって顔の造りはそっくりだ。おそらく同じ髪型にしてしまえば、家族以外には見分けがつかないだろう、とひそかに思っている。……そんなことしたら、すっごい嫌がられそうだけど。
 しいて違いを挙げるなら、ルカスの方が少しだけ吊り目ってとこくらいかな。

 
 そのあとも、穏やかな笑いが絶えないまま、朝は静かに流れていった。
 何の変哲もないひとときが、ひどく愛おしく感じられた。
 

 
「セラスは少し残りなさい」
 父の低い声が、食卓に落ちた。
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