精霊にさよならを。~巻き戻った世界で君は笑う~

真白 わゆ

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一章

4

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 カンカンと、軽い音が響きわたっている。それは木剣がぶつかり合う音。
 今、セラスの視線の先では護衛たちの稽古が行われている。

 彼らは重力など感じないかのように、軽やかに地面を蹴り、しなやかな身のこなしで互いにダメージをいなしていく。その動きには一切の無駄がない。一歩一歩が滑らかで、攻撃と防御が優雅な曲線を描いている。
 水上を滑るような足運びに、水の流れに身をゆだねるかのような身体の傾き――そのさまは、まるで清流の中を自由に舞う魚だ。
 剣を振るうたび、澄んだ水の香りが湧きあがってくるような、しなやかで美しい型。
 これこそフィオレントの剣技だ。

 各領地で剣の型は異なるが、その中でも最も優美だと思う。決して身内贔屓などではない。この柔軟性と調和は他に類を見ないのだ。セラスはこれを鑑賞するのが好きだった。 
 けれど――。
 今ならよく分かる。
 これがどれほど脆いものかということが。
 精霊の助けがあってこそなせる技。ゆえに土台が崩れれば呆気なく崩れてしまう危うさを常に孕んでいるのだ。
 
 セラスの胸には冷たいものが広がっていく。
 
 それに、彼らの剣には重みがない。命を削るような殺気も、相手を打ち砕くための執念も感じられない。どうしても、ただの嗜みの一線を超えないのだ。
 まぁ、それも当たり前だと思う。
 この国は永らく平和に浸かりきっており、争いごととはほぼ無縁だった。せいぜい他領民との諍いくらいなもの。
 
 当然、セラスも同じ考えを持っていた。
 むしろ、授業も最低限で済むことに密に喜びを抱いていたほどだ。
 なにせ――剣術が大の苦手だったから。
 いくら精霊かれらの助けがあったとて、柄を握れば手のひらが痛むし、構えれば腕が震えてくる。
 というか、どうにも運動が性に合わないのだ。
 疲れるし、汗はかくし、なにより痛いのは嫌いだった。それなら静かな泉と花が広がる場所で寝ころがって、本を読みながら精霊たちに囲われている方がよっぽど穏やかでいられたのだ。
 それに、聖力を使えばたいていのことはどうにかなったから。

 つまり、剣技は眺めるのは好きだったけれど、やらされるのは勘弁――そんな感じだった。


 
 そのまま、ひっそりと観察を続けていると。
「……お、坊ちゃんじゃないすか」
 セラスの下に一人の男がやってきた。すらりとした体躯に、少しはねた短髪を持ち。その額には汗を滲ませて、肩にはタオルをかけた、いかにも鍛錬を終えてきたばかりです、といった風体の男。
「授業以外でここに来られるなんて、どうしたんすか?」
 気安い態度のこの男はセラスの剣術の教師役を務めるレオンだ。幼い頃から訓練を重ねてきた生粋の護衛であり、その型は、この屋敷にいる者の中では群を抜いて美しかった。
 
「少し、見たくなってね」
 目覚めて以来、ここへは一度も来ていなかった。
 体調を崩す前もさぼったりしていたから、実に二か月半ぶりくらいだろうか。
「え……、えーっと、熱でもあるんです?」
 怪訝そうな声と共に、レオンが眉をひそめ始める。そして、間髪入れずにセラスのおでこへと、ぬるい手のひらをぴたりとくっつけてきた。まったく遠慮がない。
 しかも本人の目の前で、「んー、まだ体調がよくねぇのか……いや、でも熱はない、か? おかしい……」とぶつぶつ呟いている。
 非常に失礼な態度だが、こういうやつなので気にもならない。 
「なに? なにか言いたいことでもあるの?」
「いや、あの……その、セラス坊ちゃんすよね?」
 やけに探るように聞いてくる。
「僕だけど。もしかして、偽物とでも思ってる?」
「…………。いや」
 こちらは即答したというのに、レオンの返答は微妙に遅い。
 ――はぁ、こいつ……。
 そっちがそうでるなら、とセラスはからかいのスイッチを押した。
「にゃん吉」
 たった、一言。
 だが、口から出たのは決定的な言葉だった。その証に、彼の顔には動揺の色が走る。わずかに瞳が見開かれた。
「干した小魚、高級ハム、シルクのリボン……」
「なっ」
 レオンが慌てだした。その慌てっぷりにセラスの口元は、勝手に弧を描いていく。
「でも、かわいそうに……。どんなに貢いでも現状はこっぴどく振られるばかり」
 庭に住み着いた猫になつかれようと人目を忍んで必死に貢物をしている彼の様子を何度も目撃していた。本人は隠し通しているつもりだったのだろうが、残念ながらすべて筒抜けだったのだ。
「あと、これもあったね。夜のキッチン破壊事件。夜食のために内緒で忍び込んで道具をダメにしかけた。あの時、証拠隠滅手伝ってあげたの誰だったっけ?」
 レオンの口元がひくりとひきつった。形勢は逆転だ。
「あ……あれは、だって、坊ちゃんも! てか、それ今関係ないっすよね!?」
「あとは……」
「もう十分っす! わかりましたから。坊ちゃんです、あなたは正真正銘のセラス坊ちゃんです!」
 レオンはなかなかの大声で被せてきた。
 それも念入りにセラスの口を軽く手で覆って。もちろんすぐ外されたが、そのあまりにも分かりやすい反応に、ふっと笑いがこぼれた。
「でもほんとにどうしたんです? 最低でも半年くらいは稽古休むと思ったんすけど。だってほら、いつもぎりぎりに来るか、さぼろうとするじゃないすか」
 まぁ、そうだ。言ってることは何一つ間違ってない。
 稽古の日は大雨を願ったり、仮病を定期的に使ったり、良さそうな理由がなければ隠れ場所に姿をくらましていたものだ。そのたびにレオンに追いかけられたり、連れ戻されるのが習慣になっていらくらいだ。
 自ら足を運ぶなんてもってのほかだった。
 ゆえに疑うのも理解できる。セラスは内心で深く頷いた。
「うん、まぁ、気持ちの変化だよ。人生何が起きるか分からないでしょ」
 今日ここへ来たのは、精霊を失った今の自分がどこまで動くか確認したかったから。身体の限界を知りたかったからだ。
「ふーん、そうすか……」
 レオンは顎の下をすりつつ、意味ありげに目を細めた。
「ならやります?」
 後ろの訓練場を指しながら、少しの八重歯を覗かせ、にやりと笑みを浮かべた。セラスは既に訓練着に着替えている。見た目的には、やる気十分だ。
「もちろん。お願い」
 気合を入れ、歩き出そうとした瞬間、ふっと、目線が浮いた。
 そう、宙に浮いた感じに。
 思わず、「……っ!」と喉を鳴らしたが、脳が処理するよりも早く、原因が視界に移った。
「ちょっと!」
 すぐそばにある顔、レオンだ。ひょいっと脇の下に腕を差し入れられ、そのまま抱っこされたのだ。まるで子猫でも抱え上げるかのように、軽々と。
 やけに安定感のある腕にむかついたが、同時に思い出した。
 幼いころ、強制的に連れていかれる時にいつもこの恰好をさせられていたのだ。
「ほら、病み上がりなんですし。また逃げられても困るっすから」
「もう逃げないよ」
 絶対にさっきの仕返しだ、わかる。そのにやにやした表情が雄弁に物語っている。
 イラっときたので、レオンの頬をぐいっと引っ張ってやった。柔らかい彼の肌が、ぐっと指の下で伸びた。
「なんで、ふ」
「ふふ、へんな顔」
 この程度ではびくともしないだろうが、せめてもの抵抗だ。


 そんな二人を訓練中の護衛たちが、心底温かい眼差しで見守っていた。
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