精霊にさよならを。~巻き戻った世界で君は笑う~

真白 わゆ

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一章

9

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 一組の男女が涙ながらに再会の抱擁を交わしている。感動を煽る柔らかな音色と共に、今、一つの物語が美しいエンディングを迎えようとしていた。
 ここは聖都の中央にある野外舞台。規模としては中程なかほど。大きくも小さくもない。
 いつもなにかしらの演目が披露されているが、さすがは祝祭期間。セットも、演出も気合の入り方が違う。観客席からは一斉に拍手が沸き起こり、主演の二人は相当有名なのだろう、あちこちから称賛や名前を呼ぶ声が飛び交っている。
 
 セラスも、ぱちぱちと手を叩く。
 たまたま空いていた席に座っただけだった。時間つぶしにちょうどいい、その程度で。というのに……思いのほか引き込まれてしまった。
 展開は王道。原作も読んだことがあった。けれど、生きた物語として浴びるのは初めてで、演者の全身から――声のトーンに震え、表情の機微、瞳の輝き、それらすべてが訴えかけてくる感情の波に、胸の奥がぞくりと刺激され、今もまだ鈍い痺れが身体を覆っている。
 同時に、ひどく眩しくもあった。
 あそこまでの激情をさらけ出せることが。その果てに受け止めてくれる人がいることが。そして、残酷なほど美しく幸福な結末を迎えることが。
 なんとなく、登場人物を置き換えてみる。
 舞台の中央、ライトを浴びて弾けんばかりの笑顔を見せる主演の男をアウルムに、その周囲を固めるのは、王や両親。それからむかつくこともあった友人たち。
 そして、彼に寄り添うヒロインは――あの追っかけ令嬢あたりがいいだろうか。いやルルディでもいい。
 いずれにせよ画になる。
 うん、完璧な配役だ。
「えぇ、下手くそじゃなぁい?」
 脳内に直接響く声。水を差すようなそれにも、もう慣れたものだ。
 姿を現す気はないらしい。
「はいはい。なら、どうするつもり?」
「ボクならそうだねぇ、うーん、あの場を焼き払ってぇ、キミと二人でダンスを踊ろうかなっ!」
 相変わらずの悪趣味だ。
「遠慮するよ。疲れそうだし」
「もぅ、ボク結構得意だよぉ、今度リードしてあげる」

 またひと際、喝采が大きくなる。
 演者たちが律儀に客に応えるために、客席の熱狂は全く冷めやりそうにない。いらぬちょっかいのせいで余韻も完全に遠のいてしまったセラスとは正反対だ。
 自分の席は真ん中寄り。だから、人の波が引いてから席を立とう――そう決めてぼんやりと眺めていれば、肌を熱が掠めていく。
「随分、見入っていたな」
 今度は脳内ではない、外側から届く声。現実の、すぐそばからだ。
 答えようとして、しかし口が止まった。
 中途半端な形になっているだろうが、それどころではない。思考がものすごい勢いで駆け巡る。脳の容量総動員で回っていく。群衆のざわめきも、熱も、一気に遠のき……ここには二人きり、そんな感覚に陥る。
 いきなり声を掛けられて不審に思ったとか、そもそもただの相手の独り言だと思ったとかではない。
 その気配が、その声が、あまりにも馴染み深いものに似ていたから。
 こんなところにいるはずがないと否定が上がる一方で、まだ少年らしさが残る少し高めの声に、日差しのような温もりを帯びた雰囲気……を思わせる要素の多さに心臓が早鐘を打つ。

 まさか……いや、でも。
 押し問答が続く。
 口の中がひどく乾いていく。
 他人の空似ってこともある。そう、気配も声も異常に似ているだけ、きっとそうだろう。
 脳内で鳴り続ける警報を押し殺すように、言い聞かせる。
 そもそも、ならば、この期間は城内で忙しくしていたはずだ。前にちらりと見かけたことがある。こちらからは何も干渉していない以上、それに則っているはずだ。
 必死に理性を流し込んでいる間も、隣からはずっと饒舌な声が耳を叩き続ける。適当に相槌は打っているものの、何一つ頭に入ってこない。

 確かめたい、けれど一刻も早くここから立ち去りたい。
 隣にいてはいけない、しかし、生きている姿を見たい。

 さっさと去る一択だったというのに。
 そんな葛藤に感づいたのか、 
「聞いてるのか?」
 ぐいっ、と覗き込まれた。
「……っ……」
 視界いっぱいに埋まるその顔に、息を呑む。
 あぁ、やっぱり――。
 間違っていなかった。それがよかったのか、予想が外れることを願うべきだったのか。
 その顔は――幾度も幾度も見つめてきた顔立ち。慣れた変装で目の色も髪色も隠れてしまっているけれど、どこも変わっていない。艶やかな髪に、血色の良い肌、そして星を散らしたように光を孕む瞳。
 瑞々しいほどの”生”がそこにある。
 血に染まってもいない。諦めが沈んだ影もない。隈も、やつれも、翳りもどこにもない。
 焼き付いた記憶よりも、幼い彼……アウルムがここにいる。
「おい、大丈夫か?」
「……、だ、いじょうぶです」
 生きて、いる。
 その事実に、どうしようもなく視界が滲みそうになる。唇の内側をぐっと噛んで堪える。
 少しも動揺してはいけない。
 ありきたりな配色に様変わりしている彼を、この時点パーティー前では見分けられるはずがないからだ。まだ年に一度見るか見ないかくらいの希薄な関係なのに。

 平常心、平常心と繰り返す。
 呼吸を整えると、やっと群衆の気配も戻ってきた。
 その間、視線は絡み合ったまま。
「あの、なにか?」
「なにかって、やっぱり聞いてなかったな」
 やれやれと首を振った。
 そんな何気ない仕草まで懐かしくて、胸の奥をくすぐる。
「このあと時間あるか? って聞いてたんだが」
 その口ぶりはすでに決定事項のそれだった。
 
 


「ほら、これはどうだ?」
 むぐっと、口に押し込まれたのは定番のスイーツだ。ふわっとしていて、口に入れた瞬間溶けて甘さが広がる。
 おいしい……。
 じゃなくて。なんでこんなことに。
 あれから、あっという間に時間が過ぎた。考える暇もなく、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。引っ張り回され、風景だけが目まぐるしく変わっていった。
 繋がれた右手を見る。
 じんわりと熱が伝わってくるそこは、しっかりと包み込まれている。
 強引なくせして、決して乱暴ではない。
 振り払うこともできた。というか、した。それも思いっきり。
 当然だ。だって、セラスにとってアウルムは気高い光そのもの。自分という異物に触れるなど、清流に泥水を垂らしているようなものだ。清らかな輝きを汚すなど、どんな理由であろうと許されない。
 というのに――押し切られてしまった。
 なんという体たらく。

 手にかけた感触だって、憎々しげな目だって嫌というほど覚えている。
 だからこそ、最低限の関わりに収めて、遠くから見守ろうと誓ったはずだったのに。
 何も覚えていない彼は真っ新で……。

 でも仕方ないじゃないか。
 痛みが滲む顔を見せられたら足は勝手に止まってしまうし、変装があるせいで見知らぬ他人としての設定もある。それに、異常に押しが強かったし。
 ――なんて。
 もっともらしい言い訳を並べても、結局は揺らいだだけだ。
 本気で拒絶すれば、逃げることだってできたと思う。
 それをしなかったのは、ひとえに決意が脆かったから。心の底でこの温もりに触れることを渇望していたからだ。自分の浅ましさが嫌になる。けれど、繋がれた手の熱さが心地よくて、どうしても振りほどくことができない。

「難しいこと考えてるだろう?」
「そんなことは……」
「嘘つけ。上の空だぞ、わかりやすいな」
 ははっと白い歯を見せて彼が笑う。
「大丈夫だ。俺が許可しよう。今はただ目の前の食べ物に集中するんだ」
 どういう言葉だ。
 今の”ただの少年A”に許可されたところで、たいていの人には何の意味も効力もないというのに。
 だが、セラスにはクリティカルヒットで……思わず口元が緩んでしまった。

(なんでそんなに自信満々なんだ)

 内心苦笑しつつも、自然と言葉が心に染み込んでいく。
 こちらの葛藤などお見通しだと言わんばかりのその絶対的な自信。いらぬ気づかいは無用だと言われたようで、少しだけ、重い心が軽くなった。
「よし、笑ったな。ほら今度はあっちだ」
 手を引く背中を追う。
 まだ小さい、けれど誰よりも頼もしい。
 
 ……今日だけは。
 繋いだ手に、きゅっと力を込めた。
 この温もりに、もう少しだけ甘えていたい。


 二人の影は、大地に溶け込むように静かに伸びていった。
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