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しおりを挟む休憩をし終えた騎士達は湖の水で濡らしたタオルを使い、お互いの背中を拭いた。一列に並び拭き合う姿に仲良いなと思いぼーとするリリー。
戻って来た彼らを一瞥し、リリーは太い木の枝にぶら下がった。
「次は懸垂ね。ウィルフレッド、リリーさんに抱きついて」
「・・・は?」
俺が、彼女を抱きしめるだと・・・。
鍛錬なのだからこの際それは置いておこう。
だが・・・。
ウィルフレッドは困惑した。
リリーにとってはまあまあの高さの枝を選んだのだろう。だが今の彼女の高さはウィルフレッドの頭の高さと同じくらい。抱き着いたところで足が地面に着くのが目に見えている。
そんな彼の思考を察したシルヴィは溜息を吐いた。
「足はリリーさんに絡めば地面につかないから」
確かにそれならいけるかもしれない。
だがそれでもウィルフレッドは不安だった。
自分の体重を彼女は支えられるだろうか。
・・・その時はその時か。
覚悟を決めたウィルフレッドがリリーに正面から抱きついた。体を密着させ、脚を上げて胴に絡める。
体格の良いウィルフレッドに抱かれた小柄なリリーが隠れてしまった。ただ上半身裸の、顔が良い男が身を縮めてぶら下がる姿に可笑しくなったリヒャルトとノエルが笑いを吹き出し、エレンとルークは笑いを堪え頬をヒクヒクさせている。
キスをしそうな程顔が近くにあるリリーとウィルフレッド。彼はリリーを心配した。
「重いだろう」
「大丈夫」
リリーはひょいひょいと懸垂を始めた。
まるで重さを感じさせないその動きに呆気にとらわれる騎士達。五十回程懸垂をしたところでリリーは碧眼と目を合わせた。
「降りて?」
「あ、ああ」
地面に足を着けたウィルフレッド。
すると彼は何故かリリーの体を持ち上げた。
なぜだと疑問に思ったリリーだったが枝から手を離し体を委ねる。
なんとウィルフレッドはわざわざ丁寧にリリーを地面へ下ろしたのだ。まるでか弱い女性に対する行動にリリーは首を傾げた。
侯爵家の出身で騎士であるウィルフレッドにとってそれは当然の行動だった。
シルヴィが指示を出し、ペアになり懸垂を始めた騎士達。先程のリリーとウィルフレッドの組み合わせと違うところは正面からではなく、背後から抱きついているということ。彼らは正面からには抵抗があるらしい。そして困った事に、彼らは懸垂が苦手のようだ。
負荷が無ければ二十回はこなせるのだが、負荷を付けると二回が限界のようだ。
「しょうがない。負荷はリリーさんだけにしよう。残りは順番が来るまで腕立てね。まずノエルから」
ノエルがぶら下がり正面からリリーが抱きついた。至近距離にある顔に抵抗があるのかノエルは懸垂を始めない。
「あの、顔が近くてちょっと。鼻息を女の子に当てるとか恥ずかしい」
「・・・・・・。」
リリーは考えた。
顔が上にあればいいのかな?
リリーは腕に力を入れノエルの顔よりも高い位置に自分の顔がいくよう調整をした。顔の近さは変わらないがこれなら鼻息は当たらないだろう。
諦めたノエルだが、これはこれでちょっとやばい。懸垂をする度に触れそうになるリリーの唇。まるで自分から何度も口付けをしたくてせがんでいるかのような行動に頭が混乱する。むしろ事故で当たって欲しいとまで思ってしまった。舌を伸ばせば当たってしまう程の至近距離。悪戯で当てたら彼女はどんな反応をするだろうか・・・無表情のままだろうか。そんな事を考えていたらいつの間にか懸垂が十五回程出来た。
次はルーク。
彼は正面から抱きついたリリーに対し後ろに回れと指示を出した。指示通りに動いたリリーだったが、掴んだ箇所が悪かったのだろうルークの首を締めてしまった。
「ぐえっ!?もう前でいい!」
めんどくさい男だと思いながら正面で抱きつくリリー。ノエルの時同様顔を高い位置へ持っていった。ぐぬぬと顔を歪めながらも一生懸命懸垂をしている彼だが十回が限界のようだ。
次はウィルフレッド。
彼にも同様に抱きついた。彼は何も言わず真面目に懸垂を行い二十五回程で止めた。
次はリヒャルト。
リリーが彼に抱きつき顔を高い位置に置くと、リヒャルトはリリーに顔を固定してと頼んだ。言われた通り動かないようにしたリリー。
懸垂をしたリヒャルトはリリーの頬にキスをした。次は反対の頬、その次は額とリリーのあちこちにキスをしながらも唇は避け、合計二十回懸垂をした。
「・・・やっぱ無表情じゃん」
最後にエレン。
彼もリヒャルト同様リリーに顔の固定を頼んだ。
彼同様に頬にキスをするかと思ったが、唇にキスをした。触れてすぐ離す軽いキス。他の騎士達は腕立て伏せをしているので気づいていない。今度は少しだけ長い時間キスをして来たエレン。だがリリーはリアクションを取らない。
(つまらないな)
娼館で一度も触れられなかったキスが出来たから嬉しかった。拒絶されなくて良かったと思った。その唇が柔らかくて気持ちが良かったから。
五回程キス懸垂を続けたが、リリーの無反応にエレンの感情が段々と冷めてしまった。
今までの女であれば頬を染め恥じらうか、驚きながらも恥じらう等自分を楽しませてくれる反応を見せる女しかいなかったのに。
結局その後エレンは合計二十回、懸垂を行った。
「次は瞬発力鍛えるね。呼んでくるからちょっと待ってて」
シルヴィがいなくなった。
リリーは騎士達から少し離れた場所で木刀を二本、両手にそれぞれ持っている。そんな彼女の姿を遠目で見るエレン。
「ねぇ、今日の僕って不細工?」
「・・・いきなり何だ」
エレンの謎発言にウィルフレッドは呆れた。
「さっきリリーにキスしたんだけど何の反応も無かった」
「え!?キスしたんですか」
僕は我慢したのに・・・。
ノエルは肩を落としリリーを見た。
しても怒られなかったのかと後悔している。
「・・・エレンがしても無表情ってことは感情がないんじゃない?」
「ふんっくだらない事を考えるな。私達は強くなる為だけにここにいるのだからな」
つまんねー。と残念がるリヒャルト。
腕を組み毅然とした態度をとるルーク。
お待たせーとシルヴィがヴォルフガングを連れて戻って来た。
「ガッハッハッ!どうだお前ら強くなったか?」
二メートルはあるゴリマッチョの大男が大きな口を開けて笑っている。その両手にはトゲトゲしいメリケンサックが嵌められていて、凶悪に見えた。
「ヴォルフガングよろしくね~。じゃあ君達はリリーさんの動きよく見るんだよ?」
これから何が始まるんだと思っていたら、ヴォルフガングが大きな岩を上空へ投げ、拳でそれを粉々に粉砕し、リリーへ当てつけた。
無数の石が高速でリリーを狙う。
それをリリーが二本の木刀で全て防いだ。
余りの速さとカッコ良さに初めて騎士達の瞳が少年のようにキラキラ輝いた。
一回でいいのにヴォルフガングが続けて先程よりも大きな岩を粉砕し、今度は騎士達へそれを向けた。
騎士達がやばいと反応するが時すでに遅し。
石が当たりそうになったところ瞬時に間に現れたリリーとシルヴィの攻防により難を避けた。
速すぎて全然見えなかった。
石の速度もそうだが、リリーとシルヴィの動きが人間離れしていて唖然としてしまう。
全てを防いだと思っていたが、破片がリヒャルトの頬を切ってしまったようだ。本人は気にしていないが頬から血が出てしまっている。
リリーがちょいちょいと指を動かし、リヒャルトを屈ませた。
「え・・・」
リヒャルトの頬に手を添え傷口を舐めたリリー。驚くリヒャルトや騎士達を余所に舐めとった血を地面に向かって吐き出し、ポケットから取り出した薬草をリヒャルトの傷口に塗っていく。
「なんと言うか・・・野性的だね」
エレンの言葉を無視して騎士の前に立ったリリーは彼らを振り返りシルヴィ達がいる前方を指さした。
「見る?」
リリーが指をさした方向、そこにはシルヴィとヴォルフガングが喧嘩をしていた。
「一回でいいんだよゴリマッチョがあ!」
「うるせえチビ!ファンサービスだろが」
「お前みたいなイカついゴリラにファンなんていないんだよ!!」
言い合いから取っ組み合いになり武器を使って攻撃し合っている。その交戦は騎士同士で行う模擬戦とは圧倒的に違った。
スピードも破壊力も攻撃の型も何もかも違う。
彼らの圧倒的な強さに騎士達は圧倒されるどころか、興奮していた。剣士としての血が底から騒いでいる。自分もあの様に強くなりたい。そう願った。
いつまでも終わらない交戦を止めたのはリリーだ。シルヴィとヴォルフガングの間に入りそれぞれの攻撃を二本の木刀で防いだリリー。攻撃の衝撃をも感じていない様な無表情に呆気にとられる騎士達。
「シルヴィ、お前強くなったな」
「アンタもまあまあじゃん?」
リリーが止めに入ったことで戦意を無くした二人はお互いを褒め武器を納めた。
「ガッハッハッ!俺はこれから任務だからもう行くぞ!お前ら頑張れよ!」
リリーとシルヴィの頭を軽く撫でその場からヴォルフガングが消えた。
シルヴィは背中を伸ばす仕草をしてリリーと共に呆けている騎士達へ向かう。
「今の君達に岩を投げつけたら死んじゃうから、このピスタチオを投げるね。その木刀で防いでもらう。言っとくけど、ピスタチオでも僕達が投げれば鉛を受ける程だと思ってよね」
まずは一個から始まったピスタチオ弾丸。
一個だと余裕そうなので徐々に個数を増やしていくリリーとシルヴィ。
「痛ってーー!!」
騎士達の悲鳴が響いた。
***
ー夜ー
騎士団長の執務室に影の訓練を受けた騎士五人が集まっていた。
「影の訓練どうだった?キツくて辞めたい?」
団長のジョンが楽しそうな笑顔で可愛がっている部下に問う。
「リリー(の反応)は可愛くないけど強くなれそうだから俺は続ける」
リヒャルトの言葉に残りの四人全員が頷いた。
「強くなれるのは保証するよ。是非身につけて成長し、他の騎士達の手本となってね。・・・それで、エレンはどういうつもりでリリーにキスをしたのかな?」
どうしてそれを知っているんだと首を傾げたエレン。ジョンはニコニコと笑ったまま。変に掘り下げても得るものは無いだろうと悟ったエレンは素直に気持ちを伝えた。
「面白いかと思っただけだよ」
「それで、面白かった?」
「全然。無反応過ぎて自信なくしちゃった」
「それは可哀想に。俺の可愛い部下の自信を取り戻さなきゃな」
楽しそうに笑いながらジョンは金をテーブルへ置いた。
「このお金で飲んできなさい」
言われた通り騎士達は酒場へやって来た。
案の定群がる女達。
エレンは隣に座り寄り添ってくる女に試しにキスをした。
「オルレアン様・・・エレン様とお呼びしても宜しいですか?」
蕩けた表情で上目遣いをしてくる女を見たエレンは、やっぱりリリーが異常なんじゃないかと酒を飲んだ。
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