【R18】 その娼婦、王宮スパイです

ぴぃ

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 騎士五人が影の訓練を始めて二ヶ月が過ぎた。彼らは週四日のペースで影の訓練を行いながら騎士の仕事をこなす等多忙な日々を送っている。

影の訓練は騎士の訓練と比べると異常な程辛い。それでもめげずに文句を言わず続けているのは騎士団長のジョン・アーノルドという男を尊敬しているから。彼の指示だから頑張れるのだ。

彼らは絶対的強者であるジョンの事を尊敬していた。強者だからだけではない。彼は身分に拘らない。貴族社会が蔓延っている騎士の中では未だ身分の低い者に対し差別的対応をする者が多い。騎士の中で彼は身分関係なく平等に扱い、強い者をたたせているのだ。

そんな彼の直属の部下である騎士五人は見目麗しく、平民出身のリヒャルトも含まれる事もあり愛人の噂を立てられる事もあったが、最近の彼らの強さに誰も文句を言えないでいる。

そう、彼らは影の訓練にて確実に強くなったのだ。全体のバランスが向上された。特に素早さが他の騎士と比べて群を抜いている。


 そして今日、彼らは影の遠征に加わった。
王都から離れたとある子爵家の領土で問題が起きている。物価高騰に税金の値上げ。領民がその日食べるのもやっとな状況の中、不正な人身売買が行われている。子爵家の領主は村の女達を攫い愛玩奴隷として寵愛しているクズな男。その子爵家を潰すことが今回の任務だ。

影に与えられた任務は領主を始末すること。
それを邪魔する者は抹殺しても構わない。
その後の処理は後に派遣される部隊が領民の支援を行うという、影にとっては簡単な仕事だ。

だから影のリーダーであるジャックは騎士の同行を許可した。

「楽しい遠足の始まりだ」

 騎士五人と影のリーダーを含む影数名で子爵家へ向かう為、道中にあるジャングルへやって来た。

影の移動は基本馬車を使わない。片道数日はかかる距離を自力で進む。その移動方法は地面を歩くだけではない。早く進む為に木から木へ飛び移ったり、ターザンの様に蔓を使って移動をする。

今回は騎士達の訓練も兼ねている為、影にとってはのんびりとした遠征なのだ。

リリーを含む影達が騎士達に移動方法を教えている。
いくら強くなったと言っても影と比べるとジャンプ力は弱く移動間隔が狭い。慣れない蔓の移動に手が滑り落ちてしまう騎士達をシルヴィや他の影達が小馬鹿にしながら移動して行く。


 日が暗くなった頃、突然エレンが倒れた。
驚き心配をする他の騎士達。
エレンは大量に汗をかき荒い呼吸をしている。
彼の周囲に集まった影達。
エレンの状態を見てジャックがため息を吐いた。

「害虫だな。野営の準備を」

どうやらエレンは毒虫に刺されてしまった様だ。
ジャックはエレンを心配する素振りも見せずに部下に野営の指示をした。瞬時に散らばる影達は指示通り野営の準備を始めた。リリーだけがその場に残る。

放置された騎士達は慌てたまま対応に困っている。

リリーがエレンに近づき彼の上半身を脱がせた。酷い汗の量だ。汗を拭き楽な姿勢に寝かせた。次いでシルヴィが薬草を持って現れた。

「ったく虫除けなんて基本中の基本でしょうが」

文句を言いながらすり鉢で薬草を潰し水を加えたシルヴィはエレンにそれを飲ませようとした。

だが、口の端から薬がこぼれ飲めていない。
シルヴィは舌打ちをしイライラしている。

リリーがシルヴィから薬草を受け取り、自分の口に含め直接口移しでエレンに薬を飲ませた。

まるで絵になるその姿に目を離せないでいる騎士達。

三回程薬を飲ませ、最後に水を飲ませたリリーは薬の味が相当苦かったのだろう。無表情ではあるが舌を出して苦味を逃がしている。見かねたリヒャルトが近付き懐から何かを取り出した。

「飴あるけど、いる?」

飴を差し出されたリリーはそれを見た後、リヒャルトを見上げた。口を開け待っているリリー。そんな彼女の行動に動揺したリヒャルトだが、飴を袋から取り出し彼女の口の中に入れた。

コロコロと口の中で飴を転がすリリー。
苦味が無くなり飴を気に入ったのかリヒャルトを再び見上げ「ん。」とだけ呟いた。彼女なりの感謝の言葉だ。

その後リリーは薬草を用意してくれたシルヴィの頭を撫で、エレンを引き摺り大木へ移動した。
座り込み背中を木へ預け脚にエレンの頭を乗せて彼の額を撫でる。

「それじゃあ君達も野営の準備しちゃってー」

シルヴィの指示で行動する騎士達。
騎士で行っている野営と影の野営スタイルが全く異なる事に騎士達は驚いた。

寝床となるテントをたてるのが騎士の野営では基本なのだが影はそんな物の用意はない。木の枝で眠るのだ。

騎士は携帯食を用意するのが通常だが、影達はその場で食料を狩り調理をしていた。

勿論、任務によっては彼らは狩り等しない。
携帯食等で腹を満たし閑静に任務をこなす。
しかし今回の任務は彼等にとって遠足の様な物だから、肉の焼ける匂いがしても気にならない。


暫く時間が経ちエレンの状態がだいぶ良くなった。汗も引き、苦悶に満ちていた表情が落ち着いた。

今でも瞳を閉じながらエレンの頭を撫で続けているリリー。彼女が何を考えているのか全く分からない騎士達は携帯食を口にし黙ってリリーを見ていた。



温かい、やわらかい手が撫でてくれる。
心地よくって気持ちがいい・・・。

意識を取り戻したエレンは薄らと瞼を開けた。
視界いっぱいにリリーがいる。

・・・やっぱり君は心地いい。

エレンは力の無い手でリリーの頬に手を添え、親指で撫でた。ぼんやりと無気力な顔で彼女を見続ける。

「ありがとう」

彼はリリーに礼を言うと直ぐに再び眠ってしまった。

辛いならまだ寝てればいい。

リリーは寝かしつける様にエレンの頭を撫で続けた。




 翌朝

 エレンが勢いよく飛び起きた。
周りを見回すと仲間の騎士達がそれぞれ木に身を預け寝っていた。そこにリリーの姿はない。

怠かった体もすっかり良くなり立ち上がった。
彼女を探すがとこにも居ない。
リリーが看病をしてくれたのは覚えている。
だから礼を言いたいのに影の一人すらも見当たらない。

「大丈夫か?」

起きたウィルフレッドが声を掛けてきた。

「うん。もう大丈夫・・・影達は?」

ちょんちょんとウィルフレッドが指先を上へ向けた。つられて顔を見上げると瞠目するエレン。

なんと影達は木の上で寛いでいた。
彼らは床ではなく枝の上で一晩を過ごしたのだ。

そこにはピンクアメジストの髪が朝日に照らされ輝くリリーも居た。

彼女に挨拶をしたいのにこちらを見ようともしない。ずっと見続けていたエレンだがジャックが移動すると言い、仕方なく出発の準備を始めた。

(・・・どうして、構ってほしいと思うんだう)


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