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武田来たる
寿桂尼の死
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甲斐国 躑躅ヶ崎館
「申し訳ありませぬ...。嶺松院様を返すことに
なったのはそれがしの不徳となすところ。
いかなる罰も甘んじて受けましょう。」
そう言って信玄の前に頭を下げているのは
今川との交渉に当たっていた山県昌景である。
昌景は信玄から大事な今川との交渉を任された
という信頼を裏切ってしまったことに責任を
感じているのか、悲痛な面持ちをしていた。
「仕方あるまい。あの尼が出てきたのであろう。
儂でもあの尼には勝てぬであろう。それに、
嶺松院に人質としての価値はあまり求めておらぬ。
儂の目的は、今川の家臣達から遠江の国を力で
奪えと言わせることであった。そなたは、見事に
それを成し遂げた。」
「殿...」
「これで同盟を破棄しても名分が立つ。
昌景、よくやってくれた。」
「はっ。」
「それに、尼の命も後もう少しだ...。三つ者から
寿桂尼の容体が芳しくないという情報が届いた。」
「なんと!」
「尼が死ねば、今川は揺らぐ...。」
「揺らぐ今川を攻める...」
「そうだ!土台の揺らいだ今川など例え氏真が
優秀だとしても未だ三十そこそこの若造に何が
できる?」
「それを見越しての飯尾の調略...、感服つかまつり
ます。」
「戦を仕掛けるまでの間、そなたは兄虎昌の
旧臣達を心服させよ。」
「かしこまりました。」
その後、武田は約定通り嶺松院を今川に返した
のだった。
それからしばらく後、駿府城では一人の巨星が
落ちようとしていた。
「ゴホ、ゴホッゴホ」
「叔母上様、加減は?」
「...氏真様、叔母上様はやめてゴホッゴホ...」
「叔母上様...」
「私は見誤っておりました...。」
「?」
「恥ずかしながら、私は氏真様を凡愚な当主
とだと考え、今川を守るのは私だと思い込んで
おりました...。」
「...」
「ですが...、氏真様は義元公亡き後、駿河、
遠江の混乱を見事に治め、新しきやり方で
今川を守ろうと日々尽力している姿を見て
安心しました...。」
「叔母上様...」
「私が死ねばここぞとばかりに武田が
攻めてくるでしょう...」
「...」
「氏真様、義元公が守ろうとした駿河、遠江
の安寧...、どうか...どうか...お守り下さい...。」
「必ずや...」
それを聞いた寿桂尼は安心したかのように
目を閉じたのだった。
「叔母上様?叔母上様!」
「寿桂尼様!!!」(家臣一同)
この日、尼御所と呼ばれ、義元亡き後の今川
を支えていた女傑寿桂尼がこの世を去ったの
だった。
それは駿府会談より僅か三ヶ月後のこと
であった。
すぐに寿桂尼の葬儀が行われたのだが、
そこに飯尾連竜の姿はなかった。
重臣達の中には飯尾のこの行動に疑問を
持つものがいたが、飯尾の遣わした使者
が言うには、徳川の動きが怪しいので
城で警戒しておるというものだったので
渋々皆了承したのだった。
葬儀も終わり自身の居室で岡部正綱、元信
兄弟とともに武田の侵攻について話していた
氏真だったが、不意に襖の外より自分を呼ぶ
声が聞こえたので、襖を開けると、そこには
片腕を失くして、血の気が引いた鬼鮫がいた。
「いかがいたした、鬼鮫?!」
「...飯尾の領内に武田の三つ者がおり...」
「何!飯尾殿の領内に三つ者が?!」
「どう言うことだ?」
「...飯尾が武田に内通しておりました...」
「そうか...、正綱、鬼鮫の手当てをせよ。」
「はっ。」
(正綱、鬼鮫が歩いていく音)
「殿、今すぐ飯尾を呼び出し殺すべきです。」
「...無理だ。飯尾は用心深い男だ。」
「しかし、曳馬城は遠江でも重要な城です。
その城が武田についたとあらば、武田につく
遠江の国人が出るやもしれませぬ。」
「兵を出して、果たして勝てるのか?」
「それは...」
「飯尾が集められる兵の総数はどれぐらいだ?」
「おそらく三千五百程は集められましょう...」
「我等の集められる兵の一割か...」
「いかがいたしましょう?」
「武田の侵攻に呼応して、挙兵するのであれば
ちと厄介だな...」
「...」
「元信、飯尾の裏切りを井伊や朝比奈などの
遠江に領地を持つ者に知らせておけ!」
「何もしないのですか?」
「変に刺激するよりも、武田が攻めてきた際
に叩く方が良い...。」
「...かしこまりました。」
(元信が歩いていく音)
...飯尾が裏切ったか...
...駿府城に誘い込んで、武田を叩く...
...これを成すためには、後方の遠江が盤石
でなければならぬ...
...ふっ、父上にはまだまだ及ばぬな...
氏真は父義元のことを考えながら自嘲するかの
ように薄笑いを浮かべたのだった。
「申し訳ありませぬ...。嶺松院様を返すことに
なったのはそれがしの不徳となすところ。
いかなる罰も甘んじて受けましょう。」
そう言って信玄の前に頭を下げているのは
今川との交渉に当たっていた山県昌景である。
昌景は信玄から大事な今川との交渉を任された
という信頼を裏切ってしまったことに責任を
感じているのか、悲痛な面持ちをしていた。
「仕方あるまい。あの尼が出てきたのであろう。
儂でもあの尼には勝てぬであろう。それに、
嶺松院に人質としての価値はあまり求めておらぬ。
儂の目的は、今川の家臣達から遠江の国を力で
奪えと言わせることであった。そなたは、見事に
それを成し遂げた。」
「殿...」
「これで同盟を破棄しても名分が立つ。
昌景、よくやってくれた。」
「はっ。」
「それに、尼の命も後もう少しだ...。三つ者から
寿桂尼の容体が芳しくないという情報が届いた。」
「なんと!」
「尼が死ねば、今川は揺らぐ...。」
「揺らぐ今川を攻める...」
「そうだ!土台の揺らいだ今川など例え氏真が
優秀だとしても未だ三十そこそこの若造に何が
できる?」
「それを見越しての飯尾の調略...、感服つかまつり
ます。」
「戦を仕掛けるまでの間、そなたは兄虎昌の
旧臣達を心服させよ。」
「かしこまりました。」
その後、武田は約定通り嶺松院を今川に返した
のだった。
それからしばらく後、駿府城では一人の巨星が
落ちようとしていた。
「ゴホ、ゴホッゴホ」
「叔母上様、加減は?」
「...氏真様、叔母上様はやめてゴホッゴホ...」
「叔母上様...」
「私は見誤っておりました...。」
「?」
「恥ずかしながら、私は氏真様を凡愚な当主
とだと考え、今川を守るのは私だと思い込んで
おりました...。」
「...」
「ですが...、氏真様は義元公亡き後、駿河、
遠江の混乱を見事に治め、新しきやり方で
今川を守ろうと日々尽力している姿を見て
安心しました...。」
「叔母上様...」
「私が死ねばここぞとばかりに武田が
攻めてくるでしょう...」
「...」
「氏真様、義元公が守ろうとした駿河、遠江
の安寧...、どうか...どうか...お守り下さい...。」
「必ずや...」
それを聞いた寿桂尼は安心したかのように
目を閉じたのだった。
「叔母上様?叔母上様!」
「寿桂尼様!!!」(家臣一同)
この日、尼御所と呼ばれ、義元亡き後の今川
を支えていた女傑寿桂尼がこの世を去ったの
だった。
それは駿府会談より僅か三ヶ月後のこと
であった。
すぐに寿桂尼の葬儀が行われたのだが、
そこに飯尾連竜の姿はなかった。
重臣達の中には飯尾のこの行動に疑問を
持つものがいたが、飯尾の遣わした使者
が言うには、徳川の動きが怪しいので
城で警戒しておるというものだったので
渋々皆了承したのだった。
葬儀も終わり自身の居室で岡部正綱、元信
兄弟とともに武田の侵攻について話していた
氏真だったが、不意に襖の外より自分を呼ぶ
声が聞こえたので、襖を開けると、そこには
片腕を失くして、血の気が引いた鬼鮫がいた。
「いかがいたした、鬼鮫?!」
「...飯尾の領内に武田の三つ者がおり...」
「何!飯尾殿の領内に三つ者が?!」
「どう言うことだ?」
「...飯尾が武田に内通しておりました...」
「そうか...、正綱、鬼鮫の手当てをせよ。」
「はっ。」
(正綱、鬼鮫が歩いていく音)
「殿、今すぐ飯尾を呼び出し殺すべきです。」
「...無理だ。飯尾は用心深い男だ。」
「しかし、曳馬城は遠江でも重要な城です。
その城が武田についたとあらば、武田につく
遠江の国人が出るやもしれませぬ。」
「兵を出して、果たして勝てるのか?」
「それは...」
「飯尾が集められる兵の総数はどれぐらいだ?」
「おそらく三千五百程は集められましょう...」
「我等の集められる兵の一割か...」
「いかがいたしましょう?」
「武田の侵攻に呼応して、挙兵するのであれば
ちと厄介だな...」
「...」
「元信、飯尾の裏切りを井伊や朝比奈などの
遠江に領地を持つ者に知らせておけ!」
「何もしないのですか?」
「変に刺激するよりも、武田が攻めてきた際
に叩く方が良い...。」
「...かしこまりました。」
(元信が歩いていく音)
...飯尾が裏切ったか...
...駿府城に誘い込んで、武田を叩く...
...これを成すためには、後方の遠江が盤石
でなければならぬ...
...ふっ、父上にはまだまだ及ばぬな...
氏真は父義元のことを考えながら自嘲するかの
ように薄笑いを浮かべたのだった。
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