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リライト版 運命の刻 SIDE:純一 〜下着選びに悩む純情青年教師編
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朝。
純一の胸は高鳴り、落ち着かなかった。
185センチの長身を覆うのは、鍛え上げられた肉体。
肩は張り、胸板は厚く、シャツ越しでも大胸筋の形が浮かび上がる。
引き締まった腹筋は無駄がなく、脚は均整のとれた太さと長さを誇り、まるでギリシャ彫刻の青年像のようだった。
だが、その肉体を持つ本人は、恋愛に関しては驚くほど不器用で、ストイックに未経験のまま二十代半ばまで過ごしてきた純朴な青年教師だった。
今日の午後、浜田くんと柔道場で乱取りをする、、、
その約束だけで胸の奥に火が灯るように熱がこもり、気持ちは浮き足立っていた。
柔道場の使用許可申請に責任者として署名し、判を押したときでさえ、ただの事務作業にすぎないのに「浜田くんとの距離が近づいた」と錯覚してしまう。
そんな自分の単純さに苦笑しつつも、嬉しさが抑えられなかった。
今日の放課後、浜田と柔道場の畳の上で彼と組み合う。
汗を交わし、荒い呼吸をぶつけ合う。
その合間には必ず言葉を交わすはずだ。
柔道のこと、勉強のこと、あるいは他愛のないこと。
さらに流れがよければ、浜田だけでなく菊池や栗山も一緒に、軽い食事に誘えるかもしれない。
中華、定食屋、ハンバーガーショップ、、、
次々と頭に浮かぶ選択肢に、思わず口元が緩む。
教師が生徒に奢ることは禁じられているが、せいぜいジュースや軽食程度なら問題ないはずだ。
そう都合よく考えた自分を「甘いな」と叱りつけながらも、胸はドキドキと膨らむばかりだった。
朝のシャワーを浴び終え、まだ濡れた髪をタオルで拭きながら素っ裸で純一は箪笥の前に立った。
いつもなら考える間もなく、一番上にある下着を手に取って身につける。
それが日課であり、特に疑問を抱いたことすらなかった。
だが今日は違った。
「柔道場で一緒に着替える」という、昨日の何気ないやり取りが頭を離れない。
栗山の「先生もそうしましょうよ」という屈託のない笑顔を思い出し、胸の奥がやけにざわつく。
浜田に見られる。
自分の下着姿を、、、
そう意識した瞬間、純一の手は箪笥の引き出しの前で止まった。
これまで生徒の前での着替えなど、当たり前だったのに、浜田の前と考えただけで意識してしまう。
下着選びに迷うなど、生まれて初めてのことだった。
引き出しを開けてみると、そこには何の変哲もない、白・黒・紺の三色ローテーション。
どれも洗濯を繰り返し、若干色褪せた布地。
新品らしい張りもなく、学生時代からほとんど変わらぬラインナップだった。
「なんか、地味すぎるかな」
急に自分の持っている下着が急にジジ臭い、ダサいもののように思え始める。
と言っても、ファッションに全く興味のない純一には、何がイケてて、何がダサいか、全く判別できなかったが、、、
「どうすりゃいいんだ、、、」
独り言をつぶやきながら、一枚一枚を手に取っては眺める。
白は清潔感はあるが、洗いすぎて少し黄ばんでいる。
黒は無難すぎて「いかにも」感がある。
紺は落ち着いているが、生地が少し伸び気味だ。
「見られることなんて、別に気にする必要ないんだ」
そう自分に言い聞かせながらも、なぜか手が止まる。
そこで、引き出しの奥からひょいと顔を出したのが友人に冗談半分で贈られた、派手な柄のボクサーだった。
真っ赤に黄色のライン、星模様まで入っている。
「いや、これは、、、ないな、、、」
ドハデなボクサーを身に着けた自分を想像し、打ち消す。
顔を真っ赤にして畳み直しながら、一瞬「これを履いて登場したら場が和むんじゃないか」という妄想までよぎり、慌てて頭を振った。
さらに、無地のグレーのボクサーを手にしては「落ち着きすぎてオジサンっぽいかな」と悩み、白をもう一度手に取っては「いや、でも汗をかいたら透けるし……」と首をかしげる。
彼の眉間には普段の真剣な授業中さながらの皺が寄っていた。
まるで初デートに臨む10代の少年のような初々しさ。
端から見ればコミカルで微笑ましいが、本人は真剣だ。
結局、鏡に映る自分の身体を見比べながら何度も試し持ち替えた末に、彼は濃紺のマイクロボクサーを選んだ。
派手さはないが、落ち着きがある。
純一のコンプレックスであるデカい尻も目立たない。
「これなら、まあ、普通だろう」
そして、自分を落ち着かせるように深呼吸を一つしてから身につけた。
布地が腿や腰にぴたりと吸いつくようにフィットする。
普段は無頓着に履いているはずの下着が、今日はなぜか妙に意識されて仕方がない。
鏡の前に立ち、思わず全身を映してみる。
肩から胸にかけて盛り上がる筋肉のライン。
逆三角形を描く背中。
長い脚に沿ってしなやかに伸びる大腿四頭筋。
下着ひとつで、いつも以上に自分の体がむき出しに見える。
「……なんだか、見せつけてるみたいだな」
独り言をつぶやいた途端、顔がかっと熱くなった。
自分の筋肉を眺めて照れるなんて、我ながら馬鹿らしい。
しかし、それでも目を逸らせない。
そして、尻を確認する。
鍛えられて綺麗に盛り上がったはち切れんばかりの美尻。
だが、本人には、学生時代からデカい尻とからかわれ、“桃尻”とあだ名され、コンプレックスとなっている尻だ。
みっともなくなっていないか気にしながら見る。
変じゃないよな、、、
キュッと尻に力を入れ、すぼめてみる。
これなら目立たないな、、、
自分に言い聞かせる。
もし浜田に見られたら、どんな顔をされるだろう。
冷やかされるかもしれない。
笑われるかもしれない。
だが、ほんの一瞬でも「先生、カッコいいじゃん」と思ってくれたなら、、、
そんなあり得ない妄想が胸をよぎり、純一は慌てて振り払うように首を振った。
「い、いやいや! 何を考えてるんだ俺は!」
鍛え上げた身体を持ちながら、中身は初恋に揺れる少年そのもの。
鏡の中で真っ赤に染まる自分の頬を見つめ、純一は小さくため息をついた。
「落ち着け、来生純一。今日は教師として、浜田たちと接するんだ」
そう言い聞かせながらも、耳の先まで赤いまま、シャツを手に取る。
清潔感のあるメッシュの白の素材のものだ。
下着ひとつでここまで心を揺らす自分に、呆れと恥ずかしさを感じながらシャツを着る。
ただ下着を選ぶだけのはずが、時間を忘れ没頭してしまった筋骨逞しい純情でストイックな青年体育教師。
その不器用さ、そして一途さこそが、純一の魅力でもあった。
年齢に似合わぬ初々しさ。
自身の恋心にまだ無自覚の青年教師は、浜田に少しでもよく思われたいと願う気持ちにも気付いていなかった。
純一は浜田の前でどうしても自然に振る舞えない。
言葉が詰まり、視線を逸らしてしまう。
その理由を「まだ心を開き合えていないから」と無理に解釈しようとする。
だが実際には、それは初恋特有の動揺だった。
「生徒に恋してはいけない」
その掟は教師である以上、決して破ってはならないもの。
純一も分かっている。
そして、純一は、浜田に対する想いを恋とは考えていなかった。
それでも、胸の奥からせり上がる感情を完全には抑えられない。
彼は理想の教師であろうと自分に言い聞かせながら、浜田との距離を少しでも近くしようとしていた。
放課後。
ドキドキしながら落ち着きなく過ごす。
時計の針が午後三時に近付く。
間もなく約束の時間。
心臓は早鐘を打つ。
浜田たちはただ判子が必要だっただけではないか、、、
俺を義理で誘っただけではないか、、、
そして、ほいほい誘いに乗った俺を空気の読めないヤツと思っていないだろうか、、、
普段の純一なら絶対に抱かないウジウジした疑念が胸に湧き、気持ちはジェットコースターのように上下する。
これが「恋」という名の感情の作用であることを、純一はまだ知らない。
ただ、自分の不安定さに戸惑うばかりだった。
行くのをやめちゃおうか、、、
そんなヤケクソの考えも浮かぶ。
だが、約束は約束だ。
教師として必ず守らねばならない。
スーツ姿のまま柔道着を手に取り、立ち上がる。
肩に掛けた柔道着が、盛り上がった肩と胸をさらに際立たせる。
背筋は真っ直ぐに伸び、歩くたびに長い脚が堂々とした歩幅を刻む。
その姿はまさに彫刻のようで、廊下ですれ違った生徒たちが一瞬、息を呑んで目を奪われるほどだった。
純一自身は、その視線に気づかない。
ただ一途に浜田との約束に向かって歩いていく。
体育館が見えてくる。
レンガ色の屋根に、白壁と木の柱が組み合わさった二階建ての堂々たる建物。
夕陽を背に、その輪郭はまるで山間の神社のように荘厳に浮かび上がっていた。
二階部分は講堂を兼ねていて、可動式の間仕切りを使えば、バレーボールコートが四面取れるほどの広さがある。
天井も高く、音が吸い込まれるように響く設計で、体育祭や卒業式などの式典もここで行われる。
一階は三つに分かれており、それぞれ独立した空間を成している。
正面から入ってすぐ、左手に広がるのが板張りの剣道場。
整然と磨かれた床は艶を持ち、木の匂いが鼻孔をくすぐる。
天井から吊るされた竹刀袋や防具が、まるで鎧武者の影法師のように佇んでいる。
中央には畳敷きの柔道場。
畳の緑が落ち着きを生み、武道の「間」の美学を感じさせる静謐な空間だ。
そして奥には小体育館とされるエリアがあり、バスケットボールや卓球などの球技の授業やクラブ活動が行われている。
この学園は、古き良き武道の精神を重んじており、全校生徒が入学時から柔道か剣道を選択し、三年間、週に数時間の武道の授業を受けることが義務づけられている。
浜田、菊池、栗山の三人は柔道を選択した組だろう。
肩や腕まわりの骨格、歩き方の癖などから、それは自然と読み取れた。
剣道場も柔道場も、それぞれ和の意匠を凝らした作りになっており、剣道場の出入口は、格子状の障子、、、実際は強化プラスチック製で安全性に配慮されているが、白い紙に見立てられた仕上げが美しい。
そして柔道場の出入口は、分厚い木戸を模した引き戸で、重々しい質感がその場の空気に静かな威圧感を与えている。
純一は、その木戸の前に立ち、思わず深く息を吸った。
胸の内が、未知への期待と一抹の不安に波打つ。
そして、意を決したように戸を横にスライドさせると、畳の匂いがふわりと鼻に届いた。
中にいたのは、浜田と栗山の二人だった。
「先生、待ってたぜ」
浜田が畳の上で胡座をかき、笑いながら声をかけてきた。
その姿はくつろいでいるようで、しかしどこか挑発的な空気を纏っている。
浜田の姿に純一の胸の奥が、雲が晴れるように明るくなるのを感じた。
そして、なぜか、救われたような気持ちになった。
「来てくれないかと思ってましたよ。先生はやっぱり、信用できますね」
栗山もまた、微笑みながら言った。その表情に、悪意の気配はない、、、はずだった。
純一の顔には、自然と笑みがこぼれた。
靴を脱ぎ、柔道場の縁に足を乗せて上がり込む。
すっと背筋を伸ばしながら、浜田の隣で胡座をかく。
「浜田くん、見たところ、かなり鍛えてるな。技も、きっと強烈だろう」
「先生もさ、いい体してるじゃん。なんだかんだで鍛えてるんでしょ?」
「いや、俺は完全に素人だよ。格闘技なんて、見るくらいで……」
「へぇ? でも、実はそういう人が一番強かったりするんすよね~」
浜田の目がじっと純一を見つめる。からかうようでもあり、なにか測っているようでもある。
「いや、本当に。今日は浜田くんに、色々教えてもらおうと思って来たんだ」
「マジっすか。じゃあ――俺の“手ほどき”、してやんよ。結構ハードだぜ?」
浜田がニヤリと笑って言う。その声音には、悪戯っぽさと、どこか艶を帯びた含みがあった。
「それでも構わないさ。びしびし頼むよ。教えてくれっ!」
そう口にした瞬間、純一の中にはまだ、これから起きる“授業”の本質が、欠片ほども理解されていなかった。
まさかこの直後、自分が本当に“びしびし”と手ほどきを受けることになるとは、、、
それも、心を剥き出しにされ、自分ですら見たことのない身体の隅々まで曝け出され、徹底的に教え込まれることになるとは、夢にも思っていない。
「わりぃ、遅れちまった」
扉の音と共に、菊池が姿を見せる。
額には汗が滲み、口元にはいつものようにシニカルな笑みを浮かべていた。
「みなさん、お揃いですね~」
そう言いながら、菊池はゆっくりと扉を閉め、そして、振り向き、何気ない仕草のように、後ろ手に内側の閂に手をかける。
カチッという、金属の鳴る音。
その音の意味を、純一はまだ知らない。
柔道場は今、密閉された。
四人の男、、、一人の純朴な青年教師と三人の手練れの生徒。
柔道場の空気が一変する。
だが、純一はその変化を察知していない。
自身の緊張で柔道場の空気を重く感じていると思っている。
生徒たちによる“授業”が、今まさに始まろうとしていた。
教師として、生徒たちとの信頼を深めようと真剣に思う純一。
しかし、教え子たちは違っていた。
彼らはその“真剣さ”を、ひとつの玩具として、じっくりと楽しみ、場合によっては、徹底的に壊すつもりだったのだ。
生徒達の意図に全く気付かぬ純一の瞳は、生徒、特に浜田との乱取りを通した親睦を深めることへの期待に満ちている。
運命の刻は、静かに、だが、確実に彼を飲み込もうとしていた。
純一の胸は高鳴り、落ち着かなかった。
185センチの長身を覆うのは、鍛え上げられた肉体。
肩は張り、胸板は厚く、シャツ越しでも大胸筋の形が浮かび上がる。
引き締まった腹筋は無駄がなく、脚は均整のとれた太さと長さを誇り、まるでギリシャ彫刻の青年像のようだった。
だが、その肉体を持つ本人は、恋愛に関しては驚くほど不器用で、ストイックに未経験のまま二十代半ばまで過ごしてきた純朴な青年教師だった。
今日の午後、浜田くんと柔道場で乱取りをする、、、
その約束だけで胸の奥に火が灯るように熱がこもり、気持ちは浮き足立っていた。
柔道場の使用許可申請に責任者として署名し、判を押したときでさえ、ただの事務作業にすぎないのに「浜田くんとの距離が近づいた」と錯覚してしまう。
そんな自分の単純さに苦笑しつつも、嬉しさが抑えられなかった。
今日の放課後、浜田と柔道場の畳の上で彼と組み合う。
汗を交わし、荒い呼吸をぶつけ合う。
その合間には必ず言葉を交わすはずだ。
柔道のこと、勉強のこと、あるいは他愛のないこと。
さらに流れがよければ、浜田だけでなく菊池や栗山も一緒に、軽い食事に誘えるかもしれない。
中華、定食屋、ハンバーガーショップ、、、
次々と頭に浮かぶ選択肢に、思わず口元が緩む。
教師が生徒に奢ることは禁じられているが、せいぜいジュースや軽食程度なら問題ないはずだ。
そう都合よく考えた自分を「甘いな」と叱りつけながらも、胸はドキドキと膨らむばかりだった。
朝のシャワーを浴び終え、まだ濡れた髪をタオルで拭きながら素っ裸で純一は箪笥の前に立った。
いつもなら考える間もなく、一番上にある下着を手に取って身につける。
それが日課であり、特に疑問を抱いたことすらなかった。
だが今日は違った。
「柔道場で一緒に着替える」という、昨日の何気ないやり取りが頭を離れない。
栗山の「先生もそうしましょうよ」という屈託のない笑顔を思い出し、胸の奥がやけにざわつく。
浜田に見られる。
自分の下着姿を、、、
そう意識した瞬間、純一の手は箪笥の引き出しの前で止まった。
これまで生徒の前での着替えなど、当たり前だったのに、浜田の前と考えただけで意識してしまう。
下着選びに迷うなど、生まれて初めてのことだった。
引き出しを開けてみると、そこには何の変哲もない、白・黒・紺の三色ローテーション。
どれも洗濯を繰り返し、若干色褪せた布地。
新品らしい張りもなく、学生時代からほとんど変わらぬラインナップだった。
「なんか、地味すぎるかな」
急に自分の持っている下着が急にジジ臭い、ダサいもののように思え始める。
と言っても、ファッションに全く興味のない純一には、何がイケてて、何がダサいか、全く判別できなかったが、、、
「どうすりゃいいんだ、、、」
独り言をつぶやきながら、一枚一枚を手に取っては眺める。
白は清潔感はあるが、洗いすぎて少し黄ばんでいる。
黒は無難すぎて「いかにも」感がある。
紺は落ち着いているが、生地が少し伸び気味だ。
「見られることなんて、別に気にする必要ないんだ」
そう自分に言い聞かせながらも、なぜか手が止まる。
そこで、引き出しの奥からひょいと顔を出したのが友人に冗談半分で贈られた、派手な柄のボクサーだった。
真っ赤に黄色のライン、星模様まで入っている。
「いや、これは、、、ないな、、、」
ドハデなボクサーを身に着けた自分を想像し、打ち消す。
顔を真っ赤にして畳み直しながら、一瞬「これを履いて登場したら場が和むんじゃないか」という妄想までよぎり、慌てて頭を振った。
さらに、無地のグレーのボクサーを手にしては「落ち着きすぎてオジサンっぽいかな」と悩み、白をもう一度手に取っては「いや、でも汗をかいたら透けるし……」と首をかしげる。
彼の眉間には普段の真剣な授業中さながらの皺が寄っていた。
まるで初デートに臨む10代の少年のような初々しさ。
端から見ればコミカルで微笑ましいが、本人は真剣だ。
結局、鏡に映る自分の身体を見比べながら何度も試し持ち替えた末に、彼は濃紺のマイクロボクサーを選んだ。
派手さはないが、落ち着きがある。
純一のコンプレックスであるデカい尻も目立たない。
「これなら、まあ、普通だろう」
そして、自分を落ち着かせるように深呼吸を一つしてから身につけた。
布地が腿や腰にぴたりと吸いつくようにフィットする。
普段は無頓着に履いているはずの下着が、今日はなぜか妙に意識されて仕方がない。
鏡の前に立ち、思わず全身を映してみる。
肩から胸にかけて盛り上がる筋肉のライン。
逆三角形を描く背中。
長い脚に沿ってしなやかに伸びる大腿四頭筋。
下着ひとつで、いつも以上に自分の体がむき出しに見える。
「……なんだか、見せつけてるみたいだな」
独り言をつぶやいた途端、顔がかっと熱くなった。
自分の筋肉を眺めて照れるなんて、我ながら馬鹿らしい。
しかし、それでも目を逸らせない。
そして、尻を確認する。
鍛えられて綺麗に盛り上がったはち切れんばかりの美尻。
だが、本人には、学生時代からデカい尻とからかわれ、“桃尻”とあだ名され、コンプレックスとなっている尻だ。
みっともなくなっていないか気にしながら見る。
変じゃないよな、、、
キュッと尻に力を入れ、すぼめてみる。
これなら目立たないな、、、
自分に言い聞かせる。
もし浜田に見られたら、どんな顔をされるだろう。
冷やかされるかもしれない。
笑われるかもしれない。
だが、ほんの一瞬でも「先生、カッコいいじゃん」と思ってくれたなら、、、
そんなあり得ない妄想が胸をよぎり、純一は慌てて振り払うように首を振った。
「い、いやいや! 何を考えてるんだ俺は!」
鍛え上げた身体を持ちながら、中身は初恋に揺れる少年そのもの。
鏡の中で真っ赤に染まる自分の頬を見つめ、純一は小さくため息をついた。
「落ち着け、来生純一。今日は教師として、浜田たちと接するんだ」
そう言い聞かせながらも、耳の先まで赤いまま、シャツを手に取る。
清潔感のあるメッシュの白の素材のものだ。
下着ひとつでここまで心を揺らす自分に、呆れと恥ずかしさを感じながらシャツを着る。
ただ下着を選ぶだけのはずが、時間を忘れ没頭してしまった筋骨逞しい純情でストイックな青年体育教師。
その不器用さ、そして一途さこそが、純一の魅力でもあった。
年齢に似合わぬ初々しさ。
自身の恋心にまだ無自覚の青年教師は、浜田に少しでもよく思われたいと願う気持ちにも気付いていなかった。
純一は浜田の前でどうしても自然に振る舞えない。
言葉が詰まり、視線を逸らしてしまう。
その理由を「まだ心を開き合えていないから」と無理に解釈しようとする。
だが実際には、それは初恋特有の動揺だった。
「生徒に恋してはいけない」
その掟は教師である以上、決して破ってはならないもの。
純一も分かっている。
そして、純一は、浜田に対する想いを恋とは考えていなかった。
それでも、胸の奥からせり上がる感情を完全には抑えられない。
彼は理想の教師であろうと自分に言い聞かせながら、浜田との距離を少しでも近くしようとしていた。
放課後。
ドキドキしながら落ち着きなく過ごす。
時計の針が午後三時に近付く。
間もなく約束の時間。
心臓は早鐘を打つ。
浜田たちはただ判子が必要だっただけではないか、、、
俺を義理で誘っただけではないか、、、
そして、ほいほい誘いに乗った俺を空気の読めないヤツと思っていないだろうか、、、
普段の純一なら絶対に抱かないウジウジした疑念が胸に湧き、気持ちはジェットコースターのように上下する。
これが「恋」という名の感情の作用であることを、純一はまだ知らない。
ただ、自分の不安定さに戸惑うばかりだった。
行くのをやめちゃおうか、、、
そんなヤケクソの考えも浮かぶ。
だが、約束は約束だ。
教師として必ず守らねばならない。
スーツ姿のまま柔道着を手に取り、立ち上がる。
肩に掛けた柔道着が、盛り上がった肩と胸をさらに際立たせる。
背筋は真っ直ぐに伸び、歩くたびに長い脚が堂々とした歩幅を刻む。
その姿はまさに彫刻のようで、廊下ですれ違った生徒たちが一瞬、息を呑んで目を奪われるほどだった。
純一自身は、その視線に気づかない。
ただ一途に浜田との約束に向かって歩いていく。
体育館が見えてくる。
レンガ色の屋根に、白壁と木の柱が組み合わさった二階建ての堂々たる建物。
夕陽を背に、その輪郭はまるで山間の神社のように荘厳に浮かび上がっていた。
二階部分は講堂を兼ねていて、可動式の間仕切りを使えば、バレーボールコートが四面取れるほどの広さがある。
天井も高く、音が吸い込まれるように響く設計で、体育祭や卒業式などの式典もここで行われる。
一階は三つに分かれており、それぞれ独立した空間を成している。
正面から入ってすぐ、左手に広がるのが板張りの剣道場。
整然と磨かれた床は艶を持ち、木の匂いが鼻孔をくすぐる。
天井から吊るされた竹刀袋や防具が、まるで鎧武者の影法師のように佇んでいる。
中央には畳敷きの柔道場。
畳の緑が落ち着きを生み、武道の「間」の美学を感じさせる静謐な空間だ。
そして奥には小体育館とされるエリアがあり、バスケットボールや卓球などの球技の授業やクラブ活動が行われている。
この学園は、古き良き武道の精神を重んじており、全校生徒が入学時から柔道か剣道を選択し、三年間、週に数時間の武道の授業を受けることが義務づけられている。
浜田、菊池、栗山の三人は柔道を選択した組だろう。
肩や腕まわりの骨格、歩き方の癖などから、それは自然と読み取れた。
剣道場も柔道場も、それぞれ和の意匠を凝らした作りになっており、剣道場の出入口は、格子状の障子、、、実際は強化プラスチック製で安全性に配慮されているが、白い紙に見立てられた仕上げが美しい。
そして柔道場の出入口は、分厚い木戸を模した引き戸で、重々しい質感がその場の空気に静かな威圧感を与えている。
純一は、その木戸の前に立ち、思わず深く息を吸った。
胸の内が、未知への期待と一抹の不安に波打つ。
そして、意を決したように戸を横にスライドさせると、畳の匂いがふわりと鼻に届いた。
中にいたのは、浜田と栗山の二人だった。
「先生、待ってたぜ」
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その姿はくつろいでいるようで、しかしどこか挑発的な空気を纏っている。
浜田の姿に純一の胸の奥が、雲が晴れるように明るくなるのを感じた。
そして、なぜか、救われたような気持ちになった。
「来てくれないかと思ってましたよ。先生はやっぱり、信用できますね」
栗山もまた、微笑みながら言った。その表情に、悪意の気配はない、、、はずだった。
純一の顔には、自然と笑みがこぼれた。
靴を脱ぎ、柔道場の縁に足を乗せて上がり込む。
すっと背筋を伸ばしながら、浜田の隣で胡座をかく。
「浜田くん、見たところ、かなり鍛えてるな。技も、きっと強烈だろう」
「先生もさ、いい体してるじゃん。なんだかんだで鍛えてるんでしょ?」
「いや、俺は完全に素人だよ。格闘技なんて、見るくらいで……」
「へぇ? でも、実はそういう人が一番強かったりするんすよね~」
浜田の目がじっと純一を見つめる。からかうようでもあり、なにか測っているようでもある。
「いや、本当に。今日は浜田くんに、色々教えてもらおうと思って来たんだ」
「マジっすか。じゃあ――俺の“手ほどき”、してやんよ。結構ハードだぜ?」
浜田がニヤリと笑って言う。その声音には、悪戯っぽさと、どこか艶を帯びた含みがあった。
「それでも構わないさ。びしびし頼むよ。教えてくれっ!」
そう口にした瞬間、純一の中にはまだ、これから起きる“授業”の本質が、欠片ほども理解されていなかった。
まさかこの直後、自分が本当に“びしびし”と手ほどきを受けることになるとは、、、
それも、心を剥き出しにされ、自分ですら見たことのない身体の隅々まで曝け出され、徹底的に教え込まれることになるとは、夢にも思っていない。
「わりぃ、遅れちまった」
扉の音と共に、菊池が姿を見せる。
額には汗が滲み、口元にはいつものようにシニカルな笑みを浮かべていた。
「みなさん、お揃いですね~」
そう言いながら、菊池はゆっくりと扉を閉め、そして、振り向き、何気ない仕草のように、後ろ手に内側の閂に手をかける。
カチッという、金属の鳴る音。
その音の意味を、純一はまだ知らない。
柔道場は今、密閉された。
四人の男、、、一人の純朴な青年教師と三人の手練れの生徒。
柔道場の空気が一変する。
だが、純一はその変化を察知していない。
自身の緊張で柔道場の空気を重く感じていると思っている。
生徒たちによる“授業”が、今まさに始まろうとしていた。
教師として、生徒たちとの信頼を深めようと真剣に思う純一。
しかし、教え子たちは違っていた。
彼らはその“真剣さ”を、ひとつの玩具として、じっくりと楽しみ、場合によっては、徹底的に壊すつもりだったのだ。
生徒達の意図に全く気付かぬ純一の瞳は、生徒、特に浜田との乱取りを通した親睦を深めることへの期待に満ちている。
運命の刻は、静かに、だが、確実に彼を飲み込もうとしていた。
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休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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