世界は変わる。どこまでも。

まっしろ。

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リードヒルは帰ってすぐティナベルの父に茶会での事を報告していた。報告していたというよりはさせられていたと言う方が正しいかもしれない。


「そうか、まぁそうなるだろうな… 国王を通じて申し込みしてこなかっただけありがたいと思うべきなんだろうけど…」


一通り聞き終えるとティナベルの父は深いため息を吐いた。


「で、お前はそれでいいのか?」

「俺…ですか?」

「もしやお前のティナへの気持ち、バレていないとでも思ってる?」

「あー……」


ニコッと言われた言葉ににリードヒルは言い淀んだ。

-この人には気付かれてるんだろうとはなんとなく思ってたけど…今まで何も言ってこなかったしこの先も何も聞かれないんだと思ってた。


「ティナもだがお前も我儘が足りなすぎるよな。私はそんなに頼りないかな?たまには欲しいものは欲しいと言って欲しいんだけれど?」


ティナベルの父はティナベルの親らしく、優しい。
笑顔で厳しいことを言うことも多々あるけど、心は優しい人間。

当初うまくいかないことがあればその都度何度でも頭の中を弄ってやろうと思ってたリードヒルだったけど、結局今までで彼の頭の中をいじったのは雇われる際の一度だけだった。

この屋敷の者は皆ティナベルの父を慕っている。
リードヒルも何かティナベルの父に困りごとがあれば少しくらい力を貸してやってもいいと思うくらいに彼には好感を持っていた。


「私はお前にならティナをやってもいいと思ってるんだけどねぇ?」

「…そうなんですか?それは初耳です」


一瞬驚きはしたものの、リードヒルはあくまで冷静に返した。


「溺愛する一人娘は誰にもやるつもりはないのかと」

「ハハハハ、そうだな、私がティナより長生きをするのなら確かにそう思ったかもな?でも…順当に行けば私はティナより先に死ぬだろう?あの子には一人で生きて欲しくない」

「……そうですね…」


ティナベルの父の殺風景な執務室には異様にでかい肖像画が一つだけある。
絵のモデルはティナベルの母。
リードヒルは会ったことがない。彼がこの屋敷に勤めるようになった頃にはもういなかったから。

-使用人たちからティナが二つの年に死んだと聞いたけど、その時の旦那サマの落ち込みようは酷かったとも聞いたな…
ティナがいなければ後追いをしていたんじゃないかと思うくらいの落ち込みようだったと。

ティナベルとはあまり似ていない肖像画を見てリードヒルはその時のことを思い出した。


「勿論誰にもやりたくはないと思うけどねー。でも私のお眼鏡に敵う誰かが現れたなら、あの子のことをきちんと大切にして守ってくれる誰かがいるなら、やってもいいと思ってたよ」

「…それが俺ですか?」


ティナベルの父は黙って頷く。


「ティナの気持ちが一番大事ではあるけれど、今のところお前以外の奴にやるつもりはないよ。欲しいと言ってくれれば応援する気満々なのに…どうにもいつまで待ってもお前はティナをくれと言い出してはくれないよな?まぁそもそも私が勝手にお前の気持ちを憶測してるわけだけど…私が勘違いをしているのかどうかだけでも聞かせてもらえるか?」


ニコッと笑って言ったティナベルの父。そこにはいい加減自分にくらい打ち明けてくれと無言のプレッシャーを乗っけていた。

ティナベルの父にとって息子同然な人間は他にもいるはずなのにどうしてお眼鏡に叶ったのか。リードヒルには考えても答えが分からなかった。
ただ、答えられることが一つだけある。


「…勘違いではないですよ」


少しだけ申し訳なさそうにリードヒルは返事をした。


「でも…俺は……まだいいんです」


リードヒルがティナベルの父に婚約を申し出ればきっとアルフレッドよりサクサクと事は進むだろう。
表向きは相手は王子ではなく一貴族の、しかも六男なのだから。
だけど、それはリードヒルの望みじゃない。
リードヒルはティナベルの父が言ったように、優先されるべきはティナベルの気持ちだと思っている。
誰かに気付かされるのではなくティナベル自身で恋というものの存在を知るべきだと思っている。

願いがあるとすればそれはティナベルが思いを向ける相手が自分であれということ。


「殿下のこともあるし、もたもたしてると手遅れになるかもしれないぞ?」


-人間だった頃に父親がいた記憶はないけど、きっとティナとか抜きにしてもこの人は俺を心配してくれるんだろうな。

心底心配そうに言ったティナベルの父にリードヒルはそんなことを思った。
だからその気持ちにほんの少し感謝しながら今度は淀む事なく言い切った。


「手遅れにはなりませんよ。ちゃんと手遅れになる直前は見極めるんで」

「……ハハハハハ!そうか!」


強気に笑い放たれた言葉にティナベルの父はとても豪快に笑った。


「頑張れよ」

「はい」


その様子はハタから見れば親子そのもの。


「では、俺はこれで」


リードヒルが出て行こうとドアノブにてをかけたところで「リードヒル」と後ろから声がかかった。


「私がお前をティナの側に置き続ける理由は何だと思う?」

「…さぁ?」

「お前が来るまでティナの護衛は三年を満期としていたのは知ってるだろ?」

「あぁ…ハイ」


辞めるつもりはなかったから対して気にしてなかったリードヒルはそういえばそうだったな、と思い出した。

-兼任だろうと専任だろうと護衛の任だけは三年満期だと一番初めに言われた気がするな。


「お前が四年目を許された理由は何だと思う?」

「……強さ…ですか?」


リードヒルには思い当たる節がそれくらいしかなかった。
ティナベルの父はそう答えるだろうと読んでいたのか、大して間も開けず「違う」と一言。


「じゃあ分かんないです」

「や、もっと考えようっ?!」

「(考えろと言われても…)」


リードヒルは渋々思案した。

-強さでなければなんだ?
要らない力のお陰で世の中の趨勢は知っているけど…だからと言って頭がいいわけじゃない。
俺より頭のいい奴は探せばいるはずだ。


ティナベルの父は「さぁ、なーんだ?」と陽気にニコッと笑っている。


「言いたいなら勿体ぶってないでさっさと教えてください」

「わぉ、辛辣ー。楽しんでたのお父さんだけ?」

「父さんって…ほんと、戯けるところも、拗ねるところもティナそっくりですよね」

「いや、それを言うなら私がティナにそっくりなのではなくてティナが私に、だろ?」

「………まぁ、どっちでも」

「お前は本当何でもあの子中心だよねぇ…」


-ティナが中心…

ふとリードヒルは思いついた。


「さっきの答え、もしかしてそういうところですか?」


-そうなら納得がいく。
人間は皆自己欲の塊でいくら大切な人がいたって自分の世界の中心は結局自分でしかない。
だけど俺の世界の中心は間違いなくティナ。
自分や誰かとティナ、どちらかを選ばなきゃいけない状況に陥れば天秤に掛けるより前にティナを選ぶ。
親としてはそういう奴を護衛としておきたいはず。


「あー…」

リードヒルの答えから少し視線を外すティナベルの父。
違うという反応には見えないけれど、正解という反応にも見えなかった。


「それも違う。と言いたいところだけど……案外そう違わないのかもな…? 答えはお前の気長なところだよ」

「気長…ですか?」


気長と言われてリードヒルが想像したのは何百年と眠り続ける自分だった。
どこまで続くのか分からない程の深い深い真っ暗な谷底。そこで眠る自分。
人間も動物も誰も自ら降りてくるものはいない場所に一人眠る自分。

あの時間を気長と言えなくはない。

リードヒルがティナベルの父を見ると、ティナベルの父はまたニコッと笑う。
その顔はティナベルによく似ていた。


「あの子は周りと比べて少し成長が遅いところがあるだろ?特に色恋事に関して」

「それは…旦那サマのせいですよね?」

「ん…ま、まぁな……」


早くに死んだティナベルの母。彼女が生きていればまた別だったんだろうが、ティナベルの父は使用人たちに対してティナベルにそう言ったことを一切教えないよう指示ではなく命令を下していた。
そして他者(特に男)との交流も極力避けさせて育てた。
お陰でティナベルは好きという気持ちに区別があることを知らない。


「親バカだろうが、女の子を持つ親としては自分の子供にはそういうことに関しては特にゆっくりと成長して欲しいと思うものなんだよ…」

「まぁ、分からなくもないです。旦那サマに共感する父親は沢山いるんでしょうね。実際そこまで徹底してやるかどうかは別として」

「うっ……」


痛いところを突かれたのか、申し訳ないと思っているのか、ティナベルの父は胸を押さえた。


「…あの子の母親も純粋な女性だったんだ」


壁の肖像画を見てティナベルの父は言った。

この部屋にそれが飾られたのは割と最近のこと。
リードヒルがティナベルの父から直接ティナベルの母の話を聞くのは今日が初めて。


「結婚式で初めて会ったけど耳の先まで真っ赤にしててね。物凄い恥ずかしがり屋だった。少し触れるだけで空に飛んで行ってしまうんじゃないかって思ったくらいだよ。 それからたった数年後……実際に逝ってしまうとはね…」


リードヒルがポロっと口に出してしまわないよう飲み込んだ言葉をティナベルの父はハハハハと乾いた笑いで吐き出した。


「ま、それは置いといて。あまりにも恥ずかしがるもんだから私たちがまともに手を繋げたのは結婚して一ヶ月以上経ってからだったし、初夜なんて一年後だったんだよ?」

「それは…お疲れさまでした…」

「ハハ、うん。でもね、疲れた事なんて一度もなかった。その純粋さがたまらなく可愛くて、毎日毎日幸せだった。完璧に私のエゴでしかないけれどティナベルにもそんな可愛いらしい女性になって欲しいなんて思ってしまってね…やりすぎたかなとは自分でも分かってるんだけど…」

「いいんじゃないですか?別に。俺は今のティナが好きですよ」

「ふっ…初めて好きだと言葉にしたな」


-………もしや、今までのは全部この言葉を聞きたいがためのものだったのか…?

チッ

心でしたつもりが口に出ていた。


「舌打ち!?別にいいけども! まぁ、あれだ。お前はゆっくりとティナの成長を見守ってくれるだろ?どこぞの王子様に取られるかもしれないってのに焦ることなく自分の気持ちを伝えようともせずティナが自分で知ることを待ってくれる」

「因みにいつから俺の気持ちに気付いてたんですか?」

「そりゃあ最初からでしょ」


何言ってんだ?って顔で当然のように言われてしまったリードヒル。


「…俺、そんなに分かりやすいですか?」

「分かりやすいな。ティナには気付かれない程度に分かりやすい。私はお前のそういうところが堪らなく気に入ってるんだよ」


-この人は…

リードヒルは嬉しさを隠すので精一杯だった。

-俺だってただの人間だったら他の男と同じように自分勝手に焦ってティナに気持ちを伝えてた。
気長なのは長すぎる時を生かされてきたせいだ。
でも…そこを認められているのなら…いつ終わるか分からない生を持って良かったのかもしれないな。


「…旦那サマ」

「ん?」

「何か困ったことがあったらいつでも言ってください。俺はたぶん力になれるので」

「ハハ、なんだい?急に。でもそうだな…それは本来年配者である私のセリフだけど、親孝行な息子からの言葉だと思って有難く受け取っておこうかな?引き止めて悪かったね。お休み」

「はい。失礼します」
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