世界は変わる。どこまでも。

まっしろ。

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一行が城門に着いたのは夕方のこと。


「明日の式の前祝いとして今夜、軽いパーティを開きます。ご参加下さいますように」


部屋に案内してくれた小さい小太りのこれまた小さい眼鏡をかけた男はそれだけを早口で告げると部屋から出て行った。

前祝いをすることは一言も聞かされていなかった一行。
事前に知らせない辺りゼブエラらしいといえばゼブエラらしい意地の悪さだった。
だけれどその意地の悪さまでもきちんと読んでいたノーストン家。
着いた当日、王族や臣下たちだけ揃えた小規模なパーティが開かれるかもしれない。数ある可能性の一つとしてそう聞かされていたラビスの兵たちに特に動揺はなかった。
驚きがあったとすれば城に入っても兵の剣を奪うことは恐らくしないだろう。それさえも見事に言い当てたノーストン家の読みの力に対して。


**********


「お待たせしました」


夜会用のドレスに着替えたティナベルが用意された大部屋に戻ってくると騎士たちは目を見張った。
ティナベルが身に纏っているのはアルフレッドと出会った夜会の時とは大違いの少し黒が混じったような赤色のドレス。


「…いい色のドレスだね」


口に出したのはアルフレッドだった。

その色はまるで血を隠すのにもってこい。
たまたまなのか、その為の赤なのか、アルフレッドの分かるところではないけれど、一つ確かなのはティナベルには淡い色が一番似合うと思っていたけれど、少し怖いくらいの濃い色も似合うんだと言うことだった。


**********


夜になり、パーティの会場に入るとすぐに一人の男性がアルフレッドの元へ来た。
痩けた頬の金髪の男性。ギョロッと前に突出している目は瞳孔が開いている。これが現ゼブエラ国王。
手にはいくつもの指輪。宝石が好きな割に自分を磨くことには興味がなさそうで髪はぼさぼさだし肌はどこか病的に黒い。
アルフレッドと年はそう変わらないはずなのにその容姿からアルフレッドより五も十も上に見えた。


「長旅、疲れただろう?」


分かっているなら着いた当日にパーティなんか開くな。ラビス一行はその思いをそれぞれ心の中で吐いた。


ゼブエラ国王の隣にはアルフレッドの姉ミシェルもいる。
一言も口を開かず、いつだって明るく元気な笑顔を作っていたその顔は別人のように影を落とし誰とも目を合わせることもなかった。
彼女の変貌はこの一ヶ月の辛さを物語っていた。


-すぐ助けるからね、姉さん。
-すぐお助けします、ミシェル王女殿下。

ラビス一行の思いは一つだった。


「そちらが?」

「はい。私の婚約者のナターシャです」


アルフレッドの横に立つティナベルはそう紹介されると一令をした。

婚約者というのは勿論この場限りの嘘。
本名を名乗ればノーストン家の娘とバレるかもしれない。ナターシャという名はそれを少しも疑わせないための偽名。
ノーストン家の策は徹底して疑う余地を相手に与えさせない。


「…彼女もそうだが、ラビスは可愛い子が多いみたいだな?実に羨ましい」


瞳孔が開いたままのギョロ目がティナベルを見た。

ボソッと言った「欲しいな…」という声はわざと聞かせているようでもあったけれどアルフレッドはわざと聞こえなかったフリをした。


『もし、着いたその日になんらかのパーティが開かれた場合、決行するのは式を待つことなくその日の内がいいと思います。タイミングは殿下に任せますが出来るだけ早い方がいいと思います。と言ってもゼブエラ王が首を落とされるに値する発言をするまでは我慢下さい』

ティナベルはそう言っていた。

だからアルフレッドはまだ動かない。
ゼブエラ国王がハッキリとした決定的な言葉を吐くまでは待つつもりでいる。


『前例に漏れず新たな王もどうせ強欲でしょうから私が殿下の婚約者だと分かれば私を欲するかも知れません』

それまでノーストン家の読みをただ聞いていた者たちはこれだけは違うだろうと思っていた。

もしゼブエラの王がティナベルを欲するのならそれはラビス王子の婚約者だからというのは関係ない。
ティナベルという一人の可愛い女の子を自分の手中に入れたいがため。
口に出さなくても皆一様に同じことを思っていた。


そして…


「ナターシャと言ったね?彼女を置いていっては貰えないかな?」


その真意がどこにあるかは別として、一応これまたティナベルの読み通りゼブエラ国王は見事にティナベルを欲した。


「大方ラビス国王はミシェルを寄越したから停戦はまだ続くだろうと思ってるんだろう?この際言ってしまうが、こちらにそんな意思はない。暇になったし近々ラビスを攻めようと思ってたところだ」

(……この際だから言ってやりたい。そんなこはとっくに分かってるんだよ。バーカ)


ラビス一行はまた各々心の中で毒を吐いた。


---------------------------

『もし私を欲した場合、向こうは停戦を続けることを条件にしてくるはずです』

---------------------------


「だが、彼女を渡すなら停戦を続けてやる」


ノーストン家の二人は本当に様々な可能性をラビス国王やアルフレッド、兵たちに読み聞かせたけれど、ゼブエラに入ってからというもの全て二人が”一番考えられること”通りに事が進んでいた。

-事前の可能性で考えられなかった想定外のことが起きても対処出来るようにと同行してもらったけど…
この様子じゃ全てノーストン家の…いや、彼女の読み通り事は終わりそうだな。

前戦にやってきたアルフレッドを筆頭に兵も皆同じことを感じていた。


「さぁ、婚約者と国、どちらを取る?婚約者とは言わないよな?曲がりなりにも一国の王子様だもんな?」


ギャッギャッギャと汚い笑いをするゼブエラ国王。
隣でミシェルは目を瞑っている。

-そりゃあ目も瞑りたくなるわ。こんな男。よく一ヶ月も耐えられて…

ティナベルは話の焦点が自分にあるにも関わらずミシェルの心を思った。


「お前もそれでいいな?母国を救えてゼブエラ国王の、この俺様の八番目の妻になれるんだ。嬉しいだろう?さぁ、こい」


ゼブエラ国王が手を差し出した時、フンっとラビス側から鼻で笑う音がした。


「…貴様、今笑ったか?」


ティナベルしか目に入れてなかったとはいえその嘲笑がティナベルのすぐ横に立つ男から放たれていたことはゼブエラ国王にも分かっていた。


「あぁ、笑ったな?それが??」


ゼブエラ国王に負けず劣らずの尊大な態度で答えるリードヒル。

ゼブエラ国王のどす黒い顔はみるみる赤くなる。
その怒りを口に出しかけようとしたところ「リードヒル」と静かな声を出したアルフレッド。


「笑ったのではなく、笑わせて貰ったのだろ?」

「…ふっ、そうだな」


てっきり一兵の失態を咎めるの為に声を上げたのかと思っていたゼブエラ国王。
更に自分を嘲るかのようなまさかの言葉に眉間に皺を寄せるとそのすぐ後ヒュっと息を呑んだ。


---------------------------

『”首を落とされるに値する発言”ですが、具体的に言うと”ラビスを攻める予定がある”などのような言葉です。その言質さえ取ってしまえばその後の発言、行動は全て殿下の思うままに。ゼブエラ国王の首を落とそうが何をしようがこちらは防衛手段としてやったことですので』

---------------------------


自らの剣を抜いたリードヒルと、後ろに立つ兵の剣を抜いたアルフレッド。
二つの剣先は左右からゼブエラ国王の首にピタリと接していた。
ティナベルは二人の一歩後ろへ下がった。


「…どういうつもりだ?まさか国を捨てその女を取るのか…?」


まさかのラビスの出方に愚かな王は動揺を隠せなかった。
ゼブエラの意思に反対するような国はラビスどころかどの国もないと信じて疑わなかったのだ。


「ゼブエラを敵に回す気か…?!」

「敵に回す?勝手に敵に回っているのでしょう?私が何を言うより先に我が国を攻めるつもりだと言ったのはその口ですよ?もうお忘れですか?それに…どちらを取るかなどと、国を捨て続けてきたあなたに言われたくはないです。ここで私の国への思いをあなたに語るつもりもない。リードヒル、とりあえず私の婚約者に手を伸ばそうとした不躾な右手を切り落としてくれるかな?」

「堂々と設定を延長してんじゃねぇよ」


言いながらリードヒルはゼブエラ国王の右手首に刃をあてた。
あまりにも一瞬の出来事。
ゴトンとすごい音がしたのは手首より先が床に落ちた音ではなくてどちらかというと指輪の音のせいだろう。
ミシェルはこの隙にラビスの兵に無事奪還された。

ゼブエラ王は少しの間の後、無くなった手を掲げ「あ゛、あ゛ぁぁぁぁ」と喚き出す。
勿論この間にもアルフレッドは剣をゼブエラ国王の首から離す事はない。
首を小刻みに横に振るせいで自ら首に傷をつけていた。

膝をついたゼブエラ国王の首元には再びリードヒルの剣も当てられる。
右を向いても刃。左を向いても刃。ゼブエラ国王の逃げ道は一切なくなった。


「誰か…なんで誰も動かない…!!この俺様がこんな目に合ってるんだぞ?!おい!お前!!こいつらを殺せ!皆殺しだ!!!」


動かせない首の代わりに目だけがギョロギョロと動きゼブエラ兵を捕らえた。


「…断る」


一歩前に出たゼブエラの兵が剣を放り投げると他の騎士も次々と剣を放り投げる。


「何を……っ!!…貴様ら…俺様を守るのがお前たちの仕事だろう!?俺様を守れ!守った奴には褒美をやるぞ!地位もくれてやる!」

「俺たちの望みはあなたの死だ」

「っ!!!殺してやる……っ!!ここへこい!殺してやる!!」


涎を吐き散らしまるで獣のように喚くゼブエラ国王の左手は空を掴む。
ゼブエラの兵たちは色のない表情でゼブエラ国王を見下している。

ラビスの兵の一人がゼブエラ国王の両腕を後ろに回して取った。
身体は少し倒され、首を落としやすい体制に。
これから何が起こるかは誰にも想像が出来た。
臣下も兵も、ミシェル以外の妃たちからも誰一人として現況を止めるよう嘆願する声は上がらない。

今まで動かなかったゼブエラ国王の兄弟たちがニヤニヤとわざわざゼブエラ国王の視線に入るように並ぶ。
兄弟たちの顔を見てゼブエラ国王は頭を力任せに落として笑った。


「…フ、フハハハハ!!」


それは自らを嘲笑うかのような笑いだった。


「言い残すことは?」

「死ね」


リードヒルの剣が首から離れ、アルフレッドの剣だけが振り落とされた。
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