世界は変わる。どこまでも。

まっしろ。

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「お久しぶりですハーマン王子。っと…もう王子ではないですね」


馬車から降りた一人の男性。
ハーマンは「ジャンソン!」と叫ぶと飛びついてハグをした。


「久しぶりね、ジャンソン」


背の大きなハーマンをなんてことなく受け止めた彼はノーストン家の執事でハーマンのラビス滞在時の教師。
あまりにも無知だったハーマンに政治の知識から作法、何から何まで教え込んだ人物でハーマンにとっては剣を教えてくれたリードヒルと同じ位感謝してもしきれない相手。


「ねぇ、確かにもう王子ではなくなったけれどゼブエラ国王なんて呼び方はやめてね?お世話になったノーストン家の人たちにはただのハーマンと呼んで欲しいのよ」

「畏まりました。きちんとお勤めを果たされたようですし今回はきちんとその要望を聞き受けましょう」

「ふふ、ありがとう」

「よく頑張りましたね、ハーマン」

「……ん」


ノーストン家の人間と対峙するとどうしても涙腺が緩んでしまうハーマン。
涙を拭うとシャンと背筋を伸ばして立ち直った。
『王というのは国そのものです。王が背を曲げていては国も曲がります』それがジャンソンの教えだったから。


「…また大きくなりましたね。私の背も遂に越したんじゃないですか?」

「そうかしら?でも背を越しても位が変わってもアタシはいつまでもあなたの生徒よ?」

「そうですね。私もあなたに教えたいことはまだまだあります」


まるで久しぶりに再会する親子の様なやり取りをする二人。


「リー、見て!今一番この国に必要な本ばかり。届けてくれてありがとう、ジャンソン
!」


そんな二人を背にティナベルはいち早く馬車の中身を確認しに行っていた。
ハーマンも気になって馬車の中身を覗きに行くとそこには大量の本。
もう一つの馬車にも恐らく積んであるのだろう。


「筆頭執事であるあなたが来たのはお父様の指示?それともあなたの意思?」

「両方ですよ」

「そう。最高のプレゼントね?ハーマン」

「…えぇ、本当に……」


筆頭執事がわざわざ荷を運ぶなど通常ありえない。
それでも来たのはロベルトが『ハーマンが感謝をいの一番に伝えたいのはお前だろうから行ってやれ』と言ったことジャンソン自身早くお疲れ様と伝えたかったから。

ハーマンはロベルトが自分の大切な執事を寄越してくれたこと、そしてジャンソンが望んできてくれたことに感慨深く感謝した。


「お嬢様はまだこちらに残られるんですよね?」

「えぇ。ふふ、さすがお父様ね。やっぱりそれくらい読まれてたわよね」

「はい…ですが…と言うことは、そう読まれている事をお嬢様も読んでいたんですね?」

「?えぇ、勿論」


当然のことのように言ったティナベルにジャンソンや他の者は皆「流石なのはティナベルもだ」と思わずにはいられなかった。
というのも、ゼブエラに着いてからというものティナベルがノーストン家に手紙を出していた様子はなかったから。
ロベルトは何を言われなくとも必要であろう本を送って来、またティナベルはそれが今日届くことを読んでいた。
ハーマンやアルフレッドたち、長年そのノーストン家に仕えているジャンソンでさえ二人の読みの力には感嘆するばかりだった。


「他に必要なものがあれば手紙に書いていただければとのことでした」

「うん。はい、これ。お父様に渡してもらえる?」


すかさず一通の手紙を出したティナベル。
ジャンソンはそれを受け取ると細い目を見開いた後、出立前持っていく本の準備をしていると『言わなくても私が欲しい物が分かるなんてお父様凄い!ってティナは驚くだろうなぁ』そう想像して一人悦に浸っていたロベルトを思い出して少し笑った。

-既に必要な物リストを作成済みとは…お嬢様の方が一枚上手でした。旦那様の行動は余裕で読まれていたようですよ。

そう報告したらロベルトがどんな顔をするだろうと思うとジャンソンの口元はまた緩む。


「こちらには後どれくらい滞在する予定ですか?」

「うーん…一ヶ月…とちょっとはいると思うけど…何とも言えないわ」

「了解しました。そうお伝えしておきます」

「うん。あとお父様に大好きよとも伝えてくれる?」

「はい。その伝言が一ヶ月と少しくらいであればお嬢様がいなくて寂しがる旦那様も何とかなるでしょう。リードヒルは何か伝言あるか?」

「ない」

「ふっ、相変わらずそっけないな、お前は。変わりないと伝えておくよ」

「あ、ジャンソン!アタシの大好きも伝えておいて!」

「畏まりました」


アルフレッドはこの会話の途中から上の空だった。
ティナベルの言った一ヶ月ちょっとという言葉がずっと頭の中に木霊していたから。
でもそれもそのはず。婚約の返事の期限は半年。
ゼブエラに到着する前は準備に追われ、到着してからは手伝いに追われ…ここずっと忙しくしていたせいでティナベルへ何のアプローチも出来ていなかったのだから更に一ヶ月以上も削られるとなると絶望を感じても致し方ないのだ。


「例の返事の期限だけどゼブエラに滞在している期間は外していいよね?そうだ。せっかくだし日数を改めて数えるのは面倒だからラビスに戻ってきてから半年ということでいいかな?」


まくしたてるかのように笑顔で無理矢理「は、はい…」という了承を得たアルフレッドは後ろ髪を引かれるようにラビスへ帰って行った。



一月半後… 



ティナベルとリードヒルは再び王宮に来ていた。
通された部屋は前回入った国王の執務室ではなくて会議室。普段は国王と臣下たちが国政に関わる議論などをする場所である。
大きな長テーブルにいくつもの席。
部屋へ入るとラビス国王とアルフレッド、宰相の座に戻ったロベルトの三人が既に座って待っていた。


「この度はお時間を作って頂き感謝致します。新たにゼブエラの国王となりましたハーマン・ライズです。今までの我が国の非道を謝罪させて頂きたく、また、今回のラビス王国の支援に感謝の気持ちを伝えたく参りました。今まで御国にした行い、全て申し訳ありませんでした。そしてそんな我が国に支援の手差し伸べて頂き誠にありがとうございます。今後、我が国はラビスが…いえ、この大陸全ての国が幸せになるよう惜しむ事なく尽力すると誓わせて頂きます」


ハーマンが頭を垂れるとラビス国王はうんと頷いた。
それは謝罪も感謝も聞き入れたということ。

ハーマンが国王の座について一ヶ月と少し。
初めてハーマンは国を出た。
アルフレッドたちがラビスへ戻った後、アルフレッドやティナベルの嘆願を受けラビス国王が優秀な臣下たちを何人もゼブエラへ派遣してくれたこと。彼らがティナベルたちが国に帰った今もまだゼブエラに残って民やゼブエラの臣下たちに勉学を教えてくれていること。そのお陰で荒れた田畑が再生しつつあり、ゼブエラの臣下たちも様々な知識をティナベル抜きで身に着けることが出来るようになったこと。
様々な良い変化があって民に希望が見え始め、時間にほんの少し余裕が出来たのでラビスに戻るティナベルたちに同行してこうしてラビスに来ることに決めたのだ。


「気を楽にして貰えないかな?そう畏まられると私も畏まらざるを得ない」


ラビス国王は言う。


「この大陸に民は沢山いるが国王は僅か七人だけだろう?私は国王同士、年齢や在位期間など関係なく仲良くやりたいんだ。腹を割って話すにも喋りたい喋り方で話すのが一番だろう?アルフレッドからあなたはとても気のいい人物で話しやすいと聞いている。私にも気楽に話しては貰えないか?」


ラビス国王の言葉にハーマンはどうしよう…とティナベルを見る。
今までゼブエラがしてきた非道、そしてラビスから受けた支援を考えれば仲良くなんて喋れたものではないのだ。
だけれどティナベルは陛下の言う通りいつものハーマンでと言うようにコクンと頷くだけ。


「えと…アタシ…本性はこんなんなんですけど…この喋り方でも……?」

「勿論。あぁ、でも敬語は抜きで」


驚くことなく淡々と続けたラビス国王にハーマンは驚いた。
普通、初見で男の身なりで女性の様な喋り方をすれば誰もが驚くもの。
それを違和感なく受け止めてくれたのはノーストン家の者たち以来だった。

いくらティナベルが側にいるとはいえ、大丈夫だと言われてきたとはいえ、緊張していたハーマンはアルフレッドと同じ爽やかな笑顔でニコッと笑われるとやっと緊張の糸が解けた気がした。


「では…これでやらせてもらいま…もらうわ…ね…?」

「あぁ。ありがとう。さて、長旅で疲れているだろう?挨拶も済んだし今日はゆっくり休んで明日話をしよう」

「いえ、ラビス国王の時間さえよければこのまま続けたいんだけれどダメかしら?沢山の人員を出してもらっているお陰で今日はこうしてここに来れてるけれどまだまだやる事は山積みだし早く帰らなくちゃいけないのよ」

「これもアルフレッドから聞いたことだが随分と働き詰めだったらしいじゃないか。体を休めることも国王としての重要な仕事だぞ?」

「ふふ、分かってます。それは…本当に……身をもって分かってるわ……」


だんだんと声が小さくなっていたハーマン。
その顔は何かを思い出したかのようにる見る青ざめていく。
ラビス国王はその様子を見ててっきり過労で倒れた経験でもしたのかと思った。


「ここへ来る前、ベル…ティナベルもあなたと同じことをよくアタシに言って聞かせてたの。そして毎晩毎晩リードヒルをけしかけてきて…アタシは無理矢理落とされて眠りについたわ。ある時は腹パン、ある時は首絞め、ある時は……」


「ねぇ、寝かせるにしてももっと他に方法があるとは思わない?!せめて添い寝とかで優しく寝かしつけて欲しかった!」そう嘆き泣き顔を隠したハーマンにラビス国王やアルフレッドは何も言えずロベルトだけがクックと笑っていた。
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