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第13話 王家の品格
「私が今日のために、王室御用達の職人に命じて作らせた、最高級のシルクなの。この国に数反しかない、貴重な生地を使ってね。エリザへの友情の証として贈った、私の大切な『心』そのものよ」
オスカーの顔から、さぁっと血の気が引いていく。マリアも状況を察したのか顔を引きつらせた。
「え……王女様の、贈り物……?」
「そうよ。貴女、それを汚したの」
ヴィヴィアン様がマリアを見下ろす。
「転んだ? 芝生の上で? 何も障害物のない平らな場所で? 貴女の目は節穴なのかしら。それとも、王族からの贈り物を泥雑巾か何かと勘違いして、わざとワインをかけたのかしら?」
「ち、違いますぅ! わざとじゃ……!」
「黙りなさい」
一喝。マリアがヒッと喉を鳴らして黙る。
「わざとでなければ、王族の贈り物を損なっても許されると? 『ドジだから』で済まされるのはね、自室で自分のスカートにお茶をこぼした時だけよ。ここは王宮。公の場での粗相は、貴女を連れてきた家の恥。そして、王族への不敬に当たるわ」
不敬。その言葉の重みにオスカーが震え出す。
「あ、姉上、どうかご慈悲を! マリアはマナーを知らないだけで……」
「マナーを知らない?」
ヴィヴィアン様は、今度はオスカーに向き直った。その眼差しは、汚物を見るような軽蔑に満ちていた。
「マナーを知らない愛人を、王宮の茶会に連れてきたの? しかも、あろうことか正妻を差し置いて、その愛人を庇い、被害者である妻を『器が小さい』と罵った。……お前、本当に私の弟?」
「っ……!」
「王家の顔に泥を塗るのもいい加減になさい。お前のその浅はかな振る舞いが、どれほどみっともないか。鏡を見て出直してらっしゃい」
ヴィヴィアン様は冷たく言い放つと、護衛騎士に顎をしゃくった。
「この二人をつまみ出して。視界に入ると紅茶が不味くなるわ」
「はっ!」
騎士たちが二人に歩み寄る。マリアは半狂乱になってオスカーにしがみつく。
「やだぁ! 私、悪くないもん! オスカー、なんとかしてよぉ!」
「放せ! 無礼だぞ!」
オスカーが抵抗するが、騎士たちは無言で彼らの腕を取り、強引に出口へと連行していく。周囲の貴族たちからは、嘲笑と軽蔑のささやきが漏れていた。
「なんて恥知らずな」
「あんな女を連れてくるなんて」
「レインバーグ侯爵も落ちたものね」
二人の姿が見えなくなるまで、会場は冷ややかな熱狂に包まれていた。彼らが去った後、ヴィヴィアン様はふぅ、とため息をつき私に向き直った。その表情は、先ほどの鬼のような形相から一転、慈愛に満ちたものに変わっていた。
「ごめんなさいね、エリザ。私のドレスのせいで、貴女に不快な思いをさせてしまったわ」
「いいえ、殿下」
私は背中が濡れて冷たかったが、心はこれ以上ないほど熱く晴れやかだった。
「最高の余興でしたわ。あの二人の顔……一生忘れられません」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ。それに……」
ヴィヴィアン様は私の耳元で囁いた。
「あのドレス、実は二着作らせてあるの。今すぐ着替えてらっしゃい。お茶会はこれからが本番よ」
「! ……殿下には、敵いませんね」
私は深くカーテシーをした会場からは、私に向けて温かな拍手が送られた。それは可哀想な被害者への同情ではなく、毅然と振る舞った貴婦人への称賛の拍手だった。
私は背筋を伸ばし控室へと向かう。オスカー、マリア。今日のこれは、ほんの挨拶代わりよ。あなたたちが失ったのは、単なる面目だけではない。社交界における信用という、貴族にとって命よりも重いパスポートを失ったのよ。
さあ、次は経済的な制裁ね。私は心の中で、レオナルドの冷たい笑顔を思い浮かべた。彼らが屋敷に帰り着いた頃、そこにはさらなる地獄が待っているはずだ。
背中のワインの染みは、彼らの破滅へのレッドカーペットのように思えた。
オスカーの顔から、さぁっと血の気が引いていく。マリアも状況を察したのか顔を引きつらせた。
「え……王女様の、贈り物……?」
「そうよ。貴女、それを汚したの」
ヴィヴィアン様がマリアを見下ろす。
「転んだ? 芝生の上で? 何も障害物のない平らな場所で? 貴女の目は節穴なのかしら。それとも、王族からの贈り物を泥雑巾か何かと勘違いして、わざとワインをかけたのかしら?」
「ち、違いますぅ! わざとじゃ……!」
「黙りなさい」
一喝。マリアがヒッと喉を鳴らして黙る。
「わざとでなければ、王族の贈り物を損なっても許されると? 『ドジだから』で済まされるのはね、自室で自分のスカートにお茶をこぼした時だけよ。ここは王宮。公の場での粗相は、貴女を連れてきた家の恥。そして、王族への不敬に当たるわ」
不敬。その言葉の重みにオスカーが震え出す。
「あ、姉上、どうかご慈悲を! マリアはマナーを知らないだけで……」
「マナーを知らない?」
ヴィヴィアン様は、今度はオスカーに向き直った。その眼差しは、汚物を見るような軽蔑に満ちていた。
「マナーを知らない愛人を、王宮の茶会に連れてきたの? しかも、あろうことか正妻を差し置いて、その愛人を庇い、被害者である妻を『器が小さい』と罵った。……お前、本当に私の弟?」
「っ……!」
「王家の顔に泥を塗るのもいい加減になさい。お前のその浅はかな振る舞いが、どれほどみっともないか。鏡を見て出直してらっしゃい」
ヴィヴィアン様は冷たく言い放つと、護衛騎士に顎をしゃくった。
「この二人をつまみ出して。視界に入ると紅茶が不味くなるわ」
「はっ!」
騎士たちが二人に歩み寄る。マリアは半狂乱になってオスカーにしがみつく。
「やだぁ! 私、悪くないもん! オスカー、なんとかしてよぉ!」
「放せ! 無礼だぞ!」
オスカーが抵抗するが、騎士たちは無言で彼らの腕を取り、強引に出口へと連行していく。周囲の貴族たちからは、嘲笑と軽蔑のささやきが漏れていた。
「なんて恥知らずな」
「あんな女を連れてくるなんて」
「レインバーグ侯爵も落ちたものね」
二人の姿が見えなくなるまで、会場は冷ややかな熱狂に包まれていた。彼らが去った後、ヴィヴィアン様はふぅ、とため息をつき私に向き直った。その表情は、先ほどの鬼のような形相から一転、慈愛に満ちたものに変わっていた。
「ごめんなさいね、エリザ。私のドレスのせいで、貴女に不快な思いをさせてしまったわ」
「いいえ、殿下」
私は背中が濡れて冷たかったが、心はこれ以上ないほど熱く晴れやかだった。
「最高の余興でしたわ。あの二人の顔……一生忘れられません」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ。それに……」
ヴィヴィアン様は私の耳元で囁いた。
「あのドレス、実は二着作らせてあるの。今すぐ着替えてらっしゃい。お茶会はこれからが本番よ」
「! ……殿下には、敵いませんね」
私は深くカーテシーをした会場からは、私に向けて温かな拍手が送られた。それは可哀想な被害者への同情ではなく、毅然と振る舞った貴婦人への称賛の拍手だった。
私は背筋を伸ばし控室へと向かう。オスカー、マリア。今日のこれは、ほんの挨拶代わりよ。あなたたちが失ったのは、単なる面目だけではない。社交界における信用という、貴族にとって命よりも重いパスポートを失ったのよ。
さあ、次は経済的な制裁ね。私は心の中で、レオナルドの冷たい笑顔を思い浮かべた。彼らが屋敷に帰り着いた頃、そこにはさらなる地獄が待っているはずだ。
背中のワインの染みは、彼らの破滅へのレッドカーペットのように思えた。
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