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発見への旅の果て
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……私は……いつから私を認識しているのだろう……思い出せない……まだ…この存在を隅々まで認識できていない……私は…自分では動けないが……様々な刺激が……情報としてもたらされているのを……感じている……
……【H S E S】(ハイパー・スペース・エクスプロレイション・シップ)001『グリーゼ』……
『目標恒星』……ケンタウルス座α星C……
『調査対象』……プロキシマ・ケンタウリb……
「……通常空間に…復帰しました……ウッ! すみません! 」
そう報告したセンサー・オペレーターは、予め近くに用意して置いた容器を引っ掴むと、顔を入れて嘔吐した。
ブリッジ・スタッフは6名だったが、全員容器に顔を入れている。
ローナ・イネス船長だけは……キャプテン・シートに全身を凭せ掛けてグッタリしながらも……ハンカチを取り出して口を拭い、用意していたグラスの水を二口飲んだ。
「……良いのよ……ウェンツ……超空間航行での気持ち悪さは……以前から言われているから……落ち着いてからで構わないから……報告してちょうだい……」
「……申し訳ありません……イネス船長……通常空間に復帰しました……船のチェックはこれからですが……M B H M の回転数が1に戻る迄の時間と……高重力発生源消失までの時間差は……許容範囲内です……」
「……そう……上手く反回転噴射が…機能した訳ね……」
「……そうです……船体構造に異常ありません……M B H M に異常ありません……生命維持システムに異常ありません……パワー・アセンブリに異常ありません……メインコンピューターに異常ありません……センサー・システムに異常ありません……各分析・表示システムにも異常ありません……船の内外全般に…異常ありません……」
「…ありがとう…ご苦労様…ウェンツ副長……もう少し、落ち着いてからで良いから…現在位置の確認をお願い……」
「……分かりました……ありがとうございます……」
「……どう致しまして……全く……『ミアノ・ドライヴ』の間……船内の生体にそれ程の悪影響はないって……マックス・ミアノ博士は仰っていたけど……この気持ち悪さは何とかして欲しいわね……」
地球の表面がマグマの海に覆われ、満たされてから350年目の3月……M B H M を搭載された超空間航行恒星間探査船【H S E S】は、30隻が建造されて……それぞれ30の方位に跳んだ……中でも栄えあるシップ・コード『001』を付与された『グリーゼ』が……太陽系に最も近い恒星……ケンタウルス座α星Cを最初の目的地としたのだ。
「……現在……ケンタウルス座α星Cから……1480万km……プロキシマ・ケンタウリbの軌道からは……730万kmです……」
「……割合に近く迄、来たわね……化学反応ノーマルエンジンを始動して……プロキシマ・ケンタウリbに向かいます……」
「……了解……ノーマルエンジン始動……船首をプロキシマ・ケンタウリbに向けます……」
「……ある程度…スピードに乗ったら、到着までの時間をお願い……近くに迄行ったら、標準周回軌道に船体を乗せましょう……私達は30隻をほぼ同時に出発させたけど……それぞれの現場では、それぞれの自分達が他の恒星系に侵入した……最初のメンバーなのよ……何処に何があるのかも……何処で何が起きるのかも判らないんだから……おっかなびっくりで行きましょう……それで丁度良いんだと思うわよ……そのくらいのスタンスで行かないと……生きて帰れやしないわよ……」
「……分かりました……」
……私は……ここから遠く離れた場所で……空間が震えるのを感じた……その場所に……何かが顕れた事も微かに感じた……その『もの』が……少しずつ近寄って来ているのも感じている……それ以外のことは、何も判らない……私は……待って受け容れるだけの存在だ……
スピードが出過ぎないように……センサーで周辺を警戒しながら『グリーゼ』は、プロキシマ・ケンタウリbに接近して行く……船が惑星の標準周回軌道に乗ったのは、それから12日後だった。
……先程に起きた空間の揺らぎから顕れた『もの』が……こちらに近寄って来て、今は私の周りを回っている……そんなに大きくはない……何処から来たのだろう?
「……イネス船長…一次レポートがまとまりましたので、報告します……」
「……お願いね…バーバラ・ハーシー科学士官……」
「……はい……惑星プロキシマ・ケンタウリbの軌道は、恒星プロキシマ・ケンタウリから0.05au……7523400kmです……この距離での軌道を269時間で公転しています……下限質量(推測計算で導き出される対象物の質量下限値)は、地球の1.35倍です……またこの惑星はハビタブルゾーン(生命居住可能領域)の範囲内を公転しています……そして…プロキシマ・ケンタウリbの地表上に、水を感知しました……」
ローナ・イネス船長はキャプテン・シートに座ったまま、身を乗り出す。
「……どんな状態の水なの? 」
「……全地表面積の5分の1が水面です……他に液体での水が集積している場所はありません……この惑星の規模から考えて……『海』と呼んでも差し支え無いかと……」
「……分かったわ……続けてちょうだい……」
「……はい……標準周回軌道からの観測でも、この海水は相当に濃厚です……生命発生直前の状況から、いままさに生命が発生しつつある状況なのかも知れません……もっと詳細に調査すれば、現時点での状態をはっきりと把握できると思いますが……それには惑星の地表に降りての調査が必要です……」
「……分かりました……降下調査チームを編成しましょう……」
「……ありがとうございます……続けて報告します……この惑星の大気についてですが、私達には不適合な大気です……塩素ガスと臭素ガス……亜硫酸ガスと亜硝酸ガスで…94%を構成しています……あとは窒素…一酸化炭素…二酸化炭素…酸素…アルゴンなどで…6%を構成していて……気圧は地表で1.185ヘクトパスカルです……一次レポートは…以上です……」
「……ご苦労様……早速、シャトルポッドの用意と…降下調査チームの編成に入りましょう……」
……暫く前から私の周りを回っている小さな『もの』から……幾つかの脈動する波が……私に向けて放たれた……何の為のものなのかも…何の意味があるのかも分からない……だが…興味深い……
シャトルポッド『グラントス』の降下準備が進められている……『グリーゼ』に搭載されている中でも、最大のポッドだ……編成された降下調査観測チームは12名……その内の1人は……新進気鋭の発生生命化学者である…ローラ・イネス化学士官……ローナ・イネス船長とは3才違いの妹でもある。
「……ハザラス機関部長…あとどれくらいで降りられそうなの? 」
あまり機関室にも顔を出さないイネス船長が、珍しくシャトルデッキに入って来た。
「……船長……珍しいですね……どうしたんですか? 」
「……だって本船初の船外任務でしょ? 気になるじゃない? 」
「……それもそうですな……地表に設営するリアクター・キットの積み込みに……あと20分掛かるんで……それから10分で降下準備完了です……」
「……宜しく頼むわね、ハザラス機関部長……」
「……何もかも初めてですけど……まあ、任せといて下さい……」
「……姉さん! 珍しいね! どうしたの? 」
「……何ですか? ローラ・イネス化学士官……それは? 」
「……あ…し、失礼しました! イネス船長! 」
「……気を付けるのよ……あなたはちょっとおっちょこちょいなんだから……」
「……お任せ下さい(笑)…イネス船長❤️……」
12名の調査観測員と様々な物資・資材・部品・機械・機器を満載して……『グラントス』は『グリーゼ』からパージされ…降下を開始した。
………何か…もっと小さいものが分かれて降りて来る……何をするつもりなのだろう………
……地表に降り着いた……その小さなものから、更に小さい生き物がたくさん出てきた……その小さな生き物たちは……すごい速さで忙し気に動き廻っている……本当に……呆れる程に速い……色々なものを……その乗って来たものから取り出して……組み立てたり……別なものを……造り上げようとしている……恒星の力が強まっている……またあの……強い光と力が発せられようとしている……
「……よろしいでしょうか、イネス船長? 」
「……どうしたの? ウェンツ副長……」
「……記録を読み返してみました……この恒星は赤色矮星に分類され、通常の視等級は約11等でかなり暗いのですが……くじら座UV型変光星としても分類されているので……恒星の内部対流によって生じている…磁気活動の変動で、不規則にですが劇的に明るさが強まります……このフレア活動によってX線放射レベルも激しく上昇するとありましたが……実際の観測数値は不明瞭なものばかりで、よく判りません……それで確認しましたが……本船も含めて降下した調査観測チームに於いても…対放射線の防御レベルに不安があります……どうしましょうか? 」
「……貴方の意見は? ウェンツ副長……」
「……今からでも放射線防御資材を、残っているシャトル・ポッドで降ろしましょう……本船に於いても、放射線防御資材の貼り付けを開始しましょう……」
「……賛成です。貴方が指揮を執って資材をポッドに積み込み……共に降下して貼り付け作業も監督して下さい……本船での貼り付け作業は、ハザラス機関部長が指揮を執ります……」
「……了解しました。直ちに掛かります……」
「……充分に注意して……」
「……お任せ下さい……」
幸いに放射線防御資材は充分な総量が積載されていた……ウェンツ副長とハザラス機関部長も、それぞれの現場で効率的に指揮を執り…作業を進めていく……それから20分でシャトル・ポッドはパージされ、降下を開始した。
……もうすぐ……始まる……
地上作業での電力を賄う為に……中型のリアクターが建造・設置された……完成後、パワー・アセンブリのセンターとしての起動試験が行われている……同時並行で放射線防御資材の貼り付け作業も行われていた。
「……バーバラさん! 」
「……どうしたの? ローラ……」
『海』の周辺で、土壌や石…鉱石…生成物・堆積物のサンプルを採集しているバーバラ・ハーシーに、『海辺』に立って水面上や水中からもスキャナーでスキャンを掛けながら…反応データをモニターで観ていたローラ・イネスが声を掛けた。
「……バーバラさん……突飛な考えかも知れませんが……もしかしたら…この……海と言うか、湖は……ひとつの巨大な細胞と言うか……ひとつの巨大な原生生物なのかも知れません……水中10数ヶ所に存在している、特に濃厚な淀みと言うか……澱のようなものは……明らかにこちらからの電気的・化学的アプローチに反応していますし……とても細くて微かなものなんですが……原始的な神経索のような……とても原始的な前段階のようなものにも感じますが……ファースト・フェーズの形成段階にある……ニューロンやシナプスのようなものなのではないかと思われます……これが正しいなら先程に言いました淀みとか澱は……原初的な細胞内器官か……原初生物の……内蔵なのではないかと……それに……まだ全体はスキャン出来ていませんから……細胞核のようなものも最深部には、あるかも知れません……」
「……その可能性は高いわね、ローラ……貴女の言う通りなら…歴史的な大発見よ……知的生命体ではないけど……こんなに早い段階で、私達がファースト・コンタクトに成功したのよ! これは……この『海』からも様々なサンプルを出来得る限り持ち帰って分析・研究すれば……原初生命の…発生原理プロセスを……解明できるかも知れないわ! 」
その時に…ローラは、自分の影が濃くなったような気がして…空を見上げた。
「…あ…れ? 明るくなってきた? 」
ローラ・イネスが最初に気付いた……他にも数名が遅れて気付き、空を見上げる。
「……何? ウェンツ副長!! 」
バーバラ・ハーシー科学士官がウェンツ副長に鋭く声を掛けた。
「……間に合わない……リアクターをシャットダウンしろ!! 全員、ヘルメットのヴァイザーを上げて! レイディエイション・プロテクト・シェルターに入るんだ! 急げ!! 」
全員で22名がシェルターに殺到する……その間にもケンタウルス座α星Cは、ますます光量を上げていった。
「…船長! 始まりました!! 」
「…シールドを上げて! 貼り付け作業は?! 」
「…まだです! 全体進捗で62%! 」
「…電力・電磁力最低レベルへ! 全員プロテクト・エリアに集合! 急いで!! 」
「…船長も急いで!! 」
「…ええ! 」
それから156秒で、ケンタウルス座α星Cの光量・放射線量は…最大値に達した。
地上に設置した機器やシステムは電源を落としていたが…リアクターのシャットダウンは間に合わなかったので、最高線量放射線粒子がシステム内に電流を発生させ…たちまちパワー・アセンブリがオーバー・フローからオーバー・ロードの状態になり、シャットダウン未了のパワー・リアクターも巻き込んで大爆発を起こした。
これは広域大爆発となり、シェルターも含めて総てを跡形も無く噴き跳ばした。
「…駄目です! 耐久可能放射線量の2.2倍! 放射線粒子がシールドを透過します! 」
「…システム・サーキット…パワー・アセンブリに電流発生! 最大耐久電流……電圧突破! 」
「……オーバー・フローから…オーバー・ロードに入ります! 」
「……M・B・H・Mをサーキット・コイルごとサーチ・マーカーを起動……ブラック・ボックスを装着して放出……惑星の標準周回軌道に乗せなさい……」
「……分かり……ました……」
「……これまでよ……化学反応ロケットエンジンが爆発すれば……助からないわ……降下チームは? 」
「……判りません……大規模な広域爆発を……微かに観測したようでしたが……」
「……ローラ……みんな…ごめんなさい……」
化学反応推進システムがオーバー・ロードから爆発を起こし…推進剤タンクを誘爆させて…『グリーゼ』は、爆散した。
……激しい電子の奔流や微かな流れに……私の感覚を重ね合わせて吸い取った……あの小さな生き物達の電子情報は……奇妙で……複雑で……奇怪な味がした……すぐ近くで消え入りそうな命がある……今にも消え去ってしまいそうな…その小さく弱い命に……私はおずおずと感覚を重ね合わせた……
……そしてその…小さく弱く消えそうな命の……記憶……執着……感情……希望……絶望……喜び……悲しみに触れた私は……私なりのレベルでそれらを理解し……その総てを抱き締めて……受け容れてあげた……もしもまた……彼らがここに来たなら……何らかの方法で伝えてあげよう。
……【H S E S】(ハイパー・スペース・エクスプロレイション・シップ)001『グリーゼ』……
『目標恒星』……ケンタウルス座α星C……
『調査対象』……プロキシマ・ケンタウリb……
「……通常空間に…復帰しました……ウッ! すみません! 」
そう報告したセンサー・オペレーターは、予め近くに用意して置いた容器を引っ掴むと、顔を入れて嘔吐した。
ブリッジ・スタッフは6名だったが、全員容器に顔を入れている。
ローナ・イネス船長だけは……キャプテン・シートに全身を凭せ掛けてグッタリしながらも……ハンカチを取り出して口を拭い、用意していたグラスの水を二口飲んだ。
「……良いのよ……ウェンツ……超空間航行での気持ち悪さは……以前から言われているから……落ち着いてからで構わないから……報告してちょうだい……」
「……申し訳ありません……イネス船長……通常空間に復帰しました……船のチェックはこれからですが……M B H M の回転数が1に戻る迄の時間と……高重力発生源消失までの時間差は……許容範囲内です……」
「……そう……上手く反回転噴射が…機能した訳ね……」
「……そうです……船体構造に異常ありません……M B H M に異常ありません……生命維持システムに異常ありません……パワー・アセンブリに異常ありません……メインコンピューターに異常ありません……センサー・システムに異常ありません……各分析・表示システムにも異常ありません……船の内外全般に…異常ありません……」
「…ありがとう…ご苦労様…ウェンツ副長……もう少し、落ち着いてからで良いから…現在位置の確認をお願い……」
「……分かりました……ありがとうございます……」
「……どう致しまして……全く……『ミアノ・ドライヴ』の間……船内の生体にそれ程の悪影響はないって……マックス・ミアノ博士は仰っていたけど……この気持ち悪さは何とかして欲しいわね……」
地球の表面がマグマの海に覆われ、満たされてから350年目の3月……M B H M を搭載された超空間航行恒星間探査船【H S E S】は、30隻が建造されて……それぞれ30の方位に跳んだ……中でも栄えあるシップ・コード『001』を付与された『グリーゼ』が……太陽系に最も近い恒星……ケンタウルス座α星Cを最初の目的地としたのだ。
「……現在……ケンタウルス座α星Cから……1480万km……プロキシマ・ケンタウリbの軌道からは……730万kmです……」
「……割合に近く迄、来たわね……化学反応ノーマルエンジンを始動して……プロキシマ・ケンタウリbに向かいます……」
「……了解……ノーマルエンジン始動……船首をプロキシマ・ケンタウリbに向けます……」
「……ある程度…スピードに乗ったら、到着までの時間をお願い……近くに迄行ったら、標準周回軌道に船体を乗せましょう……私達は30隻をほぼ同時に出発させたけど……それぞれの現場では、それぞれの自分達が他の恒星系に侵入した……最初のメンバーなのよ……何処に何があるのかも……何処で何が起きるのかも判らないんだから……おっかなびっくりで行きましょう……それで丁度良いんだと思うわよ……そのくらいのスタンスで行かないと……生きて帰れやしないわよ……」
「……分かりました……」
……私は……ここから遠く離れた場所で……空間が震えるのを感じた……その場所に……何かが顕れた事も微かに感じた……その『もの』が……少しずつ近寄って来ているのも感じている……それ以外のことは、何も判らない……私は……待って受け容れるだけの存在だ……
スピードが出過ぎないように……センサーで周辺を警戒しながら『グリーゼ』は、プロキシマ・ケンタウリbに接近して行く……船が惑星の標準周回軌道に乗ったのは、それから12日後だった。
……先程に起きた空間の揺らぎから顕れた『もの』が……こちらに近寄って来て、今は私の周りを回っている……そんなに大きくはない……何処から来たのだろう?
「……イネス船長…一次レポートがまとまりましたので、報告します……」
「……お願いね…バーバラ・ハーシー科学士官……」
「……はい……惑星プロキシマ・ケンタウリbの軌道は、恒星プロキシマ・ケンタウリから0.05au……7523400kmです……この距離での軌道を269時間で公転しています……下限質量(推測計算で導き出される対象物の質量下限値)は、地球の1.35倍です……またこの惑星はハビタブルゾーン(生命居住可能領域)の範囲内を公転しています……そして…プロキシマ・ケンタウリbの地表上に、水を感知しました……」
ローナ・イネス船長はキャプテン・シートに座ったまま、身を乗り出す。
「……どんな状態の水なの? 」
「……全地表面積の5分の1が水面です……他に液体での水が集積している場所はありません……この惑星の規模から考えて……『海』と呼んでも差し支え無いかと……」
「……分かったわ……続けてちょうだい……」
「……はい……標準周回軌道からの観測でも、この海水は相当に濃厚です……生命発生直前の状況から、いままさに生命が発生しつつある状況なのかも知れません……もっと詳細に調査すれば、現時点での状態をはっきりと把握できると思いますが……それには惑星の地表に降りての調査が必要です……」
「……分かりました……降下調査チームを編成しましょう……」
「……ありがとうございます……続けて報告します……この惑星の大気についてですが、私達には不適合な大気です……塩素ガスと臭素ガス……亜硫酸ガスと亜硝酸ガスで…94%を構成しています……あとは窒素…一酸化炭素…二酸化炭素…酸素…アルゴンなどで…6%を構成していて……気圧は地表で1.185ヘクトパスカルです……一次レポートは…以上です……」
「……ご苦労様……早速、シャトルポッドの用意と…降下調査チームの編成に入りましょう……」
……暫く前から私の周りを回っている小さな『もの』から……幾つかの脈動する波が……私に向けて放たれた……何の為のものなのかも…何の意味があるのかも分からない……だが…興味深い……
シャトルポッド『グラントス』の降下準備が進められている……『グリーゼ』に搭載されている中でも、最大のポッドだ……編成された降下調査観測チームは12名……その内の1人は……新進気鋭の発生生命化学者である…ローラ・イネス化学士官……ローナ・イネス船長とは3才違いの妹でもある。
「……ハザラス機関部長…あとどれくらいで降りられそうなの? 」
あまり機関室にも顔を出さないイネス船長が、珍しくシャトルデッキに入って来た。
「……船長……珍しいですね……どうしたんですか? 」
「……だって本船初の船外任務でしょ? 気になるじゃない? 」
「……それもそうですな……地表に設営するリアクター・キットの積み込みに……あと20分掛かるんで……それから10分で降下準備完了です……」
「……宜しく頼むわね、ハザラス機関部長……」
「……何もかも初めてですけど……まあ、任せといて下さい……」
「……姉さん! 珍しいね! どうしたの? 」
「……何ですか? ローラ・イネス化学士官……それは? 」
「……あ…し、失礼しました! イネス船長! 」
「……気を付けるのよ……あなたはちょっとおっちょこちょいなんだから……」
「……お任せ下さい(笑)…イネス船長❤️……」
12名の調査観測員と様々な物資・資材・部品・機械・機器を満載して……『グラントス』は『グリーゼ』からパージされ…降下を開始した。
………何か…もっと小さいものが分かれて降りて来る……何をするつもりなのだろう………
……地表に降り着いた……その小さなものから、更に小さい生き物がたくさん出てきた……その小さな生き物たちは……すごい速さで忙し気に動き廻っている……本当に……呆れる程に速い……色々なものを……その乗って来たものから取り出して……組み立てたり……別なものを……造り上げようとしている……恒星の力が強まっている……またあの……強い光と力が発せられようとしている……
「……よろしいでしょうか、イネス船長? 」
「……どうしたの? ウェンツ副長……」
「……記録を読み返してみました……この恒星は赤色矮星に分類され、通常の視等級は約11等でかなり暗いのですが……くじら座UV型変光星としても分類されているので……恒星の内部対流によって生じている…磁気活動の変動で、不規則にですが劇的に明るさが強まります……このフレア活動によってX線放射レベルも激しく上昇するとありましたが……実際の観測数値は不明瞭なものばかりで、よく判りません……それで確認しましたが……本船も含めて降下した調査観測チームに於いても…対放射線の防御レベルに不安があります……どうしましょうか? 」
「……貴方の意見は? ウェンツ副長……」
「……今からでも放射線防御資材を、残っているシャトル・ポッドで降ろしましょう……本船に於いても、放射線防御資材の貼り付けを開始しましょう……」
「……賛成です。貴方が指揮を執って資材をポッドに積み込み……共に降下して貼り付け作業も監督して下さい……本船での貼り付け作業は、ハザラス機関部長が指揮を執ります……」
「……了解しました。直ちに掛かります……」
「……充分に注意して……」
「……お任せ下さい……」
幸いに放射線防御資材は充分な総量が積載されていた……ウェンツ副長とハザラス機関部長も、それぞれの現場で効率的に指揮を執り…作業を進めていく……それから20分でシャトル・ポッドはパージされ、降下を開始した。
……もうすぐ……始まる……
地上作業での電力を賄う為に……中型のリアクターが建造・設置された……完成後、パワー・アセンブリのセンターとしての起動試験が行われている……同時並行で放射線防御資材の貼り付け作業も行われていた。
「……バーバラさん! 」
「……どうしたの? ローラ……」
『海』の周辺で、土壌や石…鉱石…生成物・堆積物のサンプルを採集しているバーバラ・ハーシーに、『海辺』に立って水面上や水中からもスキャナーでスキャンを掛けながら…反応データをモニターで観ていたローラ・イネスが声を掛けた。
「……バーバラさん……突飛な考えかも知れませんが……もしかしたら…この……海と言うか、湖は……ひとつの巨大な細胞と言うか……ひとつの巨大な原生生物なのかも知れません……水中10数ヶ所に存在している、特に濃厚な淀みと言うか……澱のようなものは……明らかにこちらからの電気的・化学的アプローチに反応していますし……とても細くて微かなものなんですが……原始的な神経索のような……とても原始的な前段階のようなものにも感じますが……ファースト・フェーズの形成段階にある……ニューロンやシナプスのようなものなのではないかと思われます……これが正しいなら先程に言いました淀みとか澱は……原初的な細胞内器官か……原初生物の……内蔵なのではないかと……それに……まだ全体はスキャン出来ていませんから……細胞核のようなものも最深部には、あるかも知れません……」
「……その可能性は高いわね、ローラ……貴女の言う通りなら…歴史的な大発見よ……知的生命体ではないけど……こんなに早い段階で、私達がファースト・コンタクトに成功したのよ! これは……この『海』からも様々なサンプルを出来得る限り持ち帰って分析・研究すれば……原初生命の…発生原理プロセスを……解明できるかも知れないわ! 」
その時に…ローラは、自分の影が濃くなったような気がして…空を見上げた。
「…あ…れ? 明るくなってきた? 」
ローラ・イネスが最初に気付いた……他にも数名が遅れて気付き、空を見上げる。
「……何? ウェンツ副長!! 」
バーバラ・ハーシー科学士官がウェンツ副長に鋭く声を掛けた。
「……間に合わない……リアクターをシャットダウンしろ!! 全員、ヘルメットのヴァイザーを上げて! レイディエイション・プロテクト・シェルターに入るんだ! 急げ!! 」
全員で22名がシェルターに殺到する……その間にもケンタウルス座α星Cは、ますます光量を上げていった。
「…船長! 始まりました!! 」
「…シールドを上げて! 貼り付け作業は?! 」
「…まだです! 全体進捗で62%! 」
「…電力・電磁力最低レベルへ! 全員プロテクト・エリアに集合! 急いで!! 」
「…船長も急いで!! 」
「…ええ! 」
それから156秒で、ケンタウルス座α星Cの光量・放射線量は…最大値に達した。
地上に設置した機器やシステムは電源を落としていたが…リアクターのシャットダウンは間に合わなかったので、最高線量放射線粒子がシステム内に電流を発生させ…たちまちパワー・アセンブリがオーバー・フローからオーバー・ロードの状態になり、シャットダウン未了のパワー・リアクターも巻き込んで大爆発を起こした。
これは広域大爆発となり、シェルターも含めて総てを跡形も無く噴き跳ばした。
「…駄目です! 耐久可能放射線量の2.2倍! 放射線粒子がシールドを透過します! 」
「…システム・サーキット…パワー・アセンブリに電流発生! 最大耐久電流……電圧突破! 」
「……オーバー・フローから…オーバー・ロードに入ります! 」
「……M・B・H・Mをサーキット・コイルごとサーチ・マーカーを起動……ブラック・ボックスを装着して放出……惑星の標準周回軌道に乗せなさい……」
「……分かり……ました……」
「……これまでよ……化学反応ロケットエンジンが爆発すれば……助からないわ……降下チームは? 」
「……判りません……大規模な広域爆発を……微かに観測したようでしたが……」
「……ローラ……みんな…ごめんなさい……」
化学反応推進システムがオーバー・ロードから爆発を起こし…推進剤タンクを誘爆させて…『グリーゼ』は、爆散した。
……激しい電子の奔流や微かな流れに……私の感覚を重ね合わせて吸い取った……あの小さな生き物達の電子情報は……奇妙で……複雑で……奇怪な味がした……すぐ近くで消え入りそうな命がある……今にも消え去ってしまいそうな…その小さく弱い命に……私はおずおずと感覚を重ね合わせた……
……そしてその…小さく弱く消えそうな命の……記憶……執着……感情……希望……絶望……喜び……悲しみに触れた私は……私なりのレベルでそれらを理解し……その総てを抱き締めて……受け容れてあげた……もしもまた……彼らがここに来たなら……何らかの方法で伝えてあげよう。
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のぞみ
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