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ファースト・シーズン

夕食…単艦訓練…ナイト・タイム

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 艦長控室に入り、ドリンク・ディスペンサーからコーヒーを出させる。デスクに着くと皆も続々と入って来た。

「皆、ご苦労さん。飲み物は好きに出して適当に座ってくれ。好いかな?  私もさっきカリーナから聞いたばかりだが、4隻との小競り合いに於ける評定が出た。賞金で400万。戦果の判定は軽巡宙艦1隻を大破というもので、付与される経験値は50%、と言う事だ。これについての感想はそれぞれにもあると思うが、それは一先ず置こう。ハル参謀?  」

「はい」

「賞金は君が開設する口座にプールしてくれ」

「分かりました」

「よし、次に50%の経験値をどう割り振るかについて協議する。前回の経験値付与の後であの4隻とやり合った訳だが、その時の感触・感想も踏まえて意見を頼む」

「25%のエンジン・パワーアップでしたが、操艦に問題はありませんでした。やり難いとも感じませんでした。あと15%アップされても、充分に対応できます。ですが、操作性能の向上についての項目があるのでしたら、アップして頂けると助かります」

 と、エマ・ラトナーが甘くないソーダ水を二口飲んでグラスを置く。

「そうだな、エマ…実はあの後に検索してみてその項目があるのが判ったから、今回はそこにも付与しようと思う。他に意見はあるかな?  」

「主砲のビーム集束率と、ハイパー・ヴァリアントの発射出力をアップして頂きたいです。少しでも好いですから」

 と、エドナ・ラティスがホットチョコレートのカップを両手で持ちながら言う。

「そうだな。それらも重要な項目だと思うよ。他にはあるかな?  」

「エンジン・パワーについては今回、保留として頂いても結構です。他の項目に付与して下さい」

 そう言ったリーア・ミスタンテは濃い抹茶を眼の前に置いている。香りがすごく立っている。

「分かったよ、リーア…抹茶、好きだっけ?  」

「はい、時折飲みたくなります」

「そうか。アリシア、ミサイルに関しては今回、除外でも構わないかな?  」

「はい、それで結構です」

 そう応えたアリシア・シャニーンは、ホット・ミルクコーヒーだ。

「分かった。カリーナ、センサーはどうだ?  スイープ範囲を拡大しようか?  」

「そうですね。頂ければ助かります」

 そう応えるカリーナ・ソリンスキーは意外にもブラック・コーヒーを二口飲んで、カップを置く。

「分かった。これらの意見を踏まえて、シエナ副長、ハル参謀、意見を頼む」

「ミスタンテ機関部長は保留としても構わないと言いましたが、私はエンジン・パワーも含めて操舵操作性向上・ビーム集束率向上・ヴァリアント発射出力向上・センサー・スイープ範囲拡大の5項目に於いて、それぞれ10%の付与を提案します」

 シエナ・ミュラーはそう言ってミルクティーに口を付ける。

「私も同意見です。エンジン・パワーは毎回少しずつでも拡大・強化するべきだと思います」

 ハル・ハートリー参謀はロシアン・ティーを飲んでいる。

「うん、了解したよ。それで決定しよう。5項目に於いて、10%ずつ付与する。カリーナ、それで頼む」

「分かりました。そのように付与します」

「リーア、フィオナ、取り敢えずここまで無傷と言う事で推移しているが、微妙な傷や不具合が艦体や艦の基本構造に発生しているかも知れない。この警戒配置の間にチェックしてみてくれ」

「了解しました」

「分かりました。ダブルチェックします」

「ありがとう。皆も第1警戒配置の中で集まってくれて、ありがとう。30分経過して何も無ければ、第2警戒配置へ移行してくれ。以上だ。他に無ければ解散してくれ」

 協議は終わった。皆はそれぞれ自分の飲み物を手にブリッジへと戻り、自分のシートに着く。

 私は残り、もうすっかり冷めてしまったコーヒーを一口飲み、desk.padを引き寄せて起動させ、艦内各部所の状況・状態をモニターして確認する。特に問題は無い。切り換えてマニュアルを読み始めたが、もう大概頭に入っているから新鮮さは無い。コーヒーを飲み干した頃合いでそれも切り上げる。

 ふと顔を上げると水槽が目に入った。ああ、そうだ。何を容れるか考えていたけど、何が好いだろう? ぼんやりと眺めていたが、それも2分ほどだった。

 気を取り直すと私はシートをリクライニングさせ、脚をデスクに乗せてコンピューターにライブラリィ・データベースからアイドル・グループであり、本艦のクルーでもある『ミーアス・クロス』と『リアン・ビッシュ』の全楽曲をランダムで交互に再生するよう命じ、照明のレベルを落として眼を閉じた。

 結局1時間の周辺観測でも異常な事物は感知されず、『ディファイアント』はシエナ・ミュラーの判断により、警戒配置を解いて通常配置とした上で半舷休息に入り、30分毎の交代で2時間が経過して、無事に夕食休憩時間へと入った。

 その間ずっと控室で眠っていた私は、コミュニケート・アラートで眼が覚める。

「…はい…アドルです…」

「…シエナです…夕食の準備が出来ました…」

「分かった、直ぐに行くよ」

「お待ちしています」

 私は立ち上がって顔を入念に洗い、身嗜みを確認すると『マッカラン』の18年ものを手に取る。ラベルがカメラに映らないように掌で隠して携え、自室を出た。

 副長の個室の前でドアに近付くと人感センサーがチャイムを鳴らす。応答の声が聴こえてドアが開いたので踏み入れる。

「…こんばんわ…」

「…こんばんわ、いらっしゃいませ…」

「飲み欠けで悪かったけど、手ぶらじゃ何だしね…ああ、グラスを忘れたな…」

 そう言って、ボトルをテーブルに置く。

「大丈夫です。私が持って来ている物を出しますから」

「ありがとう…随分、荷解きが進んでいるね?  」

「そりゃあ、必死で進めましたよ。でもまだ全然終わらないですけど」

 改めて副長を見遣ると、彼女はパールピンクの少しゆったりとしたノースリーブ・ミディのイブニング・ドレスを着ている。髪は降ろしてサラサラにブラッシングしているが、化粧っ気はあまりない。うん、美しいし、セックス・アピールもすごい。

「よく似合うよ。君らしくてすごく綺麗でセクシーだ…」

「ありがとうございます。アドルさんもお疲れ様でした…」

「君こそだよ、シエナ…チャレンジ・ミッションだったとは言え、2隻を相手に遭遇対艦戦を展開して無傷で切り抜けて勝利できたのは、君を初めとして皆のおかげだよ…お疲れ様…ああ、リーアとフィオナから、何か聞いたかい?  」

「ありがとうございます。そう言って頂けて嬉しいです。はい、リーアもフィオナもダブルチェックしてくれて、異常は観受けられなかった、との事でした。どうぞ、お座りになって?  」

「ああ、ありがとう。立ったままですまなかったね?  」

 そう言ってディナー・テーブルの椅子を引いたが、…。

「いや、私も手伝うから全部並べて一緒に座ろう。あまり偉ぶりたくないからね」

「(笑)分かりました。それじゃ、お願いします」

 そう言ってグラスやらナプキンやら、ナイフ・スプーン・フォークとディナーセットを手渡してくれる。

「そう言えば生花の補給を忘れたな。この次は補給品項目に含めよう?  」

「好い考えですね。賛成です」

 会話を交わしながら2人でディナー・テーブルをセッティングする。

「ワインは何にするんだい?  」

 前菜とスープを並べて彼女の左手を右手で取り、彼女の席まで廻り込ませて椅子を引いた。

「肉料理には赤ワインと聞いていますので、チーフに適当なものを頼んで頂きました。銘柄は分かりません」

 私もラベルを観たが、知らない醸造所の製品だ。彼女がチーフと呼んだのは、『ディファイアント』のバーラウンジでマスター・バーテンダーとして就任した、カーステン・リントハートだ。私は初めて会ったその日から、チーフ・リントハートと呼んでいる。

「僕もワインには詳しくないからね。分からないや」

 そう言いながら左手で彼女の腰を引寄せて、唇を重ねる。

「…あん、ルージュが…」

「食べれば落ちるよ」

 そう言って舌を絡めたが、彼女の身体から力が抜けていくので20秒で放し、そのまま椅子に座らせる。

「もう、意地悪ですよ。アドルさん」

「ごめんな、シエナ…じゃあ、頂こうか?  」

「はい、頂きます」

「頂きます」

 お互いに目を観交わしつつ、左手を様々に握り合いながら食べ始める。まるで左手だけでも愛し合っているかのように。前菜とスープを食べ終え、食器を下げてメインディッシュとサラダとライスとワインボトルを運ぶ。今夜のメインディッシュはサーロインのブラックペッパー・ステーキだ。プラックペッパーの芳香が食欲をそそる。

 ボトルの封を切って開栓し、彼女のグラスから先に注ぐ。独特の芳香が鼻腔をくすぐる。

「それじゃあ、ファースト・チャレンジミッションのクリアと初戦の勝利を祝って…乾杯!  」

「乾杯!  お疲れ様でした。素晴らしかったです。感動しました」

「ありがとう、シエナ副長」

 ワインの味わい方には造詣の乏しい自分だが、この赤ワインは率直に旨いと思う。後でチーフに訊いてみよう。

「シエナ、訓練は2時間?  3時間?  」

「2時間にしようと思っています。終わったら直ぐミッドナイト・タイムですから…」

「うん、それが好いね。初日だけで6隻を相手にして戦ったんだから、皆の経験値もかなり上がっただろうし、練度も上がっているだろう。整理体操のような感覚で進めても好いと思うよ。時間短縮にだけ心掛けてくれればね?  」

「はい、承知しています」

「ミッドナイト・タイムシフトはもう決めているかい?  」

「はい、もう決まっています」

「君も入っているの?  」

「いえ、今回は入っていません」

「そうか、じゃあ訓練が終ったら、バーラウンジで1杯飲ろう。その時にどっちの部屋で過ごすか、決めよう?  」

「はい…でも、撮られますよ?  」

「艦長と副長だ。打合せでも計画の立案でも、何とでも言えるさ」

「…分かりました…」

「いや、それにしてもこのサーロイン・ステーキは旨いね。独身だし、外で食べる事もあるけど、この味は初めてだよ。つくづく厨房のスタッフシェフとして、高名な人達に来て貰えて善かったよ」

「サラダもスープも前菜も、総て美味しいですね?  」

「うん、全くだね…。処でシャトルの操縦訓練はするのかい?  」

「はい、実機での訓練にはまだ入りませんが、手の空いているクルーには全員、時間を決めてシミュレーション・ポッドに入って貰います。最短でもシミュレーション・トレーニングを4時間やって貰ってからですね。実機に搭乗しての訓練に入るのは…」

「…そうだね。それが適当だろうな…ワインは?  」

「いえ、もう結構です。訓練がありますから…」

「じゃあさ、せっかく持って来たんだから、ワンフィンガーだけこいつの味を観てよ。旨いからさ」

「分かりました」

 そう言って立ち上がると彼女はウィスキーグラスをふたつ持って来る。彼女のグラスにワンフィンガー、私のグラスにツーフィンガーで『マッカラン』の18年ものを注ぐ。

「ええと、『ディファイアント』と僕達の今後の健闘と活躍に期待して…それと、今夜の愛の交歓にも期待して…」

「…アドルさん…」

「乾杯は?  」

「乾杯」

「乾杯」

 グラスを触れ合わせて口を付ける。私は三口で飲み干したが彼女は一口で飲み干した。旨い。心地好く染み渡る。

 それから20分ほどで食べ終えた。ワインは密栓して、冷蔵デキャンタの中にコルクを下向きに寝かせて置く。これで明日も新鮮さを損なわずに飲める。シエナが冷蔵庫のフリーザーからアイスクリームの盛り合わせグラスを出したので、1本のスプーンで交互に食べ始めた。

 その交互ターンを3回済ませてから以降は、ワンターン毎に10秒キスして、味を確かめ合う事を繰り返していく。

 アイスクリームも食べ切れない。半分程残して、またフリーザーに戻す。自分の為にコーヒーを、副長の為にミルクティーを点てて淹れ、テーブルに置いた。

「…美味しい…です…アドルさんのミルクティーは最高の癒しです…」

「ありがとう、シエナ…好きだよ」

「もう…皆にそう言っているんでしょ?  」

「そこまでのチャラ男じゃないさ。でも好い感じで応えてくれているのは、君を含めてもまだ4人だな…」

「…アドルさん…私達は皆、貴方が好きです。それは貴方の色々な凄い魅力にも惹かれているのですが、貴方が初めて私達全員の関係を観じて、見抜いて、選び抜いて、ひとつにまとめてくれたからです。今迄ひとつにまとまった事の無かった私達を貴方はひとつにして、共通の目的と仕事・任務を与えてくれました。だから私達は、貴方を守り・支えて・従って、最後まで附いて行こうと決めました…でも…」

「心配しなくても好いよ、シエナ…君達の心を弄ぶような事はしない。だが君達の僕への気持ちには必ず応える。そのひとつが、このゲームを勝ち抜いて最後まで残る事だ。それで得た資金を基に店を造って、君達全員の面倒は最後まで観る。君達の中の誰かと結婚する事になるとは思うが、それはまだ先の話だ。でも僕は普通の大人の男だから、大人の女性である君達と大人同士としての付き合いもしていきたい。それじゃダメか?  」

「…私は、それも仕方ないと思います…でも本音では、私を選んで欲しい…それは皆の本音でもあるでしょう…でも今は、アドルさんが今言った目標に皆で進んで行こうと、皆で決めました。ですから…大人のお付き合いも出来ますけど、カメラの無い場所でお願いします…」

「それは当然だよ、シエナ(笑)…僕だってリアル・ライヴ・ヴァラエティ・ショウの中で叩かれたくは無いからね。そこらへんは上手くやるさ。さあ、君がキャプテン・シートに座る迄には?  」

「…あと…約35分です…」

「シャワーも浴びるんだろうから、ベッドで君を抱くには時間が足りないな。じゃ、ちょっとこっちにおいで?  」

 そう言って立ち上がり彼女の手を取って立ち上がらせると、ソファーまで移動して彼女の身体を抱き寄せながら座り込み、唇を重ねて抱き締める。お互いに抱き締め合い、強く激しく求め合うキスを交わす。顔の向きを入れ替えながら、舌を絡めて吸い合うキスを5分交わして顔を離す。まだ彼女の身体を抱きながら大きく息を吐いた。

「…君と初めて会って…2ケ月以上になるけど…今夜の君は最高にセクシーだよ…」

「…ありがとうございます…」

「じゃあ、食器は僕が片付けて洗って置くから、シャワーを浴びておいで?  」

「…はい…」

 そう言って立ち上がったシエナは、身を屈めると私の右頬をひと舐めして、バスルームに入って行った。

 私は少しの間呆然とした面持ちで座っていたが、やがて立ち上がると食器を重ねてシンクに運び込んだ。

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