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ファースト・シーズン

3月2日(月)

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 2レベル音量の上がったアラームで目が醒める。睡眠時間は6時間45分だったが、泥のように眠っていたようだ。コーヒーを点ててから、熱いシャワーで残る眠気を払い流す。

 出勤用の服を着て、深煎りの豆で濃く淹れたコーヒーを飲む。朝食は会社のラウンジで摂ろう。

 飲み終わるとコートを着てからベランダに出て一服点ける。

 喫いながら携帯端末を取り出して、配信ニュースサイトをブラウズして観る。

 ゲーム大会の開幕が報じられている。戦艦・重巡宙艦・軽巡宙艦それぞれの参加総隻数は報じられたが、具体的な艦名は出ない。

 リアリティ・ライヴショウを制作配信する会社からの一報も出されていて、選ばれた20人の艦長が指揮する軽巡宙艦20隻の、ファースト・チャレンジミッションでの戦果とそれぞれの動向が簡潔に紹介されたが、報じられたのは艦名だけで艦長の名前は紹介されなかった。

 だが、ハイラム・サングスター中佐と私は、もうお互いを知っている。検索すれば細かい処も判るだろうし、連絡も執れるだろう。会おうと思えば会う事も出来るだろうが、多分今はお互いに、そんな気分にはならないだろう。リアリティ・ライヴショウの配信が始まれば、幾分状況も変化するだろうがね。

 煙草を灰皿で揉み消して室内に戻り、持ち物を確認してそのまま裏口からガレージに出る。

 車内からシャッターの開閉を操作して出た。

 20分で本社のパーキング・スペースに滑り込む。

 本社の1階はラウンジカフェになっていて、時間が無くても朝はコーヒーを飲んで1服する。

 今朝は食べないで出たからカウンターでメニューを借りて、モーニングセットのAとシーザーサラダを頼み、そのまま自分で保温ポットからコーヒーを注ぎ、グラスミルクと一緒に喫煙エリアのテーブルに着く。

 コーヒーを飲みながら煙草を喫い始めて2分くらいで、同じワークフロアで働く5才年下のスコット・グラハムが姿を現す。

 「おはようございます、アドル先輩。おや? 今朝はこっちで朝食ですか? 」

 そう言いながらスコット・グラハム君は、私の対面に座る。

「やあ、おはよう、スコット。ああ、週末がちょっとハードだったんで、朝飯を作る気になれなくてね」

「分かりますよ。僕もかったるい朝には、こっちで朝飯を食う事もありますからね」

 そう応えながら、自分で保温ポットに淹れて持って来たコーヒーを、カバーカップに注いで飲み始めるスコットである。

 やがてモーニングセットとサラダが届けられて、朝食に取り組み始める。

「アドル係長! おはようございます! 」

 明るく元気に声を掛けてくれたのが、モリー・イーノス女史。4ヶ月前に、ある貿易会社から転職して来た女性社員で、彼女も同じワークフロアでデスクを並べている。

「ああ、おはよう、モリーさん。今週も元気一杯だね(笑)」

「はい! ありがとうございます。ええ! 元気だけが取り柄ですので! 」

 そう言いながらモリーさんも保温ポットをテーブルに置いて、スコットの隣に座る。

 モリー・イーノス。25才。若手の女優か人気タレントと言っても充分に通用するような美人だ。ライト・ブラウンに少しカーマイン・レッドが入ったような色の、ナチュラルにカールさせたセミロングの髪が、今朝も艶やかに観える。明るく躍動的な笑顔だが意志の強さを感じさせる視線が、私の顔に真っ直ぐ向けられている。

「アドル係長がここで朝食を摂られるのは初めて観ます」

「まあ、たまにはね。ここのメニューも早くて安くて旨いし、週末がちょっとハードだったもんだから、自分で料理を作るのがどうしても面倒になっちゃってね」

「解ります。私にもそんな時がありますから」

「ありがとう。今日はストレート? 」

「いえ、レモンティーです。それはそうと、アドル係長。3ヶ月前から話題沸騰のあのゲーム大会がいよいよ開幕しましたね。今朝の配信ニュースで観ましたけど、如何ですか? ゲーム好きのアドル係長としては? 」

「そうだね。同じような形態のゲーム大会は以前にも開催されていたけど、これは桁違いに大規模な大会になってるよね。参加艦総隻数が10万隻を越えてるってだけで、もうぶっ跳んでいるよ」

「リアリティ・ライヴショウを制作配信する会社からの一報も出されていましたね。20隻の艦名と、この2日間での戦果が紹介されていましたけど、選ばれた20人の艦長は紹介されませんでした。どんな人が艦長として選ばれたのか気になりますけど、リアリティ・ライヴショウの配信まで明かされないのでしょうね。アドル係長はどう思われましたか? 」

「うん。僕もどんな人が艦長に選ばれたのか、気になるね。何しろ当選倍率5億倍以上を突破して選ばれた人達だからね。彼等が公表されたら、先ずそれぞれの周辺で大騒ぎになるだろうけどね」

 それから15分で朝食は食べ終わり、ゆっくりとコーヒーを楽しみながら一服を点ける。

「今日の外回りは? 」

「僕とは2件、行く予定です」

 そう言いながら自分のコーヒーを飲み干すと、ペーパー・ナプキンでカバーカップを拭き上げて保温ポットにセットする、スコット・グラハム君だ。

「私とは3件の予定ですよ、アドル係長。今日も宜しくお願いします」

 モリー・イーノス女史もそう言って、レモンティーを飲み干す。

「分かったよ。俺の方はターリントンさんと一緒に行く契約交渉が1件あるから、朝礼が終わったら予定時間の擦り合わせをしよう。じゃあ、行こうか? 」

 ミルクと水を飲み干すと、ペーパーナプキンで口を拭い、プレートを手にして立ち上がった。

 スコットに付き合って外回りから戻ると昼食を挿んで、イーノスさんとも営業に出掛けた。

 戻ったのが14:40。直ぐにアンブローズ・ターリントン女史と出掛ける。

 クライアントとの間で行われた契約交渉会談は、今回での目標としていた段階には到達出来たと判断したので、双方とも笑顔で握手して交渉継続と言う事で合意し、次回のアポイントを確認して参会となった。

 帰社したのが16:40。リフトの中でターリントン女史と握手を交わし、お疲れ様でしたと言葉を掛け合う。

 フロアに戻り火曜日の確認と段取りをして、連絡が足りていないかな、と思う相手に対して連絡を繋ぐ。終わったのが終業5分前。

 残業する気は最初から無かったので、もうやる気は途切れていた。デスクの上と周りを清掃して、片付けて終わる。

 バッグを携えてリフトで1階まで降りる。

 ラウンジのカウンターで保温ポットから大きいカップにコーヒーをたっぷりと注いで、喫煙エリアのテーブルに着く。

 コーヒーをふた口飲んで煙草に火を点ける。

 深く喫ってゆっくりと吐く。疲れた……。

 これから月曜日は少なくとも月に一回、休暇を取りたい。

 煙草1本を半分程喫った頃合いで、スコット・グラハム君、モリー・イーノス女史、アンブローズ・ターリントン女史も降りて来て、それぞれ飲み物を手に同じテーブルに着いた。

「お疲れ様でした、アドル先輩。今日は結構ハードでしたね」

「お疲れ様でした、アドル係長。今日は外回りに付き合って下さって、ありがとうございました」

「お疲れ様でした、アドル係長。今回の契約交渉も目標段階にまで到達出来て、好かったですね。お見事でした」
 
「皆、お疲れ様。どう致しまして。ありがとうね。ちょっとここで休んでから、さっさと帰るよ。腹も減ったし」

「ねえ、先輩。僕、今日まで先輩と付き合って来ていて、判ってる事があるんですよね」

「何だよ、それ? ちょっと怖いな…」

「いやね、疲れている時の先輩って、声が好いんですよね」

「何だよ、それは? まさか? 」

「流石は先輩。察しの好さとその鋭さは、最高レベルですね。ですからね、先輩。1曲弾き語りでカマしてから、気分好く帰りましょう? ね? 」

「…やれやれ……そう言やここにはギターがあるんだよな。俺の歓迎会の時に4曲も歌わされたからなあ……」

「あの歓迎会は、よく憶えてます。係長の弾き語りが、とっても素敵でした」

 と、アンブローズ・ターリントン女史。

「私、まだ係長の弾き語りを聴いた事が無いんですよね。去年の忘年会でも聴けなかったので。だから、是非聴いてみたいです」

 と、モリー・イーノス女史。

「ね? 先輩。1曲だけで好いですから。お願いしますよ。飯、奢りますよ? 」

「いや、飯まで奢って貰うのは悪いからさ。別にやらないとは言ってないよ。でも、久し振りだから指が動くかな? まあ、好いや。ちょっと、ギターを借りて来てくれよ? 」

「分かりました。そう来なくっちゃ! 流石は先輩。ノリが好いですね。ちょっとお待ちを…」

 そう言いながらスコットは立ち上がって、カウンターに向かう。

 10分でスコットはギターを借りて来た。

 受け取って一見したが、弦が古い。恐らく歓迎会の時に張り付けていた弦がそのままになっている。持ち変えてネックを真っ直ぐに観てみたら、僅かだがもう既に反っているようだ。

 ギターを置いてカウンターに行き、新しい弦はあるかなと訊くと、探してみると言う。10分でワンセットの弦を持って来た。

 観るとこれも新しいとは言えないものの、未使用には違いない。貰ってテーブルに戻り、弦の交換に掛かる。

 ギターのメンテに拘っていると、俺が弾き語り出来るのを知っている同僚社員が8名集まって来て、近い席に座る。張り付けた弦のテンションを上げてチューニングに入る。

 携帯端末に『ラ』の音階を出させて先ずそれに合わせて固定し、他の弦もチューンしていく。

 ハーモニクスを美しく響かせながら、細かく調整して確認・固定する。

「改めて、お疲れ様でした。それじゃ、聴いて下さい。『ひとつだけ』」

 軽く同じリズムでのパッセージをよっつ弾いてから、フォービート・アルペディオでイントロに入る。

「♩君が微笑む♪時の唇は🎶

♫少しずつ僕に♬魔法を掛ける♩

🎶まるで♪会えなかった時間も♫

♩飛び越えてゆくみたい♬

🎶また綺麗になったけれど♪

♪ここからふたりは♫どうやって♬歩き出そうか🎶

♩お互いに大切に♪して来たものを♬抱えて♩

🎶ひとつだけ♫確かなものがあるとしたなら♩

♫ふたりが♬また出会えた奇跡♩」

【間奏】

「♪そっと端末に♩目を遣る仕草♫

♬それだけで僕は🎶焦るような想い♪

♬君が♫どんな恋に傷付き♩

♫どれくらい泣いたかも♩

♬全部抱き締めて🎶あげたくて♫

♩今ならふたりは♫色んな事を簡単に♪

♫分かり合える♬気がしているのは♪偶然じゃない🎶

♩ひとつだけ♬変わらないものがあるとしたなら🎶君を♫愛している事実♩」

【間奏】

「♩君の涙は♬僕が拭ってあげたい♬

♪君の微笑みも♫僕が守ってあげたい🎶

♩ここからふたりは♫どうやって♪歩き出そうか🎶お互いに大切に♫して来たものを♩抱えて♬ひとつだけ♪確かなものがあるとしたなら♫

♪ふたりが🎶また出会えた♬奇跡♫」

 穏やかなエピローグのような余韻を曳いて、ドラマチックに終える。

 歌い始めた時に集まっていたのは男性社員の方が多かったが、歌い終わって周りを見回すと男性社員の3倍、女性社員が集まっていた。

 40人弱が集まっていたと感じていたが、全員が拍手してくれた。右手を挙げて、笑顔で皆に応える。

 弦を緩めたギターをスコットに託して返して貰う事にした。序でに、メンテの出来る人に頼んだ方が好いと口添えて貰う。

「それじゃ、帰るよ。お疲れさん。お先に。明日も宜しくね」

 ターリントン女史とイーノス女史には、何か言いたそうな気配が観えたが、実際には言われなかったので自分のエレカーに乗って出た。

 15分程走って『ホワイト・ホース』と読める看板を掲げている、レストラン・ダイナーの駐車スペースに滑り込む。

 中に入ると、少し大きめのテーブルに副長とカウンセラーと参謀が着いているのが観えたので笑顔で歩み寄り、彼女達の対面に座った。

「お疲れ様でした、アドルさん。よく寝まれたようですね。お元気そうです」

「ありがとう。君達も元気そうだね。よく眠れたかい? 」

「お陰様で。午前中は用事も無かったので、ゆっくりしました」

 彼女達が他に人が居る場所で私と逢う場合に、私を艦長と呼ぶ事はない。まあ、当然だが。

 自炊を全くしないと言う訳でもないのだが、仕事帰りで疲れていて面倒臭い場合には、ほぼこの店で夕食を摂る。

 ゲーム大会開幕40日前ぐらいから、仕事の帰りにこの店に寄れば、クルーの誰かが待ってくれているようになった。

「さあ、腹も減ったし、何を食べようか? 」
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