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第零章 プロローグ
抗う者
しおりを挟む「勇者レガリアの…息子…?」
且つて、誰もが為し得なかった『魔神』討伐を果たした唯一の勇者であるレガリアの息子。
只者ではないということは承知していたが、まさか偶然出会った少年が伝説の勇者の血を継ぐ者だとは思いもしなかった。
それは皮肉にも、このような状況にならなければ知ることはなかった事実であった。
「只者ではないと思っていたが、まさか貴様のようなガキがそうだとはな…。ということは、貴様も勇者を目指す者か…!!」
「勘違いするなよ。親父は伝説の勇者かも知れないけど、俺は勇者なんざ目指しちゃいない」
勇者なんて、なろうとしてなるものじゃない。
不意に、取調室で聞いたヨエルの言葉が、クロエの脳裏に過る。
「親父が勇者だからって、俺が勇者を目指す道理も必要もない。俺はただ、俺の生きたいように生きているだけだ」
「ならば、何故俺の邪魔をする!!勇者でないのなら、俺達に歯向かう理由などないはずだ!!」
「勇者でなくても、お前達魔人と戦うのは俺の自由だろ。何より、俺には魔人と戦う理由がある。勇者でなくても、『魔神』じゃなく魔人だけを狩る理由がな」
そう言ったヨエルは、鞘に納めたままの剣を眼前で横に構え、フランツと対峙する。
勇者になることは望んでいないが、しかし魔人という存在と戦うという強い意志と決意は、まだ少年でありながらもその眼と身体に秘められている。
何故、ヨエルが魔人を知っているのか、それは恐らく勇者レガリアの息子だからというわけではなく、それよりも何か個人的な、言うなれば執念に近いものも含められているように感じた。
「…つくづく不愉快なガキだな…。初めて貴様を見た時から気に食わなかったが…」
今まで怒りと動揺を隠しきれていないフランツだったが、再び肩を震わせて笑い始める。
そしてその声は、本来の彼のものではない、別のおぞましい声へと変わり始め、それは人間が出す声ではない不快なものへと変わった。
フランツは両手を地面に当て、四つん這いの獣のような姿勢を取ると、彼が纏っていた服はビリビリと音を立てて裂け始め、次第に背骨も隆起して棘のように皮膚を破って露出する。
目は血走り、歯も鋭く変形し、顔中に血管が浮き出たその姿は、獰猛な獣のような顔立ちとなったフランツに、最早過去の面影は残っていなかった。
「変身か。ということは、いよいよお前も本気ってわけだな」
「殺してやる…!!殺して喰ってやる…!!殺して殺して喰って喰って喰ってやるるるる…!!」
その言葉が意味する通り、足まで変形し、獣へと変貌を遂げたフランツは四足歩行の状態となる。
最後に額の両側の皮膚を、角のように変形した骨が突き破り、涎を垂らして低く唸る姿は、獣というよりも悪魔に近しい異形の存在であった。
「もう、本当に…フランツじゃないの…?」
どこまでも人間の姿からかけ離れ、理性すら感じさせない姿のフランツを見たクロエは、両膝をついたまま小さく呟く。
これが夢であることを願っているかのように、現実であることを拒むかのように。
「いいや、フランツさ。フランツの姿を真似た化け物ってわけでもなく、正真正銘のフランツ自身だよ」
「そんなこと…、そんなこと、あるわけない!!こんなの嘘よ!!あんな化け物がフランツだなんて、そんなことあるわけないじゃない!!」
クロエの記憶の中にいるフランツは、頼りなさこそあるものの、優しく穏やかな人柄で、笑顔を絶やさない人物だった。
決して目の前にいる化け物が、フランツであるはずがないとクロエは涙を浮かべながら、首を激しく首を横に振るってヨエルの言葉を拒絶する。
だが、それでもヨエルは残酷な現実を突き付けた。
「あいつはフランツであって、もうフランツという人間じゃない。そして、二度と元の姿に戻ることもない。戻ったとしても、それは俺達に見せた虚像そのものの、偽りの姿だ。受け入れた方が良い」
「そんなの嫌っ!!できるわけない!!」
「気持ちは分かる。それでも、あいつを解放してやれるのは、ただあいつを殺すこと…。魔人という呪いに縛り付けられた命を救うには、この町を守るには、あんたを助けるには、それしかないんだ」
背を向けたままのヨエルは、果たしてどう思っているのだろう。
残酷な手段しか方法がないと、誰も救われず、幸せにならない結末しか待ち受けていないということを伝える彼の気持ちは、どのようなものなのだろう。
それを伝え、それでもなお戦わなければならない彼の胸中には、果たして何があるのだろう。
一切の感情を込めないように聞こえる言い方ではあったが、しかしその口調はどこか哀しそうなものであった。
クロエの言葉を聞く間もなく、異形の存在と成り果てたフランツが、先程とは桁違いな程の速さでヨエルに爪を突き立てて迫る。
ヨエルは身を屈めてその攻撃をかわし、鞘の先端を突き立ててフランツの顎に一撃を浴びせる。
歯と歯がぶつかる音と共に、フランツの口元からは唾液が飛び散り、彼の身体は反動で大きく仰け反ったが、ヨエルはすかさず左手を伸ばし、相手の片足を掴む。
狭い場所から、クロエから離すかのように、ヨエルは遠心力を付けてフランツの身体を路地の遠方へと投げ付けた。
こんな幼い少年からは想像もできない程の怪力は、フランツの身体を痛め付けるには覿面であり、痛みで地面に宣わせる。
「ぐおおおぉぉ…!!ちくしょおお…!!ぢぐじょおおおお!!」
それは痛みに耐えるものか、それとも憎悪によるものか、咆哮にも似た不気味な声を上げながらフランツは身を起こし、再び歯を剥き出してヨエルを睨み付ける。
一方のヨエルも、当初見せていた不敵な笑みも、余裕も今は見せることなく、ただ静かにフランツを見据えて対峙していた。
「グオオオオオッ!!」
高々と吠えたフランツは後脚で地面を蹴り、大きく口を開いてヨエルに歯を突き立てようとする。
対するヨエルは、剣の鞘で鋭利な歯を食い止め、その攻撃を防いだ。
本来であれば、凄まじい顎の力を誇るはずだったが、フランツは何度噛み締めようとしても、両手の爪を突き立てても鞘に傷一つ付くことはなく、また鞘に巻かれたベルト自体も全くの無傷だった。
(…どうして、フランツなの…?)
ヨエルはそのまま押し飛ばし、体勢が崩れたフランツの顔面に飛び蹴りを繰り出す。
壁に叩き付けられたフランツの視界と脳は大きく揺れ、激痛と不快感で声にならない悲鳴を上げた。
常人であれば、昏倒してしまう程の一撃によって意識を失いそうになりながらも、耐え難い空腹感と込み上げてくる怒りに支配され、依然戦意を消失しないフランツは、それでも身を起こすや否やヨエルに再度飛び掛かる。
(勇者になるって言って出て行った後に…、勇者になれなかった後に、何があったの…?)
己が欲望と執念だけで動くフランツだったが、ヨエルは冷静だった。
今度は受け止めることをせず、同じく地面を蹴ってフランツに飛び掛かり、眼前に迫る爪を掻い潜って剣を振り上げ、空中へと吹っ飛ばした。
高い硬度を誇る鞘の一撃は、同時にフランツの変形した牙をも粉々に砕けさせ、その破片は周囲にバラバラと飛び散る。
(勇者になることを夢見て、それが叶わなかったって聞いた時はショックだった…。何年も音沙汰が無くなってから、急に現れた時は驚いたけど…何よりも久しぶりに会えて嬉しかった…)
追撃するべく飛び掛かったヨエルは、フランツの眼前で剣を反転させ、彼の額に柄を突き立てて、両手に力を込めて押し込む。
地面が窪む程の力によって、フランツの後頭部は叩き付けられ、その顔面や身体からは血が噴き出ていた。
(…勇者になれなくたって、良かった…。ただ、あなたが傍にいてくれたら…。何も変わらない、あの時の笑顔のままで帰ってきてくれれば、それだけで良かった…。それなのに…)
圧倒的な実力の差に、万が一にもフランツに勝機は無かった。
しかし、常人であればとっくに死亡していてもおかしくない程の攻撃を受けても、未だ健在であるフランツの能力もまた、魔人であるが故の恩恵であり、実力の差があろうと殺すことまではできていなかった。
同時に、何故か剣を鞘から抜き取らないヨエルにとっても、このままではフランツにとどめを刺せないことを意味しており、それは小さく舌打ちをするヨエルの表情からも窺えた。
抵抗する間もなく蹂躙されながらも、なお抵抗しようとするフランツは震える手を伸ばすが、ヨエルは片足でフランツの胸元を踏み付け、抵抗できないように抑え付ける。
「お願い!!フランツを解放してあげて!!フランツの命を、魔人から救ってあげて!!」
今まで感情を抑えていたクロエは、涙を流しながら叫ぶ。
その言葉を聞き入れたヨエルは、覚悟を決めたように剣を構えると、柄を握る右手に力を込めて鞘に納まっていた剣を抜き取った。
瞬間、鞘に巻かれていたベルトの数本が千切れ、露出した剣の刃からは目も眩む程に眩い光が解き放たれる。
その光は、闇に包まれた路地を照らし出し、そしてクロエの目にも差し込み、手で遮って目を細めざるを得ない程に輝いていた。
狭まる視界の中で僅かに見えたのは、全身を鋭利な鎧のようなもので包まれた…言い換えれば、それこそ魔人のような姿へと変貌を遂げたヨエルであったが、はっきりとその全貌は見えない。
黒を基調としながらも眩い光のような白銀の模様が刻まれた、最早何者かですら分からない異様な姿のヨエルはすかさず剣を振るい、閃光のような軌跡を描いた刃はフランツの身体を斬り付けた。
「ガア…ッ…!!」
まだ眩い光が消えやまぬ、ほんの僅かな一瞬の間に、フランツは悲鳴と共に身体を仰け反らせ、彼に止めを刺したヨエルは剣を鞘に納める。
チンッと鍔と鞘が当たる音と共に、ヨエルの身体に纏わりついていた何かは一斉に光の粒子へと変わり果て、それらは淡く天に昇って散っていった。
フランツの腕はがくりと地面に叩き付けられ、全てを終わらせたヨエルはフランツの胸元に置いていた足をどけてゆっくりと後退る。
全てを見届けていたクロエの瞳から溢れ出た涙が、頬を伝い、そして地面に落ちた頃、まるでそれを察したかのようなタイミングで、フランツの肉体は砂のようにサラサラと徐々に崩れ始め、そして埃のように飛び散っていく。
人間の散り方とは全く異なるそれは、フランツが本当に人間ではなくなっていたこと、そして何よりもフランツの命が終わったことを意味していた。
「あ……りが…と………ヨエ…………ク…ロエ……」
意識も命も消えようとする中、僅かに残っていた人間としての魂が、最期にフランツの口から述べさせた言葉。
それは魔人という呪縛から逃れさせたことに対してのものなのか、それとも魂の救済によるものなのか。
フランツの心は分からないが、それでも彼の言葉は確かに、消え去るフランツを見届ける二人の耳に確かに届いた。
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