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1章
第2話
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「よかった……!あった……!」
翌朝、鞄の中身を確認した時に楽譜を忘れたことに気付いた俺は、いつもより30分早く家を出て音楽室へと走っていた。
楽譜は昨日のままピアノに置いてあり、誰も触った様子がなくてホッとした。
――――さすがに室内が冷え切っていて寒いな……
――――ピアノは弾きたい、、、が……
教室でもない場所で、しかもこんな朝早くからストーブをつけると教員に怒られると思い、持って来たホッカイロで指だけでも温めることにした。……すると、
「シロウ」
後ろから、聞き覚えのある声がした。
――――ひなた、か……。
内心はかなり動揺しつつも、あえてそれを見せないようにゆっくり振り向いて……
ひなたと、向き合った。
『あんたに言いたいことがあるから、あんたの前に現れたんだろうよ』
昨日そう言った姉貴の言葉を思い出したからだ。
「あ、あのさ……」
ひなたは昨日と全く変わらない姿で、口を開いた俺をじっと見つめていた。
「……君、この学校の座敷童子なんだって?」
「?」
きょとんとされる。
――――あ!もしかして座敷童子って言うのは、ひなたを知っている人が勝手にそう呼んでいるだけであって、この子にはその自覚がない……?
悩んだ末、とりあえず話題を変えてみることにした。
しかし話題に悩む……。
「……そうだ。何で俺の名前知ってるの?俺、答えてないと思うんだけど……」
「昨日、そう呼ばれてた」
「ああ、姉貴か…」
そういや会話の途中で入ってきたな、と思い出した。
「……それ、シロウのじゃない」
「え?」
突然何を言われたのかわからず困惑していると、ひなたは俺が持っていた楽譜を指差していた。
「あ、ああ……これか」
熱く……こみあげてくる感情を、思わず笑みで隠す。
「いいの。俺のなの。……名前は違うけどな」
楽譜の表には、【二ノ宮吹雪】と丸い字で書いてある。
「というか、漢字、読めるのな」
見た目が小さな子供のせいか、つい口走ってしまっていた。
「前に見たことあるからそれは読める。読めないのもある」
「はは。俺もだ。難しいのは読めない」
「シロウ。二ノ宮吹雪のこと聞きたい」
「え!な、何……で?」
ひなたの予想外の言葉に、俺は動揺を隠せなかった。
「ダメ?」
「…………」
ダメじゃないけど……と思いつつ、俺はひなたから視線をそらしていた。
ひなたの言葉に悪気がないことはわかってる。けど、どうしても口は重かった。
「……。……吹雪は……」
ふわりとした癖毛の髪の長い女の子が、記憶の中で笑いかける。
笑っている顔、怒っている顔、スネている顔、甘えている顔、泣きそうな顔……
どれも鮮明に思い出せるのに……
「……大好きだったけど、もうこの世にはいない子だ……」
――――あ、やばい。
言ったあと涙が出そうになり、俺はとっさに手で顔を隠した。
そんな俺を見て、ひなたが小さな手で「ぽんぽん」と言いながら俺の膝辺りを優しく叩き始めた。
「……なぐさめてくれてるのか?」
胸が痛い……。
でもこれは俺の問題で、この子が悪いわけじゃない――――
「うん。弱ってる子には、ぽんぽんなの」
「はは、そうか……。ありがとう……」
「もっとぽんぽんする?」
「大丈夫だよ……」
一生懸命なひなた。
可愛いな。素直にそう思った。
俺はしゃがんで目線を合わせ、ポンチョの布越しにひなたの頭をなでた。
見た目も髪も触り心地も特に違和感はない。
確かに全体的に色素は薄く感じるけれど、ハーフだと言われたら納得するレベルだ。
――――本当に、人間ではないのだろうか……?
「……あのさ、……えっと、、、ひなた?」
「なあにー?」
俺のなでる手が気持ちよかったのか、ひなたは緩んだ表情に笑顔を浮かべていた。
「その……俺に何か言いたいことがあるのか?」
「あるよ!」
迷いのない返答に驚いて、俺は手を止めた。
「……ひとつ言っておくが、俺は大して金を持ってないから、そっち絡みはダメだぞ?」
どう返せばいいかわからず、少しテンションを上げてボケたつもりだった。
しかしひなたは完全スルーで……次の言葉は、意外なものだった。
「ピアノ弾いて!」
「ピアノ……?そんなことでいいのか?」
「うん!」
――――ピアノか……。
俺は少し考えた後、「何を弾いて欲しいんだ?」と聞いてみた。
「わかんない!」
大きく口を開いたひなたの返答に、俺は思わずズッコケそうになった。
「わかんないのかよ!」
「でも弾いて」
「だから何を!」
「わかんない。でも弾いて」
「むちゃ言うな!」
……ううむ。これは意外に難問だぞ?
「何の曲でもいいのか?」
「ひなたの曲がいいー!」
「だから何てタイトルだよ」
「わかんない」
あああ、もう!ラチが開かない!
「じゃあ、適当に弾くぞ?嫌なら途中で止めてくれ!あと、さすがに寒いから、弾くのはストーブつけて体が温まった後な!」
ひなたは何も答えず、じっと俺の動きを見ていた。
――――そんなに見られてると弾きづらいんだけど……。
――――でもまぁ相手は子供?……だしな。
弾く。違う。弾く。違う。弾く。違う。
「だから何の曲なんだよーーーーーーーー!!」
思いつく曲のサビをかたっぱしから弾いてみたが、ひなたの答えはノーだった。
しかしひなたの表情はあきらめてない。むしろもっと弾いて欲しそうに見える。
――――そろそろ相手がめんどくさくなって来たな……。
そう感じた時に、パラパラパラ……と水を弾く音が耳に届いて、外に雨が降り出したのがわかった。
「雨か……」
俺は鍵盤に手を置いたまま、窓の外を見てつぶやいていた。
「シロウ、この曲!」
突然叫んだひなたが、片手を上げて窓を指差す。
……いや、指差したのは「外」か?
雨が降り出してから、突然外に反応したひなた。
ひなたを見ながら少し考えて……「あっ!」と気付く。
「もしかして……これか?」
♪てるてる坊主♪てる坊主♪
譜面を見たことはなく即席の耳コピだが、指一本で簡単に弾いてみると、ひなたが笑顔になった。
「それ!ひなたの曲、それ!」
ひなたが嬉しそうに笑顔でバンザイして飛び跳ねる。
―――――なるほど、この曲か。
真っ白いポンチョを着たひなたの姿は、確かに見た目が「てるてる坊主」に見えなくもない。
「で、どうしてこの曲を俺に弾いて欲しかったんだ?」
……返答がない。
弾きながら振り向くと、ひなたの姿はもうなかった。
―――――ほんと、不思議なやつ……。
教室に戻って授業が始まっても、ひなたのことが頭から離れなかった。
情がわいたのだろうか?
「あの……阿比留君?」
いつの間にか終わっていたらしき授業。
呼ばれた声に顔を上げると、クラスメイトの女子が目の前に立っていた。
中学から一緒だったことは覚えているが、名字を知っている程度でほとんど会話したこともない。
「もしよかったら……これ」と言って、持っていた四角い封筒から一枚の写真を取り出して俺に見せた。
「……!!」
その写真を見て、俺は息をのんだ。
写真に写っていたのは、今目の前にいる女子の他に、数人とみたらし団子を食べながら笑顔で写っている女性……吹雪の姿。セーラー服姿でピースをしている。
「アルバムを整理していたら同じ写真が2枚出てきたの。多分焼き回しの渡し忘れ。阿比留君は写ってないし、この写真、持ってないかなって思って……。それで、阿比留君さえよかったらなんだけど……」
相手が、ものすごく緊張して言葉を発しているのがわかった。
「……。くれるの……?」
俺は、その言葉を絞り出すのが精いっぱいだった。
「うん。よかったら封筒ごとどうぞ」
相手の声に明るさが戻り、ホッとしたのが伝わってきた。
「ありがとう……。大事にするよ」
「それじゃあ……」
クラスメイトが会釈して去って行った後、俺は再び写真に目を落とた。
この高校は男女共にブレザー。女子がセーラー服姿なのは中学の時のものだ。……懐かしいな。
写真を封筒に戻し、鞄から取り出した楽譜に挟み込んだ。目を閉じる。
『史朗!』
――――姿を見て、思い出さないわけがない……
俺は、懐かしい響きと共に……
思い出にリンクしていく自分を……止められなかった――――
-続く-
翌朝、鞄の中身を確認した時に楽譜を忘れたことに気付いた俺は、いつもより30分早く家を出て音楽室へと走っていた。
楽譜は昨日のままピアノに置いてあり、誰も触った様子がなくてホッとした。
――――さすがに室内が冷え切っていて寒いな……
――――ピアノは弾きたい、、、が……
教室でもない場所で、しかもこんな朝早くからストーブをつけると教員に怒られると思い、持って来たホッカイロで指だけでも温めることにした。……すると、
「シロウ」
後ろから、聞き覚えのある声がした。
――――ひなた、か……。
内心はかなり動揺しつつも、あえてそれを見せないようにゆっくり振り向いて……
ひなたと、向き合った。
『あんたに言いたいことがあるから、あんたの前に現れたんだろうよ』
昨日そう言った姉貴の言葉を思い出したからだ。
「あ、あのさ……」
ひなたは昨日と全く変わらない姿で、口を開いた俺をじっと見つめていた。
「……君、この学校の座敷童子なんだって?」
「?」
きょとんとされる。
――――あ!もしかして座敷童子って言うのは、ひなたを知っている人が勝手にそう呼んでいるだけであって、この子にはその自覚がない……?
悩んだ末、とりあえず話題を変えてみることにした。
しかし話題に悩む……。
「……そうだ。何で俺の名前知ってるの?俺、答えてないと思うんだけど……」
「昨日、そう呼ばれてた」
「ああ、姉貴か…」
そういや会話の途中で入ってきたな、と思い出した。
「……それ、シロウのじゃない」
「え?」
突然何を言われたのかわからず困惑していると、ひなたは俺が持っていた楽譜を指差していた。
「あ、ああ……これか」
熱く……こみあげてくる感情を、思わず笑みで隠す。
「いいの。俺のなの。……名前は違うけどな」
楽譜の表には、【二ノ宮吹雪】と丸い字で書いてある。
「というか、漢字、読めるのな」
見た目が小さな子供のせいか、つい口走ってしまっていた。
「前に見たことあるからそれは読める。読めないのもある」
「はは。俺もだ。難しいのは読めない」
「シロウ。二ノ宮吹雪のこと聞きたい」
「え!な、何……で?」
ひなたの予想外の言葉に、俺は動揺を隠せなかった。
「ダメ?」
「…………」
ダメじゃないけど……と思いつつ、俺はひなたから視線をそらしていた。
ひなたの言葉に悪気がないことはわかってる。けど、どうしても口は重かった。
「……。……吹雪は……」
ふわりとした癖毛の髪の長い女の子が、記憶の中で笑いかける。
笑っている顔、怒っている顔、スネている顔、甘えている顔、泣きそうな顔……
どれも鮮明に思い出せるのに……
「……大好きだったけど、もうこの世にはいない子だ……」
――――あ、やばい。
言ったあと涙が出そうになり、俺はとっさに手で顔を隠した。
そんな俺を見て、ひなたが小さな手で「ぽんぽん」と言いながら俺の膝辺りを優しく叩き始めた。
「……なぐさめてくれてるのか?」
胸が痛い……。
でもこれは俺の問題で、この子が悪いわけじゃない――――
「うん。弱ってる子には、ぽんぽんなの」
「はは、そうか……。ありがとう……」
「もっとぽんぽんする?」
「大丈夫だよ……」
一生懸命なひなた。
可愛いな。素直にそう思った。
俺はしゃがんで目線を合わせ、ポンチョの布越しにひなたの頭をなでた。
見た目も髪も触り心地も特に違和感はない。
確かに全体的に色素は薄く感じるけれど、ハーフだと言われたら納得するレベルだ。
――――本当に、人間ではないのだろうか……?
「……あのさ、……えっと、、、ひなた?」
「なあにー?」
俺のなでる手が気持ちよかったのか、ひなたは緩んだ表情に笑顔を浮かべていた。
「その……俺に何か言いたいことがあるのか?」
「あるよ!」
迷いのない返答に驚いて、俺は手を止めた。
「……ひとつ言っておくが、俺は大して金を持ってないから、そっち絡みはダメだぞ?」
どう返せばいいかわからず、少しテンションを上げてボケたつもりだった。
しかしひなたは完全スルーで……次の言葉は、意外なものだった。
「ピアノ弾いて!」
「ピアノ……?そんなことでいいのか?」
「うん!」
――――ピアノか……。
俺は少し考えた後、「何を弾いて欲しいんだ?」と聞いてみた。
「わかんない!」
大きく口を開いたひなたの返答に、俺は思わずズッコケそうになった。
「わかんないのかよ!」
「でも弾いて」
「だから何を!」
「わかんない。でも弾いて」
「むちゃ言うな!」
……ううむ。これは意外に難問だぞ?
「何の曲でもいいのか?」
「ひなたの曲がいいー!」
「だから何てタイトルだよ」
「わかんない」
あああ、もう!ラチが開かない!
「じゃあ、適当に弾くぞ?嫌なら途中で止めてくれ!あと、さすがに寒いから、弾くのはストーブつけて体が温まった後な!」
ひなたは何も答えず、じっと俺の動きを見ていた。
――――そんなに見られてると弾きづらいんだけど……。
――――でもまぁ相手は子供?……だしな。
弾く。違う。弾く。違う。弾く。違う。
「だから何の曲なんだよーーーーーーーー!!」
思いつく曲のサビをかたっぱしから弾いてみたが、ひなたの答えはノーだった。
しかしひなたの表情はあきらめてない。むしろもっと弾いて欲しそうに見える。
――――そろそろ相手がめんどくさくなって来たな……。
そう感じた時に、パラパラパラ……と水を弾く音が耳に届いて、外に雨が降り出したのがわかった。
「雨か……」
俺は鍵盤に手を置いたまま、窓の外を見てつぶやいていた。
「シロウ、この曲!」
突然叫んだひなたが、片手を上げて窓を指差す。
……いや、指差したのは「外」か?
雨が降り出してから、突然外に反応したひなた。
ひなたを見ながら少し考えて……「あっ!」と気付く。
「もしかして……これか?」
♪てるてる坊主♪てる坊主♪
譜面を見たことはなく即席の耳コピだが、指一本で簡単に弾いてみると、ひなたが笑顔になった。
「それ!ひなたの曲、それ!」
ひなたが嬉しそうに笑顔でバンザイして飛び跳ねる。
―――――なるほど、この曲か。
真っ白いポンチョを着たひなたの姿は、確かに見た目が「てるてる坊主」に見えなくもない。
「で、どうしてこの曲を俺に弾いて欲しかったんだ?」
……返答がない。
弾きながら振り向くと、ひなたの姿はもうなかった。
―――――ほんと、不思議なやつ……。
教室に戻って授業が始まっても、ひなたのことが頭から離れなかった。
情がわいたのだろうか?
「あの……阿比留君?」
いつの間にか終わっていたらしき授業。
呼ばれた声に顔を上げると、クラスメイトの女子が目の前に立っていた。
中学から一緒だったことは覚えているが、名字を知っている程度でほとんど会話したこともない。
「もしよかったら……これ」と言って、持っていた四角い封筒から一枚の写真を取り出して俺に見せた。
「……!!」
その写真を見て、俺は息をのんだ。
写真に写っていたのは、今目の前にいる女子の他に、数人とみたらし団子を食べながら笑顔で写っている女性……吹雪の姿。セーラー服姿でピースをしている。
「アルバムを整理していたら同じ写真が2枚出てきたの。多分焼き回しの渡し忘れ。阿比留君は写ってないし、この写真、持ってないかなって思って……。それで、阿比留君さえよかったらなんだけど……」
相手が、ものすごく緊張して言葉を発しているのがわかった。
「……。くれるの……?」
俺は、その言葉を絞り出すのが精いっぱいだった。
「うん。よかったら封筒ごとどうぞ」
相手の声に明るさが戻り、ホッとしたのが伝わってきた。
「ありがとう……。大事にするよ」
「それじゃあ……」
クラスメイトが会釈して去って行った後、俺は再び写真に目を落とた。
この高校は男女共にブレザー。女子がセーラー服姿なのは中学の時のものだ。……懐かしいな。
写真を封筒に戻し、鞄から取り出した楽譜に挟み込んだ。目を閉じる。
『史朗!』
――――姿を見て、思い出さないわけがない……
俺は、懐かしい響きと共に……
思い出にリンクしていく自分を……止められなかった――――
-続く-
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