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1章
第5話
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『待ってるよ……』
夢の中でひなたが、俺に向かってそう言った気がした次の日の朝。
いつもより早く目が覚めた俺は、家にいても落ち着かなくて、朝7時過ぎには学校に到着してしまっていた……。
体操着の入った袋に触り、姉貴から貰った酒の感触を確認する。
そのあと鞄をあけ、雪だるまのキーホルダーが入っていることも確認した。
――――まぁ、ひなたの反応がなければ、そのまま持ち帰るだけだけど……。
校門を通ると同時に運動部の元気な声が響く。こんな朝早くから練習しているのか。
そんな彼らを眺めつつ、また雪が降りそうな曇り空を見つつ、いつも通り足は音楽室へと向かっていた。
――――多分、いるよな……。夢に出て来たし……。
速まる鼓動。いつもより急ぐ足音。
音楽室の前で一旦足を止め、深呼吸。
少しためらいつつもドアを開けると、いつもと変わらない音楽室の真ん中で……こちらを向いて立っているひなたの姿があった。
「ひな……」
声をかけようとして、ドキッとした。
ひなたの雰囲気は、いつもと明らかに違っていた。
瞳が違う。いつものような子供のキラキラした瞳ではなく、俯瞰するような大人びた瞳……。
姿形は小さな子供なのに、身体の中には何か別のものが宿っているような……安易に近づいてはいけないような……少しゾクッとするような感覚すらあった。
「……感じる。持ってきてくれたんだね……」
「え……」
突然のひなたの言葉にふいをつかれ、俺は一歩後ろに下がった。
するとひなたは小さな手で俺を……いや、持っている通学鞄と体操着の入っている袋を指差した。
「そこに感じる。ひなたのために用意してくれたもの……」
「……!わかるのか?」
ひなたはうなずき、両手を差し出して小さな手を広げた。
「ひなたの好きな曲と、気持ちのこもったその品を捧げることが、シロウの願いを叶えるための条件だよ。さあ、願い事を言って。叶えてあげる。共に空に届けよう……」
「願い、事って……」
思考が追い付かない。
何かが起こるかもしれないと思って酒と金の鈴は用意した。
でもまさか、こういう展開になるとは……。
「……ひなた。何故、俺の願い事を……?他にも願い事をする奴は沢山いるだろう……?」
とまどいながらも、一応聞いてみた。
そんな俺を見て、ひなたは子供の寝顔を見守る母親のような優しい笑顔になった。
「シロウ、ひなたはね……あの世とこの世を繋ぐ存在……」
そう言いながらゆっくり俺に近づき、小さな手で俺に触れた。
正直少し怖い気持ちがあった。でも俺は逃げなかった。だって見た目はあの「ひなた」だから……。
てるてる坊主の曲で喜んで飛び跳ねていたあの「ひなた」だから……。
――――いや、「ひなた」自体が最初から謎の存在ではあったけれど……。
言葉に詰まる俺を見つめたまま、ひなたは続けた。
「人は、てるてる坊主の曲を歌うように、空を見上げて願い事を掲げる。でもその願いは一方通行では叶えられない。空からも、この地に向かって同じように願う者がいなければ、決して叶えることは出来ない……」
「…………!」
――――今、何て……?
『この地に向かって同じように願う者』
ひなたはそう言った……。
――――まさか……それは……
『史朗……』
懐かしい声と笑顔が浮かぶと同時に俺は身震いするような感覚に陥り、震える手足を落ちつけようと必死になった。
――――落ち着け……。俺は、何を考えている……?
――――いや、それはありえないし、ありえては……いけないことだろう?
――――そんな都合のいいこと、期待してはダメだ……!
「シロウ……」
呼ばれてハッとした。意識がどこかへ飛んでいた。
神秘的な瞳で俺を見つめるひなたの身体から、いつの間にか光があふれ出しているようにも錯覚する。
「ずっとシロウを想って、シロウに逢いたいと願う女性が空にいる。シロウの願いと彼女の願いがリンクしてひなたという橋ができた。……さあ願い事を言って。叶うよ。たったひとつだけ。……叶うよ」
「そんな、こと……」
ひなたの言葉に、俺は首を振って息をのんだ。
――――ありえない……でも、もし……
ありえたら?
――――願い事……?
そんなの、決まってるだろ……?
無理だとわかっていても、たったひとつしかない。
でも、これは言っていいことなのか?これは倫理を犯さないのか?
「言って、シロウ。言葉にしてくれないと、叶えられない。シロウの……ううん、シロウたちの願いを教えて欲しい……。ひなたは、手助けしかできない。手助けするために、現れた……」
「………俺は………」
胸が熱くなり、涙がこみ上げてくるのがわかる。
言ってはいけないと、言ってもむなしいだけだと、心が叫んでいるのがわかる。
だけど、もし叶うなら、、、
願ってしまっても、許されるのなら、、、
言葉にしても、誰にもとがめられないのなら――――
「俺は……吹雪に……」
――――言っても……いいのか?
――――言葉にしても……いいのか?
「吹雪に……会いたい……」
下げている手を拳にし、力を入れ……繰り返す。
「会いたいんだ……!!!」
心の詰まりを吐きだすように、そう叫んでいた。
無理なことを言っているのはわかってる。会えるはずがない。もうこの世にいない人間だ。
あの日灰になった。見送った。空高くのぼっていった。それを見てた。
――――俺は何を……言っている……?
「シロウ……」
――――とてもおろかなことを、、、口にした……
吹雪に一番会いたいのは、きっと家族だ。
「会いたい」と、その言葉を一番我慢しているのは家族のはずだ。
――――なのに、俺が……
――――俺だけが、こんなワガママを……
「……っ」
膝を折り、地に両手をつき、その場に泣き崩れた俺を……ひなたの小さな手が優しく抱きとめてくれた。
「頑張ったね……、シロウ」
俺に触れているひなたの手が、俺の身体をぽんぽんと叩いて優しく癒し……
「いいんだよ。願っていいんだ……。シロウは何も悪くない。もちろん吹雪も悪くない……。君たちの間には強い絆があった。だからまた繋がった……。それは誇っていい絆なんだ……」
暗闇から降り注ぐ月の光のように……優しくつぶやいた。
――――ありがとう……
――――ありがとう……ひなた。その言葉だけでも、救われた。
――――もう充分だ……。
そう伝えようと思った。本心だった。
「ひなた……」
俺が口を開き、閉じていた目を開け、顔を上げた……
――――その、瞬間、、、
『史朗!』
もう二度と……聞くことができないと思っていた懐かしい声が音楽室に響き渡り、、、
俺は……自分の耳を疑った。
-続く-
夢の中でひなたが、俺に向かってそう言った気がした次の日の朝。
いつもより早く目が覚めた俺は、家にいても落ち着かなくて、朝7時過ぎには学校に到着してしまっていた……。
体操着の入った袋に触り、姉貴から貰った酒の感触を確認する。
そのあと鞄をあけ、雪だるまのキーホルダーが入っていることも確認した。
――――まぁ、ひなたの反応がなければ、そのまま持ち帰るだけだけど……。
校門を通ると同時に運動部の元気な声が響く。こんな朝早くから練習しているのか。
そんな彼らを眺めつつ、また雪が降りそうな曇り空を見つつ、いつも通り足は音楽室へと向かっていた。
――――多分、いるよな……。夢に出て来たし……。
速まる鼓動。いつもより急ぐ足音。
音楽室の前で一旦足を止め、深呼吸。
少しためらいつつもドアを開けると、いつもと変わらない音楽室の真ん中で……こちらを向いて立っているひなたの姿があった。
「ひな……」
声をかけようとして、ドキッとした。
ひなたの雰囲気は、いつもと明らかに違っていた。
瞳が違う。いつものような子供のキラキラした瞳ではなく、俯瞰するような大人びた瞳……。
姿形は小さな子供なのに、身体の中には何か別のものが宿っているような……安易に近づいてはいけないような……少しゾクッとするような感覚すらあった。
「……感じる。持ってきてくれたんだね……」
「え……」
突然のひなたの言葉にふいをつかれ、俺は一歩後ろに下がった。
するとひなたは小さな手で俺を……いや、持っている通学鞄と体操着の入っている袋を指差した。
「そこに感じる。ひなたのために用意してくれたもの……」
「……!わかるのか?」
ひなたはうなずき、両手を差し出して小さな手を広げた。
「ひなたの好きな曲と、気持ちのこもったその品を捧げることが、シロウの願いを叶えるための条件だよ。さあ、願い事を言って。叶えてあげる。共に空に届けよう……」
「願い、事って……」
思考が追い付かない。
何かが起こるかもしれないと思って酒と金の鈴は用意した。
でもまさか、こういう展開になるとは……。
「……ひなた。何故、俺の願い事を……?他にも願い事をする奴は沢山いるだろう……?」
とまどいながらも、一応聞いてみた。
そんな俺を見て、ひなたは子供の寝顔を見守る母親のような優しい笑顔になった。
「シロウ、ひなたはね……あの世とこの世を繋ぐ存在……」
そう言いながらゆっくり俺に近づき、小さな手で俺に触れた。
正直少し怖い気持ちがあった。でも俺は逃げなかった。だって見た目はあの「ひなた」だから……。
てるてる坊主の曲で喜んで飛び跳ねていたあの「ひなた」だから……。
――――いや、「ひなた」自体が最初から謎の存在ではあったけれど……。
言葉に詰まる俺を見つめたまま、ひなたは続けた。
「人は、てるてる坊主の曲を歌うように、空を見上げて願い事を掲げる。でもその願いは一方通行では叶えられない。空からも、この地に向かって同じように願う者がいなければ、決して叶えることは出来ない……」
「…………!」
――――今、何て……?
『この地に向かって同じように願う者』
ひなたはそう言った……。
――――まさか……それは……
『史朗……』
懐かしい声と笑顔が浮かぶと同時に俺は身震いするような感覚に陥り、震える手足を落ちつけようと必死になった。
――――落ち着け……。俺は、何を考えている……?
――――いや、それはありえないし、ありえては……いけないことだろう?
――――そんな都合のいいこと、期待してはダメだ……!
「シロウ……」
呼ばれてハッとした。意識がどこかへ飛んでいた。
神秘的な瞳で俺を見つめるひなたの身体から、いつの間にか光があふれ出しているようにも錯覚する。
「ずっとシロウを想って、シロウに逢いたいと願う女性が空にいる。シロウの願いと彼女の願いがリンクしてひなたという橋ができた。……さあ願い事を言って。叶うよ。たったひとつだけ。……叶うよ」
「そんな、こと……」
ひなたの言葉に、俺は首を振って息をのんだ。
――――ありえない……でも、もし……
ありえたら?
――――願い事……?
そんなの、決まってるだろ……?
無理だとわかっていても、たったひとつしかない。
でも、これは言っていいことなのか?これは倫理を犯さないのか?
「言って、シロウ。言葉にしてくれないと、叶えられない。シロウの……ううん、シロウたちの願いを教えて欲しい……。ひなたは、手助けしかできない。手助けするために、現れた……」
「………俺は………」
胸が熱くなり、涙がこみ上げてくるのがわかる。
言ってはいけないと、言ってもむなしいだけだと、心が叫んでいるのがわかる。
だけど、もし叶うなら、、、
願ってしまっても、許されるのなら、、、
言葉にしても、誰にもとがめられないのなら――――
「俺は……吹雪に……」
――――言っても……いいのか?
――――言葉にしても……いいのか?
「吹雪に……会いたい……」
下げている手を拳にし、力を入れ……繰り返す。
「会いたいんだ……!!!」
心の詰まりを吐きだすように、そう叫んでいた。
無理なことを言っているのはわかってる。会えるはずがない。もうこの世にいない人間だ。
あの日灰になった。見送った。空高くのぼっていった。それを見てた。
――――俺は何を……言っている……?
「シロウ……」
――――とてもおろかなことを、、、口にした……
吹雪に一番会いたいのは、きっと家族だ。
「会いたい」と、その言葉を一番我慢しているのは家族のはずだ。
――――なのに、俺が……
――――俺だけが、こんなワガママを……
「……っ」
膝を折り、地に両手をつき、その場に泣き崩れた俺を……ひなたの小さな手が優しく抱きとめてくれた。
「頑張ったね……、シロウ」
俺に触れているひなたの手が、俺の身体をぽんぽんと叩いて優しく癒し……
「いいんだよ。願っていいんだ……。シロウは何も悪くない。もちろん吹雪も悪くない……。君たちの間には強い絆があった。だからまた繋がった……。それは誇っていい絆なんだ……」
暗闇から降り注ぐ月の光のように……優しくつぶやいた。
――――ありがとう……
――――ありがとう……ひなた。その言葉だけでも、救われた。
――――もう充分だ……。
そう伝えようと思った。本心だった。
「ひなた……」
俺が口を開き、閉じていた目を開け、顔を上げた……
――――その、瞬間、、、
『史朗!』
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-続く-
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