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第3話

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一体、、、何が起こった!?

俺の頭は……「???」マークでいっぱいだった。

金髪美女の胸を触ったのは覚えてる。
抱きしめたのも覚えてる。においをかいだのも。
そして、ビキニを脱がそうとしたのも……覚えて……あれ!?

考えてみたら、記憶はそこで止まっている……ような???

つまり俺は、金髪美女のビキニを脱がすことに失敗し、、、?

え、失敗……?

「???」マークが少しずつ消えていき、なんとなーく現実が見えてきた。。。

宙ぶらりんになっている両足。
霧が晴れたようにだんだん現実化する視界と思考。

俺の目の前には、般若はんにゃのような形相でピカーンッと青い目を光らせる金髪美女がいて、その金髪美女の両腕は……何故か見違えるほどムッキムキ。
そして俺の顔を両手で挟んで、俺の全身を持ち上げている。

てか、スタイル変わらないのに、両腕だけいきなりムキムキになってるとか、機能的におかしくない!?

俺は抵抗しようと金髪美女の両腕をつかんでみたが、全く動かせる気がしないくらい硬くて太かった。
例えてみるなら、競輪選手の鍛え抜かれた神々しい太ももみたいな、そういうレベルのすごさだった。

えー、コホンコホンッ。
生暖かく見守っていた(!?)ABCトリオが、咳払いをしてから交互に口を開き始めた。

「さっきも少し説明しましたが」
「聞いてなかったの気付いてましたが」
「面白かったのでそのままにしてましたが」

「「「ぼっちゃんがセクハラすると、クレアの中に巡回している血液という名のオイルが一気に腕に集まり、腕だけムキムキの筋肉質になる仕組みです‼」」」

「意味不明な言葉ハモるな‼ 色々突っ込みどころ満載だが、まず降ろせ~‼」

俺は必死で叫んだ。そして抜け出そうと何度も試みた……が、無理だった。

金髪美女……クレア(という名らしい!?)との目線差から判断して、床から浮いてる足は10センチ程度だが、それでもいい気はしない。
しかも目の前のクレアの顔、怖いし……。目、光ってるし、睨んでるし……。
あと気のせいか、口から白い息で出てるし……。コォォォ…って言ってるし。

「ぼっちゃん。こういう時はね、“ごめんなさい。もうセクハラしません”って言うんですよ。そしたらクレアも降ろしてくれますよ」

聞こえてきたABCトリオの言葉に、俺は「え~……」と小さな声で反発した。

好みのEカップがそこにいるのに、何故触ってはいけないのだ!
何故Eカップを触るのか。そこにEカップがあるからだろう!?

はぁ~~~~っと息を吐いてから、俺はガックリ肩を落とし、、、

「……わかったよ。セクハラするなら、たまににします……」

折衷案のつもりでこう言った。しかしそれがまずかった‼

ピカーンッ‼ ピカーンッ‼ とクレアの目がさらに濃いブルーに光り……

ウィィィーンッと機械が起動するような音がしたと思ったら、俺はクレアにすごい勢いで上下に揺さぶられた。そして横にもブンブンブンブン振り回された。
縦に左右にブンブン。またブンブン。更にブンブンッ‼
俺はシェイクじゃねぇー‼‼

「酔う! 酔うぅぅぅぅ‼」

「YOYO!? ラップですか!?」
「こんな時にイキですね! ぼっちゃん」
「じゃあみんなで……」

「わかった。ごめんなさい! なるべくセクハラしないからぁ! だから離して下さいぃ~! ひぃぃぃぃいいいぃいぃ‼」

振り回されすぎて限界が来た俺は、涙声で叫んでいた。
このままでは、脳みそが頭からパカッと飛び出て逃げてしまうぅ……‼

するとクレアは突然動きを止め、下投げでぽーんっと俺を宙に放り投げた。

(なんでー!?)

俺の身体は、リビングの天井にぶつからない程度に弧を描きながら舞い……

「「「ソファー・ロボ、GO‼  ぼっちゃんを受け止めろ‼」」」

ABCトリオの言葉で、俺の元に走ってきたソファー・ロボに、ボスッと音を立てて受け止められた。

ちなみにこのソファー・ロボ、さっきまで俺が座っていたやつだし、3人のかけ声で突然船を漕ぐオールみたいな足が沢山生えたと思ったら、カサカサと音を立てて走って来やがった……。
なんか動き自体が、キモイんだけど……。

それにしても……だ!

……脳みそが、くわんくわんする……。。。

思考が定まらず、俺は揺れる脳みそと共にソファーに伸びていた。
半分気絶していたと言ってもいい。

「「「ソファー・ロボ、寝室へGO‼ ぼっちゃんをベットへ‼」」」

またもやABCトリオの言葉で、ソファー・ロボは背もたれを手前に倒して俺をしっかり固定した後、リビングを出て階段を上って二階の寝室へ歩き出した。
足が沢山ついているせいか、ドタドタうるさいし、ものすごく揺れる……。

(てか、このまま寝室へ行っても、ソファー・ロボはドアを開けれないだろ……)

そう思っていたら、丁度ドアが開けっ放しになっていたらしく、俺はソファー・ロボに無事(!?)寝室に運び込まれた。

(そういやさっきABCトリオが、エアコンのメンテナンスに来たって言ってたっけ……)

そんなことをぼんやり考えていたら、カーテンがしめっぱなしの薄暗い寝室の真ん中にあるキングベットの上に、斜めになったソファー・ロボに身体を転がされた。

そしてソファー・ロボは、任務完了とばかりに部屋を出て行き、ドタドタと階段を降りる音が聞こえてきた。きっとリビングに戻って、またソファーとして過ごすのだろう。。。

そもそもソファーがドアやベットを認識できるって、すごすぎるんだが……。どんな改造をするとこんな風に動くんだ……?
あ、でも映像を認識させながらプログラムを組めば、一定の障害物を避けたり、ある程度思い通りに動かすことは可能なのか……?

まぁABCトリオにとって、この家は自分たち庭みたいなものだろうし、な……。

(……それにしても喉乾いた……蒸し暑い……エアコン……)

俺はベットの上で体制を変え、上を向いて起き上がろうと試みた。しかし、身体に力が入らなかった。

諦めてそのまま眠りに落ちそうになった瞬間、ABCトリオが様子を見に階段を上って寝室へ入ってくる音がした。

「「「ぼっちゃ~ん、大丈夫ですかー?」」」

「エアコン入れますねー」
「布団整えますねー」
「飲み水置きますねー」

パッと部屋の電気がついて、明るくなった。疲れた目には眩しい……。
テキパキと世話をしてくれるのはありがたいが、できればもっと加減したロボットを作ってくれ……。
そう文句を言いたいが、今はとてもそんな元気がない……。

それに、吐きそうだ……。
でも、、、ベットに吐くわけには……。

何とか声を絞り出そうと思ったところで、「はい、これ。新作でーす!」と、3人の誰かが俺の頭の横に何かを置いた。

「なんだ……これ……」

ぼんやりした頭で置かれた物を眺めると、脱衣所に置いてある掃除用の黄色いバケツだった。
プラスチック製で、水汲みにでも入れ物にでも重宝する。

「これが……何の役に……」

片手を伸ばし、バケツをつかみながらABCトリオを見ると、

『さぁ! 吐きたいなら吐いちまえよ。すっきりするぜー☆』

いきなりバケツがしゃべりだした。
人間の声というより、機械音だったけれど。

「うわぁ!」と驚いてバケツを放すと、バケツの底に2つの足がついていることに気が付いた。
しかも、見覚えのあるもので作られていた。

「急いでたんで、ぼっちゃんのサンダルを洗って作りました」
「お気に召しませんか? 嫌なら取り外せます」
「でも元には戻らないので、サンダル・ロボに改造します」

「おい」

この手のことは毎度のことなので、もう怒る気も失せた。
サンダル・ロボも、作ったらどういうロボになるのかちょっと興味があるし。

でもまぁ今は……それよりも。

「……で、このバケツ、どう使うんだ?」

一応聞いてみた。
作ってしまったものはどうしようもない。使うしかない。使える物ならだけど。

ABCトリオはベットの周りを取り囲み、全員両手を広げた。

「「「吐きたかったらどうぞ~♪」」」

「まんまだな!」

俺はハァーッとため息をついてバケツをベットから叩き落とし、どうでもいいやと眠る体制になった。

しかし3人は諦めずにしゃべり続ける。

「でもぼっちゃんが吐いた後、自分で歩いて外まで捨てに行くので便利ですよー」
「ただし安定が悪いので、途中でコケたらごめんなさい」
「何せ急いで作ったロボですので、階段には対応してないかも……」

「「「ちなみに、バケツ・ロボ、または、ゲロ・ロボ。略してゲ・ロボ……」」」

「言うな! まじで吐きたくなるだろっ‼」

3人の言葉に、俺がそう叫んだ瞬間……

『オェエエエェェェェエエ‼』

その辺に転がっているはずのバケツ・ロボから、嫌な声がした。

「「「吐きたいけど、吐けない人用にリアル音声つけてみました♪ どうですか? 吐いてみたくなるでしょう!?」」」

ABCトリオが転がったバケツ・ロボを拾い、また俺の枕元に置く。

「いらんわ! んな機能‼ 余計気分悪くなるわっ‼」

俺はパンチして、またバケツ・ロボをベットの下に転がした。

するとバケツ・ロボは、『オェエェェ』と『ギョエェエエェ』を延々繰り返し始めた。どうやら即故障したらしい……。まぁ今回の故障は、完全に俺のせいだけど。

「もっとリアルな声の方がよかったですか?」
「ちなみにこの“オェェエエェ”は僕の声でーす」
「よければ僕の声もつけますよ?」

「どーでもいいから‼ 出てけっ‼ 寝かせろっ‼」

俺は3人を寝室から追い出し、頭から布団をかぶった。
静かになったので、壊れたバケツ・ロボも持って出て行ったらしい……。

また戻ってくるんじゃないか!? とビクビクしていたが、足音が遠ざかり……少しホッとした。
そっと布団から顔を出すと、部屋の電気も暗くなっている。これ以上は何もしないらしい。
ABCトリオに悪気がないのはわかるが、今は顔を見たくなかった。

(やっと眠れそうだ……)

ウトウト……としていると、脳裏に懐かしい顔が浮かび上がった。

実はこの枕も、俺の脳波を研究するちょっとした枕・ロボになっている。
横になった時に、脳にかかっているストレスを計算し、起きる時にスッキリ目覚められるよう、自動で素敵な音や音楽を流してくれるのだ。

多分今の俺には多大なストレスがかかっているので、昔この家で暮らしていた時の日常の音が脳に流れてきているのだと思う。

―――――そう、ひとりじゃなかった時の……音だ……。

すぐる……』

じーさん。

『ふふふ。元気にしてるかしら?』

ばーさん。

ほらな、予想通り、この二人が出てきた。

音はほんとに些細なものだ。例えばトントンと包丁を動かす音とか、誰かが歩く足音のリズムとか。
俺以外の誰かがそっとドアを開け閉めする音、外に出ていく音。
小さな音1つで、人それぞれの個性が出てくる。

声が入っているわけではないのに、どういうわけか昔過ごしていた頃の日常が脳内で驚くほど立体化し出す。

ABCトリオは、いつか俺がひとりになる日を予測して、些細な日常の音までこんな風に研究して活かしていた。
ほんとむかつくけど、すごい奴らだ……。

(でも今は疲れたから、この音に甘えよう……)

細長いじーさんと、ちょっとふっくらしたばーさんだった。
二人ともずっと健康だったから老衰だったけど、亡くなるまでの数年は足腰が弱って介護が必要で、都会の親の自宅で機械に囲まれて過ごした。

この田舎で機械に囲まれて過ごしても、俺がそばにいる以上、誤作動を起こしかねないとじーさんばーさん以外が反対して、強制的に連れて行かれた。
間に挟まれたABCトリオは、さすがに何も言わなかった。申し訳なさそうに俺を見て、もくもくと研究に没頭していた。

そんな俺はじーさんばーさんに会いに行くことが許されず、毎日PCのモニター越しに姿を見ては、たまに会話をしてた。

枝のように細くなったじーさんの手は、いつも俺の頭をなでようとしてた。
モニター越しなのに腕を上げて、なでれないことに気付いてひっこめる。そんなことの繰り返しだった。

そんな光景を見たABCトリオが、遠くに離れている人間同士でも、モニター越しにリアルな感覚を味わえる方法はないかと、必死になって研究していた。

本人の身体をかたどったそれっぽい模範品を持ってきて代用するならともかく、本人そのものをモニター越しにリンクさせることはさすがに難しく……。

お互いの映像をお互いの場所まで送るか運び、立体ホログラムのように目の前で再現した映像と触れ合うしかなかった。

だから俺は、じーさんばーさんが家からいなくなった後、ずっとホログラムのじーさんとばーさんに、頭をなでてもらい……。
当然手の感覚はなく、伝わったのは気持ちだけだったけれど、それだけでも十分だった。

(優、か……)

眠りながらだけど、笑みがこぼれた。そして涙も……。

そういや、俺は「優」という名前だった。
誰も俺の名前を呼んでくれないから、すっかり忘れかけてたよ……。

『優……』

心配そうなじーさんばーさんの表情が浮かぶ。

―――――うん、大丈夫だよ。

ABCトリオをもいるし、機械と相性が悪い体質も相変わらずだけど、以前よりもだいぶ修理がうまくなったんだ。
この先どうなるかわからないけど、自分の食い扶持くらい稼げるような技術を身に着けるよう、頑張るからさ。
田舎なら都会よりは何とかなるよ。なんとでも生きていけるよ。

俺は機械に嫌われてるけど、俺は機械を嫌いじゃないよ……。

なんか、心配ばっかさせてごめん……。

ごめん……。

……俺は二人を……笑顔にしたいのに……。

色々上手く、いかないな……。

……ほんとに……。

…………上手く、いかな―――――……

(……あれ?)

―――――どれだけ、、、眠っていたのだろう……?

温かい気持ちに包まれて、ふと目が覚めた。

誰かに抱きしめられたような、俺のすべてを肯定すると言わんばかりの、優しい笑顔を向けられたような……。

見た夢は覚えていないが、身体がすっきりしている自分がいた。
そして涙の後もある。

(泣いてるってことは、じーさんばーさんの夢でも見たか? 俺もまだまだだな……)

目をこすり、水を飲もうと手を伸ばした。
確かさっき、ABCトリオが飲み水を置くと言っていた。ペットボトルか何かが近くに置いてあるはずだ……。
そしてあるとすれば、ベットの横に備え付けてある小さな棚の上のはずだった。

ドアもカーテンも閉まっている真っ暗な室内。起きたばかりの視界には何も見えない。
そして(この辺かな……?)と伸ばした手に、柔らかい感触が触れた。
つかめる。柔らかい。そして揉める。

(あ、なんか嫌な予感がする……)

こういう時の、漫画や小説的なイベントって確か……

そう思った瞬間、暗闇から青く輝く光が見えた。

(ほらな。やっぱりそうだ……)
 
多分この柔らかい感触はクレアのEカップで、青い光はクレアの目だろう……。
そうか。俺はまた吹っ飛ばされるのか……。

それでも俺はまだEカップを揉み続けていた。
どうせ吹っ飛ばされるなら、揉みまくってもいいじゃないか。人生にだって揉まれているんだから‼

だいぶ目が慣れてきた視界で、青い光を持つ物体がゆらりと動いた。

―――――来るか!?

俺は覚悟して、ギュッと目を閉じた。


つづく。
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