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不穏1
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そして今日が、涼風がまた来てくれれば、立花がつくったカップケーキの感想を聞かせてくれる。何でもないように白状したけれど、本当は気になって眠れないくらいには返事の中身を気にしている。
「すごい進展じゃないですか!? 手作り料理まで食べさせたんですねっ」
二葉の大袈裟な反応で、立花の頬にぽっと赤みが差す。手作り料理なんて大層なものでもないのに。
今日は二葉と2人だけのシフトなので、わいわいと話し合いながら開店の準備をする。立花はいつものように今日の分のコーヒー豆を牽き始めた。構内の自販機で買える手軽なものよりも値段が高く設定してあるため、一応手間をかけたものを売っている。豆の種類、牽き方や淹れ方について特に詳しい訳ではないので、マニュアルをきちんと守って予製をつくる。
立花が奥で作業をしていると、学生がカウンターにやって来た。二葉が代わりに出てくれたので任せることにした。
「立花さんっ。ホットコーヒー2つです!」
溌剌にオーダーを通す声が聞こえてきて、立花は返事をする。淹れたてのものを取りにきた二葉の表情が曇っていたのが引っ掛かったが、気のせいだろうと悪い方向にはなるべく考えないようにした。
二葉のものではない、怒声が立花のいる奥まで届き、びくりと肩が震えた。
「二葉君? 大丈夫……」
「り、立花さん……」
怯えきって震えた声で名前を呼ばれる。視線の先には派手な格好をした学生らしき男がいた。
「なあ、どうすんの。溢したせいで火傷しちゃったんだけど」
「だ、だから、溢してないって言ってるじゃないですか……」
「ああ? それが客に対する態度か!?」
萎縮しながらも正直に答える二葉を庇い、立花が前に出る。声を荒げている金髪の男は、カウンターを煩く叩きながら「責任を取れ」としきりに騒いでいる。
「申し訳ございません。火傷のほうは大丈夫でしょうか?」
「どこが大丈夫に見えるんだ? そっちのオメガになあ、わざと引っ掛けられたんだよ。どう責任取るつもりだ」
シャツの襟足の隙間から黒のチョーカーを見つけられ、くくっ、とバカにするような笑いが降りかかった。オメガに対する差別は今に始まった訳じゃない。ただ、直接的な侮蔑に心はすくみそうになる。
「失礼致しました。お怪我の具合はこちらでは判断出来かねますので、一度診ていただいたほうがよろしいかと思います。保健室までお連れしましょうか」
火傷を負ったという手のほうに立花が目線をやると、すぐにもう片方の手で覆った。見え透いた訴えに対して、立花は怯むことなく冷静に対処する。
「そんなことで許されると思うなよ。……そっちのオメガはここの1年だったよなぁ? 大事にしたくねぇなら、どうしたらいいか分かるよな」
苦し紛れに吐いたのは、二葉を揺さぶる脅迫だった。今まで下手に出ていた立花も、男の浅はかさにさすがに呆れて、お引き取り願おうと口を開きかけたときだった。不意に手首を掴まれ、その方向を見た。完全に怯えきっている二葉が、震える手で立花に触れている。
事に対して荒波を立てたくない様子で、立花の腕にすがりついてきた。
立花はただのアルバイトだが、二葉はれっきとした学生だ。ここで諍いを起こせば、二葉の学生生活に差し支えるかもしれない。学校側に訴えても、よくてお互い同程度の処罰、運が悪ければオメガのみに処分が下るときもある。
「あーあ、貴重な休み時間が潰れた。全く……オメガはこんな簡単な仕事も出来ねぇのか。つくづく無能しかいないんだな」
「……では、どのようにさせていただきましょうか?」
後々のクレームを回避するために選んだ言葉に、男は口角を上げた。
「お前らのミスで時間が潰れたんだから、お詫びで代わりの品を用意するんだろうが。ここに届けに来な。……すっぽかしたりでもしたら……まあ、言わなくても分かるよなぁ?」
一枚の紙の切れ端を投げつけるように渡されて、立花はそこに書かれている場所を確認する。講義が行われている館ではなく、研究室が多数入っている建物のほうだった。事前に控えられていたそのメモのところまで、オメガをおびき寄せる──目的としてはそれしか考えられない。
「はい。用意が出来次第、新しいものをお持ちします」
「ふん……こっちのオメガは随分と物分かりがいいじゃねぇか」
泥をかぶる理不尽さは何度も味わってきたし、もう慣れている。アルファやベータはオメガよりも偉いとされているから、頭を下げて言うとおりに従う。子供のときに真っ白な原稿用紙に自由に書いた「皆が平等で優しい世界」は、来ることはないのだから。
「……二葉君、怪我はない? 身体には何かされた?」
「だいじょうぶ……大丈夫、です。それより……ごめんなさい。立花さん……僕のせいで」
「僕のほうは大丈夫だから。二葉君が悪くないこともちゃんと分かってるから。……ただ、お客様にはとにかくまず始めに謝るようにはしようね」
二葉が袖で涙をごしごしと拭いて頷くのを見届けてから、新しいカップに先程オーダーされたものを注いだ。
「すごい進展じゃないですか!? 手作り料理まで食べさせたんですねっ」
二葉の大袈裟な反応で、立花の頬にぽっと赤みが差す。手作り料理なんて大層なものでもないのに。
今日は二葉と2人だけのシフトなので、わいわいと話し合いながら開店の準備をする。立花はいつものように今日の分のコーヒー豆を牽き始めた。構内の自販機で買える手軽なものよりも値段が高く設定してあるため、一応手間をかけたものを売っている。豆の種類、牽き方や淹れ方について特に詳しい訳ではないので、マニュアルをきちんと守って予製をつくる。
立花が奥で作業をしていると、学生がカウンターにやって来た。二葉が代わりに出てくれたので任せることにした。
「立花さんっ。ホットコーヒー2つです!」
溌剌にオーダーを通す声が聞こえてきて、立花は返事をする。淹れたてのものを取りにきた二葉の表情が曇っていたのが引っ掛かったが、気のせいだろうと悪い方向にはなるべく考えないようにした。
二葉のものではない、怒声が立花のいる奥まで届き、びくりと肩が震えた。
「二葉君? 大丈夫……」
「り、立花さん……」
怯えきって震えた声で名前を呼ばれる。視線の先には派手な格好をした学生らしき男がいた。
「なあ、どうすんの。溢したせいで火傷しちゃったんだけど」
「だ、だから、溢してないって言ってるじゃないですか……」
「ああ? それが客に対する態度か!?」
萎縮しながらも正直に答える二葉を庇い、立花が前に出る。声を荒げている金髪の男は、カウンターを煩く叩きながら「責任を取れ」としきりに騒いでいる。
「申し訳ございません。火傷のほうは大丈夫でしょうか?」
「どこが大丈夫に見えるんだ? そっちのオメガになあ、わざと引っ掛けられたんだよ。どう責任取るつもりだ」
シャツの襟足の隙間から黒のチョーカーを見つけられ、くくっ、とバカにするような笑いが降りかかった。オメガに対する差別は今に始まった訳じゃない。ただ、直接的な侮蔑に心はすくみそうになる。
「失礼致しました。お怪我の具合はこちらでは判断出来かねますので、一度診ていただいたほうがよろしいかと思います。保健室までお連れしましょうか」
火傷を負ったという手のほうに立花が目線をやると、すぐにもう片方の手で覆った。見え透いた訴えに対して、立花は怯むことなく冷静に対処する。
「そんなことで許されると思うなよ。……そっちのオメガはここの1年だったよなぁ? 大事にしたくねぇなら、どうしたらいいか分かるよな」
苦し紛れに吐いたのは、二葉を揺さぶる脅迫だった。今まで下手に出ていた立花も、男の浅はかさにさすがに呆れて、お引き取り願おうと口を開きかけたときだった。不意に手首を掴まれ、その方向を見た。完全に怯えきっている二葉が、震える手で立花に触れている。
事に対して荒波を立てたくない様子で、立花の腕にすがりついてきた。
立花はただのアルバイトだが、二葉はれっきとした学生だ。ここで諍いを起こせば、二葉の学生生活に差し支えるかもしれない。学校側に訴えても、よくてお互い同程度の処罰、運が悪ければオメガのみに処分が下るときもある。
「あーあ、貴重な休み時間が潰れた。全く……オメガはこんな簡単な仕事も出来ねぇのか。つくづく無能しかいないんだな」
「……では、どのようにさせていただきましょうか?」
後々のクレームを回避するために選んだ言葉に、男は口角を上げた。
「お前らのミスで時間が潰れたんだから、お詫びで代わりの品を用意するんだろうが。ここに届けに来な。……すっぽかしたりでもしたら……まあ、言わなくても分かるよなぁ?」
一枚の紙の切れ端を投げつけるように渡されて、立花はそこに書かれている場所を確認する。講義が行われている館ではなく、研究室が多数入っている建物のほうだった。事前に控えられていたそのメモのところまで、オメガをおびき寄せる──目的としてはそれしか考えられない。
「はい。用意が出来次第、新しいものをお持ちします」
「ふん……こっちのオメガは随分と物分かりがいいじゃねぇか」
泥をかぶる理不尽さは何度も味わってきたし、もう慣れている。アルファやベータはオメガよりも偉いとされているから、頭を下げて言うとおりに従う。子供のときに真っ白な原稿用紙に自由に書いた「皆が平等で優しい世界」は、来ることはないのだから。
「……二葉君、怪我はない? 身体には何かされた?」
「だいじょうぶ……大丈夫、です。それより……ごめんなさい。立花さん……僕のせいで」
「僕のほうは大丈夫だから。二葉君が悪くないこともちゃんと分かってるから。……ただ、お客様にはとにかくまず始めに謝るようにはしようね」
二葉が袖で涙をごしごしと拭いて頷くのを見届けてから、新しいカップに先程オーダーされたものを注いだ。
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