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涼風との再会1
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× × ×
初めての発情期以来、義母が家にいなくなると瑛智に抱かれるようになった。嫌でも逃げ出したくても、立花には他に帰る場所も、匿ってくれる人もいない。最初のうちは人目を忍んで、発情期を越える度に絶望的な飢えに堪えきれなくなって立花のほうから抱いてください、とせがむようになると、瑛智は手段を選ばずにセックスをする。快楽を与えられることと引き換えに、男を悦ばせる様々な技巧を教えられた。男色の気のない”お客様"も、立花が奉仕すればたちまちオメガの身体の虜になる。客をとるようになったのは、義務教育を終えた頃くらいだった。
じわり、と嫌な感触を伝えながら、服の下で汗が流れていく。男と交わった後はいつもこうだ。発情期には程遠いが、身体は怠く重く、男に抱かれている自分しか考えられなくなる。涼風に抱かれてから、もう何日もずっと、後孔を弄ってはこみ上げる熱を慰めていた。
さらに深くへと張り型を埋めていくと、快楽が増幅する場所にちょうど突き当たる。
──いきたい……涼風さんので、もう1度……。
ベッドの端に放り出していたスマートフォンが不意に震えて、着信を知らせる。立花はおろそかになっていた手を止めて、光る画面を覗いた。
『体調は大丈夫ですか? 心配なので既読だけでもつけてください』
そんなメッセージが泣いている絵文字とともに届いていた。あの一件から日にちの感覚がまるでなかった。別に生きていないようなものだから、今さらどうだっていいが。
──涼風さんに全部聞いたのだろうか。
一抹の不安が胸の中に巣食って、暗い思考が頭から離れない。アルバイトを休んでいる間に、涼風がもうすでに自らの保身のために、周辺の人達にあの件について触れ回っているかもしれない。そうだとしても涼風を恨まない。二葉と顔を合わせても、お前のせいで、なんて嫌な気持ちにもきっとならない。
自分の危機管理の甘さが招いた結果だ。それに、2人がかりで不本意に犯されるよりは、1人でよかったとも思える。自分自身でも腑に落ちる箇所がずれているとは薄々感じているが、別にそのことで日常生活でぼろを出したりはしていない。その心根のおかげで、本当は脆い自分を守っているのだから。だって、そうでもしないと、手首でも切って今の現実から逃げてしまいたくなるから。
「大丈夫です。心配をかけました。午後は涼風さんのところへ行ってからそちらに行きます」
……────。
透明のビニールの口を細いリボンで縛っただけの、簡易な包装の菓子を携えて、立花は研究棟へと踏み入れた。大学のホームページのリンクから、研究室を片っ端から調べて涼風の名前を見つけたのだ。詮索するような真似をして申し訳ないと思ったのだが、他にもっとよい手段も考えつかなかった。
──生命医科学部、医科学科の大学院生。
見た目も振る舞いも随分と大人びていたから、二葉のような学生ではないとは勘付いていた。それにほぼ毎日、他の学生は授業を取っているだろう昼下がりに、カフェによく訪れている。別館から食堂へ向かう講師や教授らしき姿もちらほら見かけてはいたが、皆スーツを着ていた。涼風はもっと洒脱でカジュアルな服装だったと記憶していたから、教職ではないだろうとある程度絞れてはいたのだ。
「生命情報研究室」のプレートが掲げられている扉の前まで来ると、立花は重い息を吐き出した。余所者の自分がこんなところにいていいのだろうか。壁も天井も一面が真っ白な廊下はずっと遠くを見つめていると、平衡感覚がぼやけてくる。
うろうろしているうちにようやく、院生室と書かれた小さな部屋の扉に涼風の名前を見つける。ホワイトボードらしきものが提げられていて、「在室」の文字の横に緑色のマグネットが置かれていた。
この扉の向こうに……いる。匂いや気配はなくとも、押しつけられた緊張感が、足をすくませる。
「ごめん! ちょっとどいてくれる?」
──えっ? もしかして話しかけられてる?
雑に積み上げられて、ぐらぐらと揺れている発泡スチロールの箱が、立花の知る言葉を放っている。もちろん無機質なそれが独りでに動くことなんてあり得ない。女性が1人で抱えるには大変だろう大きな箱を、立花は反対側から支えた。
「あの……? 大丈夫ですか? 1度床に置いたほうが……」
「それはだめ! 郁ちゃんに怒られるから!」
「ああ……すみません。えっと、どうしたら」
「そこの扉開けてよ。手が塞がっているんだから、そのくらい分かるでしょ」
親切心で声をかけたのに、踏みにじるようにきつく言い返されて、立花はぴくりと頬を動かした。すぐに気を利かせられる訳でもないし、オメガだからとろくてすみませんね、と内心で言い訳めいた謝罪を呟いて、立花は発泡スチロールに触れていた手をぱっと離した。立花が向かい側から支えていたおかげでバランスを保っていた箱は、奥手に少し傾く。
「……何を言い合っているのかな。……っ」
顔を見合わせると、お互いにはっと息を飲んだ。涼風の一声が明らかに不機嫌さを募らせていて、立花は反射的に頭を下げた。
初めての発情期以来、義母が家にいなくなると瑛智に抱かれるようになった。嫌でも逃げ出したくても、立花には他に帰る場所も、匿ってくれる人もいない。最初のうちは人目を忍んで、発情期を越える度に絶望的な飢えに堪えきれなくなって立花のほうから抱いてください、とせがむようになると、瑛智は手段を選ばずにセックスをする。快楽を与えられることと引き換えに、男を悦ばせる様々な技巧を教えられた。男色の気のない”お客様"も、立花が奉仕すればたちまちオメガの身体の虜になる。客をとるようになったのは、義務教育を終えた頃くらいだった。
じわり、と嫌な感触を伝えながら、服の下で汗が流れていく。男と交わった後はいつもこうだ。発情期には程遠いが、身体は怠く重く、男に抱かれている自分しか考えられなくなる。涼風に抱かれてから、もう何日もずっと、後孔を弄ってはこみ上げる熱を慰めていた。
さらに深くへと張り型を埋めていくと、快楽が増幅する場所にちょうど突き当たる。
──いきたい……涼風さんので、もう1度……。
ベッドの端に放り出していたスマートフォンが不意に震えて、着信を知らせる。立花はおろそかになっていた手を止めて、光る画面を覗いた。
『体調は大丈夫ですか? 心配なので既読だけでもつけてください』
そんなメッセージが泣いている絵文字とともに届いていた。あの一件から日にちの感覚がまるでなかった。別に生きていないようなものだから、今さらどうだっていいが。
──涼風さんに全部聞いたのだろうか。
一抹の不安が胸の中に巣食って、暗い思考が頭から離れない。アルバイトを休んでいる間に、涼風がもうすでに自らの保身のために、周辺の人達にあの件について触れ回っているかもしれない。そうだとしても涼風を恨まない。二葉と顔を合わせても、お前のせいで、なんて嫌な気持ちにもきっとならない。
自分の危機管理の甘さが招いた結果だ。それに、2人がかりで不本意に犯されるよりは、1人でよかったとも思える。自分自身でも腑に落ちる箇所がずれているとは薄々感じているが、別にそのことで日常生活でぼろを出したりはしていない。その心根のおかげで、本当は脆い自分を守っているのだから。だって、そうでもしないと、手首でも切って今の現実から逃げてしまいたくなるから。
「大丈夫です。心配をかけました。午後は涼風さんのところへ行ってからそちらに行きます」
……────。
透明のビニールの口を細いリボンで縛っただけの、簡易な包装の菓子を携えて、立花は研究棟へと踏み入れた。大学のホームページのリンクから、研究室を片っ端から調べて涼風の名前を見つけたのだ。詮索するような真似をして申し訳ないと思ったのだが、他にもっとよい手段も考えつかなかった。
──生命医科学部、医科学科の大学院生。
見た目も振る舞いも随分と大人びていたから、二葉のような学生ではないとは勘付いていた。それにほぼ毎日、他の学生は授業を取っているだろう昼下がりに、カフェによく訪れている。別館から食堂へ向かう講師や教授らしき姿もちらほら見かけてはいたが、皆スーツを着ていた。涼風はもっと洒脱でカジュアルな服装だったと記憶していたから、教職ではないだろうとある程度絞れてはいたのだ。
「生命情報研究室」のプレートが掲げられている扉の前まで来ると、立花は重い息を吐き出した。余所者の自分がこんなところにいていいのだろうか。壁も天井も一面が真っ白な廊下はずっと遠くを見つめていると、平衡感覚がぼやけてくる。
うろうろしているうちにようやく、院生室と書かれた小さな部屋の扉に涼風の名前を見つける。ホワイトボードらしきものが提げられていて、「在室」の文字の横に緑色のマグネットが置かれていた。
この扉の向こうに……いる。匂いや気配はなくとも、押しつけられた緊張感が、足をすくませる。
「ごめん! ちょっとどいてくれる?」
──えっ? もしかして話しかけられてる?
雑に積み上げられて、ぐらぐらと揺れている発泡スチロールの箱が、立花の知る言葉を放っている。もちろん無機質なそれが独りでに動くことなんてあり得ない。女性が1人で抱えるには大変だろう大きな箱を、立花は反対側から支えた。
「あの……? 大丈夫ですか? 1度床に置いたほうが……」
「それはだめ! 郁ちゃんに怒られるから!」
「ああ……すみません。えっと、どうしたら」
「そこの扉開けてよ。手が塞がっているんだから、そのくらい分かるでしょ」
親切心で声をかけたのに、踏みにじるようにきつく言い返されて、立花はぴくりと頬を動かした。すぐに気を利かせられる訳でもないし、オメガだからとろくてすみませんね、と内心で言い訳めいた謝罪を呟いて、立花は発泡スチロールに触れていた手をぱっと離した。立花が向かい側から支えていたおかげでバランスを保っていた箱は、奥手に少し傾く。
「……何を言い合っているのかな。……っ」
顔を見合わせると、お互いにはっと息を飲んだ。涼風の一声が明らかに不機嫌さを募らせていて、立花は反射的に頭を下げた。
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