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飲み会1
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……────。
飲み会は午後6時からの開始だと知らされていたが、時間が経つにつれて何だか落ち着かなくなって、1時間も早く待ち合わせ場所に着いていた。失敗してはいけないと思って、涼風に「どういう格好で行けばいいですか?」と質問したら、「いつも通りでいいよ」と返ってきてさらに困った。自分自身のセンスは当てにならないから、好きなブランドショップに出向いて、店員に服をまるごと一式選んでもらったのだ。
見事な話術の接客についついのせられて、普段なら着ないような明るい色の服を買ってしまって少し後悔する。シルエットも新品そのもので、見るからに着馴れていなくて、この日のために用意したのがまる分かりで恥ずかしい。
スマートフォンが震えて、涼風からのメッセージだと期待するも違う人だった。二葉が送ってきた、何てことない日常の写真に、立花は素早くメッセージを返す。
──二葉君とこんなに話したことなかったな。
一昨日から二葉が妙に馴れ馴れしい気がする。昨日仕事場へ行ったときには、内田と三谷に頭を下げられた。立花も急に休みを取ったりしていた日が度重なったので、迷惑をかけていると自覚していた。だから、菓子折りを持っていって仕事仲間にきちんと謝った。些細な不満やすれ違いが、知らない間にちょっとずつ溜まっていたのだ。
『あの時は、気が動転していてオメガじゃない、って言ってしまったんです。皆さんに迷惑とか苦労をかけてる、って聞いたら……辛くなって』
泣きながらそう説明する二葉を誰も責められなかったし、立花もそれを信じることにした。二葉のことを内心疎ましく思っていたのが、逆に心強い味方になってくれていて、自己中心的に考えていた自分が恥ずかしくなった。負い目に感じる部分はないとは言えないけれど、ぱっと見の印象や言動だけで二葉の人間性を軽んじるのは失礼だと思ったのだ。だから、もっと二葉と打ち解けようと、自分なりに努力している。
いつまでも光らないスマートフォンを見つめる立花に、聞き慣れた、でも少し上擦った声が降ってきた。
「立花君だよね?」
「え、は、はいっ」
「見つけられなかったら連絡しようとしてたんだけど。すぐに分かった」
立花は名前を呼ばれて、弾かれるようにして顔を上げた。立花の顔を確認すると優しく笑んでくれたので、立花も同じ表情をした。数メートル離れた場所にいる大勢の人は、もしかして今日のメンバーなのだろうか。
「わあ! 立花君すっごく可愛いっ。明るい色の服のほうが似合ってる。何着ても似合うなぁ。羨ましい」
「本当ですか。おかしくないなら……よかったです」
「真下。それは俺が言おうとしてたんだよ」
涼風の後ろからひょこっと顔を出した真下に、格好を褒められて赤面する。涼風も真下の感想に同意らしく、台詞を先取りされて不服そうにしていた。
──似合ってる、って直接聞きたかったな。
似合っているかどうかと涼風の好みは違うのかもしれないけれど、頑張って選んだものを褒められるのは嬉しい。想像が膨らむと、頬の赤みがだんだんと増すような気がして、立花は手のひらで自分の頬を叩いた。
「どうしたの。立花君……?」
「いっぱい飲むぞ、って気合いを入れました」
もちろん本当のことを言える訳もなく、立花は苦しい言い訳で誤魔化した。「立花君って意外と天然?」と質問されたから、ちょっと悲しい勘違いをされている気もする。
幹事の真下が予約してくれた居酒屋は、団体が一室の座敷に入れるようになっていて、1人分のスペースがかなり広めだ。場所へ向かう途中にも、「新しいゼミの子?」と聞かれて返事に困っていると、真下が後で紹介するから、とフォローしてくれた。
仲のいい友達同士でグループをつくっている中で、誰とも初対面の立花はその雰囲気に混ざれないでいた。飲み物のオーダーを取りまとめている人は声をかけたそうだったが、飲み放題のメニュー表と睨めっこする立花はそれに全く気付けないでいた。
「何で迷ってるの?」
「うん、と……いろいろです」
服だけを吟味するのではなくて、お酒の種類も調べればよかったな、と今さらながら思う。ビールや焼酎は味もアルコール度数もよく知らないので、無難に柑橘系のサワーを頼んだ。お酒が全員分行き届いた頃合いで、教員らしき大人の向かい側にいた真下が、立ち上がって挨拶をする。
「今日は集まっていただいてありがとうございます。2年のゼミ生や、3年の研究配属の人、たくさんの人に入っていただいて研究室も賑やかになると思います。生命情報研究室を、どうぞたくさん盛り上げていってください!」
真下の同期が割れんばかりの拍手を送り、後輩達もそれにならって続けて拍手をする。隣の涼風はビールグラスを、立花の持っているグラスの口にこつん、と合わせた。
飲み会は午後6時からの開始だと知らされていたが、時間が経つにつれて何だか落ち着かなくなって、1時間も早く待ち合わせ場所に着いていた。失敗してはいけないと思って、涼風に「どういう格好で行けばいいですか?」と質問したら、「いつも通りでいいよ」と返ってきてさらに困った。自分自身のセンスは当てにならないから、好きなブランドショップに出向いて、店員に服をまるごと一式選んでもらったのだ。
見事な話術の接客についついのせられて、普段なら着ないような明るい色の服を買ってしまって少し後悔する。シルエットも新品そのもので、見るからに着馴れていなくて、この日のために用意したのがまる分かりで恥ずかしい。
スマートフォンが震えて、涼風からのメッセージだと期待するも違う人だった。二葉が送ってきた、何てことない日常の写真に、立花は素早くメッセージを返す。
──二葉君とこんなに話したことなかったな。
一昨日から二葉が妙に馴れ馴れしい気がする。昨日仕事場へ行ったときには、内田と三谷に頭を下げられた。立花も急に休みを取ったりしていた日が度重なったので、迷惑をかけていると自覚していた。だから、菓子折りを持っていって仕事仲間にきちんと謝った。些細な不満やすれ違いが、知らない間にちょっとずつ溜まっていたのだ。
『あの時は、気が動転していてオメガじゃない、って言ってしまったんです。皆さんに迷惑とか苦労をかけてる、って聞いたら……辛くなって』
泣きながらそう説明する二葉を誰も責められなかったし、立花もそれを信じることにした。二葉のことを内心疎ましく思っていたのが、逆に心強い味方になってくれていて、自己中心的に考えていた自分が恥ずかしくなった。負い目に感じる部分はないとは言えないけれど、ぱっと見の印象や言動だけで二葉の人間性を軽んじるのは失礼だと思ったのだ。だから、もっと二葉と打ち解けようと、自分なりに努力している。
いつまでも光らないスマートフォンを見つめる立花に、聞き慣れた、でも少し上擦った声が降ってきた。
「立花君だよね?」
「え、は、はいっ」
「見つけられなかったら連絡しようとしてたんだけど。すぐに分かった」
立花は名前を呼ばれて、弾かれるようにして顔を上げた。立花の顔を確認すると優しく笑んでくれたので、立花も同じ表情をした。数メートル離れた場所にいる大勢の人は、もしかして今日のメンバーなのだろうか。
「わあ! 立花君すっごく可愛いっ。明るい色の服のほうが似合ってる。何着ても似合うなぁ。羨ましい」
「本当ですか。おかしくないなら……よかったです」
「真下。それは俺が言おうとしてたんだよ」
涼風の後ろからひょこっと顔を出した真下に、格好を褒められて赤面する。涼風も真下の感想に同意らしく、台詞を先取りされて不服そうにしていた。
──似合ってる、って直接聞きたかったな。
似合っているかどうかと涼風の好みは違うのかもしれないけれど、頑張って選んだものを褒められるのは嬉しい。想像が膨らむと、頬の赤みがだんだんと増すような気がして、立花は手のひらで自分の頬を叩いた。
「どうしたの。立花君……?」
「いっぱい飲むぞ、って気合いを入れました」
もちろん本当のことを言える訳もなく、立花は苦しい言い訳で誤魔化した。「立花君って意外と天然?」と質問されたから、ちょっと悲しい勘違いをされている気もする。
幹事の真下が予約してくれた居酒屋は、団体が一室の座敷に入れるようになっていて、1人分のスペースがかなり広めだ。場所へ向かう途中にも、「新しいゼミの子?」と聞かれて返事に困っていると、真下が後で紹介するから、とフォローしてくれた。
仲のいい友達同士でグループをつくっている中で、誰とも初対面の立花はその雰囲気に混ざれないでいた。飲み物のオーダーを取りまとめている人は声をかけたそうだったが、飲み放題のメニュー表と睨めっこする立花はそれに全く気付けないでいた。
「何で迷ってるの?」
「うん、と……いろいろです」
服だけを吟味するのではなくて、お酒の種類も調べればよかったな、と今さらながら思う。ビールや焼酎は味もアルコール度数もよく知らないので、無難に柑橘系のサワーを頼んだ。お酒が全員分行き届いた頃合いで、教員らしき大人の向かい側にいた真下が、立ち上がって挨拶をする。
「今日は集まっていただいてありがとうございます。2年のゼミ生や、3年の研究配属の人、たくさんの人に入っていただいて研究室も賑やかになると思います。生命情報研究室を、どうぞたくさん盛り上げていってください!」
真下の同期が割れんばかりの拍手を送り、後輩達もそれにならって続けて拍手をする。隣の涼風はビールグラスを、立花の持っているグラスの口にこつん、と合わせた。
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