あり余る嘘と空白

リミル

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飲み会2

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「来てくれてありがとう。お仕事お疲れさま」

「涼風さんも……お疲れさまです」

──やっぱり何か……場違いだったかな。

歓迎会は当然ながら学生が主体となっていて、関係のない立花は萎縮してしまう。同い年くらいの学生が1人ずつ立って自己紹介をするのを眺めながら、立花はレモンサワーをちびちびと飲んでいた。

「端までいったから……じゃあ、次は立花君ね」

突然指名されて、立花はグラスの中でごふっと咳き込んでしまった。口の中と喉に酸っぱい味が拡がって、瞳を潤ませる。断るのも変に映ると思って、立花はその場で立ち上がり自分の名前を口にした。

「包海 立花です」

「え、え? 立花君それだけ? 持ち時間まだまだあるよ」

真下にそう焚きつけられても、適切なアドリブが浮かばなくて立花は目を泳がせる。

「2年の子? あんな子いたっけ……」

「え、芸能人かな。すっごく綺麗な顔してるよね」

溶け込めていない浮きがちな立花について、周りは口々に憶測やら疑問を半端に投げかける。それを勝手に拾って答えてよいものか迷ったけれど、他に語る経歴も何もなくてそれらの内容を借りることにした。

「食堂横のカフェでアルバイトをしています。今日は涼風さんと真下さんに誘っていただきました」

ややアルコールが入っていることもあって、物珍しいゲストの参加に盛り上がった。立花も気分がよくなって、新しいお酒を頼んだ。

「わりぃ。道が混んでて遅れた」

涼風、そして真下に軽く頭を下げながら、空いている立花の真正面にどかっと腰を下ろす。着くなり涼風と親しそうに話す男をしばらくぼうっと見つめていると、力強い視線で逆に射抜かれてしまった。

「誰だ……郁の番か?」

「違うよ。うちの大学のカフェの店員さん」

きっぱりと否定されてもの寂しい気持ちになる。恥ずかしさと入り交じった複雑な気分を晴らすために、梅酒を一気に煽った。

「ごめんね。立花君。福井は思ったことがすぐ口に出るタイプだから」

立花の1番苦手なタイプだ。それでも涼風の手前、友人らしき男に、立花はにこにこと笑顔を貼りつけた。

「番探してるならそいつ、捕まえておいたほうがいいぜ。将来の社長さんだからな」

「そんなに大層なものじゃないって」

涼風は笑いながら否定すると、立花と同じようにグラスに残っているお酒を全て飲み干した。

「ご実家のお仕事を継ぐ、とかですか?」

「ううん。うちは普通の家庭だから。今の研究を臨床に応用出来ないか、っていろいろ試行錯誤しているところ。あんまり上手くいってないけどね」

「出資の話もきてるんだぜ。謙遜すんなって」

立花の思い描く普通の家庭とは、相当かけ離れているのだろう。対して自分は叔父の命令で、知らないアルファ達に身体を売っていて……薄れていた現実感に急に捕らわれて、軽く目眩を覚える。

「立花君どうした? ちょっと飲み過ぎたかな」

「まだまだ大丈夫です」

ぐらりと揺れた身体を涼風に支えられ、立花は少し火照った顔を肩にのせる。頬よりも涼風の体温のほうが低くて、ひんやりしていて気持ちいい。

──すごく好みで……安心する匂いがする。

ずっとこの香りに包まれていたい。目を閉じたらすぐにでも眠ってしまいそう。うとうとと重い瞼を持ち上げて起きていようと努力するけれど、抗えない。

「勝手に撮るなって。ちょっと」

「後でちゃんと送ってあげるから怒らない。あ、福ちゃん久しぶりー。仕事忙しそうだったのに来てもらって大丈夫だった?」

「本当にお前は先輩相手でも物怖じしないな。俺は大学違うから気にしねぇけど、郁は先輩だろ」

各テーブルに挨拶をしていた真下がグラスを持って、こちらに戻ってきた。

──撮られた……? え!?

頭を取り巻いていた眠気は飛んで、ずっともたれかかっていた涼風からすぐに離れた。ごめんなさい、と謝ったが、涼風はいいよ、と軽く答える。

福井と涼風は高校生以来の友人で、それぞれ違う大学、学部へ進学している。別々の進路へ進んでからは頻繁に連絡を取ることはしていなかったらしいが、涼風が自身の研究テーマにゲノム医療を選んだのをきっかけに再び交流するようになった。世界的に患者数の少ない希少疾患は、まだまだ研究も臨床試験の手も伸びていない。

「今日取り立てのデータ。俺のほうではまだ精査出来てないけど。詳しいのは後日メールで送るって」

「ありがとう。いつも助かるよ」

厚みのある茶封筒を受け取ると、涼風は即座に中身を確認する。細かい英数字の入り交じったものと、何を表しているのか全くもって理解不能なグラフを、立花も横から見てみるけれど、さっぱり分からない。対して涼風はうんうんと唸ったりしていて、難しそうな顔をしては時折嬉しそうな表情をする。

「ピークは上手く別れてる。単離は出来ているけれど……後は手間と回収率の問題かな」

ふう、と浅い溜め息を吐いて、スマートフォンのカメラを起動させいくつか写真を撮っていく。一段落ついたというところだろうか。

よかったですね、と声に出そうとして、やめてしまった。何も知らない立花に言われても響かないだろうし、見当違いなことだったら雰囲気を悪くさせてしまう。

「それ、まだつけてんのか。趣味悪い」

「いいだろ。別に」

福井がスマートフォンに手を伸ばして、小さな緑色のキーホルダーを弄んでいる。やや乱暴に引き離しそれを鞄にしまおうとしたところで、趣味が悪いと評されたものをじっと見つめていた立花に気付く。
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