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【4章】はじめての幼稚園
初登園日4
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「まあ、子供が小さいうちはそういう方もいますよね。オメガの男の人は」
千歳の表情が固まる。初対面なのに踏み込んだことを聞く人だな、と内心を隠せなかった。
「すみません。オメガではなかったのですか? 男にしては美人だったので、てっきりそうだと」
別にオメガだと言われたから不愉快になったわけではない。実際に千歳の外見からオメガだと推測する者もいる。
「いいえ。合ってますよ」
千歳は首肯した。途切れた会話の空気を読んでいたのか、斗和は千歳の手をつんつんと引っ張った。
「ママ。オメガってなぁに?」
「斗和にはまだちょっと早い話」
説明に窮する千歳に、斗和はしつこく「おしえて!」と周りを飛び回った。千歳よりも優位種であるらしい男は、優越に浸るような表情をしていた。
──この人、苦手だな……。
何か理由をつけて去ろうとしたが、話好きの的場は千歳と斗和を離さなかった。余計に話を拡げないでおこうと聞き役に徹していると、ふと番のフェロモンを嗅覚で感じ取った。同時に、斗和が園の入口のほうを指差す。
「あー! パパだぁ!」
的場と千歳の顔は、斗和の指差した方向を向いた。明るいクリームベージュのスーツを着たレグルシュが、斗和に向かって手を振っている。
「レグっ!? どうして」
「今日は斗和の初登園だからな。顔を出すと言っていただろう?」
レグルシュは俺のオメガだと示すように、千歳の腰に引き寄せた。強い力でよろけてしまったが、レグルシュの大きな手は千歳のふらつく足をしっかりと支えた。
「うちの妻がお世話になっています。夫の周防 レグルシュです」
毅然とした、しかし最低限の親しみを込めた声と表情で、レグルシュは挨拶をする。的場は最初、レグルシュの派手な容姿に面食らっていたが、続けて名乗った。
アルファ同士……互いにフェロモンを散らし、本能で牽制し合っている。周りから見れば、和やかな雰囲気に見えるかもしれないが、オメガの千歳には二人の腹の内が、今の表情とはまるで違うだろうというのが分かる。
「日本語が流暢なので驚きました。すごいですね。たくさん勉強されていて」
「半分は日本の血です。普段と同じように話してもらって構いませんよ」
「そうでしたか。英語か……ああ、フランス語かな? そちらで話さないといけないと思い、少し緊張しましたよ」
的場の発言は、自分の語学力に自信があることを示していた。アルファは体格に恵まれているだけでなく、知能も一般的な水準の上をいく。
「レグルシュさんは、お仕事の帰りですか?」
「ええ。子供と妻を迎えに」
「理解のある会社でいいですね。まあ最近は。どこも夫が子育てに参画することを推奨していますからね。……私は、アルファとオメガの役割は、明確に分けるべきだと思うのですが」
「理解のある会社、というよりも、受け入れてくれる社員達に助けられています」
さらにレグルシュが言葉を続けようとしたところ、今まで静かにしていた綾乃が、的場に「帰りたい」とぐずり始めた。
かれこれ三十分は立ち話をしていたので、子供達にとっては退屈だったかもしれない。レグルシュも的場と同じように、斗和を抱きかかえると、では、と短い挨拶を交わす。
「斗和。いい子にしていて偉かったな。幼稚園は楽しかったか?」
「うんっ! お友達とカードで遊んだでしょ、あとねぇ、うんとねぇ……」
楽しいことがあり過ぎて、指折りしながらどこから話そうか悩んでいる息子を、二人で撫でた。レグルシュはここまでタクシーで来ていたので、帰りは運転を代わることになった。
「千歳もお疲れさま。……それよりも何なんだ。あの男は」
少し車を走らせて、斗和が眠ったことをバックミラー越しに確認したレグルシュは、そう切り出した。
「アルファだったな。お前がオメガであることを絶対に知っていた。終始、こちらやオメガを見下しているような態度が気に入らない」
レグルシュは言い切ると息をついた。仕事で忙しいだろうレグルシュが時間をやりくりして来てくれたのに、不愉快な気持ちをさせて申し訳なかった。アルファの怒りを身にひしひしと感じ、千歳は震える声で謝った。
「……ごめんなさい」
──僕が、親として斗和を守らないと。
途方のない使命感に、頭がすうっと冷たくなった。助手席で俯く千歳を見て、レグルシュは驚いているようだった。
「俺のほうも、言い過ぎた。まあ、あちらも働いているようだから、今日会ったのはたまたまだろう」
「うん……そうだね」
的場はエンジニアで在宅ワークが主とは言っていたが、千歳のように毎日お迎えには来ないだろう。レグルシュがいなくとも、しっかりとしなければいけない。
「斗和。着いたから起きて」
「うーん……」
斗和は重たそうに瞼を持ち上げる。オリーブ色の目が千歳の姿を映すと、「ままぁ」と甘えた声を出した。
「そういえば、朝の挨拶をしていなかったな」
レグルシュは腕の中の斗和の両頬へ、交互に唇をつけた。最後に額にも口付けを残す。斗和もレグルシュの真似をして、頬にちゅっと音を立てて吸いついた。
千歳の表情が固まる。初対面なのに踏み込んだことを聞く人だな、と内心を隠せなかった。
「すみません。オメガではなかったのですか? 男にしては美人だったので、てっきりそうだと」
別にオメガだと言われたから不愉快になったわけではない。実際に千歳の外見からオメガだと推測する者もいる。
「いいえ。合ってますよ」
千歳は首肯した。途切れた会話の空気を読んでいたのか、斗和は千歳の手をつんつんと引っ張った。
「ママ。オメガってなぁに?」
「斗和にはまだちょっと早い話」
説明に窮する千歳に、斗和はしつこく「おしえて!」と周りを飛び回った。千歳よりも優位種であるらしい男は、優越に浸るような表情をしていた。
──この人、苦手だな……。
何か理由をつけて去ろうとしたが、話好きの的場は千歳と斗和を離さなかった。余計に話を拡げないでおこうと聞き役に徹していると、ふと番のフェロモンを嗅覚で感じ取った。同時に、斗和が園の入口のほうを指差す。
「あー! パパだぁ!」
的場と千歳の顔は、斗和の指差した方向を向いた。明るいクリームベージュのスーツを着たレグルシュが、斗和に向かって手を振っている。
「レグっ!? どうして」
「今日は斗和の初登園だからな。顔を出すと言っていただろう?」
レグルシュは俺のオメガだと示すように、千歳の腰に引き寄せた。強い力でよろけてしまったが、レグルシュの大きな手は千歳のふらつく足をしっかりと支えた。
「うちの妻がお世話になっています。夫の周防 レグルシュです」
毅然とした、しかし最低限の親しみを込めた声と表情で、レグルシュは挨拶をする。的場は最初、レグルシュの派手な容姿に面食らっていたが、続けて名乗った。
アルファ同士……互いにフェロモンを散らし、本能で牽制し合っている。周りから見れば、和やかな雰囲気に見えるかもしれないが、オメガの千歳には二人の腹の内が、今の表情とはまるで違うだろうというのが分かる。
「日本語が流暢なので驚きました。すごいですね。たくさん勉強されていて」
「半分は日本の血です。普段と同じように話してもらって構いませんよ」
「そうでしたか。英語か……ああ、フランス語かな? そちらで話さないといけないと思い、少し緊張しましたよ」
的場の発言は、自分の語学力に自信があることを示していた。アルファは体格に恵まれているだけでなく、知能も一般的な水準の上をいく。
「レグルシュさんは、お仕事の帰りですか?」
「ええ。子供と妻を迎えに」
「理解のある会社でいいですね。まあ最近は。どこも夫が子育てに参画することを推奨していますからね。……私は、アルファとオメガの役割は、明確に分けるべきだと思うのですが」
「理解のある会社、というよりも、受け入れてくれる社員達に助けられています」
さらにレグルシュが言葉を続けようとしたところ、今まで静かにしていた綾乃が、的場に「帰りたい」とぐずり始めた。
かれこれ三十分は立ち話をしていたので、子供達にとっては退屈だったかもしれない。レグルシュも的場と同じように、斗和を抱きかかえると、では、と短い挨拶を交わす。
「斗和。いい子にしていて偉かったな。幼稚園は楽しかったか?」
「うんっ! お友達とカードで遊んだでしょ、あとねぇ、うんとねぇ……」
楽しいことがあり過ぎて、指折りしながらどこから話そうか悩んでいる息子を、二人で撫でた。レグルシュはここまでタクシーで来ていたので、帰りは運転を代わることになった。
「千歳もお疲れさま。……それよりも何なんだ。あの男は」
少し車を走らせて、斗和が眠ったことをバックミラー越しに確認したレグルシュは、そう切り出した。
「アルファだったな。お前がオメガであることを絶対に知っていた。終始、こちらやオメガを見下しているような態度が気に入らない」
レグルシュは言い切ると息をついた。仕事で忙しいだろうレグルシュが時間をやりくりして来てくれたのに、不愉快な気持ちをさせて申し訳なかった。アルファの怒りを身にひしひしと感じ、千歳は震える声で謝った。
「……ごめんなさい」
──僕が、親として斗和を守らないと。
途方のない使命感に、頭がすうっと冷たくなった。助手席で俯く千歳を見て、レグルシュは驚いているようだった。
「俺のほうも、言い過ぎた。まあ、あちらも働いているようだから、今日会ったのはたまたまだろう」
「うん……そうだね」
的場はエンジニアで在宅ワークが主とは言っていたが、千歳のように毎日お迎えには来ないだろう。レグルシュがいなくとも、しっかりとしなければいけない。
「斗和。着いたから起きて」
「うーん……」
斗和は重たそうに瞼を持ち上げる。オリーブ色の目が千歳の姿を映すと、「ままぁ」と甘えた声を出した。
「そういえば、朝の挨拶をしていなかったな」
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