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【5章】アルファとオメガ
愛を伝えるということ
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「ん……今何時?」
千歳は微睡んでいた意識をどうにか揺り起こす。番は一日中片時も離れることはなかった。千歳が問いかけても返事は返って来ず、より強く抱き締められるだけだった。
季節は春だが、早朝と夜はまだ冬のしんとした静謐な匂いが残っている。レグルシュは千歳の身体を寒さから守るように、体温の高い方へと寄せてくれた。穏やかな心臓の音が、すぐ隣で聞こえる。
千歳は規則正しい寝息の主を見上げた。薄いベールのような、白い朝のふんわりとした日差しを受けた睫毛は、白銀色に見える。光の色や時間帯によって、違う色に見えるから不思議だ。
「朝の五時だ。まだ眠っていていい」
「うん……」
余裕があると、何だか不思議と目が覚めてくる。
「レグ。あのね」
「ん?」
「……赤ちゃん。なかなかできなくてごめんね」
新しい家族ができ、レグルシュは涙するほどに喜んでくれた。
回数を重ねても、妊娠の気配がないことを千歳はここ数年気にしていた。口にするのが怖くて、レグルシュが多忙なのを言い訳にして、千歳はなかなか謝ることができなかったのだ。
レグルシュは上体を起こし、千歳をまっすぐと見た。怒りなのか悲しみなのか、レグルシュの瞳に灯っている感情が分からない。
言葉にしたことを後悔した。レグルシュは胸の中へ千歳の頭を抱いた。髪を梳きながら優しく撫でてくれる。
「気にしていたのか。ずっと」
「……うん。バース科の先生は番になったオメガは、フェロモンの量が少なくなるから可能性が低くなることはあるって言ってたけど……そうじゃない人もいるって。レグは……斗和のことが大好きだから、申し訳なく思って……」
「……そうか。一人で抱え込ませていて悪かった」
そう言われて、抱えていたものがすっと軽くなった。番になったことを悔いているような言い方に、千歳は自己嫌悪に陥る。
レグルシュだけではなく、千歳自身も新しい命を望んでいる。それを、レグルシュが欲しいから、などと、彼に責任を押しつけるような言い方をしてしまった。
目の奥が熱くなり、千歳は堪えきれなかった嗚咽を漏らした。
「子供ができないのに、レグに……だ、抱いてもらうのが、わるいと、思っていて……い、嫌ではないけど、いいのかなって……」
「お前は……。だが、俺も言葉足らずだったな」
胸の内を全て吐露すると、千歳は逃げないでまっすぐにレグルシュの瞳を見つめた。見る者を魅了する、ペリドットのような色彩の瞳に、不安に揺らぐ千歳の顔が映る。
「俺がお前を抱くのは、子供目当てなだけではない。愛していると伝えられるのが嬉しいからだ」
レグルシュの愛の言葉を聞いて、ぶわりと目から熱いものがこみ上げてきた。頬を伝って流れる雫を、レグルシュの指がそっと拭った。
「お前に俺の気持ちを教えてやれるのが、嬉しいんだ。口下手で……悪かった」
「ううん……ちゃんと分かっています。レグの気持ちは」
「もちろん、子供ができるのも楽しみにしている。だが、一番にお前が幸せでないと意味がない」
幸福を与えてくれる言葉に、千歳はつい「ごめんね」と返事をしてしまいそうになった。代わりの言葉が思い浮かばず、千歳は万感の思いで頷いた。
レグルシュは毎晩斗和にそうするように、千歳の身体をゆっくりとしたペースでタップする。
夢の中へと誘われ、千歳はアラームの音に起こされるまで再び眠った。
次に目を覚ましたのは七時過ぎ。急いで支度を始めないといけない時間だ。眠気は瞬時に吹き飛び、千歳はニットの袖に手を通しながら、リビングへの階段を駆け降りた。
「ママ! おはよー!」
「お、おはよう」
斗和の元気な挨拶に出迎えられる。すでに幼稚園の制服に着替えており、登園の準備は万端だ。
「おはよう。千歳」
「おはようございます」
年上のレグルシュ相手には、半分敬語、半分くだけた口調でいつも話している。昨夜と早朝のことで、レグルシュの顔を見た途端に緊張してしまい、何だかぎこちなくかしこまった挨拶になってしまう。
それでも、レグルシュは違和感を表情には出さず、起床した千歳のために、温かい朝食を取り分けた。
「ぱぁぱのご飯。昨日のもおいしかったし、今日のもおいしい!」
「ありがとう。斗和、急ぐと喉に詰まるからゆっくり食べなさい」
「はぁい」
斗和はチーズやほうれん草が入ったトロトロのオムレツを、美味しそうに頬張っている。出社まで斗和の支度はレグルシュが引き受けてくれたので、遅い時間に起きてもゆっくりと準備をすることができた。
今日、レグルシュは家で仕事をしてからオフィスへ向かう予定だ。普段は朝食を終えるとすぐにパソコンを開いているが、今日はその様子はない。
「ごめんね、レグ。仕事を始める時間が遅くなってしまって……」
「ごめんはなしだろう? お互い様だ。来週の月末締めを、また頼んでもいいか?」
「はい。大丈夫です」
千歳と斗和はレグルシュに見送られて、家を出た。
後部座席で斗和は通園鞄から取り出した一枚の紙を、真剣に見つめている。
赤信号に差しかかるタイミングで、千歳は「何を見てるの?」と斗和に問いかけた。
千歳は微睡んでいた意識をどうにか揺り起こす。番は一日中片時も離れることはなかった。千歳が問いかけても返事は返って来ず、より強く抱き締められるだけだった。
季節は春だが、早朝と夜はまだ冬のしんとした静謐な匂いが残っている。レグルシュは千歳の身体を寒さから守るように、体温の高い方へと寄せてくれた。穏やかな心臓の音が、すぐ隣で聞こえる。
千歳は規則正しい寝息の主を見上げた。薄いベールのような、白い朝のふんわりとした日差しを受けた睫毛は、白銀色に見える。光の色や時間帯によって、違う色に見えるから不思議だ。
「朝の五時だ。まだ眠っていていい」
「うん……」
余裕があると、何だか不思議と目が覚めてくる。
「レグ。あのね」
「ん?」
「……赤ちゃん。なかなかできなくてごめんね」
新しい家族ができ、レグルシュは涙するほどに喜んでくれた。
回数を重ねても、妊娠の気配がないことを千歳はここ数年気にしていた。口にするのが怖くて、レグルシュが多忙なのを言い訳にして、千歳はなかなか謝ることができなかったのだ。
レグルシュは上体を起こし、千歳をまっすぐと見た。怒りなのか悲しみなのか、レグルシュの瞳に灯っている感情が分からない。
言葉にしたことを後悔した。レグルシュは胸の中へ千歳の頭を抱いた。髪を梳きながら優しく撫でてくれる。
「気にしていたのか。ずっと」
「……うん。バース科の先生は番になったオメガは、フェロモンの量が少なくなるから可能性が低くなることはあるって言ってたけど……そうじゃない人もいるって。レグは……斗和のことが大好きだから、申し訳なく思って……」
「……そうか。一人で抱え込ませていて悪かった」
そう言われて、抱えていたものがすっと軽くなった。番になったことを悔いているような言い方に、千歳は自己嫌悪に陥る。
レグルシュだけではなく、千歳自身も新しい命を望んでいる。それを、レグルシュが欲しいから、などと、彼に責任を押しつけるような言い方をしてしまった。
目の奥が熱くなり、千歳は堪えきれなかった嗚咽を漏らした。
「子供ができないのに、レグに……だ、抱いてもらうのが、わるいと、思っていて……い、嫌ではないけど、いいのかなって……」
「お前は……。だが、俺も言葉足らずだったな」
胸の内を全て吐露すると、千歳は逃げないでまっすぐにレグルシュの瞳を見つめた。見る者を魅了する、ペリドットのような色彩の瞳に、不安に揺らぐ千歳の顔が映る。
「俺がお前を抱くのは、子供目当てなだけではない。愛していると伝えられるのが嬉しいからだ」
レグルシュの愛の言葉を聞いて、ぶわりと目から熱いものがこみ上げてきた。頬を伝って流れる雫を、レグルシュの指がそっと拭った。
「お前に俺の気持ちを教えてやれるのが、嬉しいんだ。口下手で……悪かった」
「ううん……ちゃんと分かっています。レグの気持ちは」
「もちろん、子供ができるのも楽しみにしている。だが、一番にお前が幸せでないと意味がない」
幸福を与えてくれる言葉に、千歳はつい「ごめんね」と返事をしてしまいそうになった。代わりの言葉が思い浮かばず、千歳は万感の思いで頷いた。
レグルシュは毎晩斗和にそうするように、千歳の身体をゆっくりとしたペースでタップする。
夢の中へと誘われ、千歳はアラームの音に起こされるまで再び眠った。
次に目を覚ましたのは七時過ぎ。急いで支度を始めないといけない時間だ。眠気は瞬時に吹き飛び、千歳はニットの袖に手を通しながら、リビングへの階段を駆け降りた。
「ママ! おはよー!」
「お、おはよう」
斗和の元気な挨拶に出迎えられる。すでに幼稚園の制服に着替えており、登園の準備は万端だ。
「おはよう。千歳」
「おはようございます」
年上のレグルシュ相手には、半分敬語、半分くだけた口調でいつも話している。昨夜と早朝のことで、レグルシュの顔を見た途端に緊張してしまい、何だかぎこちなくかしこまった挨拶になってしまう。
それでも、レグルシュは違和感を表情には出さず、起床した千歳のために、温かい朝食を取り分けた。
「ぱぁぱのご飯。昨日のもおいしかったし、今日のもおいしい!」
「ありがとう。斗和、急ぐと喉に詰まるからゆっくり食べなさい」
「はぁい」
斗和はチーズやほうれん草が入ったトロトロのオムレツを、美味しそうに頬張っている。出社まで斗和の支度はレグルシュが引き受けてくれたので、遅い時間に起きてもゆっくりと準備をすることができた。
今日、レグルシュは家で仕事をしてからオフィスへ向かう予定だ。普段は朝食を終えるとすぐにパソコンを開いているが、今日はその様子はない。
「ごめんね、レグ。仕事を始める時間が遅くなってしまって……」
「ごめんはなしだろう? お互い様だ。来週の月末締めを、また頼んでもいいか?」
「はい。大丈夫です」
千歳と斗和はレグルシュに見送られて、家を出た。
後部座席で斗和は通園鞄から取り出した一枚の紙を、真剣に見つめている。
赤信号に差しかかるタイミングで、千歳は「何を見てるの?」と斗和に問いかけた。
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