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【5章】アルファとオメガ
不穏な影1
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「幼稚園のきゅーしょく!」
「なぁに、それ」
見せてもらったのは、昨日の配布物でもらっていない今月の献立表だった。きらぼし幼稚園では、毎日お昼ご飯に給食が用意されている。園内に給食室があるので、温かで美味しい食事ができると親や園児に評判だった。
「昨日見せてもらってないよ。幼稚園でもらったものは全部出して、って言ったよね?」
「えー、だって。ママに見せたらぼくが見れなくなるもん!」
斗和の主張は、一枚しかもらっていないので、取られたらいつでも見られなくなるというものだった。食いしんぼうだったユキの面影を感じ、千歳はくすりと笑う。
「コピーしたらちゃんと斗和に返すよ」
「ほんと?」
「うん。お家でね。今度からは連絡帳も幼稚園でもらったものも全部、ママとパパに見せるんだよ」
「きゅーしょくも?」
「給食のプリントも。だって、斗和が幼稚園でお昼ご飯何食べたか分からないでしょう? もし幼稚園のご飯にカレーが出てきて、お家で夕ご飯もカレーが出てきたら飽きちゃうでしょう?」
「パパのご飯おいしいからいいよ!」
可愛い屁理屈が返ってきて、千歳は困った表情を浮かべる。天邪鬼というかポジティブというか、斗和の性格はどちらに似たのか分からない。
レグルシュなら今の褒め言葉に、手放しで喜んだだろうが、千歳相手にはそうはいかない。
「よくないの。同じものばかり食べたら栄養が偏るから」
「いいの!」
「好きなものばかり食べたらダメ。ユキくんみたいに大きくなれないよ」
従兄弟が大好きで憧れでもある斗和にとって、今の言葉はぐさりと突き刺さったようだ。口をあんぐりと開けて、しばし固まっている。
「そうなのぉ!?」
「だから好き嫌いしないでいろんなものを食べようね」
「はぁい!」
斗和は片手を上げて元気よく答える。
幼稚園に着くと、斗和は自分の組へ歩き出す。もも組の園児とは打ち解けたようで、「斗和くん」とあちこちから名前を呼ばれている。
千歳は斗和の様子を見届けてから、車へと戻ろうとした。
──あれ? 綾乃ちゃん?
ふと教室の隅のほうで寂しそうに突っ立っている女の子が、視界に入った。昨日見たときはおとなしい子で人見知りをしている印象だった。
幼稚園が始まってまだ二日目だ。気にかかったが、いずれ輪に溶け込んでいくだろう。斗和に迎えに来る時間を告げて、千歳は自宅へと帰った。
……────。
──どうしよう。迎えの時間が遅くなってしまった。
行きと同じくらい時間がかかると見越して車を出したのだが、行き道で事故があったらしく、渋滞を起こしていた。園には連絡を入れ、千歳が幼稚園に着いたのは三〇分遅い時間だった。
「すみません。道が混んでいて遅れてしまい……」
「ママぁー!」
頭を下げる千歳の膝へぶつかってきたのは斗和だ。目尻と頬には泣いた跡がある。
「大丈夫ですよ。大変でしたね」と逆に気遣われて、千歳は斗和を抱きながらもう一度謝った。教室には斗和以外の園児はまだ残っていて、迎えを待っているようだった。
「斗和ごめんね。遅れちゃって」
「だいじょおぶ!」
「ほんと? 泣いてなかった?」
「ないてないもん!」
強がってごしごしと目元を擦る斗和を、千歳は頑張ったねと撫でた。
「ぼく、ユキにぃみたいになりたいから泣かないもん。にぃにはつよいから!」
「ふふ。斗和はユキくんが本当に大好きだね」
「だぁってユキにぃはさいきょーだもん!」
千歳の首に手を回し、甘えながら斗和は憧れのユキについて語る。千歳はレグルシュがいないことをいいことに、ちょっと意地悪な質問をしてみる。
「パパとユキくんはどっちのほうが強いの?」
どうやら斗和の頭の中では、二人を比べたことがなかったらしく、うーん、と考え込んでいる。
「ユキにぃはさいきょーだけど、パパも強くてやさしい……ママはどっちがさいきょーだと思う?」
「え? えーっと……」
今はユキもレグルシュもこの場にいないから、気を遣わずに思ったことを言える。しかし、お喋り好きな斗和の前で、迂闊な発言はできない。
「ユキくんもパパもどっちも同じくらい強いかなぁ」
「ママもそう思うの!? ぼくとおんなじ!」
どうにか濁してはぐらかし、千歳は事なきを得た。ユキの第二性がアルファだと最近判明してから、レグルシュの闘争心は膨れ上がるばかりだ。あんなに小さなユキも物怖じしないで、レグルシュをライバルと言い張っているのですごい。
「周防さん。こんにちは」
「あ。こんにちは……」
名前を呼ぶ声に、千歳と斗和は揃って振り返った。綾乃と手を繋いだ的場が、同じ方向へ向かってくる。
「迎えの道が混んでいて大変でしたね。周防さんも先ほど着いたばかりですか?」
「え、ええ。まあ……」
夫のレグルシュが敵視していたアルファ。昨日は登園初日で偶然かと思ったが、今日も子供を迎えに来ている。
──仕事は在宅がほとんどと言っていたし、奥さんの代わりにお迎えをしているのかも。
千歳に「働いてないんですか?」と聞くくらいだから、恐らく的場は正社員なのだろう。的場は千歳の周りを気にする素振りを見せた。
「なぁに、それ」
見せてもらったのは、昨日の配布物でもらっていない今月の献立表だった。きらぼし幼稚園では、毎日お昼ご飯に給食が用意されている。園内に給食室があるので、温かで美味しい食事ができると親や園児に評判だった。
「昨日見せてもらってないよ。幼稚園でもらったものは全部出して、って言ったよね?」
「えー、だって。ママに見せたらぼくが見れなくなるもん!」
斗和の主張は、一枚しかもらっていないので、取られたらいつでも見られなくなるというものだった。食いしんぼうだったユキの面影を感じ、千歳はくすりと笑う。
「コピーしたらちゃんと斗和に返すよ」
「ほんと?」
「うん。お家でね。今度からは連絡帳も幼稚園でもらったものも全部、ママとパパに見せるんだよ」
「きゅーしょくも?」
「給食のプリントも。だって、斗和が幼稚園でお昼ご飯何食べたか分からないでしょう? もし幼稚園のご飯にカレーが出てきて、お家で夕ご飯もカレーが出てきたら飽きちゃうでしょう?」
「パパのご飯おいしいからいいよ!」
可愛い屁理屈が返ってきて、千歳は困った表情を浮かべる。天邪鬼というかポジティブというか、斗和の性格はどちらに似たのか分からない。
レグルシュなら今の褒め言葉に、手放しで喜んだだろうが、千歳相手にはそうはいかない。
「よくないの。同じものばかり食べたら栄養が偏るから」
「いいの!」
「好きなものばかり食べたらダメ。ユキくんみたいに大きくなれないよ」
従兄弟が大好きで憧れでもある斗和にとって、今の言葉はぐさりと突き刺さったようだ。口をあんぐりと開けて、しばし固まっている。
「そうなのぉ!?」
「だから好き嫌いしないでいろんなものを食べようね」
「はぁい!」
斗和は片手を上げて元気よく答える。
幼稚園に着くと、斗和は自分の組へ歩き出す。もも組の園児とは打ち解けたようで、「斗和くん」とあちこちから名前を呼ばれている。
千歳は斗和の様子を見届けてから、車へと戻ろうとした。
──あれ? 綾乃ちゃん?
ふと教室の隅のほうで寂しそうに突っ立っている女の子が、視界に入った。昨日見たときはおとなしい子で人見知りをしている印象だった。
幼稚園が始まってまだ二日目だ。気にかかったが、いずれ輪に溶け込んでいくだろう。斗和に迎えに来る時間を告げて、千歳は自宅へと帰った。
……────。
──どうしよう。迎えの時間が遅くなってしまった。
行きと同じくらい時間がかかると見越して車を出したのだが、行き道で事故があったらしく、渋滞を起こしていた。園には連絡を入れ、千歳が幼稚園に着いたのは三〇分遅い時間だった。
「すみません。道が混んでいて遅れてしまい……」
「ママぁー!」
頭を下げる千歳の膝へぶつかってきたのは斗和だ。目尻と頬には泣いた跡がある。
「大丈夫ですよ。大変でしたね」と逆に気遣われて、千歳は斗和を抱きながらもう一度謝った。教室には斗和以外の園児はまだ残っていて、迎えを待っているようだった。
「斗和ごめんね。遅れちゃって」
「だいじょおぶ!」
「ほんと? 泣いてなかった?」
「ないてないもん!」
強がってごしごしと目元を擦る斗和を、千歳は頑張ったねと撫でた。
「ぼく、ユキにぃみたいになりたいから泣かないもん。にぃにはつよいから!」
「ふふ。斗和はユキくんが本当に大好きだね」
「だぁってユキにぃはさいきょーだもん!」
千歳の首に手を回し、甘えながら斗和は憧れのユキについて語る。千歳はレグルシュがいないことをいいことに、ちょっと意地悪な質問をしてみる。
「パパとユキくんはどっちのほうが強いの?」
どうやら斗和の頭の中では、二人を比べたことがなかったらしく、うーん、と考え込んでいる。
「ユキにぃはさいきょーだけど、パパも強くてやさしい……ママはどっちがさいきょーだと思う?」
「え? えーっと……」
今はユキもレグルシュもこの場にいないから、気を遣わずに思ったことを言える。しかし、お喋り好きな斗和の前で、迂闊な発言はできない。
「ユキくんもパパもどっちも同じくらい強いかなぁ」
「ママもそう思うの!? ぼくとおんなじ!」
どうにか濁してはぐらかし、千歳は事なきを得た。ユキの第二性がアルファだと最近判明してから、レグルシュの闘争心は膨れ上がるばかりだ。あんなに小さなユキも物怖じしないで、レグルシュをライバルと言い張っているのですごい。
「周防さん。こんにちは」
「あ。こんにちは……」
名前を呼ぶ声に、千歳と斗和は揃って振り返った。綾乃と手を繋いだ的場が、同じ方向へ向かってくる。
「迎えの道が混んでいて大変でしたね。周防さんも先ほど着いたばかりですか?」
「え、ええ。まあ……」
夫のレグルシュが敵視していたアルファ。昨日は登園初日で偶然かと思ったが、今日も子供を迎えに来ている。
──仕事は在宅がほとんどと言っていたし、奥さんの代わりにお迎えをしているのかも。
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