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【6章】二人の絆
事件
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レグルシュに強引に抱かれた日から、千歳は彼と目を合わせるのが怖くなってしまった。これからのことを話し合うこともなく、お互いに触れない日々が続いている。最低限の会話はあるもののぎこちなく、家の中はすっかり静かになった。
千歳は的場とはち合わせないよう、お迎えの時間を無理を言って変更してもらった。アルファのフェロモンに敏感なレグルシュに、これ以上失望されたくなかったからだ。
三十分早く帰宅するため、斗和は始めの頃、友達とお別れするのが嫌だとお迎えの度に泣いた。三歳の息子に詳しい事情を言えるわけもなく、千歳は毎回「ごめんね」と謝る。
斗和は幼いなりに、家での千歳達の様子を気にしているのだろう。千歳やレグルシュに「どうしたの?」と聞いて回っていたが、返答に窮する姿を見て、いつからかそんなことも次第に聞かれなくなった。
千歳とレグルシュの会話はほとんどなく、斗和も千歳が一人でいるときによく話しかけてくる。斗和を寂しがらせてしまい、千歳の心は痛んだ。
──レグは、どう思ってるのだろう。
口数は減ったが、斗和の育児には変わらず参加している。きっとまだ、斗和への愛情はあると信じたい。
何事もなく無味な日常が過ぎる中、千歳の元へ幼稚園から着信があった。用事をしていて出られず、何度か履歴があり、只事ではないと感じた千歳はすぐに園へと折り返した。
園舎とは別棟の部屋へ招かれ、そこには担任の先生と斗和と綾乃がいた。二人揃って仄暗い顔をしている。
「ママぁー!!」
千歳の姿を見るなり、斗和は甘えるようにして抱きついてくる。延々と涙の溢れる顔を擦りつけられて、千歳の服には大きな染みができた。ふと綾乃に目を向けると、こちらを恨みのこもった表情で見つめている。
まだ綾乃の保護者は来ていないが、担任から事情を話してもらった。
来月のレクリエーションに向けて、園児達は午後準備をしているのだが、斗和がここ最近早く帰ってしまうせいで、参加できていないこと。そのことで、同じ組の園児達と距離ができてしまい、久しぶりに準備を手伝った斗和が、綾乃に悪口を言われてしまったらしい。
怒った斗和が先に綾乃に手を出してしまい、そこから取っ組み合いの喧嘩になった。見ていた園児一同は皆、斗和から綾乃の髪を掴んだのだと証言した。
「斗和。お友達を叩いたり痛いことをしたらダメだよね?」
「だ……だって綾乃ちゃんが」
「何かあったら先に大人に言うの。綾乃ちゃんには謝った?」
「ううん……」
千歳は膨れっ面をする綾乃に、斗和とともに頭を下げた。心配で怪我や痛いところがないか聞くと、少し質問攻めのようになってしまい、綾乃は怯えた顔をした。
担任の先生は、斗和も綾乃も怪我をしていないと言った。それを聞いてひとまず安堵する。綾乃の保護者が迎えに来るまで、どんよりとした空気の中待っていると、やはり姿を現したのは的場だった。後ろには見慣れない顔の老夫婦がいる。綾乃の祖父母だろうか。
「綾乃ちゃんっ!? 大丈夫? ケガはなかった」
一人にさせられていて心細かっただろう綾乃は、駆け寄ってきた祖母に抱きついてわんわんと泣き始める。
千歳は的場と、老夫婦に向かって謝罪をする。
「……息子から外国人の子と組が一緒って言ってたから心配だったのよ。そちらは男の子だから大したこともないんでしょうけれど、うちの綾乃に傷が残ったらどうするつもりだったのかしら?」
「本当に申し訳ございません……今後このようなことがないよう……」
「私は今の話をしているの! 取り返しのつかない事故になっていたかもしれないのよ!?」
ヒステリックに捲し立てられ、千歳は萎縮する。反論する余地もない、正当な訴えだった。
担任の先生は双方を宥めてくれていたが、的場と祖母の怒りは収まらない。千歳はひたすらに謝り続ける。
「女の子に手を出すなんて本当に野蛮な子! 旦那さん、自営業をしてらっしゃるとけうちの息子から聞いたけど、どうせぷらぷらしているだけでしょう? そんなのだから、子供の躾がなってないのよ」
「……申し訳ございません」
的場の祖母は、ここで話を終わらせる気はないらしく、園の関係者に子供を預けさせた。斗和も一緒に別室へと連れて行かれた。
別の部屋へ移動しようと立ち上がったとき、近づいてきた的場に囁かれた。
「ざまあみろ」
千歳以外の耳には届いていない。けれど、はっきりとその言葉は届いた。
──レグ……。
恐らく祖母もアルファだ。二人のアルファに責め寄られて、千歳の目からは恐怖で涙が溢れた。我慢しようとしてもできなくて、気圧されることにオメガ性が強いストレスを感じている。
千歳が鼻を啜ったとき、誰よりも強いフェロモンを感じた。
千歳は的場とはち合わせないよう、お迎えの時間を無理を言って変更してもらった。アルファのフェロモンに敏感なレグルシュに、これ以上失望されたくなかったからだ。
三十分早く帰宅するため、斗和は始めの頃、友達とお別れするのが嫌だとお迎えの度に泣いた。三歳の息子に詳しい事情を言えるわけもなく、千歳は毎回「ごめんね」と謝る。
斗和は幼いなりに、家での千歳達の様子を気にしているのだろう。千歳やレグルシュに「どうしたの?」と聞いて回っていたが、返答に窮する姿を見て、いつからかそんなことも次第に聞かれなくなった。
千歳とレグルシュの会話はほとんどなく、斗和も千歳が一人でいるときによく話しかけてくる。斗和を寂しがらせてしまい、千歳の心は痛んだ。
──レグは、どう思ってるのだろう。
口数は減ったが、斗和の育児には変わらず参加している。きっとまだ、斗和への愛情はあると信じたい。
何事もなく無味な日常が過ぎる中、千歳の元へ幼稚園から着信があった。用事をしていて出られず、何度か履歴があり、只事ではないと感じた千歳はすぐに園へと折り返した。
園舎とは別棟の部屋へ招かれ、そこには担任の先生と斗和と綾乃がいた。二人揃って仄暗い顔をしている。
「ママぁー!!」
千歳の姿を見るなり、斗和は甘えるようにして抱きついてくる。延々と涙の溢れる顔を擦りつけられて、千歳の服には大きな染みができた。ふと綾乃に目を向けると、こちらを恨みのこもった表情で見つめている。
まだ綾乃の保護者は来ていないが、担任から事情を話してもらった。
来月のレクリエーションに向けて、園児達は午後準備をしているのだが、斗和がここ最近早く帰ってしまうせいで、参加できていないこと。そのことで、同じ組の園児達と距離ができてしまい、久しぶりに準備を手伝った斗和が、綾乃に悪口を言われてしまったらしい。
怒った斗和が先に綾乃に手を出してしまい、そこから取っ組み合いの喧嘩になった。見ていた園児一同は皆、斗和から綾乃の髪を掴んだのだと証言した。
「斗和。お友達を叩いたり痛いことをしたらダメだよね?」
「だ……だって綾乃ちゃんが」
「何かあったら先に大人に言うの。綾乃ちゃんには謝った?」
「ううん……」
千歳は膨れっ面をする綾乃に、斗和とともに頭を下げた。心配で怪我や痛いところがないか聞くと、少し質問攻めのようになってしまい、綾乃は怯えた顔をした。
担任の先生は、斗和も綾乃も怪我をしていないと言った。それを聞いてひとまず安堵する。綾乃の保護者が迎えに来るまで、どんよりとした空気の中待っていると、やはり姿を現したのは的場だった。後ろには見慣れない顔の老夫婦がいる。綾乃の祖父母だろうか。
「綾乃ちゃんっ!? 大丈夫? ケガはなかった」
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千歳は的場と、老夫婦に向かって謝罪をする。
「……息子から外国人の子と組が一緒って言ってたから心配だったのよ。そちらは男の子だから大したこともないんでしょうけれど、うちの綾乃に傷が残ったらどうするつもりだったのかしら?」
「本当に申し訳ございません……今後このようなことがないよう……」
「私は今の話をしているの! 取り返しのつかない事故になっていたかもしれないのよ!?」
ヒステリックに捲し立てられ、千歳は萎縮する。反論する余地もない、正当な訴えだった。
担任の先生は双方を宥めてくれていたが、的場と祖母の怒りは収まらない。千歳はひたすらに謝り続ける。
「女の子に手を出すなんて本当に野蛮な子! 旦那さん、自営業をしてらっしゃるとけうちの息子から聞いたけど、どうせぷらぷらしているだけでしょう? そんなのだから、子供の躾がなってないのよ」
「……申し訳ございません」
的場の祖母は、ここで話を終わらせる気はないらしく、園の関係者に子供を預けさせた。斗和も一緒に別室へと連れて行かれた。
別の部屋へ移動しようと立ち上がったとき、近づいてきた的場に囁かれた。
「ざまあみろ」
千歳以外の耳には届いていない。けれど、はっきりとその言葉は届いた。
──レグ……。
恐らく祖母もアルファだ。二人のアルファに責め寄られて、千歳の目からは恐怖で涙が溢れた。我慢しようとしてもできなくて、気圧されることにオメガ性が強いストレスを感じている。
千歳が鼻を啜ったとき、誰よりも強いフェロモンを感じた。
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