29 / 42
【7章】新しい未来
誤解
しおりを挟む
翌朝、千歳よりも先に起きていたのは、レグルシュと斗和だった。まだ一時間もあるのに朝食もお着替えも済んでいる。お迎えの短縮はなくなり、斗和もレクリエーションの手伝いに存分に参加できるようになり、今朝からやる気がすごいらしい。
寝坊助の斗和の早起きよりも驚いたのは、レグルシュの宣言だった。
「今日からしばらくは、俺が斗和の送迎をする」
「え? そんな、仕事は……」
「柚弦と部下には理由を話して頭を下げた。離婚の危機だと……」
「そんなこと言ったのですか!?」
慌てる千歳の様子に笑いを溢し、「冗談だ」と呟いた。
「けれど送迎するのは本当だ。斗和には寂しい思いをさせたし、千歳にも負担をかけたからな。……それに」
レグルシュは斗和の身体を抱き上げて、額にキスをする。斗和もお返しとばかりに、レグルシュの頬へちゅっと音を立てた。
「園の親達にいろいろと誤解されていることがあるからな。的場の件と、姉貴が起こした件も。身内が起こした件は、俺が始末するのが当然だろう」
園の母親達に、千歳と斗和は腫れ物扱いを受けている。ユキへの虐めから波及した問題が、最上[モガミ]の退園と重なり、当時のことを目にした親達からは、あまりいい印象を持たれていない。
「ぱぁぱも幼稚園行くのぉ!?」
「ああ。斗和がいろいろと教えてくれ」
斗和はレグルシュの腕から降りると、大急ぎで登園の支度をする。レグルシュが園に顔を出したのは、初日の一回きりだったので斗和のテンションは跳ね上がった。
「い、いいの? 本当に……」
「……まあ、仕事の時間は削ることになるな。手伝ってもらえないか、千歳」
レグルシュは申し訳なさそうに眉を下げた。あまり人を頼ることのない彼の申し出が意外で、千歳は少し驚いてしまった。もちろん断る理由はない。
「はい。僕にできることなら何でも言ってください」
綾乃と喧嘩したことで、幼稚園に行きたくないと言われたらどうしようかと思っていたが、全くの杞憂だった。むしろ、綾乃に会えるのが楽しみらしい。
レグルシュと千歳は、斗和と両手を繋ぎながら登園した。周りの園児や親は物珍しそうに、千歳達を見ている。
まだ綾乃は登園しておらず、他の園児もそれほど集まっていなかった。斗和がもも組の部屋へ入ると、何人かが「だいじょうぶ?」と駆け寄ってくる。斗和は気丈に「へーき!」と答えていた。
「ほら、あの子。昨日、女の子を叩いたって……」
「私も聞いたわ、それ。怖いから園長先生にクラス替えを頼もうかしら」
千歳の耳に噂話が入ってきて、不甲斐なさで俯いた。きっとこちらに聞こえるように言っている。斗和を連れてその場から離れようとしたとき、レグルシュは逆に一歩前へと進んだ。
「レグ……!」
レグルシュが強く言い返してしまい、悪意のあるように捉えられたら困る。しかし、千歳の危惧するようなことは起こらなかった。レグルシュは保護者の前で、見たこともないくらい深く腰を折った。
「この度はお騒がせして申し訳ありませんでした。昨日、的場さんの保護者の方とお話をさせていただいています」
レグルシュは謝罪の言葉を口にする。母親達は閉口し、何やらひそひそと囁き合っている。遅れてやって来た千歳も、レグルシュと同じように低頭した。
「別に……私達に謝られても、ねぇ?」
「また今後もこういうことがあるかもしれないし……」
レグルシュは否定せずに話を続ける。
「家でも話し合い、斗和……息子にも言い聞かせております。理不尽なことがあっても、先に友達に危害を加えるような子ではありません。よろしければ、またこちらで仲良くしていただけないでしょうか?」
誠心誠意、千歳とレグルシュは謝罪した。母親達の顔つきが少し和らいだ気がする。
「まあ、それなら……」とまごついた雰囲気で、母親達は去っていった。園児達もぞろぞろと集まり始め、ちょうど綾乃が登園してきたところに出会す。今日は祖母だけが登園しているようだ。こちらに気付くと、手短に周りへ挨拶をし、すぐに帰っていった。
「あっ、綾乃ちゃん!」
いち早く気付いた斗和が、園児の輪から抜け出しておはようと挨拶をする。綾乃は気まずそうにしながらも、挨拶を返した。
「綾乃ちゃんだぁ」
「斗和くんと綾乃ちゃん、ケンカしてなかった?」
争いの結末を知らない園児達は、こぞって二人を囲んだ。斗和は臆することなく、綾乃の手を繋ぎながら答える。
「綾乃ちゃんとはもう仲直りしたの! 綾乃ちゃんいたいいたいしてごめんね」
「うん……私も斗和くんにいたいことしてごめんね」
二人の会話に、少しピリピリとしたムードだった保護者達の顔も朗らかになったようだ。園児達の気は、斗和達から何故かレグルシュのほうへ移った。
寝坊助の斗和の早起きよりも驚いたのは、レグルシュの宣言だった。
「今日からしばらくは、俺が斗和の送迎をする」
「え? そんな、仕事は……」
「柚弦と部下には理由を話して頭を下げた。離婚の危機だと……」
「そんなこと言ったのですか!?」
慌てる千歳の様子に笑いを溢し、「冗談だ」と呟いた。
「けれど送迎するのは本当だ。斗和には寂しい思いをさせたし、千歳にも負担をかけたからな。……それに」
レグルシュは斗和の身体を抱き上げて、額にキスをする。斗和もお返しとばかりに、レグルシュの頬へちゅっと音を立てた。
「園の親達にいろいろと誤解されていることがあるからな。的場の件と、姉貴が起こした件も。身内が起こした件は、俺が始末するのが当然だろう」
園の母親達に、千歳と斗和は腫れ物扱いを受けている。ユキへの虐めから波及した問題が、最上[モガミ]の退園と重なり、当時のことを目にした親達からは、あまりいい印象を持たれていない。
「ぱぁぱも幼稚園行くのぉ!?」
「ああ。斗和がいろいろと教えてくれ」
斗和はレグルシュの腕から降りると、大急ぎで登園の支度をする。レグルシュが園に顔を出したのは、初日の一回きりだったので斗和のテンションは跳ね上がった。
「い、いいの? 本当に……」
「……まあ、仕事の時間は削ることになるな。手伝ってもらえないか、千歳」
レグルシュは申し訳なさそうに眉を下げた。あまり人を頼ることのない彼の申し出が意外で、千歳は少し驚いてしまった。もちろん断る理由はない。
「はい。僕にできることなら何でも言ってください」
綾乃と喧嘩したことで、幼稚園に行きたくないと言われたらどうしようかと思っていたが、全くの杞憂だった。むしろ、綾乃に会えるのが楽しみらしい。
レグルシュと千歳は、斗和と両手を繋ぎながら登園した。周りの園児や親は物珍しそうに、千歳達を見ている。
まだ綾乃は登園しておらず、他の園児もそれほど集まっていなかった。斗和がもも組の部屋へ入ると、何人かが「だいじょうぶ?」と駆け寄ってくる。斗和は気丈に「へーき!」と答えていた。
「ほら、あの子。昨日、女の子を叩いたって……」
「私も聞いたわ、それ。怖いから園長先生にクラス替えを頼もうかしら」
千歳の耳に噂話が入ってきて、不甲斐なさで俯いた。きっとこちらに聞こえるように言っている。斗和を連れてその場から離れようとしたとき、レグルシュは逆に一歩前へと進んだ。
「レグ……!」
レグルシュが強く言い返してしまい、悪意のあるように捉えられたら困る。しかし、千歳の危惧するようなことは起こらなかった。レグルシュは保護者の前で、見たこともないくらい深く腰を折った。
「この度はお騒がせして申し訳ありませんでした。昨日、的場さんの保護者の方とお話をさせていただいています」
レグルシュは謝罪の言葉を口にする。母親達は閉口し、何やらひそひそと囁き合っている。遅れてやって来た千歳も、レグルシュと同じように低頭した。
「別に……私達に謝られても、ねぇ?」
「また今後もこういうことがあるかもしれないし……」
レグルシュは否定せずに話を続ける。
「家でも話し合い、斗和……息子にも言い聞かせております。理不尽なことがあっても、先に友達に危害を加えるような子ではありません。よろしければ、またこちらで仲良くしていただけないでしょうか?」
誠心誠意、千歳とレグルシュは謝罪した。母親達の顔つきが少し和らいだ気がする。
「まあ、それなら……」とまごついた雰囲気で、母親達は去っていった。園児達もぞろぞろと集まり始め、ちょうど綾乃が登園してきたところに出会す。今日は祖母だけが登園しているようだ。こちらに気付くと、手短に周りへ挨拶をし、すぐに帰っていった。
「あっ、綾乃ちゃん!」
いち早く気付いた斗和が、園児の輪から抜け出しておはようと挨拶をする。綾乃は気まずそうにしながらも、挨拶を返した。
「綾乃ちゃんだぁ」
「斗和くんと綾乃ちゃん、ケンカしてなかった?」
争いの結末を知らない園児達は、こぞって二人を囲んだ。斗和は臆することなく、綾乃の手を繋ぎながら答える。
「綾乃ちゃんとはもう仲直りしたの! 綾乃ちゃんいたいいたいしてごめんね」
「うん……私も斗和くんにいたいことしてごめんね」
二人の会話に、少しピリピリとしたムードだった保護者達の顔も朗らかになったようだ。園児達の気は、斗和達から何故かレグルシュのほうへ移った。
170
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜
みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。
自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。
残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。
この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる――
そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。
亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、
それでも生きてしまうΩの物語。
痛くて、残酷なラブストーリー。
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる