36 / 42
【8章】溺愛アルファは運命の恋を離さない
不機嫌な斗和
しおりを挟む
柔らかく降る雨の音で、千歳は自然と目を覚ました。今朝から大事な用事がある。頭に残る眠気を振り払いたいと思うものの、規則正しい息遣いに瞼が重くなる。
──珍しい。
セックスの翌日は、レグルシュのほうが何時間も早く起きて、朝の準備や斗和の世話を率先してこなしてくれている。無理をさせた、とばつの悪い顔をしながら。伸びたブロンドの髪に指を通しながら、千歳は綺麗な寝顔を見つめた。
無防備になっている唇に、ふと視線が吸い寄せられる。レグルシュからねだられたときしか、千歳からはキスはしない。朝の挨拶もおかえりのキスも、レグルシュからだ。
最近は父親の真似をして、斗和も千歳の頬に毎日キスをしてくれる。天然で何でも見たもの教えられたものを吸収する息子は、誰彼構わずキスをしようとするので、レグルシュも千歳も苦慮しているところだ。
「……ん」
しんとした静謐な空気の中で、唇を合わせた音が響く。唇を離すと、何故か眠っていたはずのレグルシュと目が合った。
「なん、で……んん……」
問いかけの言葉は、最後まで形にならなかった。稚拙な口付けとは違い、レグルシュは舌を絡ませて千歳の腔内を何度もなぞった。ようやく解放された頃には、千歳の息は弾んでいた。レグルシュのほうは千歳のような素振りは一切見せず、満足そうな表情を浮かべて「おはよう」と言った。
「起きてたんですかっ?」
「半分な。朝から熱烈な挨拶だった」
からかわれて、頬が熱くなった。レグルシュはまだ足りないというように、唇を重ねる。
「んっ、ん……」
「千歳……」
前を扱かれて、掠れた声を出しながらレグルシュに身を預ける。……何か、忘れているような気がする。息子の顔が思い浮かび、千歳は必死になってレグルシュの胸を叩いた。
「ん、あ……っ。レグ、レグ……」
焦りの表情など微塵も見せないレグルシュは、「どうした?」と、続きを唆すような甘い声で問うてくる。唇が離れ、千歳は息を乱したまま、レグルシュに訴えた。
「とわ……!」
「斗和? 斗和はお泊まりをしているだろう? ……あ」
「迎えの時間がっ……」
千歳とレグルシュはものの数分で仕度を済ませて、斗和が待っている「きらぼし幼稚園」へ向かうのだった。
……────。
「もー! パパとママ遅すぎて、ぼくいーっぱい! 待ったんだからね!?」
「ごめんね。斗和」
「悪かったな。斗和」
幼稚園へ少し遅れる旨を伝え、五分遅れで千歳達は着いた。園の先生にも謝り、車内でもご立腹の斗和に謝り倒している。眉間に皺をつくっている表情は、かつてのレグルシュそっくりだ。いつもは助手席に座る千歳も、今日ばかりは息子を宥めるために隣へ座る。
「なぁんで遅れたの!?」
レグルシュと千歳は示し合わせるように、ミラー越しに視線を合わせた。もちろん、昨夜のこととその延長で、今朝からいちゃいちゃしてしまい遅れましたとは口が裂けても言えない。
「……寝坊してしまって」
「……目覚まし時計が鳴らなかったんだ」
斗和は後部座席で腕組みをしながら、千歳達の弁解を聞いている。
「大人なのに寝坊したらだめでしょお!?」
もっともな斗和の言葉に、二人は「ごめんなさい」と声を揃えて言った。ちょうどお昼の時間で、千歳達も斗和も食事を摂っていない。特に朝食を食べ損ねた千歳とレグルシュは、お腹がペコペコだ。息子のご機嫌を取るために、レグルシュは提案する。
「お詫びに斗和の食べたいところに行こうか」
斗和の眉間の皺が少し薄くなった。ユキと同様に、斗和は美味しいご飯には弱い。
「うーん……」
「ハワイアンパンケーキのカフェが、近くにあっただろう? お寿司も美味しそうだな。久々に焼き肉もいいな」
千歳はスマホの画面を斗和のほうへ見せた。検索で上がってきたレストランの食事を、斗和は食い入るように見つめている。「おしゅし……にく……」と、斗和は何にするか悩んでいるようだ。
「ぼく、決めらんない!」
投げやりな叫びに、千歳とレグルシュは困った笑いを溢した。いつでもレストランへ寄ることができるように、自宅へ帰るルートから外れ、遠回りな道程を走行していたのに。
「じゃあ、パパに決めてもらう?」
そう提案しても斗和は気難しそうに「うーん」と唸るばかりだ。ようやく何かを思いついたのか、斗和は満面の笑みでレグルシュに言う。
「お家でパパのご飯が食べたいっ!」
「えっ? 何でもいいぞ。斗和の食べたいもので……」
「何でもいいんだったら、パパのご飯がいい!」
斗和の意思は固い。レグルシュは息子の言葉に感極まり、ペリドットの瞳をいっそうキラキラとさせている。行き先を急遽スーパーへと変更した。
「パパとママ、ラブラブし過ぎだよ」
何気なく呟かれた言葉に、千歳とレグルシュはぎくりとするのだった。
──珍しい。
セックスの翌日は、レグルシュのほうが何時間も早く起きて、朝の準備や斗和の世話を率先してこなしてくれている。無理をさせた、とばつの悪い顔をしながら。伸びたブロンドの髪に指を通しながら、千歳は綺麗な寝顔を見つめた。
無防備になっている唇に、ふと視線が吸い寄せられる。レグルシュからねだられたときしか、千歳からはキスはしない。朝の挨拶もおかえりのキスも、レグルシュからだ。
最近は父親の真似をして、斗和も千歳の頬に毎日キスをしてくれる。天然で何でも見たもの教えられたものを吸収する息子は、誰彼構わずキスをしようとするので、レグルシュも千歳も苦慮しているところだ。
「……ん」
しんとした静謐な空気の中で、唇を合わせた音が響く。唇を離すと、何故か眠っていたはずのレグルシュと目が合った。
「なん、で……んん……」
問いかけの言葉は、最後まで形にならなかった。稚拙な口付けとは違い、レグルシュは舌を絡ませて千歳の腔内を何度もなぞった。ようやく解放された頃には、千歳の息は弾んでいた。レグルシュのほうは千歳のような素振りは一切見せず、満足そうな表情を浮かべて「おはよう」と言った。
「起きてたんですかっ?」
「半分な。朝から熱烈な挨拶だった」
からかわれて、頬が熱くなった。レグルシュはまだ足りないというように、唇を重ねる。
「んっ、ん……」
「千歳……」
前を扱かれて、掠れた声を出しながらレグルシュに身を預ける。……何か、忘れているような気がする。息子の顔が思い浮かび、千歳は必死になってレグルシュの胸を叩いた。
「ん、あ……っ。レグ、レグ……」
焦りの表情など微塵も見せないレグルシュは、「どうした?」と、続きを唆すような甘い声で問うてくる。唇が離れ、千歳は息を乱したまま、レグルシュに訴えた。
「とわ……!」
「斗和? 斗和はお泊まりをしているだろう? ……あ」
「迎えの時間がっ……」
千歳とレグルシュはものの数分で仕度を済ませて、斗和が待っている「きらぼし幼稚園」へ向かうのだった。
……────。
「もー! パパとママ遅すぎて、ぼくいーっぱい! 待ったんだからね!?」
「ごめんね。斗和」
「悪かったな。斗和」
幼稚園へ少し遅れる旨を伝え、五分遅れで千歳達は着いた。園の先生にも謝り、車内でもご立腹の斗和に謝り倒している。眉間に皺をつくっている表情は、かつてのレグルシュそっくりだ。いつもは助手席に座る千歳も、今日ばかりは息子を宥めるために隣へ座る。
「なぁんで遅れたの!?」
レグルシュと千歳は示し合わせるように、ミラー越しに視線を合わせた。もちろん、昨夜のこととその延長で、今朝からいちゃいちゃしてしまい遅れましたとは口が裂けても言えない。
「……寝坊してしまって」
「……目覚まし時計が鳴らなかったんだ」
斗和は後部座席で腕組みをしながら、千歳達の弁解を聞いている。
「大人なのに寝坊したらだめでしょお!?」
もっともな斗和の言葉に、二人は「ごめんなさい」と声を揃えて言った。ちょうどお昼の時間で、千歳達も斗和も食事を摂っていない。特に朝食を食べ損ねた千歳とレグルシュは、お腹がペコペコだ。息子のご機嫌を取るために、レグルシュは提案する。
「お詫びに斗和の食べたいところに行こうか」
斗和の眉間の皺が少し薄くなった。ユキと同様に、斗和は美味しいご飯には弱い。
「うーん……」
「ハワイアンパンケーキのカフェが、近くにあっただろう? お寿司も美味しそうだな。久々に焼き肉もいいな」
千歳はスマホの画面を斗和のほうへ見せた。検索で上がってきたレストランの食事を、斗和は食い入るように見つめている。「おしゅし……にく……」と、斗和は何にするか悩んでいるようだ。
「ぼく、決めらんない!」
投げやりな叫びに、千歳とレグルシュは困った笑いを溢した。いつでもレストランへ寄ることができるように、自宅へ帰るルートから外れ、遠回りな道程を走行していたのに。
「じゃあ、パパに決めてもらう?」
そう提案しても斗和は気難しそうに「うーん」と唸るばかりだ。ようやく何かを思いついたのか、斗和は満面の笑みでレグルシュに言う。
「お家でパパのご飯が食べたいっ!」
「えっ? 何でもいいぞ。斗和の食べたいもので……」
「何でもいいんだったら、パパのご飯がいい!」
斗和の意思は固い。レグルシュは息子の言葉に感極まり、ペリドットの瞳をいっそうキラキラとさせている。行き先を急遽スーパーへと変更した。
「パパとママ、ラブラブし過ぎだよ」
何気なく呟かれた言葉に、千歳とレグルシュはぎくりとするのだった。
195
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜
みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。
自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。
残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。
この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる――
そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。
亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、
それでも生きてしまうΩの物語。
痛くて、残酷なラブストーリー。
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる