溺愛アルファは運命の恋を離さない

リミル

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【8章】溺愛アルファは運命の恋を離さない

不機嫌な斗和

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柔らかく降る雨の音で、千歳は自然と目を覚ました。今朝から大事な用事がある。頭に残る眠気を振り払いたいと思うものの、規則正しい息遣いに瞼が重くなる。

──珍しい。

セックスの翌日は、レグルシュのほうが何時間も早く起きて、朝の準備や斗和の世話を率先してこなしてくれている。無理をさせた、とばつの悪い顔をしながら。伸びたブロンドの髪に指を通しながら、千歳は綺麗な寝顔を見つめた。

無防備になっている唇に、ふと視線が吸い寄せられる。レグルシュからねだられたときしか、千歳からはキスはしない。朝の挨拶もおかえりのキスも、レグルシュからだ。

最近は父親の真似をして、斗和も千歳の頬に毎日キスをしてくれる。天然で何でも見たもの教えられたものを吸収する息子は、誰彼構わずキスをしようとするので、レグルシュも千歳も苦慮しているところだ。

「……ん」

しんとした静謐な空気の中で、唇を合わせた音が響く。唇を離すと、何故か眠っていたはずのレグルシュと目が合った。

「なん、で……んん……」

問いかけの言葉は、最後まで形にならなかった。稚拙な口付けとは違い、レグルシュは舌を絡ませて千歳の腔内を何度もなぞった。ようやく解放された頃には、千歳の息は弾んでいた。レグルシュのほうは千歳のような素振りは一切見せず、満足そうな表情を浮かべて「おはよう」と言った。

「起きてたんですかっ?」
「半分な。朝から熱烈な挨拶だった」

からかわれて、頬が熱くなった。レグルシュはまだ足りないというように、唇を重ねる。

「んっ、ん……」
「千歳……」

前を扱かれて、掠れた声を出しながらレグルシュに身を預ける。……何か、忘れているような気がする。息子の顔が思い浮かび、千歳は必死になってレグルシュの胸を叩いた。

「ん、あ……っ。レグ、レグ……」

焦りの表情など微塵も見せないレグルシュは、「どうした?」と、続きを唆すような甘い声で問うてくる。唇が離れ、千歳は息を乱したまま、レグルシュに訴えた。

「とわ……!」
「斗和? 斗和はお泊まりをしているだろう? ……あ」
「迎えの時間がっ……」

千歳とレグルシュはものの数分で仕度を済ませて、斗和が待っている「きらぼし幼稚園」へ向かうのだった。


……────。


「もー! パパとママ遅すぎて、ぼくいーっぱい! 待ったんだからね!?」
「ごめんね。斗和」
「悪かったな。斗和」

幼稚園へ少し遅れる旨を伝え、五分遅れで千歳達は着いた。園の先生にも謝り、車内でもご立腹の斗和に謝り倒している。眉間に皺をつくっている表情は、かつてのレグルシュそっくりだ。いつもは助手席に座る千歳も、今日ばかりは息子を宥めるために隣へ座る。

「なぁんで遅れたの!?」

レグルシュと千歳は示し合わせるように、ミラー越しに視線を合わせた。もちろん、昨夜のこととその延長で、今朝からいちゃいちゃしてしまい遅れましたとは口が裂けても言えない。

「……寝坊してしまって」
「……目覚まし時計が鳴らなかったんだ」

斗和は後部座席で腕組みをしながら、千歳達の弁解を聞いている。

「大人なのに寝坊したらだめでしょお!?」

もっともな斗和の言葉に、二人は「ごめんなさい」と声を揃えて言った。ちょうどお昼の時間で、千歳達も斗和も食事を摂っていない。特に朝食を食べ損ねた千歳とレグルシュは、お腹がペコペコだ。息子のご機嫌を取るために、レグルシュは提案する。

「お詫びに斗和の食べたいところに行こうか」

斗和の眉間の皺が少し薄くなった。ユキと同様に、斗和は美味しいご飯には弱い。

「うーん……」
「ハワイアンパンケーキのカフェが、近くにあっただろう? お寿司も美味しそうだな。久々に焼き肉もいいな」

千歳はスマホの画面を斗和のほうへ見せた。検索で上がってきたレストランの食事を、斗和は食い入るように見つめている。「おしゅし……にく……」と、斗和は何にするか悩んでいるようだ。

「ぼく、決めらんない!」

投げやりな叫びに、千歳とレグルシュは困った笑いを溢した。いつでもレストランへ寄ることができるように、自宅へ帰るルートから外れ、遠回りな道程を走行していたのに。

「じゃあ、パパに決めてもらう?」

そう提案しても斗和は気難しそうに「うーん」と唸るばかりだ。ようやく何かを思いついたのか、斗和は満面の笑みでレグルシュに言う。

「お家でパパのご飯が食べたいっ!」
「えっ? 何でもいいぞ。斗和の食べたいもので……」
「何でもいいんだったら、パパのご飯がいい!」

斗和の意思は固い。レグルシュは息子の言葉に感極まり、ペリドットの瞳をいっそうキラキラとさせている。行き先を急遽スーパーへと変更した。

「パパとママ、ラブラブし過ぎだよ」

何気なく呟かれた言葉に、千歳とレグルシュはぎくりとするのだった。
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