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★ピタラス諸島第三、ニベルー島編★

434:ニベルーとテジー

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『その昔、私は夫であるニベルーと共に、彼の師であるアーレイク・ピタラス様の未開地遠征に同行しました。とは言っても、表向きは、私は死んだ事になっているのでしょう。しかし、あの時は、そうするしか無かったのです。何故なら、私の同行は許されていなかったから……。私の旧姓はバストス。そう……、私は、今尚歴史に残る、あの世にも不幸な大惨事を招いた、ボン・バストスの血縁なのです』

   テジーは、その体をふわふわと宙に浮かばせながら、空中を漂うように移動して、自らの亡骸が横たわるベッドに腰掛けた。

   何か今……、テジーは、サラッととんでも無い事を言ったようだ。
 ボン・バストスって確か、ホムンクルスを使って国を滅ぼそうとしたとかなんとか……、そういうやばい犯罪者だったよな?
 テジーは、その一族であると??

   しかしながら、今、俺の意識は別のものに向けられている。
   テジーが移動した事で、小部屋の出入り口が解放されたのだ。
   今ならサッと外に出られそうだが……
   そんな事したらまた、あの恐ろしい顔が目の前にやって来そうなので、俺はグッと堪えてその場に留まった。

『ニベルーは由緒あるパラ家の跡取り。当時、彼には将来を約束した許嫁もいたそうです。しかしながら、私達は出会ってしまった。私の身の上を話しても、彼は拒まなかった。君の為なら何だってすると、生家との絶縁までをも考えて、彼は私と契りを結びました。しかしながら、彼がパラ家を去る事はありませんでした。その時私のお腹には、彼の子供が宿っていた。だからパラ家も、私との結婚を許諾せざるを得なくなったのです』

   お……、おおぅ……
 なんだかヘビーな話だな。
   許嫁とか、絶縁とか、どこぞの昼ドラみたいにドロドロじゃねぇか。

   けどやはり、俺の意識は今、別のところにあった。

   くそぉ~、外の事が気になって、全然話が頭に入ってこないぞっ!
   カービィ、カサチョ、無事でいてくれっ!!

『彼が、アーレイク・ピタラス様の未開地遠征に同行すると決まった時、私はとても喜びました。アーレイク・ピタラス様は、国の誰もが知る大魔導師。そのような者を師に持つニベルーを、私は誇りに思っていました。でも……。当時私は、彼の生家で暮らしていました。遠征出発の前日、私は産気づき、無事に男の子を出産しました。その時既に、彼は遠くの港にいて、出発の時を待っていました。せめて、子供が産まれた事を伝えようと思った矢先……、彼の両親が、私を家から追い出したのです。産まれた赤ん坊を、部屋に残したままで……。訳が分かりませんでした。しかしながら、彼の妹が、家の外で泣き喚く私を見つけ、全てを話してくれました。彼の両親は、子供だけが目当てだった……。彼が危険な遠征に向かうと決めたその時から、跡目を残す事だけを考えて、私を生かしていたのだと……。子を産んだ私はもはや用済み。庇ってくれるニベルーもいない。私は途方に暮れました』

   さすがに……、ヘビー過ぎて、話が頭に入って来ましたよ!
   何それ!? 酷過ぎないっ!??

   でも……、その話、今のこの状況に関係あるのっ!?!?
   手短に頼みますよ、お願いだからぁあぁぁっ!!!!!

『行く当てが無くなった私は、せめて彼の出発を見送ろうと、一晩かけて、港へと向かいました。子供を産んだばかりの体では、なかなかに骨が折れましたが……、それでもなんとか、港へと辿り着くことが出来ました。そして、まだ日も登らない、朝靄が立ち込める中、またしても彼は私を見つけてくれた……。私は思わず、彼の腕の中へと飛び込みました。それからはもう……、彼に全てを打ち明けて、彼が言うままに、私は船へと乗り込みました。彼は言いました。無事に遠征が終わったら、どこか遠くの場所で、二人だけで暮らそうと……。だからそれまでは、自分のそばで隠れていなさいと……』

   つまりは……、愛の密航ランデブーですなっ!?
   なかなかに思い切った奴だったんだな、ニベルーは!!

   ……じゃなくてぇっ!!!
   手短にぃっ!!!! 手短にぃいぃっ!!!!!

『しかしながら、何週間もかかる船での遠征は、個室が与えられているとはいえ、私の存在を周りに隠す事は不可能に近い……。だから彼は、私に魔法をかけました。体を小さくする縮小の魔法と、眠りの魔法です。彼は小さくなって眠る私を、木箱に入れて持ち運ぶ事にしました。そうする事で、皆から怪しまれずに、遠征を乗り切る事が出来る。そして全てが終わった後で、二人の新しい生活を始めれば良い。私も彼も、そう思っていました。しかし……』

   しかしっ!? しかし何っ!??
   勿体ぶらないで話を進めてぇえっ!!!

『小さな時の神の使者よ、あなたには魔法が使えない。だから、私達の愚かな行いの先に待つ真実には、まだ気がつかないでしょう……?』

   だぁあっ!? 
   ここへ来て質問形式にしないでぇえっ!!?

「僕は魔法が使えません! だから分かりませんっ!! だから教えてくださいっ!!!」

   早くっ! 続きを話してぇっ!!

『あの時の私達は、お互いを想い合う余り、その行為が如何に愚かであるかという事に気付けなかった。魔法は、全ての不可能を可能にするものではないのです。魔法の行使には魔力の代償が、また魔法をかけられた者にはその負荷がかかる……。長きに渡る遠征と、その過酷な日々から、ニベルーは箱の中で眠る私に気をかける暇がなかった……。そうして、悪しき者との戦いを終えて、晴れて自由の身となったニベルーは、その真実を知る時を迎える……。箱を開け、眠る小さな私を外に出し、元の大きさに戻した……、そこまでは予定通りでした。けれど……』

   のぁあぁぁっ!?
   溜めないでっ!?? 
   一気に話してぇえっ!!!

   ……って、えぇえぇっ!?!?

   あまりに長いテジーの話に、焦りを隠せなかった俺だが、この時ばかりは息が止まった。
   先程まで、恐ろしい鬼の形相でこちらを睨んでいたはずの初老の御婦人が、なんと、若く美しい女性の姿に変貌しているのだ。
   そのお顔は、以前ニベルーの小屋で見つけた懐中時計の中に隠されていた、若かりし頃のテジーそっくりだ。
   体はスケスケのまんまだから、お化けには違いないだろうけれど……
   どうして若返ったの!?!??

『眠りから覚めた私は、全ての記憶を失っていた……。長期間、魔法をかけられ続けていた為の負荷だったのでしょう。自分が何者なのかも、どうしてそこに存在しているのかも……、そして、愛していたはずの彼の事も全て……、私は、忘れ去ってしまっていたのです』

   そう言って、二十代半ばほどの外見に様変わりしたお化けのテジーは、その美しい両の瞳から、透明の光る雫を流したのだった。
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