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★ピタラス諸島第三、ニベルー島編★

440:頭上へ掲げなさい

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   悪魔テジーはスタスタと歩き、部屋の中央にあるあの奇妙な椅子に腰掛ける。
   すると、テジーが座るやいなやその椅子は、ウネウネと表面を波打たせながら、その形を微妙に変化させた。
   まるで生き物のように、悪魔テジーの体にフィットするように、自ら形を変えたのだ。

   なんだあれっ!?
   気持ち悪ぅうっ!!?

   球体の中から眼下の悪魔テジーを見下ろして、俺は眉間に皺を寄せた。

「ほほほほ、超変形合金ガリリウム。お気に召して頂けているようですな」

   スーツ姿のくるくるおじさんが満足気に笑う。

   ほほほって……、お前は貴婦人かっ!?
   なんだその笑い方はっ!??
 気色悪いのは見た目だけにしろっ!!!

「うふふ。今まで頂いたどの機械よりも、これが私にはピッタリだわ。だって、思う通りの力を発揮してくれるから……。さぁ、始めましょう。神力を、私にっ!」

   椅子に腰掛けたままの悪魔テジーは、左右にある手すり部分に両手を置いたかと思うと、そのままズブズブと、金属のようなその表面に掌を沈めていくではないか。
   椅子は、一見すると金属に見える外観ながらも、実際は粘土のように柔らかいらしい。
   悪魔テジーの手を、見る見るうちに飲み込んでいった。
   
   そして、悪魔テジーの体が、黒い光を放ち始める。
   禍々しいオーラを纏ったその光は、紛れもなく悪魔の力だ。
   幾度となく悪魔と対峙してきた俺には分かる。
   今、悪魔テジーは、とってもやばい事をしようとしているぞっ!?

「テジー! やめろっ!! そんな事をしても無駄だっ!!!」

   檻の中からメラーニアが叫ぶ。

「無駄かどうかは私が決める事……。前に言ったでしょ? 私はあなたのオモチャじゃない。私の生きる道は、私自身が決めるのっ!」

   くぅ~、なんかカッコいい事言ってるけどぉ~……
   やってる事はかなりメチャクチャだぞ、こらぁあっ!!!

   悪魔テジーの放つ黒い光は、腰掛けている椅子にどんどんと吸い込まれていくようだ。
   そしてそれは、沢山の管やケーブルを伝って、背後にある台座の機械へと送られていく。

「さぁ、やるのよ……。時の神の使者から、神力を吸い取って!!!」

   悪魔テジーの言葉に呼応するかのように、台座の機械が、ヴゥーンと音を立てて起動する。
   天井からぶら下がっている、俺を照らしている電球の光が、より一層眩しくなる。
   そして、俺を中に閉じ込めたままの球体が、カタカタと小刻みに震え始めたかと思うと、俺の頭のすぐ上で、バチバチッ! という音ともに、目に見えるほどの激しい電流が走った。

   やっ!? やべぇえっ!??

   慌てて身を低くして、両手で頭を抱える俺。

   電気っ!? 放電っ!??
   感電するぅううっ!?!?

   バチバチッ! バチバチバチィッ!!

   密閉された空間の中、電流が走る音が、何度も何度も大音量で響く。
   電流が走るたびに、目も開けていられないほどの眩しい光が発生する。

   俺はガタガタと震えながら、為す術なく、この恐怖を耐え忍ぶ事しか出来ない。
   すると、とうとう電流が俺のすぐそばにまで走り始めて……

   バチバチィッ!!!

「ひぃいっ!? こっ!?? 怖いっ!!??」

   あまりの恐怖に俺は飛び跳ねた。
   しかし、防ぐ手立てはない。
   そうこうしているうちに、すぐさま次の電流が発生する。
   
   バチバチバチィッ!!!!

「きゃあっ!? 尻尾に触れたぁっ!??」

   波打つ電流がお尻をかすめて、俺は尻尾が燃えてしまうのではと怯えたが、それは痛くもなければ痒くもなく、発火するなんて事もない。

   なんだこいつっ!?
   見かけ騙しかっ!??

   しかしながら、そう思ったのも束の間……

「うっ!? な、なんか……。うぅ、苦しい……?」

   密閉された球体の中で、幾度となく発生する電流と光。
   それらが何らかの作用を起こして、俺は呼吸がし辛くなっている事に気が付いた。
   それと同時に、先程までは何ともなかったはずの手足がビリビリと痺れて、身体中の力が抜け始めたではないか。

   こ、これは……、いったい……?

   ボンヤリとし始めた視界の片隅に、椅子に座ったままの悪魔テジーの姿が映り込む。
   見ると彼女の体は、薄っすらとだが、金色の光を帯び始めているではないか。
   
「うふふ、うふふふふ……、あははははははっ! 凄いっ!! これが神の力っ!?? なんて素晴らしいのっ!!?? 生き返るようだわっ!!!!!」

   こちらからでは、その表情は確認出来ないものの、かなりご機嫌なご様子。
   どうやら俺の中にある神力とやらが、この機械によって吸い取られ、悪魔テジーの体へと送られているらしい。
   なるほどそれで……、俺の体、脱力感半端ないのね~……

「モッモ君! モッモ君!! しっかりしろぉっ!!!」

   遠くで叫ぶメラーニアの声が聞こえる。

   けど……、しっかりしろと言われても、こんな状況でさ、俺にはどうにも出来ないよ……?

   俺は、徐々に体に力が入らなくなって、その場に膝から崩れ落ちた。
   なんだか、頭も回らなくなってきたぞ。

   どうして俺は、こんな所にいるんだ?
   どうして俺は、こんな……、訳の分からない世界で……
   どうして俺は……??

『あたくしを、頭上へ掲げなさい』

   朦朧とする意識の中で、誰かがそう言った。
   低いけれど、柔らかな女の人の声だ。
   だけど、あたくしを頭上へ掲げなさいって言われても、いったい何の事やら……
   もはや思考が停止している俺は、その言葉の意味を考える事も、その声の主を探す事も出来そうにない。

『はぁ……、仕方がないですね。今回だけは特別ですよ?』

   そう声が聞こえるやいなや、俺の左手がふわりと上に引き上げられる。
   不自然に、吊り上げられたような形で上へと引っ張られる俺の左腕。
   何が起きているのか、よく分からない。
   分かるのは、俺が左手に握りしめていた何かが、優しい緑色の光を放ちながら、俺の頭の上で浮かんでいる事だけだ。

「んん? どうした?? 力が……、なっ!? 何処から現れたっ!?? 何をしているっ!?!? お前は誰だっ!?!??」

   悪魔テジーが叫ぶ。
   視線をそちらへと向けると、何故だかとても困惑した表情を浮かべながら、悪魔テジーが俺を睨み付けていた。

   こ、怖ぇ……、目力、やっば……

   思考が停止している頭では、そんな事しか思い浮かばない俺。
   
「おほほほ!? 何ですかなあれはっ!??」

   くるくるおじさんが、嬉しそうな顔で声を上げる。
   どうやら俺を見てそう言っているらしいが……
   俺には何の事だかサッパリ分からん。

「あれは……、まさか、精霊か……???」

   驚くメラーニアの声も聞こえてきた。

   でも……、精霊は、呼べないでしょ?
   ほら、この国は妙なフラスコで覆われてるから、精霊は呼べないって、お化けのテジーが言ってたよ??

   三者三様、それぞれに驚愕する三人を前に、俺は呼吸がしやすくなっている事に気付く。
   大きく息を吸って、吐いて……、吸って、吐いて……
   ようやく視界がクリアになり、頭に酸素が回ってきた事を感じた俺は、目の前に何かが……、いや、誰かが立っている事に気付いた。

「……ふぇ? なっ!? 何っ!??」

   その者は、球体の中にいる俺の目の前に立っている。
   つまりは球体の中に下半身があるのだが……、なんと、その頭と上半身は、球体を突き抜けた外に存在しているのだ。
   
   まさか……、ゆっ!? 幽霊っ!??
   すり抜けてるぅうっ!?!?

   だがしかし、お化けではなさそうだ。
   何故ならその体は、ぼんやりとした、緑色の光で形作られているからだ。
   その光の出所はなんと、俺の知らない間に、勝手に頭上に掲げられている左手、そこに装備されているエルフの盾ではないか。

   なっ!? 盾から光がっ!??
   なんでぇえっ!???

   その緑色の光は、優しく、柔らかく、弱った俺を包み込んでいる。

『この世に生まれ落ちてから幾千年……。これほどまでに無力な主には出逢でおうた事がありませぬ。しかしながらそれ故に、此方としては守り甲斐があるというもの……。このあたくしがお側に仕える限り、主には指一本、触れさせはしませんっ!』

   先程と同じ女の声が聞こえたかと思うと、目の前にぼんやりと存在していた人型の緑色の光が、カッ! と眩しく光り輝いた。
   そしてそこに現れたのは、美しい……、ん? 美しい??
   ……いや、たぶん美しい!
   でも、ちょっとポッチャリした体型の、エルフの女性だ。
   恰幅のある胴体、逞しい二の腕。
   ウェーブのかかった長い髪に、尖った耳。
   そしてお顔は、ふっくらしているけれど一応美人!!

   だけど……

「だ……、誰なのぉっ!?!??」

   見た事もない、緑色に光る体を持つポッチャリな女エルフを前に、俺も他の三人同様、驚く事しか出来なかった。
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