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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★
486:幽霊船
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「うっわ、ボロボロ……。降りたくない~」
上空より、巨大な幽霊船を見下ろして、俺は思わず本音を漏らした。
商船タイニック号の船尾側の海に浮かぶ、大きな大きな帆船。
太陽のまだ高い、明るい時間であるにも関わらず、その船の周りだけは何故だか薄暗く、空気が淀んで見える。
マストの帆は全て、見る影もない程にそこかしこが破れて、もはやボロ雑巾並み。
甲板の床は穴だらけで、そこにあるべきはずの船縁の落下防止柵もほとんどが朽ちて無くなっている。
船体も……、見える範囲だけでもズタボロで、沈没しないのが不思議なくらいに酷い有様だ。
……あんな船、乗りたくない。
出来ることならば、絶対に乗りたくない!
しかし、悲しい哉……、俺の望みの羅針盤の金色の針は、真っ直ぐにその船を指していた。
グレコがあそこにいる。
あの船の中に……、あんな、あんな船の中に?
だ、大丈夫……??
無事なのだろうか???
「よし、降りるポよ!」
ノリリアの掛け声で、箒に跨り、空中で待機していた白薔薇の騎士団のみんなは、一斉に降下を始める。
「行くぞ、モッモ!」
「う……、うんっ!」
一本の箒にカービィと二人乗りしている俺は、カービィのローブのフードをギュッと握りしめながら、覚悟を決めて頷いた。
シューーーン……、ストンッ
甲板に降り立った俺とカービィ。
と同時に、足元の床がギシギシと嫌な音を立てた。
「ひぃっ!?」
「おわっ!? 脆いぞこれっ!??」
辛うじて残っている甲板の床は、いつ崩壊してもおかしくないほどに、年季の入った雰囲気である。
静かに、そうろっと歩かないと、奈落の底へと真っ逆さまだ。
「みんな! 足元に気を付けてポ!!」
ノリリアの言葉に、みんなは頷く。
こちらの船に渡って来たのは、ブリックと、ブリックの箒に乗せてもらったギンロ、それからアイビーとマシコット、更にはチリアンとレイズン、ついでにカサチョも一緒だ。
みんな揃って甲板へ降り立ち、足元に警戒しながら周囲を見渡している。
「探知」
杖と魔道書を手に、ノリリア達は皆同じ呪文を唱え、魔法を行使した。
杖の先から、無数の黄色い光の糸が飛び出して、生き物のようにウネウネと空中を漂いながら、船のあちこちへと飛んで伸びていく。
「ポポ……、敵は潜んでいなさそうポね……」
慎重な面持ちで、ノリリアが呟く。
どうやら、煙人間達はここには居ないらしい。
「ノリリア副団長、船室に生命体を確認……、恐らくグレコ様でしょう」
チリアンがそう言うと、他のみんなは杖を下ろして魔道書を閉じた。
チリアンの杖から伸びる黄色い光は、船尾楼のボロボロの扉の向こう側へと伸びている。
一応、俺の羅針盤でも確認したところ、金色の針は同じ方向を指していた。
「ポポ……、ブリックとマシコット、カサチョはここに残ってポ。万が一、奴等が戻ってきた時は即刻退避するポよ。カサチョ、いつでも退避できるように、タイニック号へ空間を繋いでおいて欲しいポ」
「承知したでござる」
ノリリアの指示に従って、カサチョは杖を振り、何もない空間に丸い穴を開けた。
その向こう側は……、あら不思議、タイニック号の甲板へと続いている。
「それじゃあ……、中入ってみっか?」
いつも通りの緊張感の無さで、カービィは遠慮なく船室のドアを開いた。
中は、これまた昼間だというのに真っ暗だ。
……いや、暗いというよりも、黒い。
部屋中に墨汁でもぶちまけたかのように、床も壁も天井も、全てが真っ黒なのだ。
それに加えて、魚が腐ったかのような、なんとも言えない生臭い磯の香りが鼻をついた。
「うげっ!? 想像以上……」
「くっさ……」
俺とカービィは揃って鼻をつまむ。
「この中にグレコが……?」
こちらも、あまりに酷いその臭いに、二本の指を両方の鼻の穴に突っ込んだ間抜けなポーズのギンロが、キョロキョロと周囲に視線を巡らせる。
「奥に進んでみるポ」
おぉ、さすがノリリアだ。
臭いなんてなんのその、扉の前で立ち往生する俺たちを押し退けて、杖の先端に光を灯し、先頭に立って船内へと入って行くではないか。
……見た目の動物感に反して、嗅覚が鈍いのかしら?
ノリリアに続いて、騎士団のみんなも臆することなく船室へと入って行く。
さすが、あのローズが仕切るギルドの団員だ、みんな勇ましいな。
俺は……、俺も、甲板に残ってちゃ駄目ですか?
「うし! おいら達も行くぞ~!!」
「くっ!? やっぱし……。ふぇ~い」
鼻をつまんだまま、そろそろと歩き出す俺たち。
前を行くみんなの光を頼りに、真っ黒な船内を歩く。
しかし、なんだってこんな黒いんだ?
火事……、だとしたら、こんな木造の船なんて、全部燃えておしまいだろうし……
それに、この酷い臭いはなんだ??
臭くてたまんないよぅ。
「階段があるポ。降りるポよ」
船の下層へと続く階段を発見し、ノリリアは躊躇なく降りて行く。
騎士団のみんながそれに習い、俺たちも後に続く。
階段は、甲板の床同様、年季が入っていて脆く、ギシギシと嫌な音を立てた。
「ポポ、扉があるポね」
ガチャリ、と音がして、ノリリアが扉を開けると……
「ポ!? グレコちゃんっ!!?」
「え? ……あっ!? ノリリア!?? 戻ったのね!!!」
まだ視界には捉えられていないものの、元気そうなグレコの声が聞こえて、俺はホッと胸を撫で下ろした。
前を行く騎士団のみんなに続いて、船内下層の扉をくぐったその向こう側は、とても小さな書斎だった。
四方が本棚に囲まれたこの部屋は、外の有様に比べると、その老朽化がかなりマシなようだ。
部屋の真ん中に置かれた机と椅子。本棚の本も、その原型を留めている。
そして、その部屋の中に、グレコは立っていた。
その手に、読みかけらしい、開かれた一冊の書物を持ちながら。
「グレコ! 良かった無事で!!」
「グレコさぁあ~ん!!!」
「大事ないかグレコ!?」
グレコに駆け寄る俺たち三人。
「みんな! 来てくれたのねっ!! ……あ、でも、戻っちゃ駄目って言ったじゃないっ!!?」
うっ!?
せっかく助けに来たのに、早速怒られたっ!!
「いや、戻って来てくれて良かったんだ。モッモ君のお陰で、我々は救われた」
アイビーがすかさずフォローをしてくれて、俺はビクつくのをやめる。
「そうなの? ……そういえば彼等は?? みんな、どうやってここへ???」
グレコの言う彼等とは、あの煙人間の事だろうか?
彼等、なんて……、そんな親しみ込めて呼ぶんじゃないよっ!
あいつら、ザサークを殺そうとしたんだぞっ!?
「敵なら、モッモちゃんが風の精霊を召喚して追い払ってくれたポよ。だからグレコちゃん、今のうちに逃げるポ」
おぉ、珍しく逃げるのだね、ノリリアよ。
ローズのお言葉を守るのね。
「そう……、けど、彼等はその……」
何故か、かなりバツが悪そうな顔をするグレコ。
「ここにある書物……、全て古代エルフィラン語で書かれていますね」
本棚を見つめながら、訳の分からない事を口走るチリアン。
え……、えるふぃ……、何?
「なんだ? 知り合いなのか??」
きょとんとした顔で、有り得ないことをグレコに問い掛けるカービィ。
馬鹿みたいな質問をするんじゃないよ、カービィこの野郎っ!
あんな恐ろしい煙人間とグレコが知り合いっ!?
んなわけないだろ、このおたんこなすっ!!!
……と、心の中で思った俺だったが。
「えと……、私は直接の知り合いじゃ無いんだけど……。どうも身内らしいのよ」
はへ? み……、身内??
……誰の???
「どういう……、事ポか?」
ノリリアが首を傾げた、その時だった。
「我等は、ハイエルフだ」
聞き覚えのある、嫌な思い出しかない低い声が聞こえて、上を見ると……
「ひっ!? ぎゃあぁぁっ!!?」
「なっ!? なんだぁっ!??」
「ポポポポッ!?」
真っ黒な天井から、逆さになった白い煙人間の顔がにょきっと……、いや、もふっと生えて、ホラー映画さながらの恐怖を称えながら、俺たちを見下ろしていた。
上空より、巨大な幽霊船を見下ろして、俺は思わず本音を漏らした。
商船タイニック号の船尾側の海に浮かぶ、大きな大きな帆船。
太陽のまだ高い、明るい時間であるにも関わらず、その船の周りだけは何故だか薄暗く、空気が淀んで見える。
マストの帆は全て、見る影もない程にそこかしこが破れて、もはやボロ雑巾並み。
甲板の床は穴だらけで、そこにあるべきはずの船縁の落下防止柵もほとんどが朽ちて無くなっている。
船体も……、見える範囲だけでもズタボロで、沈没しないのが不思議なくらいに酷い有様だ。
……あんな船、乗りたくない。
出来ることならば、絶対に乗りたくない!
しかし、悲しい哉……、俺の望みの羅針盤の金色の針は、真っ直ぐにその船を指していた。
グレコがあそこにいる。
あの船の中に……、あんな、あんな船の中に?
だ、大丈夫……??
無事なのだろうか???
「よし、降りるポよ!」
ノリリアの掛け声で、箒に跨り、空中で待機していた白薔薇の騎士団のみんなは、一斉に降下を始める。
「行くぞ、モッモ!」
「う……、うんっ!」
一本の箒にカービィと二人乗りしている俺は、カービィのローブのフードをギュッと握りしめながら、覚悟を決めて頷いた。
シューーーン……、ストンッ
甲板に降り立った俺とカービィ。
と同時に、足元の床がギシギシと嫌な音を立てた。
「ひぃっ!?」
「おわっ!? 脆いぞこれっ!??」
辛うじて残っている甲板の床は、いつ崩壊してもおかしくないほどに、年季の入った雰囲気である。
静かに、そうろっと歩かないと、奈落の底へと真っ逆さまだ。
「みんな! 足元に気を付けてポ!!」
ノリリアの言葉に、みんなは頷く。
こちらの船に渡って来たのは、ブリックと、ブリックの箒に乗せてもらったギンロ、それからアイビーとマシコット、更にはチリアンとレイズン、ついでにカサチョも一緒だ。
みんな揃って甲板へ降り立ち、足元に警戒しながら周囲を見渡している。
「探知」
杖と魔道書を手に、ノリリア達は皆同じ呪文を唱え、魔法を行使した。
杖の先から、無数の黄色い光の糸が飛び出して、生き物のようにウネウネと空中を漂いながら、船のあちこちへと飛んで伸びていく。
「ポポ……、敵は潜んでいなさそうポね……」
慎重な面持ちで、ノリリアが呟く。
どうやら、煙人間達はここには居ないらしい。
「ノリリア副団長、船室に生命体を確認……、恐らくグレコ様でしょう」
チリアンがそう言うと、他のみんなは杖を下ろして魔道書を閉じた。
チリアンの杖から伸びる黄色い光は、船尾楼のボロボロの扉の向こう側へと伸びている。
一応、俺の羅針盤でも確認したところ、金色の針は同じ方向を指していた。
「ポポ……、ブリックとマシコット、カサチョはここに残ってポ。万が一、奴等が戻ってきた時は即刻退避するポよ。カサチョ、いつでも退避できるように、タイニック号へ空間を繋いでおいて欲しいポ」
「承知したでござる」
ノリリアの指示に従って、カサチョは杖を振り、何もない空間に丸い穴を開けた。
その向こう側は……、あら不思議、タイニック号の甲板へと続いている。
「それじゃあ……、中入ってみっか?」
いつも通りの緊張感の無さで、カービィは遠慮なく船室のドアを開いた。
中は、これまた昼間だというのに真っ暗だ。
……いや、暗いというよりも、黒い。
部屋中に墨汁でもぶちまけたかのように、床も壁も天井も、全てが真っ黒なのだ。
それに加えて、魚が腐ったかのような、なんとも言えない生臭い磯の香りが鼻をついた。
「うげっ!? 想像以上……」
「くっさ……」
俺とカービィは揃って鼻をつまむ。
「この中にグレコが……?」
こちらも、あまりに酷いその臭いに、二本の指を両方の鼻の穴に突っ込んだ間抜けなポーズのギンロが、キョロキョロと周囲に視線を巡らせる。
「奥に進んでみるポ」
おぉ、さすがノリリアだ。
臭いなんてなんのその、扉の前で立ち往生する俺たちを押し退けて、杖の先端に光を灯し、先頭に立って船内へと入って行くではないか。
……見た目の動物感に反して、嗅覚が鈍いのかしら?
ノリリアに続いて、騎士団のみんなも臆することなく船室へと入って行く。
さすが、あのローズが仕切るギルドの団員だ、みんな勇ましいな。
俺は……、俺も、甲板に残ってちゃ駄目ですか?
「うし! おいら達も行くぞ~!!」
「くっ!? やっぱし……。ふぇ~い」
鼻をつまんだまま、そろそろと歩き出す俺たち。
前を行くみんなの光を頼りに、真っ黒な船内を歩く。
しかし、なんだってこんな黒いんだ?
火事……、だとしたら、こんな木造の船なんて、全部燃えておしまいだろうし……
それに、この酷い臭いはなんだ??
臭くてたまんないよぅ。
「階段があるポ。降りるポよ」
船の下層へと続く階段を発見し、ノリリアは躊躇なく降りて行く。
騎士団のみんながそれに習い、俺たちも後に続く。
階段は、甲板の床同様、年季が入っていて脆く、ギシギシと嫌な音を立てた。
「ポポ、扉があるポね」
ガチャリ、と音がして、ノリリアが扉を開けると……
「ポ!? グレコちゃんっ!!?」
「え? ……あっ!? ノリリア!?? 戻ったのね!!!」
まだ視界には捉えられていないものの、元気そうなグレコの声が聞こえて、俺はホッと胸を撫で下ろした。
前を行く騎士団のみんなに続いて、船内下層の扉をくぐったその向こう側は、とても小さな書斎だった。
四方が本棚に囲まれたこの部屋は、外の有様に比べると、その老朽化がかなりマシなようだ。
部屋の真ん中に置かれた机と椅子。本棚の本も、その原型を留めている。
そして、その部屋の中に、グレコは立っていた。
その手に、読みかけらしい、開かれた一冊の書物を持ちながら。
「グレコ! 良かった無事で!!」
「グレコさぁあ~ん!!!」
「大事ないかグレコ!?」
グレコに駆け寄る俺たち三人。
「みんな! 来てくれたのねっ!! ……あ、でも、戻っちゃ駄目って言ったじゃないっ!!?」
うっ!?
せっかく助けに来たのに、早速怒られたっ!!
「いや、戻って来てくれて良かったんだ。モッモ君のお陰で、我々は救われた」
アイビーがすかさずフォローをしてくれて、俺はビクつくのをやめる。
「そうなの? ……そういえば彼等は?? みんな、どうやってここへ???」
グレコの言う彼等とは、あの煙人間の事だろうか?
彼等、なんて……、そんな親しみ込めて呼ぶんじゃないよっ!
あいつら、ザサークを殺そうとしたんだぞっ!?
「敵なら、モッモちゃんが風の精霊を召喚して追い払ってくれたポよ。だからグレコちゃん、今のうちに逃げるポ」
おぉ、珍しく逃げるのだね、ノリリアよ。
ローズのお言葉を守るのね。
「そう……、けど、彼等はその……」
何故か、かなりバツが悪そうな顔をするグレコ。
「ここにある書物……、全て古代エルフィラン語で書かれていますね」
本棚を見つめながら、訳の分からない事を口走るチリアン。
え……、えるふぃ……、何?
「なんだ? 知り合いなのか??」
きょとんとした顔で、有り得ないことをグレコに問い掛けるカービィ。
馬鹿みたいな質問をするんじゃないよ、カービィこの野郎っ!
あんな恐ろしい煙人間とグレコが知り合いっ!?
んなわけないだろ、このおたんこなすっ!!!
……と、心の中で思った俺だったが。
「えと……、私は直接の知り合いじゃ無いんだけど……。どうも身内らしいのよ」
はへ? み……、身内??
……誰の???
「どういう……、事ポか?」
ノリリアが首を傾げた、その時だった。
「我等は、ハイエルフだ」
聞き覚えのある、嫌な思い出しかない低い声が聞こえて、上を見ると……
「ひっ!? ぎゃあぁぁっ!!?」
「なっ!? なんだぁっ!??」
「ポポポポッ!?」
真っ黒な天井から、逆さになった白い煙人間の顔がにょきっと……、いや、もふっと生えて、ホラー映画さながらの恐怖を称えながら、俺たちを見下ろしていた。
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