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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

515:赤い卵

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   ヒューーン

「オーライ!」

   ポフッ

「ナイスボール!!」

「やったぁ~!!!」

「いくぞ!? それぇ~!!!」

   ヒューーン

「よ~し……、わわわっ!?」

「あぁっ!??」

   足元に落ちていた人形に躓いて、チャイロは後ろ向けに派手に転んだ。
   俺が投げたボールは床に落ちて、小さくポンポンとバウンドした。

「チャイロ!? 大丈夫っ!!?」

   慌てて駆け寄る俺。

「いたたた……。えへへ、大丈夫だよ」

   悪戯に笑いながら、チャイロは身を起こした。

「暗くなってきたから、ボールが見えなくなっちゃった」

   チャイロの言葉に、俺は辺りを見回す。
   そう言えば……、気付かぬうちに、おもちゃの散乱した部屋の中は、随分と暗くなっていた。
   おそらく、窓から漏れていた外の光が少なくなったせいだろう。
   
「日が沈んだのかな?」

   チャイロと一緒に遊ぶ事しばらく。
   今が何時なのかは分からないが、随分と時間が経ってしまったらしい。
   
「暗くなったなら、日除けを上げても大丈夫だよ」

   チャイロが言った日除けとは、おそらく窓に掛かっている黒いカーテンの事だろう。
   不意に外が見たくなった俺は、カーテンの横にある細長い紐を操作して、スルスルとカーテンを捲り上げた。
   そこにあったのは、透明な分厚いガラス板がはめ込まれた窓だ。
   俺の身長でも容易に外が見渡せるほどの低位置から、天井目一杯にまであるその大きな窓には、開閉レバーらしきものはどこにも見当たらず、開ける事は出来ないらしい。
   その窓の向こう側、遥か下の方には、鬱蒼としたジャングルが広がっていた。

   ふむ……、なるほど、こういう感じなのか。

   目の前に広がる緑色の光景に、俺は腕組みをして思考を巡らせた。

   今いるチャイロの部屋は、城の北東部に位置する場所にあるはずだ。
   なので、ここから見える景色は、王都の北側の景色という事になる。
   王都の入り口がどの方角だったのかは分からないが、金山を登る為の唯一の階段、その名も王の道は真南にあった。 
   つまり、金山及びこの王宮の南側には、あの豪勢な王都が栄えているが、ここから見える景色はジャングルのみ。
   となると、王宮の北側は森で、全くの無人地帯、という事になる。

   これは……、もしや、抜け道なのでは?

   ピコーン☆と閃く俺。
   正直、黄金のピラミッドと見紛うほどの壮大な金山を、階段もなしに登るなんて所業、俺には到底無理なのだが……
   思い出してみろ。
   ゼンイはそもそも、影の精霊とのパントゥーであるレイズンとして、これまで共に旅してきたのだ。
   その過程で、みんながミュエル鳥や箒に乗って移動する際に、彼はその身一つで宙に浮き、悠々と空を飛んでいた。
   となると、ゼンイならば、階段なんかなくたって、金山の天辺にあるこの王宮まで、容易に辿り着くことができるのでは??
   何がどうなってそうなってるのかは知らないが、少なくとも彼は、影の精霊の力を持っているのだ。
   俺の知る限りでは、普段は体も影っぽくて真っ黒だった。
   ならば、夜の暗闇に紛れて空中を浮遊し、北側から王宮に侵入する事が可能なはずだ。
   それにこの窓ガラス……、大きさは申し分ない。
   これがもし俺にどうにか出来たなら、ここから王宮に侵入する事も可能なんじゃないか???
   
   ふむふむ……、これは我ながら良い案だな。

   顎に手を当てて、ニンマリと笑う俺。

「……モッモ、何か悪い事でも考えてるの?」

   気付かぬうちに隣に立って、俺の顔を覗き込んでいたチャイロの言葉に、俺はビクッと体を震わせた。

「そ!? そんな事ないよぉっ!??」

   明らかに怪しい感じの俺の返答に、チャイロはちょっぴり悲しげな顔になる。

「嘘はつかないでよ。僕……、嘘は嫌いなんだ」

   そう言ってチャイロは、窓の外に広がる景色を見つめた。
   そしておもむろに、ある場所を指差した。

「モッモは、あそこに何があると思う?」

   チャイロに問われて、俺はその指差す先を見やる。
   鬱蒼と生い茂るジャングルの中に、ポツンと建つ小さな塔……、いや、石柱だ。
   木々に埋もれるようにしてあるその石柱は、何の変哲もない、この国ではよく見る赤茶けた岩の色をしている。

「何があるかって……、石だよね? 柱みたいな感じの」

「そっか……。やっぱり、モッモにも見えないんだね」

   チャイロはそう言うと、くるりと向きを変えて、窓から離れて行った。

   ……ホワッツ? 見えない、ですと??
   いやいや、見えてますとも、石柱でしょ???
   
   チャイロの言葉の意図がわからず、俺は首を傾げた。
   もう一度目を凝らして、チャイロが指差した先を見てみたが、やはり赤茶けた石柱以外のものは、俺には見つけられなかった。







「モッモさん……、チャイロ様と、お話になられたのですね?」

   トエトが尋ねる、今にも死にそうな顔で。

「あ、はい……。凄く素直で……、とても優しいお方でした」

   俺は、嘘偽りなく、感じたままに答えた。
   まぁ……、ちょっぴり言葉は選んだけれど。

「中に居たという事は……、お姿を、拝見されたのですね?」

   無表情のまま尋ねてくるトエトは、かなり不気味だ。

「あ、はい……。けど、その……、なんていうか……」

   モゴモゴする俺。

「まさか、驚いたりしていませんよね?」

   トエトの目が鋭く光る。

「とっ!? ととと、とんでもないっ!!? してませんっ!!!!」

   首を横に振りまくり、手をワタワタさせながら否定する俺。
   だけど……、嘘です、はい。
   本当は、あの大きな目を見た途端に、ビビって机から転げ落ちました、ごめんなさい。

「本当ですか?」

   如何わしげに、目を見開くトエト。

「ほっ!? 本当ですっ!! だ、だって……、あ、ほら!!! 僕は、これまでいろんな種族の者と出会ってきましたから!!!! 十人十色!!!!! 姿形が他の方々と違うからって、そんな……、驚いたりはしませんよ~、はははは~」

   語尾がヘラヘラしてしまったのは、ちょっとまずかったかと思ったが……

「そうですか……。なら、安心しました」

   トエトは、出会ってから初めての笑顔を見せてくれた。
   ホッと安心したかのような、柔らかい微笑みだった。

   チャイロの部屋で遊び呆けていた俺を(チャイロが際限なく遊んでっていうから……、仕方なくね!)、夕食の時間だと言ってトエトが呼びに来たのが数分前。
   トエトは、世話役の任を解かれた為に、チャイロの部屋に入る権利がなくなったとかで、部屋の外でノックをしていた。
   超絶耳が良い俺はすぐさまその音に気付き、チャイロがご飯の時間だろうと言うので、俺は一人外に出た。
   部屋から出るなりトエトは、先程よりはマシなものの、未だ病人みたいな顔付きで、俺に上記の質問をしてきたのだ。
   
「それでは、チャイロ様のお食事を取りに参りましょう。厨房は一階にあります。モッモさんのお身体では、食事をここまで運ぶ事は無理そうなので、私がお運びしようかとも考えたのですが……。とりあえず、一度厨房にご一緒しましょう」

   若干失礼な事を言われたものの、俺は頷いて、元の無表情に戻ったトエトと一緒に、部屋の外へ出た。
   
   やはり、既に日が沈んだらしい、城内は薄暗くなっていた。
   中庭から見える空は、夕焼けの後の、夜に差し掛かった薄紫色に染まっていた。
   
   俺の歩幅なんか御構い無しに、スタスタと歩くトエトの後を、俺は小走りで追いかける。
   そういえば、城の中を自分の足で歩くのは初めてだ。
   チャイロの部屋に入るまで俺は、金の檻の中に閉じ込められていたのだから……
   俺は、トエトに遅れを取らぬように気をつけながらも、辺りを観察しながら進んだ。

   金色で埋め尽くされた城内は、そこかしこに設置された豪華な燭台の火の光を反射して、床も壁も天井もキラキラと輝いている。
   等間隔に設けられている部屋の扉も、全てが金色だ。
   つまり、入り口の扉から真っ黒なチャイロの部屋だけが、特別な造りとなっているようだ。

   階段を降りて、更に通路を進んでいくと、何処からともなく美味しそうな匂いがしてきた。
   嗅いだ事のあるこの匂いは……、玉子焼きの匂いだ。
   
   するとトエトは、扉のない部屋の前で足を止めた。
   そこは厨房だった。
   中では、一風変わったコック姿の紅竜人達が数名、忙しそうに料理を作っている。

   厨房の作業台の上には、いろんな種類の野菜や果物、そして少し大きめの、俺の頭ほどの大きさの、見覚えのある赤い卵が大量に並んでいた。
   あれは今朝、王都の市場で見かけた卵と同じ種類の物だろう。
   ジュージューという美味しそうな音と共に、コックが手にしている大きなフライパンの上では、艶やかな黄色いオムレツが作られている。
   どうやら、その中には小さくカットした生の野菜や果物が入っているようだ。
   お皿に盛られたオムレツからは、なんとも言えない青々しい香りが漂っていた。

   ……せめて、野菜や果物も炒めればいいのにな。
   生野菜と果物を一緒くたにして卵で包むって……、かなり雑な料理だな、おい。
   
   まぁしかし、口出しするわけにもいくまい。
   俺は黙ってその作業を眺めていた。

「チャイロ様のお食事を取りに参りました」

   コック達に向かって一礼した後、トエトはそう言った。

「おう、すぐ作るぜ。ちょいと待ちな」

   コックの一人がそう言って、赤い卵に手を伸ばす。
   それを作業台の天板にコンコンと軽く打ち付けて、ボウルのようなものに中身を入れようとした、その時だった。
   割れた卵の中からヌルンと出て来たのは、俺がよく知っているあの黄身と白身ではなく、真っ赤な色をした、小さな小さなトカゲだった。
   
「……なっ!?」

   俺は、思わずそう声に出してしまった。
   何が起きたのか、一瞬分からなかった。
   しかし、決して見てはいけないものを見てしまった……、そんな気持ちにならざるを得なかった。

「あぁ……、混じってたんだな、可哀想に」

   コックはそう言って、ボウルの中に落ちたそれを拾い上げ、ゴミ箱なのであろう木箱に投げ入れた。
   そして何事も無かったかのように、別の卵を手に取って割り、今度は普通の黄身と白身が中から出てきたのだった。

   ……何だったんだ、今のは?

   ドキドキと煩い心臓に手を当てて、俺は、今目の前で起きた出来事の意味を、必死に理解しようとしていた。
   すると、隣に立っているトエトが……

「たまにあるんです。子供が入っている事に気付かずに、親に食料として出荷されてしまう卵が」

   無表情のままの冷静なその言葉に、俺は足元がふらついた。

   つまり……、あの赤い卵は、紅竜人の……?
   でもそれって……、共喰い、なんじゃないの……??

   途端に吐き気をもよおした俺は、逃げるように、厨房を走り出た。
   
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