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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

519:創造神ククルカン

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   コンコンコン

   扉をノックする音に気付き、俺は意識を取り戻した。
   体を丸く縮こめて、両手で耳を塞いだままの格好で。

   はっ!? なんだっ!?? 
   何処だここはっ!?!?

   真っ暗な部屋の中、またしても俺は寝惚けていた。
   周囲にあるのは、黒い天井と壁と床、火が灯ったままのランタンとカペカペのオムレツが乗った小さなテーブル、そしてベッド。

   あぁ、そうか……、ここはチャイロの……、はっ!?
   チャイロはどうなったんだっ!!?

   シンとした部屋の中、俺はドキドキしながら耳をすます。

   ……おや? 何も聞こえないぞ??
   
   ホッと胸を撫で下ろし、一安心した俺は、自分の状況を確認する。
   ずっと手で押さえていた耳が、変な方向に折れ曲がってて少し痛いが、これはしばらくしたら治るだろう。
   問題は首から下の方だ。
   部屋の隅っこで、ギュッとうずくまる様にして座っていた俺の体は、全身の肉という肉が全て石のようにガチガチに固まっていた。

「ふっ!? くっ……、つぁあっ!!?」

   凝り固まった筋肉をほぐすように、ゆっくりと立ち上がる俺。
   ミシミシと、まるで老木が折れるような音が、いろんな部位の関節から鳴った。

   はぁ、はぁ……、やっべ、こんなになったの人生で初めてだわ。
   筋トレ頑張ってた頃だって、こんなになった事なかったぞ?
   
   首を左右に傾けると、コキコキと骨が鳴った。
   腰をヌーンと上に伸ばしてみると、ピリピリとした感覚が全身に走った。
   肩を上下させて、腕を回して、軽く屈伸運動をした俺は、ふぅ~と大きく息を吐く。

   さてさてさて……、何がどうなったんでしょうね?
 
   中部屋へと続く扉を見つめながら、俺は記憶を回想する。
 
   チャイロの部屋から声が聞こえて、様子を見に行った俺は、夜言と呼ばれる、スヤスヤと眠ったまま叫び声を上げ続けるチャイロの異常な行動を目の当たりにした。
   部屋を出てからも、それは激しさを増していって、どんどん酷くなって……
   怖くなった俺は、どうする事も出来ないまま、部屋の隅でガタガタ震える事しか出来なかった。
   そのうちに、恐怖のあまり気を失ってしまったらしい。
(いや、ただ単に寝ていただけかも。そんな状況でよく寝れたよな、俺ってば)

   どのくらいの時間が経ったのか、全くもって見当もつかないが、永遠に続くと思われたチャイロの夜言は、今はもう聞こえてこない。
   すると……

   コンコンコン

   再度、ノックの音が響く。
   その音は、中部屋へ続く扉とは反対の位置にある、外の廊下に続く扉から聞こえている。

   おっと!?
   誰か来てたんだったな!!

   俺は急いで扉に向かう。

「ど……、どちら様、ですか?」

   静かにそう声を掛けると……

「私です、トエトです」

   聞き覚えのある声が聞こえて、そっと扉が開かれた。
   その隙間から、朝日の白い光が射し込んで……

   おおうっ!? 眩しいぜっ!!?

「モッモさん……、大丈夫ですか?」

   そこには、後光を背負った女神のごとき侍女のトエトが、心配気な表情で立っていた。







「そうですか……、チャイロ様は昨晩も夜言を……」

   暗い部屋の中、一つだけある椅子に座るトエトと、硬いベッドの上で正座する俺。
   俺の話を聞きながらトエトは、心配そうに中部屋へと続く扉を見つめた。

「はい……。想像以上に凄くて……、ビックリしました」

   出来るだけ言葉を選んで話す俺。
   本当の気持ちは……

   何なのあれっ!? ヤバすぎなんだけどっ!??
   寝言とかの範囲じゃなくねあれっ!?!?
   あんなの聞きながら寝るとか無理だろっ!?!??
   ……いや、寝てたか俺っ!!!!?

   昨晩の出来事を事細かにトエトに話していくうちに、冷静に考えてみれば、かなり異常な事態だったと俺は改めて思った。

   イビキならまだしも、寝言だぞ?
   あんな寝言……、後にも先にもないだろうな。
   いや、あってはならない、あんな寝言は。

   最初は、何か助けを求めているかのような感じだったチャイロの夜言。
   しかし、歌を歌った後はもう、猟奇的な殺人犯が殺害計画を練っているかのような、かなり悲惨なものになっていた。
   頭をカチ割ってやる! とか、内臓を引きずり出してやる! とか……、グロテスク極まりない言葉の数々を叫んでいたのだ。
   それはまるで、チャイロではない何者かが、チャイロの体に乗り移っているかのような……

「まさか……、そのような言葉を発せられていたとは、思いもよりませんでした」

「え?」

   それは……、ん? あっ!? しまったぁあっ!!?

「私には、チャイロ様が発せられる夜言の意味を……、その言葉を、理解することが出来なかった。まさかそんな、恐ろしい言葉を叫ばれていたとは……」

   とても悲しげな表情で俯くトエト。

   あぁあ~、やってしまったぁあ~。
   そうだよ、そうだったよ……
   チャイロの夜言は、紅竜人には聞き取れない言葉だったんだ。
   それを、ペラペラと喋っちゃって俺ってば~……

「そうなると、やはりチャイロ様は……、生贄にならなければならない、ですね」

   ふぁ? ……い、生贄??

   思いもよらないトエトの言葉に、俺は困惑する。

「い……、生贄って……、え? チャイロ……、様がですか?? ……なんで???」

   いやいやいや、待ってよ。
   なんでよ? なんでそうなるのよ??
   生贄ってそんな……、はぁあっ!?
   チャイロは、王子様なんでしょっ!!?
   次期国王なんでしょっ!!??
   なんで生贄なんかにならにゃならんのよっ!?!!?

「外から来たあなたに、こんな話をする必要はないかも知れませんが……。チャイロ様の夜言の意味を理解出来たあなたには、何か言い知れぬ使命があるのだと私は感じております」

   お、おう……?
   なんだよ、そんな期待を込めた目で俺を見つめないでくれ、恥ずかしいじゃないか。

「モッモさんは、【創造神ククルカン】をご存知ですか?」

「そっ? ……創造神、ククルカン?? えっとぉ~」

   トエトにそう尋ねられた俺は、小ちゃな頭をフル回転させて、聞き覚えのあるその名前を脳味噌の底から掘り起こす。
   
   どこで聞いた? 誰に聞いたっけ??
   確か、焚き火の前で……、あ、ゼンイが言ってた???

「創造神ククルカン。またの名を破壊と恵みの神と呼ばれる、紅竜人の祖とされる者です。長らく神として崇められてきたククルカンは、長い歴史の中で幾度となくその姿を現し、外敵から我ら紅竜人を守り、この地に豊穣をもたらし、国に繁栄をもたらす存在……、のはずでした」

   はずでした、って……、何故に過去形?

「しかし、それは大きな間違いでした。これから話す事は、国民には未だ伏せられている事です……。今から二十年ほど前に、新たな暦書が王家の墓から見つかりました。そこには、これまで語り継がれてきた創造神ククルカンとは全く違う、彼の者の真の姿が記されていたのです。およそ五百年前、このリザドーニャ建国に際し、紅竜人を滅ぼそうとした者が存在した……。それが、創造神ククルカンだったのです」

   ほっ!? 創造神が、国を滅ぼそうとしたっ!??

「暦書にはこう記されていました。《全身を黒い鱗に覆われ、頭部に太陽の冠を有した異形の竜は、王となるべき者の首に刄を突き付け、亡き者にしようとした》と……。黒い鱗と冠は、これまで見つかっていた暦書に記されている創造神ククルカンの姿と完全に一致します。ということは、創造神ククルカン、もしくはその再来と呼ばれる者が、当時の国王を殺そうとした。即ちそれは、国を滅ぼそうとした事……、ひいては紅竜人を滅ぼそうとした事と同意だと、識者は結論付けました」

   なるほど、そういう事か……、ん?
   いや、全然分かんないな。
   その暦書と、創造神ククルカンと、チャイロが生贄になる事はなんの関係があって??
   
「ですが、国は滅ぶ事なく、今もこうして繁栄している。暦書には続きがあり、建国の王であるリザドーニャ1世、その名もテペウ王は、紅竜人を滅ぼそうと再来した創造神ククルカンを倒し、奈落の泉に沈めたと記されていました。しかしながら、ククルカンは神であり、このままでは神を殺めた王族が呪われてしまう。それを回避する為に作られたのが、奴隷と生贄の制度です。リザドーニャ王家は代々、奴隷に苦行を強い、更には生贄を奈落の泉に捧げる事で、創造神ククルカンの呪いを回避してきたのです」

   なんじゃそりゃ?
   意味不明にもほどがあるぞそれ??
   呪いを防ぐ為に奴隷だの生贄だのって……、そっちの方が呪われそうじゃね???

「その後も、ククルカンの再来を恐れ、代々国王は生贄を奈落の泉に捧げてきました。しかし……、今から五年前、奴隷の町であるトルテカで、一人の少年が見つかりました。創造神ククルカンと同じ姿をした、黒い鱗と冠を有する少年です。事もあろうに彼は、カティア王に刃を向けました。五百年前、彼と同じ姿をしたククルカンの再来とされる者が、当時の国王を殺害しようとしたのと同じ様に……」

   それは……、ゼンイの事かしら?
   五年前っていえば、間違いなくゼンイの事だよね??
 ゼンイってば、過去に既に国王を殺そうとしてたのか……、知らなんだ~。

「カティア王は、すぐさまその少年を捕らえ、生贄としました。すると不思議な事に、少年が水面の底へと姿を消した途端、奈落の泉が七色の光を放ったのだとか……。そうしてようやく、創造神ククルカンの怒りが収まったのだと感じたカティア王は、その後生贄を捧げる事を取り止めました。ですが……、それでも呪いは続いていたのでしょう。その直後にお生まれになったチャイロ様は、創造神ククルカンと同じ、黒い鱗と冠を有しておられたのです。そして間も無く夜言が始まり、王妃様がお亡くなりになられた……。これまでは誰もその言葉の意味を理解出来ずにいましたが、モッモさんがお聞きになった言葉が正しいのであれば、間違いなく……。チャイロ様は、五百年前に我ら紅竜人を滅ぼそうとした、恐ろしき殺戮の神、創造神ククルカンの再来という事になるのでしょう」

   えっと……、つまりそれって……

「じゃあ……、チャイロ、様は……。その、創造神ククルカンの再来だから……。生贄となって、命を絶たねばならない、と……?」

「そういう事に……、なると思います」

   そっ!? そんな馬鹿なっ!??

   言葉にならない驚きを胸に、俺は目を思いっきり見開いていた。
     
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