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★セシリアの森、エルフの隠れ里編★
39:海
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右には上り階段、左には暗い通路。
右からは森の匂いがするけれど、左からはどこか懐かしい潮の香りがする。
右ならきっと外に出られるし、テッチャはおそらく右に行っただろう。
じゃあ、左は……?
左はどこへ、続いているのだろう??
「よし、左だな」
好奇心を抑えきれずに、俺は暗い通路を歩いて行った。
通路を進むにつれて、潮の香りが強くなっていく。
そして歩く事数分、通路の先に光が見え始めた。
ザザーン、ザザーンと、聞き覚えがあるようなないような、水の音がする。
生暖かい風が、身体中を包み込んでは吹き抜けていった。
俺は、自分でも意識しないうちに駆け出していた。
早く見たい! その一心で。
光がどんどん近づいて、大きくなって……、遂に!
「うっおぉぉ~~~!!!!!」
脱獄中であることも忘れ、ローブを脱いで、感嘆の雄叫びを上げる俺。
暗くじめじめとした洞窟のような通路を抜けて、辿り着いた先に現れたのは、どこまでもどこまでも続く青い海原。
キラキラと水面を煌めかせながら、押しては返す白い波。
黄土色の砂が敷き詰められた、独特な磯の香りが漂う砂浜。
モッモとして、生まれて初めて見る海が、そこには広がっていた。
すっげぇ~……、やっべぇ~……、広い………
語彙力はさておき、俺は猛烈に感動していた。
通路は、曲がり道もなく、真っ直ぐな一本道だった。
まるで俺を、ここに導くかのように……
「ははっ、海だぁ……。海だぁあっ!!!」
子供のように、はしゃぐ俺。
砂浜へと駆け出して、一人波と戯れる。
ただただ、目の前に海があるという事実が、とてつもなく嬉しかった。
記憶の中には、海に関する情報が山ほどあるが、百聞は一見にしかずとは正にこの事だ。
ただ知っているのと、実際見るのとではこんなに違うものなのか。
靴が濡れちゃったけど、今はそんなの気にしない!
楽しいなぁ~!!
「ふん♪ ふん♪ ふ~ん♪」
グレコを探すという当初の目的をすっかり忘れた俺は、上機嫌に鼻歌を歌いながら、サクサクと軽快に砂浜を歩く。
時折、砂に埋もれている貝殻を拾っては、ズボンのポケットに詰め込んだ。
海を知らないであろう、母ちゃんをはじめとしたテトーンの樹の村のみんなへのお土産だ。
そんなことをしていると、磯の香りに混じって、何やら嗅いだ事のない、甘くていい匂いを鼻が感じ取った。
なんだろう? この匂い……??
匂いに導かれるように、砂浜を歩いて行くと、前方に人影が見えた。
砂浜に一人佇むその誰かは、真っ白な髪の毛を海風になびかせ、歌を歌っている。
「木枯らし吹くなら西へ行け~♪ 母が帰りを待っている~♪ 遠くに見えるその月は~♪ そなたを許しはしてくれぬ~♪ 覚悟がないなら近づくな~♪ 黄泉への扉はすぐそこに~♪」
何やら物悲し気な旋律と不気味な歌詞に、なぜだか俺は吸い寄せられるように、その者に近づいて行く。
ウェーブのかかった美しい白髪と、それに劣らない真っ白な肌。
身に纏った衣服はとても荘厳で、陽の光が当たってキラキラと七色に輝いている。
そんな姿に見惚れていると、その者がこちらを振り返った。
「あ……、え? グレコ??」
瞳が真っ赤なそのエルフは、グレコに瓜二つだ。
だが、俺が知っているグレコと少し違うのは、その存在自体が、まるで幻の様に見える事。
頼りなげに、突っついたら折れそうなほど儚げに立つその姿には、いつもシャキッとしているグレコと違って、まるで覇気が感じられないのだ。
そしてそのお顔は、どこか虚な表情で、頬には涙が伝っていた。
グレコ、なのだろうか?
違う??
違う気がするけど……、え???
「あなたは、だぁれ?」
揺れる瞳で問い掛けられる。
高く、透き通っている、明らかに知らない声だ。
そこでようやく俺は、目の前にいるこの女性がグレコではないと、確信した。
「あ……、ごめんなさい、僕……、えっと、僕は……」
突然の質問に、何が何だか分からない俺は、モゴモゴと喋ってしまう。
「どうして、ここにいるの?」
俺が答えるのを待たずして、彼女は再度質問してきた。
「え? えっと、あの……、あ! ちょっと人を探してて、って……、あ、人じゃなくて、エルフを探してて」
そうだよ! 俺はグレコを探していたのだよっ!!
すっかり忘れてたわっ!!!
「私と一緒にいてくれる?」
俺の返答なんて全く聞いていないかの様な次なる質問に、俺は動揺する。
「えっ!? 一緒に!?? えっと……、グレコを探さないといけないから、一緒にはちょっと……」
やんわりと断る俺。
離れ離れになってしまったグレコを探す事! それが、俺が今成すべき事なのである。
見るからに頼りなさそうな、俺よりもひ弱そうな彼女を一人この場に残して行くのは忍びないが……
「どぉして?」
おぉっ!? まだ質問してくるのか!??
どうしてだと!?!?
「そ、れは……、えと……、どうしてって言われてもぉ~」
困った様に、頭をポリポリと掻く俺。
すると次の瞬間!
「お前も私を残して逝くのか?」
突き刺さるようなその言葉が、俺が最後に聞いた言葉だった。
気がつくと、目の前にいたはずの彼女が、俺の首元に噛みついていた。
「…………え? は??」
血走った真っ赤な瞳と、逆立った白髪。
見た目からは想像できないほどの強い力で、俺の体を押さえつける細い腕。
先程までとはまるで別人と化した、エルフの女性を前に、俺は為す術がなかった。
訳が、分からない……
え? 俺今、噛まれてる??
どうして???
噛まれている首筋が、じんわりと痛い。
スーッとした寒気と共に、身体中から力が抜けていく様な、不思議な感覚に襲われる。
驚いているのと、ちょっぴり怖いのとで、声が出ない、出せない。
だけど、彼女からは、なんだかとても良い匂いがしていて……
いつの間にか、体全体が、気持ち良くなってきて……
何も、考えられなく、なって……
「モッモ!?」
誰かが俺の名前を呼んだような気がしたけど、もう目の前は真っ白で……
体がふわふわと浮いているような、とても心地良い感覚の中、俺は深い眠りに落ちていった。
右からは森の匂いがするけれど、左からはどこか懐かしい潮の香りがする。
右ならきっと外に出られるし、テッチャはおそらく右に行っただろう。
じゃあ、左は……?
左はどこへ、続いているのだろう??
「よし、左だな」
好奇心を抑えきれずに、俺は暗い通路を歩いて行った。
通路を進むにつれて、潮の香りが強くなっていく。
そして歩く事数分、通路の先に光が見え始めた。
ザザーン、ザザーンと、聞き覚えがあるようなないような、水の音がする。
生暖かい風が、身体中を包み込んでは吹き抜けていった。
俺は、自分でも意識しないうちに駆け出していた。
早く見たい! その一心で。
光がどんどん近づいて、大きくなって……、遂に!
「うっおぉぉ~~~!!!!!」
脱獄中であることも忘れ、ローブを脱いで、感嘆の雄叫びを上げる俺。
暗くじめじめとした洞窟のような通路を抜けて、辿り着いた先に現れたのは、どこまでもどこまでも続く青い海原。
キラキラと水面を煌めかせながら、押しては返す白い波。
黄土色の砂が敷き詰められた、独特な磯の香りが漂う砂浜。
モッモとして、生まれて初めて見る海が、そこには広がっていた。
すっげぇ~……、やっべぇ~……、広い………
語彙力はさておき、俺は猛烈に感動していた。
通路は、曲がり道もなく、真っ直ぐな一本道だった。
まるで俺を、ここに導くかのように……
「ははっ、海だぁ……。海だぁあっ!!!」
子供のように、はしゃぐ俺。
砂浜へと駆け出して、一人波と戯れる。
ただただ、目の前に海があるという事実が、とてつもなく嬉しかった。
記憶の中には、海に関する情報が山ほどあるが、百聞は一見にしかずとは正にこの事だ。
ただ知っているのと、実際見るのとではこんなに違うものなのか。
靴が濡れちゃったけど、今はそんなの気にしない!
楽しいなぁ~!!
「ふん♪ ふん♪ ふ~ん♪」
グレコを探すという当初の目的をすっかり忘れた俺は、上機嫌に鼻歌を歌いながら、サクサクと軽快に砂浜を歩く。
時折、砂に埋もれている貝殻を拾っては、ズボンのポケットに詰め込んだ。
海を知らないであろう、母ちゃんをはじめとしたテトーンの樹の村のみんなへのお土産だ。
そんなことをしていると、磯の香りに混じって、何やら嗅いだ事のない、甘くていい匂いを鼻が感じ取った。
なんだろう? この匂い……??
匂いに導かれるように、砂浜を歩いて行くと、前方に人影が見えた。
砂浜に一人佇むその誰かは、真っ白な髪の毛を海風になびかせ、歌を歌っている。
「木枯らし吹くなら西へ行け~♪ 母が帰りを待っている~♪ 遠くに見えるその月は~♪ そなたを許しはしてくれぬ~♪ 覚悟がないなら近づくな~♪ 黄泉への扉はすぐそこに~♪」
何やら物悲し気な旋律と不気味な歌詞に、なぜだか俺は吸い寄せられるように、その者に近づいて行く。
ウェーブのかかった美しい白髪と、それに劣らない真っ白な肌。
身に纏った衣服はとても荘厳で、陽の光が当たってキラキラと七色に輝いている。
そんな姿に見惚れていると、その者がこちらを振り返った。
「あ……、え? グレコ??」
瞳が真っ赤なそのエルフは、グレコに瓜二つだ。
だが、俺が知っているグレコと少し違うのは、その存在自体が、まるで幻の様に見える事。
頼りなげに、突っついたら折れそうなほど儚げに立つその姿には、いつもシャキッとしているグレコと違って、まるで覇気が感じられないのだ。
そしてそのお顔は、どこか虚な表情で、頬には涙が伝っていた。
グレコ、なのだろうか?
違う??
違う気がするけど……、え???
「あなたは、だぁれ?」
揺れる瞳で問い掛けられる。
高く、透き通っている、明らかに知らない声だ。
そこでようやく俺は、目の前にいるこの女性がグレコではないと、確信した。
「あ……、ごめんなさい、僕……、えっと、僕は……」
突然の質問に、何が何だか分からない俺は、モゴモゴと喋ってしまう。
「どうして、ここにいるの?」
俺が答えるのを待たずして、彼女は再度質問してきた。
「え? えっと、あの……、あ! ちょっと人を探してて、って……、あ、人じゃなくて、エルフを探してて」
そうだよ! 俺はグレコを探していたのだよっ!!
すっかり忘れてたわっ!!!
「私と一緒にいてくれる?」
俺の返答なんて全く聞いていないかの様な次なる質問に、俺は動揺する。
「えっ!? 一緒に!?? えっと……、グレコを探さないといけないから、一緒にはちょっと……」
やんわりと断る俺。
離れ離れになってしまったグレコを探す事! それが、俺が今成すべき事なのである。
見るからに頼りなさそうな、俺よりもひ弱そうな彼女を一人この場に残して行くのは忍びないが……
「どぉして?」
おぉっ!? まだ質問してくるのか!??
どうしてだと!?!?
「そ、れは……、えと……、どうしてって言われてもぉ~」
困った様に、頭をポリポリと掻く俺。
すると次の瞬間!
「お前も私を残して逝くのか?」
突き刺さるようなその言葉が、俺が最後に聞いた言葉だった。
気がつくと、目の前にいたはずの彼女が、俺の首元に噛みついていた。
「…………え? は??」
血走った真っ赤な瞳と、逆立った白髪。
見た目からは想像できないほどの強い力で、俺の体を押さえつける細い腕。
先程までとはまるで別人と化した、エルフの女性を前に、俺は為す術がなかった。
訳が、分からない……
え? 俺今、噛まれてる??
どうして???
噛まれている首筋が、じんわりと痛い。
スーッとした寒気と共に、身体中から力が抜けていく様な、不思議な感覚に襲われる。
驚いているのと、ちょっぴり怖いのとで、声が出ない、出せない。
だけど、彼女からは、なんだかとても良い匂いがしていて……
いつの間にか、体全体が、気持ち良くなってきて……
何も、考えられなく、なって……
「モッモ!?」
誰かが俺の名前を呼んだような気がしたけど、もう目の前は真っ白で……
体がふわふわと浮いているような、とても心地良い感覚の中、俺は深い眠りに落ちていった。
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