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第3章 魔法合宿

Side レイ・ウィステリア

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「大丈夫だよ、今助けるから」

 布越しに見えたピンク色の髪、よく通る声。もう3日も前のことだというのに、先ほどのことのように鮮明に思い出せる。
 彼女は僕にとって、かけがえのないひとだ。命を救われた――それはもちろんだけど、それとは違う意味で。

 第二王子という地位は酷いものだった。
 王宮内はいつだって殺伐としていて、心安らぐところなんてない。唯一安らぐのは兄と過ごしているとき。兄といる時だけは、僕と兄はただの兄弟でいられた。
 こんなことを言うのは悪いけれど、兄は優しすぎた。王に必要な権威や才能、カリスマ性がない。優しいが故に、判断できない。そんな兄を見て一部の貴族たちが僕を次の王にしようと動き出した。僕は確かに才能があった。頭もよかった。要領だっていい。気がつけば第一王子派閥と第二王子派閥が出来上がっていて、僕と兄は自由に会えなくなった。
 それから頻繁に命を狙われることが多くなった。食事には毒が、馬車がかなりの確率で事故を起こしたり、暗殺者が夜中に襲ってきたりした。
 どこにいても心が休まらない。いつでも怯えて過ごしていて、夜も眠れない。もう無理だと思った僕は隙をついて兄の部屋に駆け込んだ。兄なら優しく抱きしめてくれる。「大丈夫だから、これだってすぐに終わるよ」って言ってくれる。そう思ったけれど。

「近寄るな。俺はお前が嫌いだ。お前がいると王になれない。俺はずっと出来損ないだ」

 吐き捨てるように言った兄の顔は今でもよく覚えている。僕の中で、何かがプツンと切れた気がした。
 兄は変わった。兄を変えたのは他でもない僕だ。こんな空間は辛い。もう怯えて過ごしたくない。第二王子になんて生まれなければよかった。

 ――ああ、死のう。僕が死ねばいいんだ。

 そう思ったら笑いが込み上げてきた。その日の夜は狂ったみたいに笑った。暗殺者が来ても「どうぞ、僕を殺してよ」と笑顔で言える。
 けれど、一向に死ねない。毒の耐性はついていたけれどあえて服毒した。急所に剣を刺すよう誘導した。どこか遠いところへ連れて行ってくれと懇願した。なのに、なのに、どうして。

 思い悩んで、僕は王宮から離れたロッジで過ごすことが多くなった。ここなら召使い数人と侍従しかいない。
 窓の外は魔法合宿にきた生徒たちで賑わっていた。僕は高等部からの入学となる。楽しそうだとは思うけれど、果たしてそれまでには死ねるだろうか。
 何日か経った夜、僕は襲われた。何者か、と問えば男は素性をペラペラと話してくれた。僕はそいつが第一王子派閥の暗殺者だと知ると嬉しく思った。無抵抗。男はこれ幸い、と僕を拘束も何もせずに袋に突っ込んだ。

 木に括り付けられている最中、男の計画性の無さに愕然とした。質の悪い男だ。こんな男に殺されると思うと釈然としないが、仕方がない。
 待ちに待った死の時間が来た。ナイフが振り上げられて、僕は目を瞑る。ああ、やっと――
 だけど、死ねない。死んだ感覚はない。見れば男は倒れていて、黒い化け物『ロスト』が這い出てきた。
 ああ、やっぱり質の悪いやつだから、寄生されていたのだろう。『ロスト』の寄生条件は知られていないが、汚い心を狙っているのではないかと僕は予測している。けれど『ロスト』の研究に関わるとまた僕が持ち上げられてしまうのでやらないけれど。
 まあ、このまま放置してくれていればいずれ死ぬ。そう思っていたら、急に声が聞こえてきた。僕の前に誰かが庇うように立つ。髪がバラ色の女の子だった。彼女は僕のことを助けようとしていた。

 助けなくていい、僕なんていいから逃げてよ。

 そう思って返事はしなかった。けれど彼女は僕が「生きている」と想定して動いた。自分の危険も顧みず生きているか死んでいるかも分からない僕のために、必死に。

 そのあと、ジルが合流して僕はまた死ねなかった。けれど、何か光が差したような気さえしていた。命を救ってもらって暖かさを覚えた……それもあるけれど。

「ローズさんからは、断られてしまったの?」

 アメリア家から帰ってきた使いが返答に困ったようにぎこちなく頷いた。

 僕のかけがえのない人、ローズさんは僕の求婚の返事を濁し続けている。先ほど返ってきた手紙には『レイ様にわたしは役不足でございます。なので、どうかお断りさせていただきたいです』と書かれていた。普通の令嬢なら泣いて喜ぶだろうに、断られた。まあ、『ロスト』に立ち向かう勇気のある令嬢だ、普通でないことなど予測済みだけれど。それに、ジルが意外と厄介そうだ。彼は僕を死にたがりの変人だと記憶している。僕的には、人を信用できない者どうし仲良くなれないかと思っているけれど、向こうは嫌いなようだから、別にわざわざ仲良くならない。

 彼女を手に入れたい。何かほしいと望むのは初めてだ。
 僕の死を奪った彼女には、責任を持って代わりをしてもらわないといけない。どうせなら、質の悪いやつではなくて美しいかけがえのないひとに、理想的に殺されたい。

 だから、彼女は僕のものにする。いつか、僕を殺してもらうために。
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