避けられ令嬢、王宮魔術師を目指します~条件付き婚約ですが割と甘々生活です~

陽海

文字の大きさ
8 / 15

8.香水

しおりを挟む
「シルヴィアと婚約できて本当に幸せですよ」

 ヴェントゥスはティーカップを机に丁寧に置き美しい笑みを浮かべた。

「殿下にそんなことを言っていただけるなんて光栄の限りですわ!」
「シルヴィアをよろしく頼みます……」

 にこにこめそめそと表情が分かりやすいこの2人はシルヴィアの両親、ベルとアレクである。

 (どうしてこんなことになっちゃったのかしら……)

 シルヴィアは紅茶を啜りながら数時間前に思いを馳せた。


「今日のプランは全て僕に任せてくれ!」

「行きたいところがあったらもちろん遠慮せずに言って」とヴェントゥスは付け加える。

「分かりましたわ。楽しみにしてますね」

 シルヴィアはふふっと微笑んだ。デートだと宣言されたおかげで、ヘレンたちが髪やらドレスやらといつも以上に施してくれたのだが……

「シルヴィア、すごく素敵だ」
「へ!? あ、ありがとうございます!」

 不意にかけられた甘い言葉に思わず飛び退きそうになりながら、シルヴィアは必死に鼓動を落ち着かせていた。

「シルヴィア、ここのケーキ美味しいな!」
「ええ、そうですわね」

「シルヴィアにはこの髪飾りが似合うと思うのだけど」
「え、ええ、嬉しいですわ」


 (……いや、何があったの!)

 シルヴィアは心の中でそう叫ぶ。貸し切りにしたケーキ屋や、王室御用達のアクセサリーショップ……普段出かけないシルヴィアからしたら気が滅入りそうなほどだ。それに、ヴェントゥスの声色が、甘ったるい。一言目には素敵、二言目には可愛いと綺麗だと言う。シルヴィアは真意を探るように見つめ返すが、ヴェントゥスはにこにこと笑うばかり。

「次は僕の行きたいところへ行ってもいい?」
「あ、はい。ちなみにどこへ?」
「ふふ、シルヴィアが僕の婚約者という職務から逃げられないようにしようと思って」

 そう不敵な笑みを浮かべたヴェントゥスにシルヴィアは面倒なことになりそうだと予感した。


 そして、現在、セレスタイト家。ベルとアレク、ヴェントゥスは向かいあい、シルヴィアの昔の話に花開かせている。そんな恥ずかしすぎる状況の中、シルヴィアは横目でヴェントゥスを見る。シルヴィアの話を聞くヴェントゥスは楽しそうで、一瞬本物の婚約者なのではないかと錯覚してしまいそうだった。

「ああ、いつの間にかこんな長居を……そろそろお暇させていただきますね」

 チラリと置き時計を見てヴェントゥスは立ち上がった。「いつでもいらしてくださいね」とベルとアレクはシルヴィアたちを見送る。

「ねえ、お母様、お父様。私が王宮魔術師になったら嬉しい……?」

 シルヴィアは馬車に乗り込む直前、振り返ってそう尋ねた。2人は顔を見合わせてから微笑む。

「もちろん。だけど……シルヴィアの幸せが1番だからね」
「……分かったわ」


 シルヴィアは馬車に揺られながら遠ざかっていく家を見つめていた。

「良いご両親だな」
「……ありがとうございます」
「安心、させたかったんだ。シルヴィアには急に無理な話を押し付けてしまったし……」

 それまで窓の外を見つめていたシルヴィアは顔をヴェントゥスへと向ける。しかしながら微笑むだけで何も返そうとしない。

「シルヴィア。最後にどうしても連れて行きたいところがあるんだ。一緒に……来てくれないか?」

 ヴェントゥスは潤んだ瞳でシルヴィアを見つめる。今更になって、目の下にうっすらくまがあることに気がついてシルヴィアは申し訳なさでいっぱいになりながら頷いた。


 日も暮れかけて、町の街灯が灯り出す。町の一角に赤いレンガが可愛らしい建物がある。ツタがつたっていてバラなどの綺麗な花が咲いている。そして、ほんのり香ってくる甘い香り。建物の中に入ると、フローラルな香りがシルヴィアたちを包み込んだ。

「ここは、香水のお店なのだけれど……」

 そうヴェントゥスは不安げにシルヴィアを見つめていた。シルヴィアは目を丸くして見つめ返す。

「シルヴィアが香水が好きだと聞いてだな……」

 照れくさそうにそう言うヴェントゥスはヘレンたちから聞いたのだと話した。

「どうして、仮の婚約者である私にここまでしてくれるのですか……?」

 気がつけばシルヴィアはそう尋ねていた。それは今日一日シルヴィアが悩んでいたことだった。

 条件付きの婚約を受け入れたとき、最低限の衣食住さえあれば良いと思っていた。そうしたら後腐れなく婚約を解消して王宮魔術師になれると思っていた。でもこんなに優しくされると、仮だと分かっていても苦しくなる。しかしヴェントゥスから返ってきた答えはシルヴィアの意表をつくものだった。

「それは、だな……シルヴィアが恋愛らしいことをしたいと言うからで……!」
「私のため……?」

 シルヴィアはヴェントゥスを驚いたように見つめたまま、間の抜けた声を出した。ヴェントゥスはコクコクと頷く。

「僕は、その女性に人気なところとか、知らないから……もし嫌だったらすまない」
「……っ! いえ! 全然嫌なんかではなくて……! その……ヴェントゥス様は本当に優しいんですね」

 シルヴィアはそう言って微笑んだ。それは先ほどまでの悩みを一時の間、忘れさせた心からの笑みだった。ヴェントゥスは照れくさそうにはにかんだ。

「そうだ! 好きなものを選んで!」

 ヴェントゥスは香水を眺めまわして「あれは? あれは?」と忙しく動いている。シルヴィアはふふふと面白そうに笑って目についた香水を手に取った。

「これ、素敵な香りですね……ラベンダーとベリーの香りがします」

 シルヴィアはうっとりとする。

「それ……僕とシルヴィアみたいで、素敵だね」

 不意にそう呟いたヴェントゥスにシルヴィアは目を瞬かせる。それから、その意味に気がついた。紫の香水瓶に、白いリボンがかけられている。それは、まるでヴェントゥスの瞳とシルヴィアの髪のようだった。

「あ、あの、これが良いです!」

 頬を染めてシルヴィアはその香水を見つめていた。ヴェントゥスはそんなシルヴィアを愛おしそうに見つめている。

「その、私、ヴェントゥス様のこともっと知りたいです……ダメ、ですか?」

 唐突に振り返ったシルヴィアにヴェントゥスは一瞬慌てたが、すぐに微笑んだ。

「分かった。じゃあ僕の寝室で、ね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸
恋愛
社畜女子だったユイは、気づけば異世界に召喚されていた。 慣れない魔法の世界と貴族社会の中で右往左往しながらも、なんとか穏やかに暮らし始めたある日。 なぜか王立魔道士団の団長カイルが、やたらと家に顔を出すようになる。 氷のように冷静で、美しく、周囲の誰もが一目置く男。 そんな彼が、ある日突然ユイの前で言い放った。 「……俺にかけた魅了魔法を解け」 私、そんな魔法かけてないんですけど!? 穏やかなはずの日々に彼の存在が、ユイの心を少しずつ波立たせていく。 まったりとした日常の中に、時折起こる小さな事件。 人との絆、魔法の力、そして胸の奥に芽生え始めた“想い” 異世界で、ユイは少しずつ——この世界で生きる力と、誰かを想う心を知っていく。 ※タイトルのシーンは7話辺りからになります。 ゆったりと話が進みますが、よろしければお付き合いください。 ※カクヨム様にも投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

処理中です...