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8.香水
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「シルヴィアと婚約できて本当に幸せですよ」
ヴェントゥスはティーカップを机に丁寧に置き美しい笑みを浮かべた。
「殿下にそんなことを言っていただけるなんて光栄の限りですわ!」
「シルヴィアをよろしく頼みます……」
にこにこめそめそと表情が分かりやすいこの2人はシルヴィアの両親、ベルとアレクである。
(どうしてこんなことになっちゃったのかしら……)
シルヴィアは紅茶を啜りながら数時間前に思いを馳せた。
「今日のプランは全て僕に任せてくれ!」
「行きたいところがあったらもちろん遠慮せずに言って」とヴェントゥスは付け加える。
「分かりましたわ。楽しみにしてますね」
シルヴィアはふふっと微笑んだ。デートだと宣言されたおかげで、ヘレンたちが髪やらドレスやらといつも以上に施してくれたのだが……
「シルヴィア、すごく素敵だ」
「へ!? あ、ありがとうございます!」
不意にかけられた甘い言葉に思わず飛び退きそうになりながら、シルヴィアは必死に鼓動を落ち着かせていた。
「シルヴィア、ここのケーキ美味しいな!」
「ええ、そうですわね」
「シルヴィアにはこの髪飾りが似合うと思うのだけど」
「え、ええ、嬉しいですわ」
(……いや、何があったの!)
シルヴィアは心の中でそう叫ぶ。貸し切りにしたケーキ屋や、王室御用達のアクセサリーショップ……普段出かけないシルヴィアからしたら気が滅入りそうなほどだ。それに、ヴェントゥスの声色が、甘ったるい。一言目には素敵、二言目には可愛いと綺麗だと言う。シルヴィアは真意を探るように見つめ返すが、ヴェントゥスはにこにこと笑うばかり。
「次は僕の行きたいところへ行ってもいい?」
「あ、はい。ちなみにどこへ?」
「ふふ、シルヴィアが僕の婚約者という職務から逃げられないようにしようと思って」
そう不敵な笑みを浮かべたヴェントゥスにシルヴィアは面倒なことになりそうだと予感した。
そして、現在、セレスタイト家。ベルとアレク、ヴェントゥスは向かいあい、シルヴィアの昔の話に花開かせている。そんな恥ずかしすぎる状況の中、シルヴィアは横目でヴェントゥスを見る。シルヴィアの話を聞くヴェントゥスは楽しそうで、一瞬本物の婚約者なのではないかと錯覚してしまいそうだった。
「ああ、いつの間にかこんな長居を……そろそろお暇させていただきますね」
チラリと置き時計を見てヴェントゥスは立ち上がった。「いつでもいらしてくださいね」とベルとアレクはシルヴィアたちを見送る。
「ねえ、お母様、お父様。私が王宮魔術師になったら嬉しい……?」
シルヴィアは馬車に乗り込む直前、振り返ってそう尋ねた。2人は顔を見合わせてから微笑む。
「もちろん。だけど……シルヴィアの幸せが1番だからね」
「……分かったわ」
シルヴィアは馬車に揺られながら遠ざかっていく家を見つめていた。
「良いご両親だな」
「……ありがとうございます」
「安心、させたかったんだ。シルヴィアには急に無理な話を押し付けてしまったし……」
それまで窓の外を見つめていたシルヴィアは顔をヴェントゥスへと向ける。しかしながら微笑むだけで何も返そうとしない。
「シルヴィア。最後にどうしても連れて行きたいところがあるんだ。一緒に……来てくれないか?」
ヴェントゥスは潤んだ瞳でシルヴィアを見つめる。今更になって、目の下にうっすらくまがあることに気がついてシルヴィアは申し訳なさでいっぱいになりながら頷いた。
日も暮れかけて、町の街灯が灯り出す。町の一角に赤いレンガが可愛らしい建物がある。ツタがつたっていてバラなどの綺麗な花が咲いている。そして、ほんのり香ってくる甘い香り。建物の中に入ると、フローラルな香りがシルヴィアたちを包み込んだ。
「ここは、香水のお店なのだけれど……」
そうヴェントゥスは不安げにシルヴィアを見つめていた。シルヴィアは目を丸くして見つめ返す。
「シルヴィアが香水が好きだと聞いてだな……」
照れくさそうにそう言うヴェントゥスはヘレンたちから聞いたのだと話した。
「どうして、仮の婚約者である私にここまでしてくれるのですか……?」
気がつけばシルヴィアはそう尋ねていた。それは今日一日シルヴィアが悩んでいたことだった。
条件付きの婚約を受け入れたとき、最低限の衣食住さえあれば良いと思っていた。そうしたら後腐れなく婚約を解消して王宮魔術師になれると思っていた。でもこんなに優しくされると、仮だと分かっていても苦しくなる。しかしヴェントゥスから返ってきた答えはシルヴィアの意表をつくものだった。
「それは、だな……シルヴィアが恋愛らしいことをしたいと言うからで……!」
「私のため……?」
シルヴィアはヴェントゥスを驚いたように見つめたまま、間の抜けた声を出した。ヴェントゥスはコクコクと頷く。
「僕は、その女性に人気なところとか、知らないから……もし嫌だったらすまない」
「……っ! いえ! 全然嫌なんかではなくて……! その……ヴェントゥス様は本当に優しいんですね」
シルヴィアはそう言って微笑んだ。それは先ほどまでの悩みを一時の間、忘れさせた心からの笑みだった。ヴェントゥスは照れくさそうにはにかんだ。
「そうだ! 好きなものを選んで!」
ヴェントゥスは香水を眺めまわして「あれは? あれは?」と忙しく動いている。シルヴィアはふふふと面白そうに笑って目についた香水を手に取った。
「これ、素敵な香りですね……ラベンダーとベリーの香りがします」
シルヴィアはうっとりとする。
「それ……僕とシルヴィアみたいで、素敵だね」
不意にそう呟いたヴェントゥスにシルヴィアは目を瞬かせる。それから、その意味に気がついた。紫の香水瓶に、白いリボンがかけられている。それは、まるでヴェントゥスの瞳とシルヴィアの髪のようだった。
「あ、あの、これが良いです!」
頬を染めてシルヴィアはその香水を見つめていた。ヴェントゥスはそんなシルヴィアを愛おしそうに見つめている。
「その、私、ヴェントゥス様のこともっと知りたいです……ダメ、ですか?」
唐突に振り返ったシルヴィアにヴェントゥスは一瞬慌てたが、すぐに微笑んだ。
「分かった。じゃあ僕の寝室で、ね」
ヴェントゥスはティーカップを机に丁寧に置き美しい笑みを浮かべた。
「殿下にそんなことを言っていただけるなんて光栄の限りですわ!」
「シルヴィアをよろしく頼みます……」
にこにこめそめそと表情が分かりやすいこの2人はシルヴィアの両親、ベルとアレクである。
(どうしてこんなことになっちゃったのかしら……)
シルヴィアは紅茶を啜りながら数時間前に思いを馳せた。
「今日のプランは全て僕に任せてくれ!」
「行きたいところがあったらもちろん遠慮せずに言って」とヴェントゥスは付け加える。
「分かりましたわ。楽しみにしてますね」
シルヴィアはふふっと微笑んだ。デートだと宣言されたおかげで、ヘレンたちが髪やらドレスやらといつも以上に施してくれたのだが……
「シルヴィア、すごく素敵だ」
「へ!? あ、ありがとうございます!」
不意にかけられた甘い言葉に思わず飛び退きそうになりながら、シルヴィアは必死に鼓動を落ち着かせていた。
「シルヴィア、ここのケーキ美味しいな!」
「ええ、そうですわね」
「シルヴィアにはこの髪飾りが似合うと思うのだけど」
「え、ええ、嬉しいですわ」
(……いや、何があったの!)
シルヴィアは心の中でそう叫ぶ。貸し切りにしたケーキ屋や、王室御用達のアクセサリーショップ……普段出かけないシルヴィアからしたら気が滅入りそうなほどだ。それに、ヴェントゥスの声色が、甘ったるい。一言目には素敵、二言目には可愛いと綺麗だと言う。シルヴィアは真意を探るように見つめ返すが、ヴェントゥスはにこにこと笑うばかり。
「次は僕の行きたいところへ行ってもいい?」
「あ、はい。ちなみにどこへ?」
「ふふ、シルヴィアが僕の婚約者という職務から逃げられないようにしようと思って」
そう不敵な笑みを浮かべたヴェントゥスにシルヴィアは面倒なことになりそうだと予感した。
そして、現在、セレスタイト家。ベルとアレク、ヴェントゥスは向かいあい、シルヴィアの昔の話に花開かせている。そんな恥ずかしすぎる状況の中、シルヴィアは横目でヴェントゥスを見る。シルヴィアの話を聞くヴェントゥスは楽しそうで、一瞬本物の婚約者なのではないかと錯覚してしまいそうだった。
「ああ、いつの間にかこんな長居を……そろそろお暇させていただきますね」
チラリと置き時計を見てヴェントゥスは立ち上がった。「いつでもいらしてくださいね」とベルとアレクはシルヴィアたちを見送る。
「ねえ、お母様、お父様。私が王宮魔術師になったら嬉しい……?」
シルヴィアは馬車に乗り込む直前、振り返ってそう尋ねた。2人は顔を見合わせてから微笑む。
「もちろん。だけど……シルヴィアの幸せが1番だからね」
「……分かったわ」
シルヴィアは馬車に揺られながら遠ざかっていく家を見つめていた。
「良いご両親だな」
「……ありがとうございます」
「安心、させたかったんだ。シルヴィアには急に無理な話を押し付けてしまったし……」
それまで窓の外を見つめていたシルヴィアは顔をヴェントゥスへと向ける。しかしながら微笑むだけで何も返そうとしない。
「シルヴィア。最後にどうしても連れて行きたいところがあるんだ。一緒に……来てくれないか?」
ヴェントゥスは潤んだ瞳でシルヴィアを見つめる。今更になって、目の下にうっすらくまがあることに気がついてシルヴィアは申し訳なさでいっぱいになりながら頷いた。
日も暮れかけて、町の街灯が灯り出す。町の一角に赤いレンガが可愛らしい建物がある。ツタがつたっていてバラなどの綺麗な花が咲いている。そして、ほんのり香ってくる甘い香り。建物の中に入ると、フローラルな香りがシルヴィアたちを包み込んだ。
「ここは、香水のお店なのだけれど……」
そうヴェントゥスは不安げにシルヴィアを見つめていた。シルヴィアは目を丸くして見つめ返す。
「シルヴィアが香水が好きだと聞いてだな……」
照れくさそうにそう言うヴェントゥスはヘレンたちから聞いたのだと話した。
「どうして、仮の婚約者である私にここまでしてくれるのですか……?」
気がつけばシルヴィアはそう尋ねていた。それは今日一日シルヴィアが悩んでいたことだった。
条件付きの婚約を受け入れたとき、最低限の衣食住さえあれば良いと思っていた。そうしたら後腐れなく婚約を解消して王宮魔術師になれると思っていた。でもこんなに優しくされると、仮だと分かっていても苦しくなる。しかしヴェントゥスから返ってきた答えはシルヴィアの意表をつくものだった。
「それは、だな……シルヴィアが恋愛らしいことをしたいと言うからで……!」
「私のため……?」
シルヴィアはヴェントゥスを驚いたように見つめたまま、間の抜けた声を出した。ヴェントゥスはコクコクと頷く。
「僕は、その女性に人気なところとか、知らないから……もし嫌だったらすまない」
「……っ! いえ! 全然嫌なんかではなくて……! その……ヴェントゥス様は本当に優しいんですね」
シルヴィアはそう言って微笑んだ。それは先ほどまでの悩みを一時の間、忘れさせた心からの笑みだった。ヴェントゥスは照れくさそうにはにかんだ。
「そうだ! 好きなものを選んで!」
ヴェントゥスは香水を眺めまわして「あれは? あれは?」と忙しく動いている。シルヴィアはふふふと面白そうに笑って目についた香水を手に取った。
「これ、素敵な香りですね……ラベンダーとベリーの香りがします」
シルヴィアはうっとりとする。
「それ……僕とシルヴィアみたいで、素敵だね」
不意にそう呟いたヴェントゥスにシルヴィアは目を瞬かせる。それから、その意味に気がついた。紫の香水瓶に、白いリボンがかけられている。それは、まるでヴェントゥスの瞳とシルヴィアの髪のようだった。
「あ、あの、これが良いです!」
頬を染めてシルヴィアはその香水を見つめていた。ヴェントゥスはそんなシルヴィアを愛おしそうに見つめている。
「その、私、ヴェントゥス様のこともっと知りたいです……ダメ、ですか?」
唐突に振り返ったシルヴィアにヴェントゥスは一瞬慌てたが、すぐに微笑んだ。
「分かった。じゃあ僕の寝室で、ね」
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