tomari〜私の時計は進まない〜

七瀬渚

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第1章/居場所を探して(Tomari Katsuragi)

9.まるで嘘をついているみたい

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 行ったことのない街であればかなり余裕を持って到着するようにしている私だが、今回向かったファッションビルは一人暮らしを始めた頃から馴染みのある場所。方向音痴でもこれなら安心。
 と言っても四十五分くらい前には近くのカフェに着いていたが。

 一つ前に受けた会社はまだ書類選考の段階だったのだが、一週間ほど前に不採用のメールが届いた。「お祈りいたします」の文言は本当にあるのだなと、何処か他人事のようにして眺めていた。

 私は不採用になった経験があまりないのだ。見た目に反して言葉遣いがしっかりしているから結果的に第一印象が良くなるのではないかと和希は言っていた。

 しかし転職回数は多い。前の職場は五つ目だった。
 確かにまず入社できなければ何も始まらないのだが、第一印象だけ・・良くても意味がないような気がしてきている。むしろ最初の期待が大きい分、後から失望されるというリスクさえあるではないか。

 今後は出来るだけ長く続けられるところを選ばないとどんどん職歴が増えて不利になっていくのでは、そしてすでにその兆候が現れているのではと、近頃ますます緊張を覚えるようになった。

 それでもやるしかない。
 次がどんな環境でもどんな人間関係でも、きっちり割り切ろう。逃げ出さなくて済むように。

 胸の前で両方の拳をぎゅっと握ると周囲の音が戻ってくる。開いた目は立ち向かうべき現実を映していく。
 私は残りわずかとなったホットココアを喉に流し込み、トレーを持って立ち上がった。


 開店したばかりのファッションビル。
 化粧室でメイクを直し終わったくらいがちょうど良い頃だった。

 面接予定のショップ『cygnetシグネット』を訪ねると、レジカウンターにいた低めのツインテールにキャップをかぶった女性スタッフが店長を呼びに行ってくれた。
 見るからに若そうな子だった。二十歳ハタチもいってないんじゃないだろうか。もしやここのスタッフの年齢層はみんなそれくらいなのか……と、やや落ち着かない気持ちでいたところ、店内の奥からショートボブの女性が現れた。おそらく平均と比べても背が高い。

「本日、面接予定の桂木トマリと申します。宜しくお願いいたします」

 まずは名乗ると相手も笑顔で返してくれる。

「初めまして、店長の倉橋くらはしです。面接の場所なんだけどフードコートでもいいかしら? この時間ならほとんど人はいないから」

「承知いたしました」と私は答えた。
 倉橋店長は一瞬目を大きく見開いたけれど、すぐに柔らかな表情に戻って私を案内してくれた。


 華やかだけど落ち着いた雰囲気の人だ。如何にも仕事が出来そう。クールで堂々としていて……そう、和希をもう少し女性らしくしたような印象だ。ミルクティーベージュの髪色が雰囲気を柔らかくしているようにも思える。
 パッと見た感じでは私と同い年くらいに見えたのだが、案外これで年下だったりする可能性もある。
 年下の上司。私くらいの年齢でファストファッションのアパレル販売をするとなると、今後そういった人間関係も多くなってくるのだろうな。偉そうに見えてしまってはいけない。あくまでも自分はお世話になっている立場なのだということをしっかりわきまえて相手を立てなくては。おそらく面接の時点でそれは試されているから気を引き締めて……

「ここよ。やっぱり全然人いないわね。良かった。念の為、あの一番端の席にしましょう」

「あっ……はい!」

 あれこれ考えているうちに目的の場所へ着いていた。それなりに歩いたような気がするが、正直どうやって来たかちゃんと覚えていない。

 倉橋店長と共に、広いフードコート内の座席と座席の間をすり抜けていく。まるで見通しの良い迷路を歩いているようだった。そんなものがあるのかは知らないが。

 辿り着いた席は壁際の角で、確かに人が通りかかりそうにはない位置だった。

「私は飲み物を買ってくるわ。桂木さんは何か飲みたいものはある?」

「いえ、私は水を持ってきているので大丈夫です。どうぞお構いなく」

「そう、わかったわ。じゃあ悪いけれどここで少し待っててくれる?」

「承知いたしました」

 ふふ、と彼女が少し困ったような笑みの零した……ように見えたのだがその意味はわからない。

 小さなクラッチバッグとバインダーファイルを胸元で重ねて持った倉橋店長がきびすを返す。
 彼女の姿が見えなくなったところで、私は自分のバッグの中から天然水のペットボトルを取り出した。


「えぇと、では。桂木トマリさん、履歴書と職務経歴書を送ってくれてありがとうございます。見させてもらったわ。満二十七歳、ということは私の一学年下なのね」

「はい。あっ……そうなんですね」

「ええ、そうなの。歳が近いと話しやすくて助かるわ。うちの店は二十歳ハタチ前後の子が多いの。いい子たちなんだけどね、正直ジェネレーションギャップを感じることが多くて」

「そうなんですね。先程、レジのところで対応して下さったスタッフさんも若そうだと思いました」

「でしょ? お店に活気が出るのは良いところだけど彼女たちをまとめるのは大変。だからお姉さんのような役割を担ってくれる人がいたらすっごくありがたいの! あなたは言葉遣いもしっかりしてるわよね。さすが職務経験が豊富なだけのことはあるわ」

「いえ……そんな」


 ……なるほど。おおむね理解した。

 私は乾いた口腔内に僅かに残っていた唾液をごくりと飲み込んだ。
 水がそこにあることもこのときはすっかり忘れていた。脳内に滝のような勢いで流れ込んでくる情報を整理するので精一杯だったのだ。

 おそらくこの店長さんは、私の職務経歴の多さをむしろ好意的に受け止めてくれている。先程も言っていたな、経験豊富と。つまり即戦力があると考えているのではないだろうか。

 だがしかし。
 その期待に応えられるかどうかはいささか疑問なのである。
 アパレル販売は店によって結構異なる色を持っている。接客スタイル、作業の割り振り方、売り場の作り方、上下関係の明確さなど、全てが様々である。必ずしも経験が活かせるとは限らないし、むしろいちから覚えるつもりでなくては務まらないと私は考えている。

 つまり私の頑張り次第であることには変わりないのだが、あまり過大評価されても困るのである。
「お姉さんのような役割」という部分も引っかかる。何故なら、今までどの職場でも後輩から頼りにされたことなどほとんどなかったから。

 むしろドンくさいと鼻で笑われることさえあって……


 不快な感情が広がるのをぐっと食い止めるように拳を握った。

「あの……」

 緊張と共に私は切り出した。

「言葉遣いは幼少の頃から両親にしっかり教わっていたので身に付いているだけです。それに若いスタッフさんのお姉さん役が務まる程の力量があるかどうかは……その、私なりに努力はいたしますが……」

「え~? またまたそんな謙遜しちゃって! ここは面接なんだからもっとアピールしていいのよ! どーんとね!」

「……はいっ、失礼いたしました」

 言われて確かにそれもそうかと思った。
 選ばれたいからこうして面接を受けているのに、自分のネガティブな部分をアピールするなんておかしい。こういう場では強みを前へ押し出すのが鉄則だ。

 わかっている。
 ……わかってはいるのだけど。

 いつだって嘘にはならない程度に話をポジティブな方向へ持っていこうとした。でも。

 “期待はずれだった”

 “もっとしっかりしてると思ってた”

 “こんなこともわからないの”

 私にそんな感想をいだいた人は、私が言った何もかもが嘘に思えているんじゃないだろうか。
 そういうこともある、仕方がないと思っている一方で、まるで今この瞬間も相手を欺いているかのような罪悪感が胸に広がる。

 私はちゃんと顔を上げて話せていただろうか。
 現実味から遠く離れたような時間だけが過ぎていった。


 ファッションビルを出て、高い空を仰ぐ。私の混沌とした心とは正反対の澄みきった青色。
 ふぅーっ、と長いため息をついた。

「……終わった」

 そして思わず呟いていた。
 ひと仕事終えたという意味ではない、この四文字は言い換えるなら“無念”である。

 これは落ちただろう。そう確信していた。

 敗因はやはり途中で弱気になってしまったことか。倉橋店長はそれほど難しい質問はしてこなかったように思うけれど、ところどころ不安が邪魔してくるものだから、返答がやたらまどろっこしくなってしまった気がする。
 しかも時々苦笑いされてたような……印象があまり良くなかったんだろうか。

 ぐす、と鼻を小さく啜った。
 じわり込み上げてきたものがなんだかわからない。春だから、花粉かも知れない。

 今夜は肇くんと食事に行くんだ。
 気持ち、切り替えないとな。心配かけたくないから。

 視線を前に戻して歩き出そうとしたとき、生ぬるい春風が後方から吹いてきて私の長い髪を前へと押し流す。
 毛先のピンク色にしばし魅入った後。

「今年、桜見てないかも」

 立ち止まる余裕さえ無い今の自分を、今更切なく思った。
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