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1滴の泥を落とされた楽園であっても

クゥちゃんとンルルファルタの森へ

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 クゥちゃんがどういった存在であるのか、生みの親である筈のキスアは何も知らない。
 知っているのは、自分の体の一部、血液や髪の毛を触媒にして、キスアが錬金の魔法を用いたことで誕生したということだけ。
 それも、偶然怪我をしていたことに気が付かずに、血液が混じったことで生まれた奇跡的な結果だ。
 キスアは自分の分身となる存在を作るために、何度も挑戦してきた。
 だからこそ、ある程度結果は予測していた。だが自身の一部を使って産まれる結果にしては、予想をあまりにも逸脱していて、困惑していた。

 錬金魔法はほぼ万能と呼べる創造、具現化の魔法…。それでも、素材としたものからある程度の結果は決まるもの。それだというのに、生まれ出でたクゥちゃんには素となったキスアにはほど遠いほどの、大きな力を持って、この場に姿を現していた。

 キスアは、クゥちゃんと一緒のベッドで横になりながら考えていた。
(やっぱり、クゥちゃんに戦うことを教えた方がいいのかな…)

 それは産まれたばかりのクゥちゃんに対しての不安。これからと、その先を見据えた不安。産みの親としての責任が、キスアには生まれていた。

(明日クゥちゃんと魔獣を狩りに行ってみよう、あの力のことも聞きながら……試さないと、わからないよね)

翌朝、キスアがベッドから起きるとクゥちゃんの姿がなかった。

「えっ!あれっ!?クゥちゃん!どこっ!?」
 急いで布団から起き上がって寝室を出ると、居間の窓から外を眺めているクゥちゃんの姿を見つけた。

「ははぁ…よかった…」
 キスアは安堵し脱力してしまい、その場にへたり込む。

「キスアどうしたの」

「どこかいなくなっちゃったかと思ってびっくりしちゃった」

「いくとこ、ないから」

「…クゥちゃん」

「なに」

「んーん、なんでもない!それよりも、今日は外で戦ってみよう!」

「たたかう?」

「そそ、この都から離れたところに森があるの、そこに魔獣がときどき出るからそれを退治しようと思うの」

「魔獣?」

「こわーい獣だよ!近くに現れたらみんな大変だからね、たくさん倒せたらその分お金にもなるし!わたしも手伝うから!」

「わかった、やってみる」

「それじゃごはん食べたら出発ね!」

 今日の朝食は、外のプランターで栽培している野菜を使ったキュクレキのサラダと、焼いた卵をのせたトースト。それからしっかり火を通したこぶし大の肉塊。

 定期的に、懇意にしている猟師さんから差し入れで貰うタコブヒの肉なので、食費は浮くものの、消費しきれないことも多々あった。

 クゥちゃんが来てからはその心配もだいぶ解消され、キスアの悩みは一つ消えて、食事中の笑顔はいっそう輝きを増していた。

 前回の反省を踏まえてサイズは少し抑えたので、今回はキスアも食べきることができた。めでたし。

 ―――――――――――――――――――――

 食事を終えて、二人は出発の準備をする。

 キスアは森に向けた装備を整え、クゥちゃんは動きやすさを重視した服装に着替えた。もちろんそれに加えてクゥちゃんには、魔獣と戦う危険を考えて、キスアの魔道具を過剰なくらいに装備させられている。あのピンクは親バカのがある。
 衝撃吸収のマント、ダメージ軽減の膜を発生させる首輪、風と重力制御による身かわしのブーツと、その他体に対するダメージをとにかく軽減させる指輪と首飾りをギッチギチに装備させられている。

 多すぎる指輪のせいで拳を握れない。が、そのごつごつ指輪ビンタならばそこそこ痛そうだ。とはいえ、キスアはクゥちゃんに武器は必要ないのかもしれないと思っていた。
 昨日のあの力を目の当たりにしているから、クゥちゃんには武器よりも軽量さを重視した装備を用意したのだった。
 それにしてはアクセサリー類でジャラジャラゴツゴツのその姿が身動きに多少の不便さを感じることを無視しているので、本当は戦ってほしくない思いが滲み出ている。過保護。

 一応、クゥちゃんが力をうまく引き出せなかった場合を考えて、クゥちゃんの怪力を活かす大型ハンマーを、こぶし大の大きさの『一つだけ収納できる魔石』、|宝収輝石(ほうしゅうきせき)に入れて採取バッグにしまってあるが、今回はクゥちゃんの力を見たいという目的なので、クゥちゃんが『戦えない』と拒絶するのであれば、即座に引き返そうとキスアは思っていた。
「よしっ!それじゃクゥちゃんいくよ!」
「指と首がきもちわるい…」
「こ、これくらいした方が安全だから…頑張って…」
「うぅ…」
 指と首に強烈な違和感を感じたまま、ひとまずクゥちゃんは歩き出した。
「ん、足…軽い…」
 少し歩いてみると、足が滑るように動くことに気が付いた。
「あ、そうでしょっ!わたしの自信作の一つなの!足が軽くて高く飛ぶことも出来る『俊足ブーツ!』まるで羽が生えたみたいでしょ?」
「ふおぉ…すごい…」
 クゥちゃんはパタパタと足踏みをしてブーツの感覚を楽しんで、それをキスアは微笑ましく眺めていた。
「このブーツの力を信じれば、どんな攻撃も怖くない!」
「こわくない!」
「それじゃ、森に向けて出発~っ!」
「しゅっぱつ~!」

 王都から出て道を少し歩いた先に、二手に分かれる道が現れた。
 真っ直ぐいけば、商人や王都を目指してくる人たちが向かってくる主要な道となっていて、もう一つの道が、今回の目的となる森へと続く道だ。
「この道の通りに進んでいけば森の入り口だよ」
「もり…」
「そ、この辺りまでは魔獣が出たことがないから、森に入ったら気を付けなくちゃね」
「わかった」

キスアたちは森への道を進み始めた。
 道を進んでいくと、だんだん木々が多く見られるようになってきて、それからすぐに、高い木々の生い茂る、深い森となっていく。
「くらい…」
「クゥちゃん足元に気を付けてね。ここはまだ危険な場所に比べたら魔獣も狂暴な個体は出ないし、それに私も魔獣を倒したことがあるから!心配しなくても大丈夫だからね」
 キスアは不安そうな声色を察知して優しく声をかける。
 小型の魔獣を倒した実績を誇るキスア。だがそれは衛兵が瀕死に追いやったあと、逃げ出したのを、キスアがとどめを刺したに過ぎないもの。それでもキスアは魔獣を倒したことが嬉しくて、それを誇りとしていた。
 森を歩いて行くと、道の逸れたところに開けた場所が目に入る。そこがトレイルたちの住んでいる家だ。
 今回の目的の後で寄るつもりなので、今は一瞥するだけにとどめ、キスアはクーちゃんとそのまま道を真っ直ぐに進んでいった。
 トレイルの家を通り過ぎてから程なくして湖が見えてきた。
 湖底からも樹木が生い茂っているために視界はそれほど良くはないが、他の所に比べれば木漏れ日が多く差し込んでいて少し明るい。
「水がいっぱい…」
「クゥちゃん湖は初めて?」
「みずうみ…?いっぱいの水、見たことない……小さい水はみたことある」
「そうなんだ…ここはンルルファルタの森名物のタプコミヌ湖で、たくさんの生き物たちの癒しの場で命の源なの。マナも多くて、水の魔術を練習する見習い魔術師さんとかも来るんだよ」
「マナ…?」
「マナは魔法や魔術を使う時に、思いを具現化する手伝いをしてくれるの、マナが多いところには小精霊たちが多くいて安全なところなの」
「小精霊…?」
「小精霊はマナを作ってくれるの、魔獣は小精霊を食べちゃったり散らしちゃったりするから少ないところは魔獣が多くいる目安になるの」
「魔獣は小精霊を食べるの?おいしい…?」
「食べるって言うのはそのほうがわかりやすい言い方なんだけど、もっと詳しくいうとちょっと違うの、でも今はそう覚えておいてね」
「うーん…」
「魔獣たちは好きだから小精霊たちを食べているんじゃなくて、食べるつもりが無くてもどんどん小精霊たちが吸い込まれていっちゃうの…だから魔獣が多いところでは小精霊たちがどんどん減っていくの」
「そうなんだ、じゃあここは魔獣がいない?」
「そういうこと!休憩するには丁度いいでしょ?ここの水は美味しいし、お昼はここで食べようかなって」
「ここ、気持ちいい」
 辺りをぐるりと見回して、クゥちゃんは湖の畔が心地いいのを感じて、魔獣退治のために緊張していた心が少し落ち着いたようだ。
「そうだね、清々しい自然の香りがして心地いいよね」
 少しの間、二人は休憩して、湖の神秘をたっぷりと堪能した後、目的の魔獣討伐を目指して再び歩き始めた。
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