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1滴の泥を落とされた楽園であっても

6合16番坑道_力源の窟で鉱石採取!と…

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「うわー!もうすごい!既にすごい!!フロギス!ウェウリュミ!オビセプ電熱ぅうう!」

【フロギストン】
 凍てつく吹雪が内包されている鉱石。それだけでなく炎や爆発、熱の力をも吸収してしまう。触ると大変なことになる。 魔力を注ぎ衝撃を与えると一般的な家を包む程度の範囲を極低温空間にしてしまう。一時的ではあるものの、一週間は元の状態にはならない。

【ウェウリュミナイト】
 水流、空気の流れなど、「流れ」の事象を生じさせる鉱石。
 複数の同一物が多く接触しているものをグループとして認識して流れを生じさせる。砂や瓦礫、砂利なんかもいっきに動かすことができる。

【オビセプライト】
 魔力を注いで衝撃を与えると透明な障壁を展開する鉱石。
 注いだ魔力分の効果が切れるまでは障壁の中から出ることはできない。ただしその代わりに外界からのどんな干渉をも受けなくなる最強の一時シェルターを作ることができる。
 自分の少し前に展開させ、自分が入らない運用もでき、その場合は簡易な盾、障害物として機能もする。
 間違ってもボートや浮き輪の代わりに使用してはいけない。うっかり中に入った状態で水中に展開されると、浮くことがない為に水底に沈んで大変なことになる。

【電熱鉱《でんねつこう》】
 強い電の力と熱の力が宿る鉱石。触れるとピリピリとして、持つ手の力がうまく入らなくなる。衝撃を与えると破裂し爆発と共に雷撃を放つ。


 洞窟内にキスアの歓喜の叫びが木霊する。
「そこまで広い穴じゃないし、その辺りで少し採取してるといいよ。ボっクはちょっと用事があるから一旦離れるね。あぁ、障壁のことは心配いらないからね」

「えっあっはぁい!わかりましたぁ!」
 目の前にある素材達に殆ど気を惹かれているキスアがやや生返事で応え、デハルタは一行から離れる。

 洞窟は中程度の広場がいくつか分くらいの空洞となって広がっていて、その辺りを見て回るだけでもいくつもの鉱物がそそり立っている。これらは洞窟内の高濃度のマナの影響を受けて植物の様に生成されていくようで、採取する人間もそれほど多くないために採り放題となっていた。

 デハルタが行く先は中空洞の先、向こうに見える壁面だ。その壁面に向き合うと右に一本細い道が続いている。キスアのところからは通路があるのはわかるものの、その先は見えない。そんな向こう見えぬ道の先へ、デハルタは進んでいった。

 マキーリュイはデハルタが通路の先へ進み、姿が消えていくのを確認し、「トレイル、ここは任せる」と言い残し、デハルタの後を追って行った。

「皆さんみてくださいこれ!無響石《むきょうせき》ですよ!すごいです!これはより性能のいい耳栓が作れますよ!」
 相変わらず鉱石にテンションが高いキスア。

「なんでそんなに耳栓への関心が高いんスか?!もっとこう違うコメントがあるじゃないスか!?」
 トレイルのツッコミが空洞内を鋭く切り裂いた。

「この無響石《むきょうせき》すごいんですよ!どんなにガンガンぶつけても音が一切でないんですよ、ぶつけられたもの同士の衝撃を打ち消すみたいなので、もしかしたら盾の素材にしたら受け止める力がかなり軽減されるかもしれません!」

「確かにそれなら、今あたしが使ってる盾が、より使い勝手のいいものになりそうスね」
 キスアの力説を受けて、存外素材の説明も役に立つものだとトレイルは思いながら、次々と繰り出される聞いたことのない素材の説明をふむふむと聞いていた。

 クゥちゃんは「爆発するのとかみたい、ドカーンってしてほしい、そういうのある?」と、こんな狭くて崩落したらただでは済まない場所で、シャレにならない過激なことをキスアに聞いていた。
 そんな質問に『あるよ!』と応えようとするキスアの口をトレイルは塞ぎ「ここで話してクゥちゃんが爆発させたらマズいスよ!!」と迂闊なことを言わせまいと、くんずほぐれつしている様子を、クゥちゃんはむしろこれはこれで面白いかも…と眺めていた。

 ――――――――――――――

 デハルタに対する懐疑心かいぎしんを未だ完全に払拭することができないマキーリュイは、忍びやかに追う。
 大気に満ち満ちるマナによって煌々こうこうと辺りを照らす鉱石のおかげで、デハルタの姿を見失うことなく尾行はできた。すると、デハルタの後ろ姿の向こうから声が聞こえてきた。

「ん~?君もお使いだったのか~…ウチだけじゃ不安だったのかなぁ?」
 姿を確認できない。マキーリュイの隠れた土塊つちくれの物陰、そこから覗く先に見えるデハルタと、いたるところ所に形成されている土塊つちくれで、声の主は死角となっていた。

「はぁ…困ったな…」
 デハルタの声が聞こえる。心底残念だと落胆しているような、そんな失意を感じる声色だった。

「先を越されちゃったみたいだね…じゃ、ボっクの用事は無しだ…帰るよ」
 デハルタは踵を返し、その身を翻そうとしたとき「たださぁ、この命令、意味わかんないんだよねぇ…君もそう思わない?」と声を掛けられ、デハルタは首だけ向けて声の方を見据えた。

「別に興味ないよ。面倒ごとはさっさと終わらせる、もし他のやつが終わらせてくれるんならそれに越したことはないよ」

「そうだったね~君はそういう奴だったね~。ウチも次のタノシイことのためにさっさと報告してこよ~っと。あ、これここに置いてっていいかな?」
 声の主の側から咀嚼《そしゃく》するような音が響き、辺りに水をばらまいたような飛沫音《ひまつおん》が聞こえる。影から人よりも大きいことが推測されるが、光源から離れていてそのように見えるだけのようにも思える。

「置いておくな、面倒になる。ボっクのいないところに持ってけよ」
 僅《わず》かな時間でしか彼女を知らないが、少なくとも知り会い、交流した限りではあるが、デハルタは癇性《かんしょう》な奴ではないと思っていた、しかしこの時の声は、煩《わずら》わしさにやや怒気が混じったもののように聞こえた。

「ぇえ~ん面倒だよ~」わざとらしくクネクネと揺れる影と声色は、隠れ聞いているマキーリュイでさえ少し苛立《いらだ》ちを覚える。

「こいつの起こした二次災害で余計な面倒ごとを起こしたらハイドラも黙ってはいないだろ。それなら大人しく持って行った方が良いと思うけどね」冷たく言い放つデハルタは本当に先ほどまでの彼女であったのかと疑いたくなるほど、威圧感と底冷えするような冷然《れいぜん》とした声音をしていた。

「ん~わかったよ~。アイツ怒らせたくないしね、んじゃまたね」その言葉の後、気配が完全に消えて、咀嚼音《そしゃくおん》も聞こえなくなった。

ハッピーレッド嗜虐純愛者…クソ、上手くいかないな…仕方ない、戻るか…はぁ…」
 デハルタのその言葉を聞いて、マキーリュイは捷疾《しょうしつ》の魔法で、その場を音もなく速やかに去った。

 ――――――――――――――――――

「そろそろデハルタが戻る」
 いつの間にか、トレイルの隣にいたマキーリュイが声を掛けてきていた。

「うわっびっくりした…そうなんスね…それで、何かあったっスか?」
「姿は見えなかったが、誰かと会っていた。まともな人間ではないなあれは」

「半魔獣ってことスか…?」
「半魔獣より性質タチが悪いような気がしてならない。半魔獣であればもっと本能に沿って直線的に行動するが、あれは理性を残している。それでいて悍ましい何かを感じた」

 人ならざるものを獣と呼び、人が人としての要素を欠落、あるいは変質してしまったものを半魔獣と呼ぶことがある。しかし、デハルタと会話をしていた相手は、人としての要素を欠落していないように見え、それでいて、この世界の人間にはない明らかな異質さがあった。

異質さの正体、それはマキーリュイにも、そして恐らくこの世界のどの人間にもそれを明確にすることは出来ない。世界に組み込まれていない情報、概念であったがために、知覚の邪魔をしていたからだ。

――その概念は『惡』

 ただひたすら他者に対しての害意のみで構成されていて、収まりきらないそれが肉体の外へ止めどなく流出しており、それに触れたものの精神に異常をきたさせる。そしてこの場において、それを知る者はただ一人、デハルタだけだった。



「やぁただいま、素材集めはどうだい?」

「あっおかえりなさい!いつもいく採取場とは全く違った珍しいものたちが集まって、凄く気分が良いです!!」
「喜んでもらえてボっクも嬉しいよ、もう少し集めていくかい?」
「いえ、これ以上は持ち運べないので、そろそろ引き上げても大丈夫です!」
「そうかい、それじゃあ帰ろうか、転送装置に行こう」

「はい!転送装置、ちょっと楽しみです」
「んん、面白そう…」

「あぁ、やっと帰れるス…」
「帰ったら訓練でもしてやろうか?」
「そうスね、でもちょっとだけスよ?夕飯の時間まではそれほど余裕はないんスから」
「わかっている」

 そして、一行は洞窟の入り口にある転送装置で研究所へと戻っていった。
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