サーシェ

天山敬法

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第七章 かけがえのないもの

77話 本当の戦いへ

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 翌日、僕は再びレジスタンスの本部へ顔を出した。僕は施療所で一晩を明かしたが、パウルはどこか知らないが別で宿を取っているらしいので、その成り行きのまま別行動だ。
 その日、ルヴァークはどこかに出かけているようで不在だ。モルズが一人で僕を出迎え、そしてこちらの顔を見るなり疲れたような表情を浮かべた。
「……大方の報告は聞いている。アルド殿のことは大変だったな。だが、ガロンを殺したのは……お前だということで間違いないか」
 重たい声で問うてくるので、僕は躊躇いもなく頷いた。
「僕が殺した。奴を止めないとあの魔道人形は暴走を続けていた」
 当然その声には何の感情もこもらない。モルズは肩を竦めて、小さくため息をついた。
「何か処罰でもするつもりか?」
 今度は僕が問いかける。モルズの視線が上がり、ぐっと僕を睨んだ。
「幸い、そのことを取り沙汰しようという声は上がってない。ガロンは多くの者にとっては部外者にも等しい新参だし、あいつがお前や、アルド殿を害したことも皆分かっている。……ここへ戻ってきたということは、お前はまだレジスタンスとして活動する気があると見ていいな?」
 当然頷く。
「ならば奴の分まで祖国のために戦え。それがあいつにできる最大の供養だ」
 モルズはそうきっぱりと言いきった。
「アミュテュス・サーシェ。旅立った同胞の魂に誓って」
 僕はアミュテュスへの祈りを口にして見せる。
 生きている間にどんなことがあったとしても、死ねば皆アミュテュスの国へと旅立ち、そこで魂を清められる。彼がやったことはどんな理由があっても免罪されるべきことじゃない、だけど……、元はといえば家族を戦争で殺された一人の被害者だ。せめて死した後ぐらいは救われるようにと。
 その話は済んだとばかりに、モルズは表情を切り替えた。
「で、例の私用というのは昨日の一件で済んだと思っていいのか? というか魔術師は?」
「成り行きで別行動をしているから知らない。奴もモルズ隊に合流してラズミルへの任務に向かうと言っていたから、そのうちここに来るんじゃないかな」
 僕も平然として答える。昨日連絡にとだけ聞いた話では、ウィルはフェリアと共に逃げたというから、まだ完全には終わっていないのだろうけど。
 しかし彼らは……その根拠までは聞いていないが、ラズミルへ向かっているという。どうせ同じ方角に向かうのならと、パウルも作戦への合流を判断したというところだろうか。
 ふむ、と言って片手で顎を押さえたモルズに、僕が聞く。
「ラズミルへ進軍するのはまだ先か? 何か任務があれば聞くが」
 恐らく本部の周辺の様子を見るに、今は進軍に向けての準備を進めているという段階だろう。
 しかし物資の管理や、モルズの配下の部隊編成に関しては元々部外者だった僕は関わってもいない。今からそこに加わるとなると、少し面倒くさそうだ。
 モルズはとうに心に決めたことがある様子だった。力強く微笑んで言う。
「実は、ルヴァーク殿と相談していたことなのだが。敵に対抗するため、やはり我々ズミの部隊にも魔道士の兵士を育成できないかと考えていてな。長期的な話にはなるが、魔術師にはその先導をとってもらえないかと思っている」
 また彼の口から出てきたのは大きな話だった。思わず僕は目を丸くして視線を上げる。
 やはりモルズは……相当に意気込んで長期的な話を考えているようだ。恐らくそれは、ズミの国家として擁立する軍の体制を……。
「早速ルヴァーク殿とそちらの相談を進めてもらいたいのだが……、しかし当の魔術師がいないのでは」
 そう言ってモルズは肩を竦めた。それもそうである、僕に言われたって仕方がない。
「ああ、悪いがその話は魔術師にしてくれ。僕は何でも……雑用でもいいし、偵察任務とかでも」
 僕はそう言って指示を急かした。手持ち無沙汰にしていてもまた嫌な考え事を繰り返すだけだ、今は任務が与えられたほうが嬉しい。
 そんな僕の様子を見て、モルズは不思議そうな表情を浮かべた。
「確かに進軍経路の偵察兵の手は不足気味だが……。しかし実際魔術師が魔道士の育成体制を担うとなれば、ヨン、お前も魔法の素養は高いと聞いたぞ。その補佐に回ってもらえるよう準備にも携わってもらいたいところだ」
 そんなことを言い出すので僕は思わず顔をしかめた。
「素養なんてそんなものは……。自分で使うことは少しぐらいできるけど、人に教えられるほどじゃない。そんなことより偵察の手が不足しているならそっちの方が喫緊じゃないか? 僕の得意分野でもある」
 特段他意はなかったが、自分で説明するとなんとなく饒舌になる。
 魔道士の育成体制を作る、確かに長期的なことを考えるならそれは重要な仕事になるだろう。しかしその準備から手伝えなんて言われると……正直面倒だった。
 パウル達から言われる話では、僕はどうやら魔法への適性が高いらしい。だけどそんなものは生まれ持った体質によるもので、到底人に教えるなんてものではないことは自分でも分かる。まだ、僕に魔道士と名乗るほどの自覚はない。
 そういえばグリスから聞いた話では、パウルも若い頃から魔法の才能があるとかなんとか持て囃されていたはずだ。そういう血なんだろうか、なんていちいち考えてしまう……。
 モルズはまた、「ふむ」なんて言って顎を触っている。そんなところへ、のしのしとだるそうな足音を立てて階段を上がってくる者があった。
 何気もなく振り向くと、噂をすればなんとやら、当の魔術師が今日もフードを被った顔でやってきていた。
 ちょうどいい所に、と言って、無い手を打つような素振りをしたモルズに、しかし僕は何も言わず眉を寄せた。……やっぱり昨日から、なんとなく顔を合わせるのが億劫だ。
「まったく、説明が面倒だから来るなら一緒に来いよ」
 そう小言を言ってモルズはパウルに同じ説明をする。パウルは眠たそうにあくびをして、がりがりとフードの上から頭を掻いている。
「へえ、魔道兵の育成ね。俺に教官をやれって? 俺みたいな素性の知れないトレンティア人の言う事を真面目に聞く奴がどれほどいるか知らんが……」
「まあそういう課題は当然あるだろうが、何も始めないことには始まらないし、残念ながらお前以外の適任は今のところいない。ルヴァーク殿から少し調査を聞いたが、やってみたいと言う者はそれなりにいるようだ。不思議と女性が多いが」
「女ぁ?」
 パウルは素っ頓狂な声を上げて首を傾げた。
「ルヴァーク殿が調査したせいもあるのかな。彼女にはやっぱり女性の支援者が多いから。何やら魔法というのが、男のような筋力の無い者でも扱える便利な戦闘術だと、そのように伝わっているらしい」
「ああ……、まあ、間違っちゃいないが。当たり前だが魔法しか使えない戦士より、魔法も剣も使える戦士の方が強い。それに、どんな方法で戦うにしたって戦場に出る以上基礎体力は必要だ。女が戦場に出たいと名乗りを上げること自体、いやさすがズミ人だと思うが……、あまり戦闘の魔道を甘く見てもらっても……」
 そうパウルはぶつぶつと小言を言い始めた。
「まあそのへんも含めてだ。とにかくルヴァーク殿と話を進めてほしい。それでヨンも補佐を」
 流れでまた僕に話を振ってきた。フード越しのパウルの視線がこちらに向いたのを感じて、僕は思わず、咄嗟に口を開いていた。
「だから僕はそういうのは柄じゃない。手の足りてない偵察の場所はどこだ。この辺りは故郷が近い、地理にも明るいから言ってくれれば」
 そう急かした言葉はどうしても早口になる。モルズは若干戸惑いさえ浮かべて、真剣な顔の僕と、表情の分からないパウルの顔とを交互に見たようだ。
「魔術師、お前としてはどうなんだ。やはりヨンの補佐はあったほうが……」
 そしてパウルに向かってそう尋ねた。そんな素振りすら今は、僕の神経を逆撫でる。こいつは僕の保護者でも何でもないのに。
 当のパウルは少しだけ黙って、小さなため息とともに言った。
「いや別に……、俺一人でも事足りる」
 そんな素っ気ない返事を。モルズは訝しげに眉を寄せてそれをじっと見つめていた。
「……何だお前ら、もしかして喧嘩でもしたのか?」
 僕達の間に漂った気まずい空気を、彼は敏感に感じ取ってしまうらしい。そんなことを尋ねてきた彼に、僕もパウルも顔をしかめただけで返事はしなかった。
 それを肯定とでもとったのか、モルズは呆れた顔で大きなため息をついた。
「任務に響かせるようなことだけはするなよ。まあ、ともかくお前がそう言うならそれでもいい、ヨン、お前には偵察任務に当たってもらう」
 結局話はそう決まって、僕は少しだけ安堵した。
 僕とパウルの関係も、傍から見れば“喧嘩”で済むことなのだろうか。釈然としない思いはあるが、当然モルズに詳細を語って聞かせる気はない。
 確かに昨日より前のパウルだったなら……、迷わず「ヨハン、お前も手伝え」なんて言っていただろう、僕も不服そうに顔をしかめながらも何も言わなかっただろう。そんな想像が浮かぶと、何か苦い味が胸の中に滲み出すような感覚があった。
 しかしやっぱり……、別に嫌いになったつもりもないが、パウルの顔を見ているのは億劫だ。できることならあまり顔を合わせずにいたいとすら思う。彼の口ぶりから察するに、それはお互い様なのだろう。
 指示を受けてすぐに僕は階下へ降り、任務に当たり始めた。人手の足りない中で偵察部隊も少数だが、一人では連絡が滞る可能性があるから、最低二人組にはなって任務に当たることになっている。
 偵察が手薄な場所の確認と、手があいている他の偵察兵との打ち合わせをしてからすぐに現地へと向かった。
 組んだ相手は知らない者だった。目が青いせいで何かと目立つ僕と組まされた相手の顔は不安そうだったが、任務の際は気にしていられないだろう。
 いつ戦闘になってもいいように警戒を強めながら、近くに起こすだろう進軍を想定して地形や敵兵の有無などをくまなく調査する。地味ながらに重要な兵士の仕事だ。
 状況は移り変わっていくが、それでもこうして久しぶりに部隊の兵士として任務を過ごす、そのことが自分の存在に確かに質量を与えていくような……、そんな安心感があった。
 どう状況が変わろうと、この命ある限りはそれなりに、目の前の時間を僕達は生きていかねばならない。

 それからしばらくの間、僕は壊れた家の修復よりも、進軍を急ぐレジスタンスの任務に明け暮れた。
 事情を話せばモルズが、寝泊まりする場所は融通してくれた。他にも様々な事情で寝る場所のない兵士達が住む狭い宿舎の一角ではあったが、この際雨風が凌げるのならなんでもよかった。
 まだ所持金に余裕はあったが、それはほとんどをジュリに預けていた。もともと兵士でもない、まして若い娘であるジュリを男ばかりの宿舎に寝させるわけにもいかないし、だからといって施療所にずっと泊まらせるのも酷だろう。
 好きな所に宿をとれ、なんて言って金を渡すと、彼女は何か言いたげな顔だけして、特に文句は言わなかった。実際ささやかな宿を一人で取って過ごしているようだった。
 パウルのことはよく分からなかった。宿舎に入るような話が彼にあったかどうかさえ僕は知らない。あったとしても金髪のトレンティア人が入るのはさすがに躊躇われたかもしれない。どこで寝ているのかは分からないが、まあ奴のことだ、自分でなんとかするだろう。
 雨風が凌げるならなんでもいい、とは言ったものの、やはり宿舎での生活は不便が多かった。なにせ同じ部屋に寝泊まりしているのは働き盛りの年齢の男ばかりである。日中の任務や訓練が終わったかと思えば、酒を部屋に持ち込んで騒ぎ始めるのだ。
「おい混血の新顔、お前も飲めよ」
 そう言って盃を押し付けてくるのが鬱陶しくて仕方がない。酒は好まない、とひと言で突き返すと、気に障るようで怒り出す。
 飲んだら飲んだで仲間同士で口論を始めたり殴り合ったりするくせに、飲まなかったらそれはそれで怒るのだ。彼らは怒りのために酒を飲んでいる節さえある。
「トレンティア人は酒も飲めない腰抜けばかりか? ズミ人だって言うなら飲んでみろ」
 僕を罵る者は皆、口を揃えてこの目の色のことを言ってくる。もう飽き飽きだ。
「その腰抜けに王都を焼かれてどの口が言う。酒を飲んで戦争に勝てれば苦労はない」
 そして僕とて言われっぱなしではいない。昔いた部隊では鬱陶しくて適当にあしらうだけだったが、それだけでもやはり怒りを買って殴られるのだ、どうせ殴られるなら言い返してやりたい。そんなことを思って、歳を取るごとに僕は口喧嘩の言葉を覚えていく。
 やっぱりお前はトレンティアの仲間か、なんて激昂して、やっぱり彼は僕を殴るのだ。暴力が出始めるとさすがに周りの者が止めにかかる。殴り返してやってもいいが、こんな所で乱闘をするのは体力も時間も無駄だし面倒くさい。
 喧嘩を買っては下品な酒飲みと同じだ。止めにかかる者がいるならそれに任せて、僕は部屋の隅でいないふりを決め込む。
 酒を飲んで騒ぐ男達を尻目に、パウルと出会う前……ヒューグやサガンの元で過ごしていた部隊でのことを思い出す。
 混血で、年少で、しかも愛想もない僕はいつでも彼らの怒りのいい的だった。あの頃と比べると少しは自分も大人になったつもりでいたが、混血なのはどうしたって変わらない。結局兵士なんてのはそういうものだ。

 任務の間に時間を見つけては、僕はアルドの見舞いに足繁く施療所に通った。ジュリもほとんどつきっきりで看病をしているようで、その回復は順調らしかった。
 しかしその日はジュリの顔は不安そうだった。昨晩同室の酔っ払いに殴られたせいで、僕の顔に痣が出来ていたらしい。
「戦闘があったんですか? また危険な目に……」
 ジュリがそう案じてくれる。酔っ払った仲間に殴られたなんて話はなんとなく情けなくて言えなかった。適当な返事で誤魔化したが、ジュリは打撲の治療の陣を持って迫ってくる。
「そんな大袈裟な……」
 そう呆れながらも、ジュリと押し問答をするのも面倒で、大人しくその治療を受けた。途端にすうと痛みが引いていく感覚は単純に気持ちがいい。
 陣を寝台の上に敷いてその上に寝転がりながら、僕は施術をしたジュリの顔を見上げてその髪を撫でた。
「というか君こそ怪我はどうなんだ、もう痛まないのか」
 それはウィルに襲われた時、ジュリも砕けたガラス片で頭を切る怪我をしたそのことを言った。ジュリは髪の上からその傷を庇ってぷいと顔を背けた。
「ほんとにちょっとしただけの切り傷ですから、なんともないです」
 その怪我を案じるふりをして、好きなだけジュリの髪を撫でて楽しんだ。すぐにその意図はばれたらしく、ジュリは顔を赤くして怒り始める。
 ヒューグやサガンの元で過ごしていた時のことを思い出す。あの時とは違って今は大事な女がいる。
 せめて彼女を巻き込むことがないように……しかしやはり宿舎に帰ると殴られる時は殴られるので、せめて殴られた翌日は余計な心配をかけないよう、施療所に行かないことにした。

 そんな日常を何日か送った後、いよいよレジスタンスはラズミル方面へ向けて進軍を始めることになった。その行軍に混ざるのは兵士だけでなく、一部には物資の輸送を手伝ったり怪我人の手当をするために市民が同行している。
 その話を聞いて、アルドはきりと表情を引き締めた。
「ヨハン、お前は行くんだな。そりゃそうか。怪我が落ち着いたら私も追おう」
 アルドはようやく立って歩けるようになったようなところだ。出発前の挨拶の時、心配そうな顔で僕を見て言った。
「無理しないでよ、父さんは病院ここにあるんだし……というかあの家の修理とかしないといけないだろ」
 僕は少しだけ責めるような口調で言った。勝手な言い分かもしれないが、当然危険を伴う戦闘に、家族を巻き込みたくなかった。
「お前が戦いに行くのにただ待っているというのは落ち着かない。治療者として同行できるのならそうしたいんだ」
 アルドはそう食い下がる。後方部隊でということならそこまで危険も無いだろうし、無理に反対するほどではないかもしれない。心配をかけさせるな、なんて言葉は、恐らく前線に立つだろう僕が言えたことでもない。
 傍らにいたジュリも、不安そうな顔ながらに頷いた。
「治療者の手が必要なら、先生が行く時に私も行きます。でも遅れることにはなりますから……」
 言いながら、何か施療所の端に積んであった紙束を忙しなく持ってきた。何気なく見やると、それをこちらにずいと突き出してくる。手書きで書いた文字を簡単に紐で閉じたような冊子のようだ。
「基本的な回復魔術の指南書のようなものです。ちゃんとしたものは手に入らなかったので、私の知る限りで書きました。見苦しい出来ですけど……」
 そう言って突き出してきた紙を、僕は勢いのまま受け取って目を白黒した。なぜそんなものを僕に、なんてのは聞くまでもない。
「私がいない間は、同行する魔道士で回復魔術を使えるのはあなただけです。必要があれば使ってください」
 ジュリはきっぱりと言う。僕は曖昧にも頷いた。魔道士と数えられることにはまだ慣れないが、言われればそれも事実である。
 ソル・サークルを使う必要のある戦闘魔術と違い、魔法陣を用意することが前提の回復魔術はまだその使用の敷居が低い。陣さえあれば僕も回復魔術の治療師として使えることは十分に期待できる。
 ジュリと比べると魔力の底はまだ浅いが、瞬間的な力は高い。その気になればアルドのように、普通なら助からないような瀕死の重症者だって助けることができるのだ。その力を戦争に役立てないのは、考えてみれば勿体ないことのような気はする。
 そう思いながら押し付けられた紙束をちらりとめくって見る。細かい文字を読む気が今は起きないが、回復魔術に使う術式や魔法陣の例などが書かれているようだ。
 僕とて何度か使ううちに馴染んできているとはいえ、正確な術式をそらで書くにはまだ記憶は心もとない、このようなものがあるのは非常に心強かった。
「あ……」
 アルドが何かを呟いた。何だろうと思ってその顔を見ると、体を起こして座った状態から、僕の後ろの方に視線を向けている。
 釣られるように振り向くと、所在なさそうにこちらを向いてうろうろとしている魔術師の姿がある。思わず少しだけ顔をしかめた。
「パウルさん」
 アルドに呼ばれて、パウルはおずおずと歩み寄ってきた。どうにも僕に近付きたくないらしい。
 仕方なく僕が席を外すべきか、と迷うが、父やジュリと挨拶をしているところを追い出されるような形になるのも癪だったし……、この期に及んでパウルがアルドと何を話すのだろう、と気になってしまった。
 アルドは僕とパウルの関係を知っていた。それでも彼は平然と……、いや今思えば、それだからこそ彼ら二人は意気投合したように絆を深めているのだろう。
 そう思うと非常に据わりの悪い思いがする。……二人して男のくせに、僕の両親にでもなったつもりだろうか。
 僕はアルドの真正面の場所だけあけて、ジュリの隣に身を寄せるように動いた。パウルはそこへ割り入ってきて、座ったアルドの元へ跪くように屈んだ。フードは被ったままだ。
 アルドは穏やかに微笑んだ。
「パウルさんもモルズ殿と一緒に?」
「ええ、行きます。しばらくお会いできないかと。先生もお気を付けて」
「私も怪我がよくなれば後から支援に向かうつもりですが……」
「そんな、ご無理を……」
 同じようなやりとりをしているのを見て、なんだか呆れたような気分になる。そんな僕の目前、アルドはパウルと手を握りあった。
「パウルさん、ヨハンのことをお願いしますね。あの子はすぐ無茶をするので」
 そしていつかと同じようにそう言った。思わず僕はあからさまに顔をしかめる。パウルは一瞬だけ固まって、ちらりとこちらに視線を向けてきたようだ。咄嗟に逃げるように、僕は顔を逸らした。
「……分かってます。彼は死なせませんよ、俺が必ず守ります……命にかえてでも」
 そう答えたパウルの声は、少しだけ微笑が混ざっている様子だった。釣られるようにしてアルドも笑った。
 僕は傍目にも苛ついた感情を顔に出していたが、それをジュリがきょとんとした顔で見つめてきている。……なんとも歪な、居心地の悪い距離感だ。
 挨拶を済ませたパウルが、立ち上がりながらこちらを振り向いた。
「行くぞヨハン。戦いに」
 彼に声をかけられるのもしばらくぶりだ。思わずどきりとして振り向いてしまった。フードの下から見える口元はゆるやかに笑みの形を作っている。
 感情はうまく片付かないまま、舌打ちひとつして僕はそれに従う。
 これから向かうのはラズミルの地、言わずともがなズミ人にとって重要な戦地だ。モルズの話を聞く限り、この戦いにはトレンティアとズミの国家間の戦争にかかった大きな意義がある。当然今までにない緊張を張る必要があった。
 その戦いを前にして、今は悶々と悩んでいる暇もない。
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