【あなたが夢中のその女を殺す!】と叫んだ悪役令嬢カンヌは、前世の記憶を思い出したので、クズ男は捨ててカフェ巡りを楽しむ。新しい恋の予感がかけ

山田 バルス

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第24話 探偵リチャード視点 

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 リチャード視点 ― 噂の影を追う

 私はリチャード=グラント。
 王都でもう十年以上、探偵稼業を続けている。
 依頼人のほとんどは小貴族や商人だが、今回の依頼は格が違った。

 マルセイユ公爵家の嫡男、ランスロット殿。
 二十七歳にしてすでに家中の実務を担い、若いながらも冷徹な判断力で知られる人物だ。
 その彼が私に持ちかけた依頼は、奇妙なものであった。

「ある噂の出所を突き止めてほしい。放置すれば、ひとりの令嬢の名誉が傷つく」

 令嬢――アヴィニヨン伯爵家の娘、カンヌ嬢。
 聞けば、殿下との縁談を邪魔しているだとか、お見合いを妨害しているだとか。
 真偽の定かでない話が社交界に流れているらしい。

 私は最初、ただの痴話話だと内心で鼻を鳴らした。
 だが、ランスロット殿の眼差しを見て考えを改めた。
 鋭く、静かな怒りを宿した瞳。
 彼が軽い噂ごときで私を呼ぶはずがない。――これは仕組まれた罠だ。

***

 調査は足跡を追うことから始まる。
 私は街角のカフェに腰を下ろし、耳を澄ました。
 社交界の話題は女中や仕立て屋を通して広まるものだ。
 案の定、二人の令嬢が囁く声を拾った。

「聞いた? ランスロット様にはもう縁談が進んでいるのよ」
「ええ、それを邪魔しているのがアヴィニヨンの娘だって」

 私はさりげなく近づき、軽い世間話から名前を引き出した。
 出所は――ニース様。さらに遡れば、ナンテーヌ様の言葉だと。

 やれやれ、やはり大物が背後にいるらしい。

***

 次に私はナンテーヌ嬢の屋敷へ出入りする使用人を探った。
 酒場で羽を伸ばす侍女を見つけ、財布の口を緩める。
「ナンテーヌ様はよく仰るのです。“マルセイユ家にはもう決まった縁談がある。伯爵令嬢風情が口を出すべきではない”と」

 その口調を真似て聞かせる侍女の顔には怯えがあった。主の秘密を漏らす背徳感もあるだろうが、それ以上に彼女は真実を語っていた。

 伝聞ではまだ弱い。
 私はさらに動いた。

***

 転機が訪れたのは三日後だ。
 ある書記官が私に手紙を持ち込んできた。
 差出人は不明とされていたが、見ればすぐに分かる。
 癖のある筆致――ニース嬢だ。

 内容は実にあからさま。

『あの女を遠ざけるのは容易い。噂を広めればいい。人は言葉に弱いのだから。いずれ彼女は孤立し、身を引かざるを得なくなる』

 宛先は消されていたが、文面からしてナンテーヌ嬢で間違いない。
 これで十分だった。

***

 夜更け、公爵邸の執務室。
 ランスロット殿は書類に目を通していたが、私を見ると静かに手を止めた。

「リチャード。成果は?」

 私は封書を差し出す。
 殿は受け取り、しばし目を走らせた。
 その横顔は微動だにしない。
 だが、瞳の奥には氷のような光が宿っていた。

「……やはり、あの二人か」

 呟きは低く、冷徹だった。
 怒りを露わにすることもなく、ただ次の一手を見据えている。

「リチャード。次の舞踏会で全てを終わらせる。証拠は十分だな?」
「はい。侍女の証言、そしてこの手紙。言い逃れはできません」

 殿は深く頷いた。

「ならば良い。あの二人には、自ら撒いた言葉の重みを背負ってもらう」

 その言葉に、私は背筋が震える思いをした。
 二十七歳にして公爵家を背負う男の冷酷な決意。
 彼が次に何をするか、想像するのは容易かった。

***

 屋敷を辞した後、私は夜の街を歩いた。
 石畳に月明かりが差し、影が伸びる。
 私はポケットに残る銀貨を弄びながら、依頼の結末を思った。

 ――次にナンテーヌ嬢とニース嬢が目にするのは、公衆の面前で己の言葉に潰される光景だろう。

 彼女たちは自らの噂に溺れ、他人を貶めようとした。
 だが、その行為は必ず自分に返ってくる。
 ランスロット殿の冷たい瞳を思い浮かべ、私は口の端をわずかに吊り上げた。

「まったく……世の中は皮肉だ」

 探偵稼業をしていて、これほど結末が見えている事件も珍しい。
 残るはただ、舞踏会での舞台を待つばかりである。
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