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第25話 ナンテーヌとニースの断罪
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公開断罪の夜
王都の中心にそびえる、歴史ある舞踏会場《オルレアン・ホール》。
秋の夜会といえば、この国の貴族たちにとって最大の社交の場だ。
大理石の床にシャンデリアの光が降り注ぎ、壁際には豪華な絵画と金細工の燭台が並ぶ。
煌びやかな音楽に乗せ、絹のドレスをまとった令嬢たちが談笑を重ねていた。
その輪の中に――二人の少女がいた。
「ねぇ、ご存知? あのカンヌという娘、どうやらランス様の気を引こうと必死らしいのよ」
囁くのはナンテーヌ=マルセル。
まだ十八歳の若さながら、男爵家の娘としては珍しく大胆不敵な物言いで知られている。
細い扇で口元を隠しながら、彼女は隣に立つ少女へ視線を送った。
「ふふっ、でも噂を聞いた? 裏では男に媚びているんですって」
優雅に微笑んだのは、ニース=グルノーブル。
侯爵令嬢の身分にふさわしい、豪奢な青のドレス。
金糸で織られた刺繍が、彼女の立場の高さを雄弁に語っていた。
侯爵令嬢と男爵令嬢――本来なら並び立つこともない二人。
しかし、利害の一致から結びついた今宵の共犯関係は、周囲にとって妙な説得力を持って見えた。
二人の毒ある言葉に、取り巻きの令嬢たちは小さく忍び笑う。
その冷たい視線が、一斉に会場の隅へと注がれた。
そこに立っていたのは、カンヌ。
薄桃色のドレスに身を包んだ彼女は、肩をすくめるようにしてグラスを抱きしめ、居場所を失った小鳥のように震えていた。
彼女は中流伯爵家の娘。派手さはなくとも、真面目で気品ある少女だった。けれど、いま彼女を覆うのは誤解と中傷の嵐。
――その空気を、たった一歩で変えたのは。
「静まれ」
低く、よく通る声が広間を切り裂いた。
会場の扉から現れたのは、ランスロット=マルセイユ。
二十七歳、公爵家嫡男。漆黒の礼装を纏い、背筋をまっすぐに伸ばした姿は、まるで闇夜にそびえる塔のように人々を圧倒した。
「今宵、皆さまに伝えるべきことがある」
彼は広間の中央へと進み出る。
冷ややかな視線が群衆を横切るたびに、ざわめきは収まり、人々は背筋を伸ばした。
「巷で囁かれる噂――それは虚構にすぎない。だが卑劣にもそれを広め、ひとりの令嬢を陥れようとした者たちがいる」
ざわめきが広がる。
ナンテーヌとニースの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
そのとき――。
「証拠はすべて、ここにございます」
舞台袖から現れたのは、私服姿の男。探偵リチャードだった。
彼は懐から数通の手紙と記録を取り出すと、広間の机に広げた。
「調査の結果、噂は作為的に流されたものと判明しました。発信源は――ナンテーヌ嬢とニース殿。こちらがそれを示す証拠です」
リチャードが示したのは、二人の署名入りの手紙。
そこには「噂を広めればカンヌは孤立する」「次の夜会では笑い者だ」といった文面が赤裸々に記されていた。
「そ、そんな! 偽造よ!」
「そうだ、陰謀だ! 私たちは無実――!」
ナンテーヌとニースは必死に否定する。
だが、リチャードは淡々と追い打ちをかけた。
「偽造? では、この証言はどう説明しますか」
数名の侍女や従者が前に進み出て、毅然と頭を下げた。
「確かに二人から金銭を受け取り、噂を広めるよう指示を受けました」
会場に衝撃が走る。
令嬢たちが扇を落とし、紳士たちが眉をひそめる。
非難の視線は、矢のように二人へと突き刺さった。
「違う! 私は……ただ……っ」
「嘘よ! 全部仕組まれたことだわ!」
ナンテーヌの声は震え、ニースの叫びは空しく響くだけ。
侯爵令嬢であるはずのニースでさえ、その身分はもはや盾にならなかった。
男爵令嬢ナンテーヌに至っては、言い逃れの余地すら奪われていた。
ランスは静かに一歩前へ出る。
その眼差しは冷徹に研ぎ澄まされ、声は鋼鉄のように硬かった。
「真実はひとつ。君たちは己の嫉妬と打算で、罪なき者を陥れようとした。それは決して許されぬ行為だ」
空気が凍りついた。
誰も口を開かない。
ただ、ナンテーヌとニースのすすり泣きと、震える声だけが虚しく響く。
「以後、君たちの名は社交界から抹消される。自ら撒いた毒が、自らを蝕むだろう」
冷酷な宣告。
まるで裁判官が判決を下すかのように、ランスは言い放った。
観衆からどよめきが上がる。
「なんてことを……」
「恥知らずめ」
罵声が、容赦なく二人に降り注ぐ。
涙に崩れ落ちるナンテーヌ。
顔を怒りで歪めるニース。
だが、彼女らの立場の違いは、皮肉にもこの場で露わになった。
侯爵令嬢ニースにはまだ実家がある――だがその名誉は深く汚れた。
男爵令嬢ナンテーヌには、もう後ろ盾すらなかった。
――そのとき。
ランスは会場の隅で震えていたカンヌへと歩み寄った。
差し伸べられた手。
「もう大丈夫だ。君を傷つける者は、二度と現れない」
カンヌは涙をこらえきれず、その手を取った。
会場にいた人々は、沈黙のままその光景を見守る。
誰もが知った。この夜会はひとつの断罪劇の幕開けであり、ランスとカンヌの物語の新たな第一歩だと。
煌めくシャンデリアの下、二人の姿だけが強く、鮮烈に輝いていた。
王都の中心にそびえる、歴史ある舞踏会場《オルレアン・ホール》。
秋の夜会といえば、この国の貴族たちにとって最大の社交の場だ。
大理石の床にシャンデリアの光が降り注ぎ、壁際には豪華な絵画と金細工の燭台が並ぶ。
煌びやかな音楽に乗せ、絹のドレスをまとった令嬢たちが談笑を重ねていた。
その輪の中に――二人の少女がいた。
「ねぇ、ご存知? あのカンヌという娘、どうやらランス様の気を引こうと必死らしいのよ」
囁くのはナンテーヌ=マルセル。
まだ十八歳の若さながら、男爵家の娘としては珍しく大胆不敵な物言いで知られている。
細い扇で口元を隠しながら、彼女は隣に立つ少女へ視線を送った。
「ふふっ、でも噂を聞いた? 裏では男に媚びているんですって」
優雅に微笑んだのは、ニース=グルノーブル。
侯爵令嬢の身分にふさわしい、豪奢な青のドレス。
金糸で織られた刺繍が、彼女の立場の高さを雄弁に語っていた。
侯爵令嬢と男爵令嬢――本来なら並び立つこともない二人。
しかし、利害の一致から結びついた今宵の共犯関係は、周囲にとって妙な説得力を持って見えた。
二人の毒ある言葉に、取り巻きの令嬢たちは小さく忍び笑う。
その冷たい視線が、一斉に会場の隅へと注がれた。
そこに立っていたのは、カンヌ。
薄桃色のドレスに身を包んだ彼女は、肩をすくめるようにしてグラスを抱きしめ、居場所を失った小鳥のように震えていた。
彼女は中流伯爵家の娘。派手さはなくとも、真面目で気品ある少女だった。けれど、いま彼女を覆うのは誤解と中傷の嵐。
――その空気を、たった一歩で変えたのは。
「静まれ」
低く、よく通る声が広間を切り裂いた。
会場の扉から現れたのは、ランスロット=マルセイユ。
二十七歳、公爵家嫡男。漆黒の礼装を纏い、背筋をまっすぐに伸ばした姿は、まるで闇夜にそびえる塔のように人々を圧倒した。
「今宵、皆さまに伝えるべきことがある」
彼は広間の中央へと進み出る。
冷ややかな視線が群衆を横切るたびに、ざわめきは収まり、人々は背筋を伸ばした。
「巷で囁かれる噂――それは虚構にすぎない。だが卑劣にもそれを広め、ひとりの令嬢を陥れようとした者たちがいる」
ざわめきが広がる。
ナンテーヌとニースの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
そのとき――。
「証拠はすべて、ここにございます」
舞台袖から現れたのは、私服姿の男。探偵リチャードだった。
彼は懐から数通の手紙と記録を取り出すと、広間の机に広げた。
「調査の結果、噂は作為的に流されたものと判明しました。発信源は――ナンテーヌ嬢とニース殿。こちらがそれを示す証拠です」
リチャードが示したのは、二人の署名入りの手紙。
そこには「噂を広めればカンヌは孤立する」「次の夜会では笑い者だ」といった文面が赤裸々に記されていた。
「そ、そんな! 偽造よ!」
「そうだ、陰謀だ! 私たちは無実――!」
ナンテーヌとニースは必死に否定する。
だが、リチャードは淡々と追い打ちをかけた。
「偽造? では、この証言はどう説明しますか」
数名の侍女や従者が前に進み出て、毅然と頭を下げた。
「確かに二人から金銭を受け取り、噂を広めるよう指示を受けました」
会場に衝撃が走る。
令嬢たちが扇を落とし、紳士たちが眉をひそめる。
非難の視線は、矢のように二人へと突き刺さった。
「違う! 私は……ただ……っ」
「嘘よ! 全部仕組まれたことだわ!」
ナンテーヌの声は震え、ニースの叫びは空しく響くだけ。
侯爵令嬢であるはずのニースでさえ、その身分はもはや盾にならなかった。
男爵令嬢ナンテーヌに至っては、言い逃れの余地すら奪われていた。
ランスは静かに一歩前へ出る。
その眼差しは冷徹に研ぎ澄まされ、声は鋼鉄のように硬かった。
「真実はひとつ。君たちは己の嫉妬と打算で、罪なき者を陥れようとした。それは決して許されぬ行為だ」
空気が凍りついた。
誰も口を開かない。
ただ、ナンテーヌとニースのすすり泣きと、震える声だけが虚しく響く。
「以後、君たちの名は社交界から抹消される。自ら撒いた毒が、自らを蝕むだろう」
冷酷な宣告。
まるで裁判官が判決を下すかのように、ランスは言い放った。
観衆からどよめきが上がる。
「なんてことを……」
「恥知らずめ」
罵声が、容赦なく二人に降り注ぐ。
涙に崩れ落ちるナンテーヌ。
顔を怒りで歪めるニース。
だが、彼女らの立場の違いは、皮肉にもこの場で露わになった。
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男爵令嬢ナンテーヌには、もう後ろ盾すらなかった。
――そのとき。
ランスは会場の隅で震えていたカンヌへと歩み寄った。
差し伸べられた手。
「もう大丈夫だ。君を傷つける者は、二度と現れない」
カンヌは涙をこらえきれず、その手を取った。
会場にいた人々は、沈黙のままその光景を見守る。
誰もが知った。この夜会はひとつの断罪劇の幕開けであり、ランスとカンヌの物語の新たな第一歩だと。
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