結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス

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閑話4 アンドレオ視点 エマを追い出して、側室を入れた日

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アンドレオ視点 エマを追い出して、側室を入れた日


 離縁を急いだ理由を、俺は誰にも話さなかった。
 話す必要など、なかったのだ。

 ……エマが邪魔だったが、
 それだけではない。

 あの女と違い、俺を「伯爵様」として尊敬し、甘え、縋り、未来を夢見る女がいたからだ。

 アルカ。

 酒場で働く平民の女。十九歳。
 青い髪に、血のように赤い瞳を持つ女だ。

 エマと結婚してからの惨めな生活。
 お飾りの仕事しか任せられない。
 誰も命令に従わない。
 お小遣い制になった節約生活。
 伯爵である俺が、なぜこんな扱いを受けねばならないのだ……。

 エマに隠れて、夜の街に出かけた先の酒場で出会った。
 そして、アルカに魅了されて、恋に落ちた。
 体を交わし、寝屋で実は伯爵だと告げた時の、アルカの驚いた顔が今にも思い出すと、気分が良い。
 それから街の外れ。
 誰にも知られぬように小さな家を借り、そこに彼女を囲った。

「アンドレオ様は、素晴らしい方ですわ」

 そう言って、アルカは俺を見上げた。
 尊敬と崇拝に満ちた眼差し。

 エマにはなかったものだ。
 アルカが俺を賞賛する言葉はとても心地よかった。

 問題が起きたのは、付き合いだした最初の冬だった。

「……アンドレオ様」

 震える声で、アルカが告げた。

「お腹に……子が、いるみたいなのです」

 一瞬、頭が真っ白になった。

 馬鹿な。
 俺は避妊薬を飲んでいる。

「そんなはずがない!」

 俺は怒鳴り、医師ドクターラのもとへ駆け込んだ。

「薬が効いていない! どういうことだ!」

 医師は青ざめた顔で答えた。

「……理論上、絶対ではありません。
 稀に、効果が及ばない時も……」

 ふざけるな。
 そんな「稀」が、なぜ俺に当たる。

 だが、現実は変わらない。
 アルカは妊娠していた。

 だから、俺は決断した。
 
 このことがエマにバレたら面倒なことになる。
 だから、エマを追い出す。
 できるだけ早くにだ。

 理由はしっかりしている。
 三年、子ができなかった。
 貴族社会では、十分すぎる。

 エマが出て行った日、屋敷は静かだった。
 彼女は諦めたような表情で荷物をまとめ、淡々と去った。

 ――それでよかった。

 その翌月、アルカを屋敷に迎え入れた。

 だが、すぐに違和感が生じた。

 使用人たちの態度が冷たいのだ。
 挨拶はするが、目が笑っていない。

「奥様ではない女が、なぜここに?」

 そんな空気が、屋敷に満ちていた。

 アルカは泣いた。

「皆さんが……私を、蔑んでいます」

 俺は腹を立てた。
 誰に向かって、その態度だ。

「見せしめが必要だな」

 そう言って、古参の使用人を数名、即日解雇した。
 理由は「不敬」。

 屋敷は静かになった。
 だが、それは忠誠ではなく、恐怖だった。

 次に俺が目を向けたのは、金だった。

 王家の管理官エバートンは、すでにこの地を去っている。
 借金は返し終えた。
 もう、俺を縛るものはない。

「エメラルドを増産しろ」

 執務官が反対した。

「価格が暴落します。鉱脈も――」

「うるさい、無能はクビだ!」

 俺は、その場で解雇を命じた。

 反対する者はいらない。
 従う者だけいればいい。

 エメラルドは、市場に溢れた。
 最初は金が入った。
 俺は笑った。

「ほら見ろ。売れば儲かるじゃないか」

 だが、それは長く続かなかった。

 市場に大量のエメラルドが出回り、そのせいで価格は、みるみる下がった。
 商人たちは買い叩き、王都の宝飾店からエメラルドが消えていく。

 そして、決定的な一撃。

 王女が舞踏会で宣言したのだ。

「もう。わたくしはエメラルドを身につけません」

 ――その瞬間、流行は終わった。

 市場は冷え切り、価格は底を割った。
 掘れば掘るほど、損になる。

 おまけに――

「……伯爵様」

 鉱山責任者が、青い顔で告げた。

「鉱脈が、尽きました」

 閉山。

 俺は、言葉を失った。

 こ、これはまずい。
 領地で一番の収入源がなくなったのだ。
 支出だけが、増えていく。

 今まで節約していた我々が、エマがいなくなったことで無駄遣いに走りだしていた。
 母の茶会、父のアンティーク収集癖、そして、俺の遊ぶ金。アルカの宝石などの収集金。
 もちろん、屋敷の維持費もかかる。
 使用人の給料だって必要だ。
 これからのアルカとの生活費。
 そして、生まれてくる子供のためのお金。

 気づけば、かつてエマがしていた帳簿整理を、俺は一人で眺めていた。

 ――理解してしまった。

 あの女が、どれほどの綱渡りをして、領地を保っていたのか。
 俺がどれほど、無知だったのか。

「……どうすればいい?」

 誰にともなく、呟く。

 このままでは、また借金だ。
 また王家が来る。
 今度こそ、本当に終わる。

 エマを追い出し、自由を得たはずだった。
 だが、残ったのは――借金地獄への恐怖だけだった。

 俺は伯爵だ。
 だが、肩書だけでは、生活できない。

 ――俺は、どうすればいいのだ。

 エマがいた時は、うまくいっていた……
 こうなったらエマを呼び戻そう。

 そうだ、あいつは俺に心底、惚れていた。
 離縁されて、悲しんでいた。
 だから、離縁を取り消せば、大喜びで戻ってくるはずだ。
 仕事はエマに任せて、俺はアルカと楽しく過ごせばいいのではないか!

 そうだ、エマを呼び戻す。
 そのためにまずは、エマの居場所を探さなくては。
 アンドレオは、微笑みながらそう考えるのだった。
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