結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス

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第21話 エマ、パワーストーン店にディアス伯爵、訪れる

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 エマのパワーストーン店にディアス伯爵、訪れる


 ……やってしまったか……。

 ディアス=ランス伯爵は、書斎の椅子に深く腰を沈めたまま、天井を仰いだ。

 重い溜息が、自然と零れる。

 数日前。
 国境の関所を越えたという、あの男――アンドレオ=モナコラの話を耳にした時から、嫌な予感はしていた。

 よりにもよって、エマの店へ。
 よりにもよって、皇女様への無礼。

「……止めるべきだったか」

 つぶやきは、誰にも届かない。

 だが、無理もない。
 あの男の性格を思えば、行き着く先など、火を見るより明らかだった。

 尊大で、短慮。
 自分が「伯爵」であるという事実だけを、武器だと勘違いしている男。

 ――しかも、相手が誰かも調べずに。

 ディアスは、机の上に置かれた報告書を指で叩いた。

 エマのパワーストーン店。
 そこに出入りしている人間の顔ぶれを、少しでも調べていれば、決して近づこうとは思わなかっただろう。
 剣聖の師匠が護衛している店だぞ……力づくなど無知すぎる。

「……完全に地雷原だ」

 苦笑とも溜息ともつかない息を吐く。

 そして、もう一つ。

 自分自身の判断も、甘かった。

「アメジスト」

 扉の外に声をかける。

「支度はいいか?」

「はい、パパ」

 柔らかな返事と共に、扉が開く。

 淡い紫の髪を結った娘――アメジストは、まだ3歳、まだまだ甘えん坊な年頃である。

「ママにあうの?」

「そうだ、エマの店に行く」

 ディアスは立ち上がった。

「……直接、話をしたくてな」

 それは、確認でもあり、謝罪でもあり、そして……頼み事でもあった。

 ◇

 エマのパワーストーン店は、相変わらず静かだが、賑わいを見せていた。

 無駄な喧騒はなく、だが人の流れは途切れない。
 店全体に、落ち着いた空気が満ちている。

「いらっしゃいませ」

 出迎えたエマは、ディアスの姿を見て、少しだけ目を細めた。

「ディアス伯爵。ようこそ」

「……ああ」

 胸の奥が、僅かに痛む。

 この穏やかな声と表情。
 かつて、自分が婚約者だった頃とは、多くのことが変わってしまった。

「今日も、娘と一緒だ」

「まま、あいたかった」

 アメジストが駆け寄ってエマに抱き着く。

「今日は腕輪、作る?」

 エマは、柔らかく微笑んだ。

「つくる」

 アメジストはうなずいた。
 そこで、受付にいたペネロペが気がついて駆け寄る。

「アメジストちゃん、わたくしが教えてあげる、ですわ」

 今度はペネロペに手を繋がれてパワーストーンの体験コーナーへと二人は移動するのだった。

「面談室をお使いになりますか?」

「頼めるか」

 ◇

 面談室は、外の喧騒を完全に遮断する、落ち着いた空間だった。

 紅茶が置かれ、扉が閉まる。

 しばしの沈黙。

 先に口を開いたのは、ディアスだった。

「……まずは謝罪したい、アンドレオの件だ」

 エマは、静かにうなずく。

「来ましたよ。ええ」

 短い言葉に、すべてが含まれていた。

「……すまない」

 ディアスは、深く頭を下げた。

「私が止めるべきだった。隣国の伯爵だからと躊躇した。
 結果として、君に迷惑をかけた」

「謝る必要はありません」

 エマは、淡々と答えた。

「あの方が選んだ行動です」

 その言葉が、余計に胸に刺さる。

「……話は変わるが、今日来た理由を正直に言おう」

 ディアスは、背筋を正した。

「今、領地の安全を真剣に考えている」

 エマは、黙って耳を傾ける。

「エマの付与アイテムのおかげで国境沿いの魔物が討伐できた。
 しかし、いつまた魔物が戻ってくるかわからない。
 だから、国境沿いに魔物が入ってこれない方法を考えている」

 そこで。

「君の力を借りたい。
 魔物避けの結界――あるいは、それに準ずるものを」

 エマは、少し考えるように目を閉じる。

「……実は」

 そして、ゆっくりと言う。

「昔、ディアス様と婚約していた頃。
 ランス伯爵領の地質を、少し調べていました」

 ディアスの眉が動く。

「調べていた、のか?」

「はい、その頃は婚姻後の領内運営を考えていましたから……」

 エマは立ち上がり、工房へ続く扉を開けた。

「こちらです」

 持ってきたのは、数個の石。

 白、黒、茶色。
 縞模様の入った、丸みを帯びた石だった。

「天眼石――別名、アイアゲートです」

 ディアスは、息を呑む。

「……眼のような模様だな」

「ええ。この“眼”の模様が重要なのです」

 エマは、石をそっと机に置く。

「これは、メノウの一種ですが、魔力の流れを視覚的に“睨み返す”性質を持ちます」

「睨み返す?」

「魔物は、無意識に魔力の流れを感じ取ります。
 この石に付与魔法を施すと――」

 エマは、はっきりと言った。

「侵入を“強者に見られている”と錯覚し、近づけなくなります」

 守護石。

 付与魔法をかければ、かなり強力になる。

「付与に聖魔法をかければ、悪意を持った盗賊除けにもなります」

 ディアスは、深く息を吐いた。

「……さすがは、エマだ。感心するな、ありがたい」

「どうされますか?」

 エマは、穏やかに微笑む。

「そうだな」

 ディアスは一瞬、頭の中で計算してから告げる。

「……注文したい」

 ディアスは、即座に決断した。

「数は多くなる。領内で採れる鉱石なら、石の用意と
 取り付けは、こちらで行う」

「承知しました」

「国境線に沿って、一定間隔で設置したい」

「それが最も効果的ですね」

「値段を後で教えてくれ、予算内のギリギリまで頼みたい」

「ご注文ありがとうございます」

 二人の会話は、淡々としていた。

 だが、ディアスの胸の内では、はっきりと理解していた。

 ――エマは、昔から。
 誰よりも、先を見ていた。

「……本当に」

 思わず、零れる。

「君を失ったのは、この領地にとっても私にとっても痛手だったよ。
 もう一度、やり直せないのか?」

「一度、加工した原石は、もう元には戻せません」
 エマは、静かに答えた。

 それから、静かに紅茶を口にした。
 その言葉が断りの返事だと、ディアスは理解した。
 
 窓の外では、国境へと続く道が、遠くまで伸びている。

 その先で起きる“火種”を、ディアスは、もう見過ごすつもりはなかった。

 ――やってしまった、では済まない。
 エマたちに迷惑をかけてしまった。

 隣国フランセ王国へモナコラ伯爵の件は、正式に苦情を言わねばならない。

 そう考えながら、ディアス=ランス伯爵は、怒りで拳を握りしめるのだった。
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