結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス

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第20話 エマ、パワーストーン店に元夫のアンドレオ来店する

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 エマ、パワーストーン店にアンドレオ来店


 三日後の午後。
 エマのパワーストーン店の前に、見慣れない馬車が停まった。

 濃紺の車体に、金の装飾。
 ――古いが、無駄に威圧感だけはある貴族仕様。

 店内にいた冒険者が、ひそひそと囁き合う。

「貴族の馬車か?」
「この辺じゃ、見ない家紋だな……」

 その馬車の扉が開き、最初に降りてきたのは、いかにもという風体の男だった。

 豪奢な外套。
 肥え始めた腹。
 自信満々の笑み。

 アンドレオ=モナコラ。

 その後ろから、武装した男が二人続く。
 護衛、アマークとワイールだ。

「ここか」
 アンドレオは店の看板を見上げ、鼻で笑った。
「くだらん商売を……だが、まあいい」

 そのまま、ずかずかと店内へ入ってくる。

「いらっしゃいませ、ですわ」

 受付に立っていた銀髪のメイド服の少女――ペネロペが、にこやかに挨拶をする。

「ご用件をお伺いいたしますの、ですわ」

 その瞬間。
 アンドレオの視線が、ねっとりと彼女を舐め回した。

「……ほう」

 口元が、いやらしく歪む。

「綺麗な顔をしているな。平民にしておくのは惜しい」

 ペネロペは首を傾げる。

「どちらさま? ですわ」

「俺を知らないのか?」

 アンドレオは胸を張った。

「俺はフランセ王国、モナコラ伯爵――アンドレオだ」

 どや顔だった。

「お前、気に入った。
 俺の愛人にしてやる。光栄に思え」

 店内の空気が、一瞬で冷える。

 アマークとワイールも、にやにやと笑った。

「伯爵様に選ばれるとは、運がいいな」
「平民の分際で断れると思うなよ」

 その時。

「……騒がしいわね」

 奥から、エマとロドリゲスが姿を現した。

 エマは、アンドレオの顔を見た瞬間、はっきりと嫌な顔をした。

「……あなた」

 それを見て、アンドレオは満足そうに笑った。

「久しぶりだな、エマ」

 そして、恩着せがましく腕を広げた。

「喜べ。
 お前との離縁は――取り消してやる」

 まるで、慈悲を与えるかのように。

「俺の元へ戻れ。
 今まで通り、仕事はお前に任せてやる。
 俺は……まあ、忙しいからな」

 エマは一拍置いた後、静かに口を開いた。

「……どうせ、私がいなくなって、領地の財政が危機になったのでしょう」

 図星だった。

 アンドレオの顔が、一瞬だけ引きつる。

「な、何を言っている! 全部、順調だ!」

「この際、はっきり申し上げますが……」

 エマは、アンドレオを指さして、はっきりと告げた。

「お断りします」

「なに?」

 護衛のアマークが、一歩前に出る。

「伯爵様に失礼だぞ! 不敬だ!」

 アマークの剣が、鞘から抜かれた。

「逆らうなら――無理やりにでも連れていくまでだ」

 さらに、アンドレオは受付を指さす。

「そこの女も連れ行く。
 俺の愛人にしてやる」

 もう一人の護衛ワイールが、ペネロペへと手を伸ばした、その瞬間。

 ――閃光。

 短い青髪の護衛、オサスナ=ビジャレナルが、一歩踏み込む。

 次の瞬間、ワイールは床に転がっていた。

「……がは、い、いたい」

「安心しろ」

 オサスナは淡々と言う。

「みねうちだ。
 骨が数本折れただけだ。死んではいない」

 同時に。

「よそ見してる暇はないぞ!」

 ロドリゲスが、音もなくもう一人の護衛アマークの間合いに入る。

 ガキンッ!

 アマークの剣が弾かれ、喉元に冷たい感触。

「まだやるなら、斬るぞ」

 低く、腹の底に響く声。

「……っ!」

 アマークは、両手を上げながら、情けなく膝から崩れ落ちた。

「こ、こいつら……!」

 アンドレオは、青ざめながら叫ぶ。

「エマ!
 これが旦那に対してすることか!」

 エマは、冷ややかに返す。

「元旦那は他人です。
 私を追い出しておいて、何を今さら」

 そこへ。

「――なるほど」

 工房の出入り口から、紫髪の侍女メアリーが現れた。

「これが、フランセ王国の考え方なのですね」

 にこりともせず、憎悪を込めて言い放つ。

「スペイラ帝国皇室より、フランセ王室へ、改めて書簡にて正式に苦情をお送りしますわ」

 その一言で、アンドレオの血の気が引いた。

「な……なにを、ばかな……!」

「こんなことをして、許されると思うなよ!
 俺は伯爵だぞ!」

 だが、その声には、もう威厳はなかった。

「……帰るぞ!」

 アンドレオは護衛二人を引き連れ、逃げるように店を出ていく。

 馬車が走り去った後。

 店内に、静寂が戻った。

「……お疲れさまでした」

 エマが、ふうと息を吐く。

「エマお姉さま、怖かったですわ」

 ペネロペが、エマに抱き着いて、エマの胸に頭をスリスリさせて甘えるのだった。

「わたくしを愛人にって酷いですわ」

 エマは、ペネロペの頭を優しく撫でた。

「ごめんなさい、怖かったわね」

 ――外では、クロユリの花が初夏の風に揺れていた。

 モナコラ伯爵の運命が、すでに音を立てて崩れ始めているのを、この時は誰も知らなかった。
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