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閑話7 フランセ国王視点 アンドレオ伯爵の召還とマリーナ王女の婚約解消
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フランセ国王視点 ――崩れ始めた王国
王城の高窓から差し込む午後の光は、いつもならば安堵をもたらすものだった。
だが、この日ばかりは違う。
机の上に置かれた一通の書簡。
白地に紫の封蝋。
その色を見ただけで、胃の奥が重く沈んだ。
――スペイラ帝国皇室。
アルベルト=フランセは、老いた指でゆっくりと封を切る。
一文字、また一文字と読み進めるたび、胸の奥で何かが軋む音がした。
「……なんて愚かなことをするのだ!」
低く、唸るような声が漏れた。
内容は明白だった。
帝国皇女ペネロペが、王国の伯爵に、帝国内で侮辱を受けたという正式な抗議。
しかも――
「愛人にする、だと……?」
書簡を握る手に、思わず力がこもる。
紙がくしゃりと音を立てた。
貴族、アンドレオ=モナコラ伯爵。
名を見た瞬間、記憶が繋がる。
――あの男か。
放蕩、浪費、女癖の悪さ。
どれも把握はしていた。
だからこそ、伯爵家が取つぶしにならないように、
王国内でも才女と名高いエマを王命まで使って婚姻させたのだ。
「帝国皇女を、愛人扱い……」
喉の奥から、怒りとも恐怖ともつかぬものがせり上がる。
皇女ペネロペは、もはや“元”とはいえ、ひと月まで我が国の第二王子の婚約者だった。
王国がその存在を、どう位置付けているか――分からぬはずがない。
「……ローデリック」
国王は、宰相の名を呼んだ。
「はっ」
老宰相が一歩進み出る。
「これは、事実か」
「調査は終わっております」
ローデリックの声は冷静だったが、表情は硬い。
「アンドレオ=モナコラは、元妻のエマが経営する商店に押しかけ、
皇女ペネロペを侍女と誤認し、愛人にすると言って暴力的に脅したと」
「……誤認であろうが、他国の領地で行ったことは事実なのだな……」
国王は吐き捨てる。
「愚かなことをしおって!
他国の領地に赴くのなら事前に調べるのが常識だが……そこまで無能だったとは。
せっかくエマという才女を王命で無理やりに嫁がせてやったのに
その恩を仇で返すとは、なんと愚かな」
そして、苛立ち、机を叩く。
――ドン。
「この国を滅ぼすつもりかーーーーっ!!」
怒号が執務室に響き渡る。
王として、これほど感情を露わにすることは稀だった。
「たった一人の愚か者の放言で、帝国との関係が瓦解する……!
どれほどの重みか、奴は理解しているのか!」
ローデリックは沈黙したまま、視線を伏せた。
それが答えだった。
アルベルトは、深く息を吸う。
――冷静になれ。
怒りに任せて剣を振るえば、斬れるのは敵だけではない。
それを誰よりも知っているのは王自身だ。
「……このままでは戦争になる」
低くつぶやく。
「帝国が本気で動けば、我が国に勝ち目はない。
軍備、経済、兵力……すべてにおいて、差は歴然だ」
それでも、まだ終わりではない。
王女マリーナの婚姻をきっかけに、帝国との仲を改善できる可能性がある。
「……陛下」
ローデリックが、さらに一通の書類を差し出した。
「もう一つ報告が……」
嫌な予感が背筋を走る。
「王女マリーナと、スペイラ帝国侯爵令息との婚約――」
その先を、聞かずとも理解してしまった。
「……解消すると通告されました」
視界が一瞬、暗転した。
王女マリーナ。
感情的で、虚栄心が強い。
だが、帝国との間の懸け橋になる王女、
スペイラ帝国の公爵令息との婚姻は、極めて重要な案件だ。
それが反故になったのだ……。
「このままではまずい……」
フェリップ王子とモナコラ伯爵による、
皇女ペネロペへの二度にわたる侮辱。
一本の糸が切れ、そこから一気に布が裂けていくことがある。
そんな予感がする。
「国とは脆いな……」
アルベルトは、王としてではなく、一人の男としてつぶやいた。
「陛下、いかがなさいますか」
ローデリックの問いは、重い。
「決まっている」
国王は、顔を上げた。
その眼差しには、迷いがない。
「モナコラ伯爵を、呼び出せ!」
「……処分を?」
「当然だ」
低く、断言する。
「帝国に対し、即時謝罪。
責任の所在は、すべてあの男にあると明確にする」
拳を握りしめる。
「それでも、許されぬなら……」
言葉を、あえて続けなかった。
王は知っている。
この国は、もう後退できない場所に立っている。
「このまま王国が滅ぶ未来しかないのか……」
苦く笑う。
「どうやら、愚か者は一人ではなかったらしい」
窓の外、王都の空は穏やかだった。
何も知らぬ民は、今日も市場で笑い、酒を飲み、恋を語る。
――だが。
その平穏の下で、王国は、確実に滅びへと歩み始めていた。
それは、戦争への第一歩になりかねない――
王アルベルト=フランセは、そう理解していた。
だからこそ。
「……何としてでも、止めねばならぬ」
それが、王としての最後の責務だと、強く心に刻みながら。
王城の高窓から差し込む午後の光は、いつもならば安堵をもたらすものだった。
だが、この日ばかりは違う。
机の上に置かれた一通の書簡。
白地に紫の封蝋。
その色を見ただけで、胃の奥が重く沈んだ。
――スペイラ帝国皇室。
アルベルト=フランセは、老いた指でゆっくりと封を切る。
一文字、また一文字と読み進めるたび、胸の奥で何かが軋む音がした。
「……なんて愚かなことをするのだ!」
低く、唸るような声が漏れた。
内容は明白だった。
帝国皇女ペネロペが、王国の伯爵に、帝国内で侮辱を受けたという正式な抗議。
しかも――
「愛人にする、だと……?」
書簡を握る手に、思わず力がこもる。
紙がくしゃりと音を立てた。
貴族、アンドレオ=モナコラ伯爵。
名を見た瞬間、記憶が繋がる。
――あの男か。
放蕩、浪費、女癖の悪さ。
どれも把握はしていた。
だからこそ、伯爵家が取つぶしにならないように、
王国内でも才女と名高いエマを王命まで使って婚姻させたのだ。
「帝国皇女を、愛人扱い……」
喉の奥から、怒りとも恐怖ともつかぬものがせり上がる。
皇女ペネロペは、もはや“元”とはいえ、ひと月まで我が国の第二王子の婚約者だった。
王国がその存在を、どう位置付けているか――分からぬはずがない。
「……ローデリック」
国王は、宰相の名を呼んだ。
「はっ」
老宰相が一歩進み出る。
「これは、事実か」
「調査は終わっております」
ローデリックの声は冷静だったが、表情は硬い。
「アンドレオ=モナコラは、元妻のエマが経営する商店に押しかけ、
皇女ペネロペを侍女と誤認し、愛人にすると言って暴力的に脅したと」
「……誤認であろうが、他国の領地で行ったことは事実なのだな……」
国王は吐き捨てる。
「愚かなことをしおって!
他国の領地に赴くのなら事前に調べるのが常識だが……そこまで無能だったとは。
せっかくエマという才女を王命で無理やりに嫁がせてやったのに
その恩を仇で返すとは、なんと愚かな」
そして、苛立ち、机を叩く。
――ドン。
「この国を滅ぼすつもりかーーーーっ!!」
怒号が執務室に響き渡る。
王として、これほど感情を露わにすることは稀だった。
「たった一人の愚か者の放言で、帝国との関係が瓦解する……!
どれほどの重みか、奴は理解しているのか!」
ローデリックは沈黙したまま、視線を伏せた。
それが答えだった。
アルベルトは、深く息を吸う。
――冷静になれ。
怒りに任せて剣を振るえば、斬れるのは敵だけではない。
それを誰よりも知っているのは王自身だ。
「……このままでは戦争になる」
低くつぶやく。
「帝国が本気で動けば、我が国に勝ち目はない。
軍備、経済、兵力……すべてにおいて、差は歴然だ」
それでも、まだ終わりではない。
王女マリーナの婚姻をきっかけに、帝国との仲を改善できる可能性がある。
「……陛下」
ローデリックが、さらに一通の書類を差し出した。
「もう一つ報告が……」
嫌な予感が背筋を走る。
「王女マリーナと、スペイラ帝国侯爵令息との婚約――」
その先を、聞かずとも理解してしまった。
「……解消すると通告されました」
視界が一瞬、暗転した。
王女マリーナ。
感情的で、虚栄心が強い。
だが、帝国との間の懸け橋になる王女、
スペイラ帝国の公爵令息との婚姻は、極めて重要な案件だ。
それが反故になったのだ……。
「このままではまずい……」
フェリップ王子とモナコラ伯爵による、
皇女ペネロペへの二度にわたる侮辱。
一本の糸が切れ、そこから一気に布が裂けていくことがある。
そんな予感がする。
「国とは脆いな……」
アルベルトは、王としてではなく、一人の男としてつぶやいた。
「陛下、いかがなさいますか」
ローデリックの問いは、重い。
「決まっている」
国王は、顔を上げた。
その眼差しには、迷いがない。
「モナコラ伯爵を、呼び出せ!」
「……処分を?」
「当然だ」
低く、断言する。
「帝国に対し、即時謝罪。
責任の所在は、すべてあの男にあると明確にする」
拳を握りしめる。
「それでも、許されぬなら……」
言葉を、あえて続けなかった。
王は知っている。
この国は、もう後退できない場所に立っている。
「このまま王国が滅ぶ未来しかないのか……」
苦く笑う。
「どうやら、愚か者は一人ではなかったらしい」
窓の外、王都の空は穏やかだった。
何も知らぬ民は、今日も市場で笑い、酒を飲み、恋を語る。
――だが。
その平穏の下で、王国は、確実に滅びへと歩み始めていた。
それは、戦争への第一歩になりかねない――
王アルベルト=フランセは、そう理解していた。
だからこそ。
「……何としてでも、止めねばならぬ」
それが、王としての最後の責務だと、強く心に刻みながら。
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